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修羅編 閑話:裏舞台を表に
宰相の結婚事情 (閑話その六十五)
しおりを挟む樹海の使者パールによって齎された盟約の交渉中に、奇妙な成り立ちで御前試合が行われることになる。
その試合相手である帝国騎士に完勝したパールだったが、帝国宰相でありローゼン公爵家を継いだセルジアスの技量に敗北を喫した。
それから交渉の場以外で、パールはしつこい程にセルジアスに付き纏うようになる。
更にパールを気に入った様子を見せていた皇后クレアは、彼女を御茶会などの付き合いに何度か招き、樹海の話や彼女自身の話を聞く場を設けるようになっていった。
そうした事情もあり、皇后クレアからパールに関する話を聞いていた皇帝ゴルディオスは、結婚どころか女性にすら興味を抱く様子が無いセルジアスに対して勧めるように述べる。
「――……セルジアス。これは伯父としてではなく、皇帝としての立場で述べる言葉と考えて欲しい。……君は早めに、婚約者を定めて結婚をしなさい」
「……」
「クレアが度々、御茶会を開いているだろう? それで招かれる令嬢達の話では、君がそうした状態であるが故に、令嬢達の関係が刺々しさを増しているそうだ。反乱も治まり復興も終えた中で、こうした事情で帝国貴族達の関係が悪化するのは、あまり良い事ではない」
「しかし……」
「君が言いたいことも分かる。余の甥である君はルクソード皇族の一員であり、その君と婚姻を結ぶ相手は今後とても重要な存在となる。余も帝位を継ぐ際、婚姻相手に関する事を悩み、ルクソード皇国から皇族の末席であるクレアと見合う形で婚約に至った。余とクレアの婚姻は釣り合う血筋と家柄であるが故に、異議や反発は無かった」
「……しかし、今はルクソード皇族の血脈は極少数しか残されていない」
「そうだ。二十数年前に起きた皇国の内乱によって、多くの皇族達が争い死んだ。今のガルミッシュ帝国には余や君を含めて四名の血脈が残されているが、本家ですら新たな『赤』の七大聖人を除くと女皇シルエスカが一人だけ。……君と婚姻を結んでも問題が無いと判断できる貴族令嬢は、恐らく皇国や帝国にも居ないだろう」
「……そういう意味では、父上は上手くやりましたね」
「うむ。……君やアルトリア嬢の母親であるメディアは、ログウェルと同じく流浪の人。一時は帝国に身を置いていたが、君とアルトリアを生んでから帝国を離れた。君達の母親を実際に目にして知る者は、余とクレアを除いても極少数だけ。クラウスの時にも、そうした問題は起こらなかった」
「つまり、私にも父上と同じように行きずりの相手を見繕えと?」
「そうは言わん。何より、クラウスとメディアの関係は確かに短いモノであったが、決して冷めた間柄ではなかった。余とクレアとまではいかんが、ちゃんと愛情を持った関係を築いておったよ」
「……母ですか。あの人は今、何処に居るんでしょうね」
「分からぬ。恐らくログウェルが知っておると思うが、教えぬだろう。万が一にもクラウスの耳に伝われば、彼女を追いかねんだろうからな」
「父はそれほどに、母に夢中だったのですか?」
「夢中か……。確かに夢中とも言えるな。クラウスが強く女性に惹かれる姿は、彼女以外に見せたことが無い。それ程に、メディアという女性はクラウスにとって魅力的な存在だったようだ」
「……」
「言っておくが、余はクレア一筋だぞ?」
「分かっていますよ」
ゴルディオスは主題から逸れるように、セルジアス達の母親について語る。
そして話が逸れた事を自覚したゴルディオスは、一つの咳を零してセルジアスに関する話に戻った。
「ごほんっ。……で、君の結婚についてだが?」
「戻ってしまいますか、その話に」
「帝国内の貴族令嬢から君の相手を選べば、少なくとも貴族間に険悪なモノが流れる可能性もある。かとって、平民の娘から娶れば大反発を受けるであろう。皇国に頼み皇国貴族内から婚約者を選ぶのも手だが、それも皇国貴族達の間で争いを生じさせる火種となる可能性もある」
