680 / 1,360
修羅編 閑話:裏舞台を表に
宰相の結婚事情 (閑話その六十五)
しおりを挟む樹海の使者パールによって齎された盟約の交渉中に、奇妙な成り立ちで御前試合が行われることになる。
その試合相手である帝国騎士に完勝したパールだったが、帝国宰相でありローゼン公爵家を継いだセルジアスの技量に敗北を喫した。
それから交渉の場以外で、パールはしつこい程にセルジアスに付き纏うようになる。
更にパールを気に入った様子を見せていた皇后クレアは、彼女を御茶会などの付き合いに何度か招き、樹海の話や彼女自身の話を聞く場を設けるようになっていった。
そうした事情もあり、皇后クレアからパールに関する話を聞いていた皇帝ゴルディオスは、結婚どころか女性にすら興味を抱く様子が無いセルジアスに対して勧めるように述べる。
「――……セルジアス。これは伯父としてではなく、皇帝としての立場で述べる言葉と考えて欲しい。……君は早めに、婚約者を定めて結婚をしなさい」
「……」
「クレアが度々、御茶会を開いているだろう? それで招かれる令嬢達の話では、君がそうした状態であるが故に、令嬢達の関係が刺々しさを増しているそうだ。反乱も治まり復興も終えた中で、こうした事情で帝国貴族達の関係が悪化するのは、あまり良い事ではない」
「しかし……」
「君が言いたいことも分かる。余の甥である君はルクソード皇族の一員であり、その君と婚姻を結ぶ相手は今後とても重要な存在となる。余も帝位を継ぐ際、婚姻相手に関する事を悩み、ルクソード皇国から皇族の末席であるクレアと見合う形で婚約に至った。余とクレアの婚姻は釣り合う血筋と家柄であるが故に、異議や反発は無かった」
「……しかし、今はルクソード皇族の血脈は極少数しか残されていない」
「そうだ。二十数年前に起きた皇国の内乱によって、多くの皇族達が争い死んだ。今のガルミッシュ帝国には余や君を含めて四名の血脈が残されているが、本家ですら新たな『赤』の七大聖人を除くと女皇シルエスカが一人だけ。……君と婚姻を結んでも問題が無いと判断できる貴族令嬢は、恐らく皇国や帝国にも居ないだろう」
「……そういう意味では、父上は上手くやりましたね」
「うむ。……君やアルトリア嬢の母親であるメディアは、ログウェルと同じく流浪の人。一時は帝国に身を置いていたが、君とアルトリアを生んでから帝国を離れた。君達の母親を実際に目にして知る者は、余とクレアを除いても極少数だけ。クラウスの時にも、そうした問題は起こらなかった」
「つまり、私にも父上と同じように行きずりの相手を見繕えと?」
「そうは言わん。何より、クラウスとメディアの関係は確かに短いモノであったが、決して冷めた間柄ではなかった。余とクレアとまではいかんが、ちゃんと愛情を持った関係を築いておったよ」
「……母ですか。あの人は今、何処に居るんでしょうね」
「分からぬ。恐らくログウェルが知っておると思うが、教えぬだろう。万が一にもクラウスの耳に伝われば、彼女を追いかねんだろうからな」
「父はそれほどに、母に夢中だったのですか?」
「夢中か……。確かに夢中とも言えるな。クラウスが強く女性に惹かれる姿は、彼女以外に見せたことが無い。それ程に、メディアという女性はクラウスにとって魅力的な存在だったようだ」
「……」
「言っておくが、余はクレア一筋だぞ?」
「分かっていますよ」
ゴルディオスは主題から逸れるように、セルジアス達の母親について語る。
そして話が逸れた事を自覚したゴルディオスは、一つの咳を零してセルジアスに関する話に戻った。
「ごほんっ。……で、君の結婚についてだが?」
「戻ってしまいますか、その話に」
「帝国内の貴族令嬢から君の相手を選べば、少なくとも貴族間に険悪なモノが流れる可能性もある。かとって、平民の娘から娶れば大反発を受けるであろう。皇国に頼み皇国貴族内から婚約者を選ぶのも手だが、それも皇国貴族達の間で争いを生じさせる火種となる可能性もある」
「……だから、彼女を勧めているんですか?」
「そうだ。樹海に棲む彼女ならば、内縁の妻としても問題は無かろう?」
「ありますよ。内縁では正式な妻とは呼べない。そうなれば各貴族達が正妻や側室にと令嬢達を引っ切り無しに推し勧めに来る。そんな方々の相手をするのは御免被りたいです」
「だが、君と彼女が子供を作れば話は別になる。違うかね?」
「……それはそれで、また別の危険性が生まれます」
「子供の暗殺か」
「はい。それを防ぐ手段を講じるにしても、その子が正式に私の地位を継ぐまでは諦めない者も多くいるでしょう。それこそ、帝国内部に再び不和を起こしかねない要素となってしまう」
「そう。彼女とその子供が帝国内に居れば、そうしたことも起こるであろうな」
「……何を言いたいのです? 陛下」
セルジアスは不可解な表情を浮かべ、ゴルディオスに問い掛ける。
そして不敵な笑みを浮かべるゴルディオスは、その口からとんでもない言葉を出した。
「もし彼女と君が子を作るのであれば、彼女の故郷である樹海で子供を育てればいい」
「!?」
「勿論その場合は、彼女も故郷の樹海で子供と共に暮らしてもらう。そうなれば、迂闊に他貴族達も妻となった彼女や生まれた子供に手は出せまい」
「いや、それは……」
「それに、あの樹海に居るのだろう? 儂が最も信頼している者が」
「!」
「その者が居れば、君と同じように君の子供も強く育ててくれるだろう」
「……そこまで気付き、こうしたことを考えていらっしゃったのですか?」
「いや。これはクレアの入れ知恵だ」
「えっ」
「クレアが気付いたのだよ。あの食事の場で、君が喋る隣に座っていた彼女の様子を見て、本当はあの者が死んではいないことをな。余はあの時、本当に死んでしまったのだと信じて黄昏てしまった」