「……だから、彼女を勧めているんですか?」
「そうだ。樹海に棲む彼女ならば、内縁の妻としても問題は無かろう?」
「ありますよ。内縁では正式な妻とは呼べない。そうなれば各貴族達が正妻や側室にと令嬢達を引っ切り無しに推し勧めに来る。そんな方々の相手をするのは御免被りたいです」
「だが、君と彼女が子供を作れば話は別になる。違うかね?」
「……それはそれで、また別の危険性が生まれます」
「子供の暗殺か」
「はい。それを防ぐ手段を講じるにしても、その子が正式に私の地位を継ぐまでは諦めない者も多くいるでしょう。それこそ、帝国内部に再び不和を起こしかねない要素となってしまう」
「そう。彼女とその子供が帝国内に居れば、そうしたことも起こるであろうな」
「……何を言いたいのです? 陛下」
セルジアスは不可解な表情を浮かべ、ゴルディオスに問い掛ける。
そして不敵な笑みを浮かべるゴルディオスは、その口からとんでもない言葉を出した。
「もし彼女と君が子を作るのであれば、彼女の故郷である樹海で子供を育てればいい」
「!?」
「勿論その場合は、彼女も故郷の樹海で子供と共に暮らしてもらう。そうなれば、迂闊に他貴族達も妻となった彼女や生まれた子供に手は出せまい」
「いや、それは……」
「それに、あの樹海に居るのだろう? 儂が最も信頼している者が」
「!」
「その者が居れば、君と同じように君の子供も強く育ててくれるだろう」
「……そこまで気付き、こうしたことを考えていらっしゃったのですか?」
「いや。これはクレアの入れ知恵だ」
「えっ」
「クレアが気付いたのだよ。あの食事の場で、君が喋る隣に座っていた彼女の様子を見て、本当はあの者が死んではいないことをな。余はあの時、本当に死んでしまったのだと信じて黄昏てしまった」
「……流石はクレア様ですね。目の付け所が違う」
「貴族令嬢達の抑え役となっているクレアだ。余よりも、そうした気付きに鋭い」
妻である皇后クレアの自慢するようにゴルディオスは話し、裏で行っていた話を述べる。
それを聞かされたセルジアスは渋い表情を見せながら、僅かな反論としてこう伝えた。
「……ただ、その話は彼女がそうした関係になることを了承する前提でしょう? その条件が満たされない時点で、その話は破綻します」
「そう思うかね?」
「少なくとも、私と彼女はそれほど深い関係ではありません」
「……実は、クレアがパール殿を招いた御茶会で、こうした話を聞いている」
「?」
「樹海の部族である女勇士は、男の勇士と戦い負けた場合には、その妻となるそうだ」
「!」
「君はあの御前試合で、彼女に見事な勝利を収めている。妻にさせる条件は、満たしていると思わないかね?」
「……それは樹海での話でしょう? それを私と彼女に結び付けられても……」
「クレアが聞いたそうだ。『では、君に負けた彼女は妻になる必要があるのか?』とね」
「えっ」
「それを聞いたら、彼女はこう述べたそうだ。――……『私は既に、樹海の外から来た二人の男に負けている。一人目とは結婚したが、何もせず離婚した。二人目には、心から愛している女が居るから他の女は要らないと言われた。三人目になった男がどう言うか、それ次第だ』とな」
「……」
「君次第で、彼女はそれに応じる覚悟があるらしい。……後は、君の意思次第ということだ。セルジアス」
「……ッ」
「君の結婚に関して放置していると、事態は悪化してしまう。余が述べる案もまた、手段の一つとして考えておきなさい」
ゴルディオスはそうした話を行い、これ以上の話を求めずセルジアスを退室させる。
この話に関してだけは、今までにないほどセルジアスは困窮した表情を見せており、ゴルディオスは珍しいモノを見れたと思いながら苦笑を浮かべていた。
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