「……流石はクレア様ですね。目の付け所が違う」
「貴族令嬢達の抑え役となっているクレアだ。余よりも、そうした気付きに鋭い」
妻である皇后クレアの自慢するようにゴルディオスは話し、裏で行っていた話を述べる。
それを聞かされたセルジアスは渋い表情を見せながら、僅かな反論としてこう伝えた。
「……ただ、その話は彼女がそうした関係になることを了承する前提でしょう? その条件が満たされない時点で、その話は破綻します」
「そう思うかね?」
「少なくとも、私と彼女はそれほど深い関係ではありません」
「……実は、クレアがパール殿を招いた御茶会で、こうした話を聞いている」
「?」
「樹海の部族である女勇士は、男の勇士と戦い負けた場合には、その妻となるそうだ」
「!」
「君はあの御前試合で、彼女に見事な勝利を収めている。妻にさせる条件は、満たしていると思わないかね?」
「……それは樹海での話でしょう? それを私と彼女に結び付けられても……」
「クレアが聞いたそうだ。『では、君に負けた彼女は妻になる必要があるのか?』とね」
「えっ」
「それを聞いたら、彼女はこう述べたそうだ。――……『私は既に、樹海の外から来た二人の男に負けている。一人目とは結婚したが、何もせず離婚した。二人目には、心から愛している女が居るから他の女は要らないと言われた。三人目になった男がどう言うか、それ次第だ』とな」
「……」
「君次第で、彼女はそれに応じる覚悟があるらしい。……後は、君の意思次第ということだ。セルジアス」
「……ッ」
「君の結婚に関して放置していると、事態は悪化してしまう。余が述べる案もまた、手段の一つとして考えておきなさい」
ゴルディオスはそうした話を行い、これ以上の話を求めずセルジアスを退室させる。
この話に関してだけは、今までにないほどセルジアスは困窮した表情を見せており、ゴルディオスは珍しいモノを見れたと思いながら苦笑を浮かべていた。
0
あなたにおすすめの小説
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!
nineyu
ファンタジー
男は絶望していた。
使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。
しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!
リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、
そんな不幸な男の転機はそこから20年。
累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!
花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】
《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》
天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。
キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。
一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。
キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。
辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。
辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。
国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。
リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。
※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい
カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!
心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。
これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。
ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。
気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた!
これは?ドラゴン?
僕はドラゴンだったのか?!
自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。
しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって?
この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。
※派手なバトルやグロい表現はありません。
※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。
※なろうでも公開しています。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる