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修羅編 閑話:裏舞台を表に

樹海の発展 (閑話その六十六)

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 新生されたオラクル共和王国とガルミッシュ帝国間で、新たな和平関係が結ばれようとしている頃。
 二国が存在する大陸南西部、帝国貴族ガゼル子爵の領土に含まれている大樹海を故郷としている女勇士パールは、帝国と交わした盟約の条項を各部族達に教え賛同を得る為に樹海の中へ戻っていた。

 パールは帝都からの道中を、ガゼル子爵とその護衛達と共に移動する。
 過去に樹海の部族達と争い盟約を結んでいたガゼル子爵家の末裔と初めて対面するパールは、盟約の交渉後にこうした会話を交える機会があった。

『――……初めまして、樹海の方よ。私は現ガゼル子爵家当主、フリューゲルと申します』

『パールだ』

『挨拶に参上するのが遅れ、申し訳ありません。何分、呼び出され帝都に到着すると、すぐに交渉の席に着く形となってしまったので』

『いや。……アタシも帝都に入る前に宰相セルジアス殿から言われたのだが。交渉に出向く前に、一度は子爵家そちらに訪れて交渉の事を話しておくべきだった』

『確かに、そうして頂けた方が我が子爵家としては助かりましたね。いきなり宰相殿から呼び出しの書状を受けた際に、我が領地内の樹海で暮らす者が交渉に訪れていると聞いて、冷や汗ばかり流していました』

 パールと対面し話を交えるガゼル子爵家当主フリューゲルは、そう述べながら苦笑を浮かべる。
 ガゼル子爵家はパールが使者として訪れ持ち掛けた盟約の交渉は寝耳に水の話であり、突然の呼び出しで翻弄されるという形になっていた。

 言ってみればガゼル子爵家にとって、領地内の民間人じゅかいびと帝国くにに直接交渉に押し掛けたような状態である。
 領地内の民がそのような行動を行えば領主としては困惑し動揺を免れず、皇帝陛下ゴルディオス宰相閣下セルジアスに領主内の管理不届きで処分を言い渡されてもおかしくは無い状況で、焦りながら帝都へ向かう事になってしまった。

 そうした事情をやんわりと伝えたガゼル子爵の言葉を正確に理解し、パールは改めて謝罪を述べる。

『すまなかった』

『いえ。盟約も改めて結ばれたことは、子爵家こちらとしても喜ばしい。今回の盟約で樹海の品々に関する交易権利も、皇帝陛下やローゼン公爵家の後ろ盾を受ける形で我がガゼル子爵家が仲介を行う事となりましたので、こちらとしても非常に利益のある話で良かったと思っております』

『そうか。それならいいのか』

『ところで、樹海の方々に盟約の内容を御伝えに戻るのでしたよね?』

『ああ。あの内容を大族長や族長達に伝えて、承諾を得ようと思う』

『……え? 待ってください。承諾とは?』

『だから、盟約を結んだという承諾だ』

『……まさか、大族長や族長からは承諾を得ないまま、盟約の交渉へ来たのですか?』

『ああ。だが族長の一人である父と、もう一人が大族長達を説得しているはずだ』

『……頭が痛くなりそうな話だ……』

 青褪めた表情を見せながら再び冷や汗を流すガゼル子爵に対して、パールは不思議そうに首を傾げる。
 そうした事情もあり、樹海の者達からほとんど認知すらされていない盟約が承諾されるか不安に思ったガゼル子爵は、樹海までパールを送り届ける話になった際に念押ししながら述べた。 
 
『いいですか? 今回の盟約について、我々ガゼル子爵家と樹海に棲む長達とで、重厚な話し合いが必要となるでしょう。一度、私は領地の屋敷に戻りますので、盟約の大族長達と相談した上で、私が樹海へ立ち入り話をする場を設けさせて頂きたいと許可を得てください』

『また話し合いが必要なのか?』

『必要です! いいですか? 承諾を得る得ないに関わらず、絶対に族長達には私が赴く事も御伝えください。私は樹海の中に入った事が無いので、到着してから二十日後に貴方を降ろした場所に我々を迎えに来てください。いいですね? いいですよね!?』

『あ、ああ……』

『お願いしますよ! もしこれで樹海側が盟約を反故などにしたら、間違いなく皇帝陛下の威信と名誉を傷付けたことになり、大問題になりますからね!? それに私達も巻き込まれちゃいますからね!?』

『……わ、分かった』

 ガゼル子爵は冷や汗を浮かべながら強い口調で伝え、パールは引き気味にそれを了承する。

 こうした形でガゼル子爵の馬車に乗ったパールは帝都をち、十数日後に故郷である樹海の手前まで戻る。
 そこでガゼル子爵と別れる形で離散し、互いに交渉の話を進める為にそれぞれに家に戻った。

 パールはセルジアスに与えられた槍と旅用の衣服を纏い、幾つかの道具が入った鞄を担ぎながら軽い足取りで樹海を踏破していく。
 そして約五ヶ月振りにセンチネル部族の村に戻ったパールは、呆然とした表情を浮かべた後に呆れるような息を漏らして呟いた。

「――……『はぁ……。なんだ、これは……?』」

 パールが見たのは、樹海の中で見事に発展しつつある村の姿。

 村の外側は更に敷居が広がり、以前とは比べられない幅と大きさの強固な柵で覆われ、その上からは監視塔と思しき矢倉が幾つも立てられているのが分かる。
 更に細く長い木材で編み組まれた門が敷かれ、まるで帝国内に存在する村と変わらぬ防備が敷かれていた。

 そして矢倉の上で監視している部族の若者が、帰ってきたパールに気付き呼び掛ける。

「――……『おっ、パールじゃないか! 戻って来たんだな!』」

「『ああ! ところで、なんだこの柵は!?』」

「『作ったんだよ、俺達で!』」

「『はぁ!?』」

「『中を見れば、もっと驚くぞ! ――……おーい! パールが戻って来たから、門を開けてくれ!』」

 監視役をしている部族の若者は下に声を向け、門の開閉を管理している他の者達に伝える。
 すると数十秒後には、木製の門が落とし格子の形で上に持ち上げられた。

 パールはその門を潜ると、内門の近くで縄状の紐を引っ張り開閉をしている複数の若者達が声を掛ける。

「『おかえり、パール』」

「『盟約は? 結べたのか?』」

「『樹海の外って、どんな場所だったんだ?』」

 そうした事を聞いて来る若者達に、パールは唖然としながら訝し気な表情を見せる。
 自分パールが樹海から出て行く時と違い、奇妙な覇気や英気を漲らせている男達の変化が、パールには奇妙にしか思えなかったのだ。

 そうした若者達に対して軽く受け流しながら、パ―ルは集落が在った場所へ向かう。
 しかしそこも、パールの知る村とは違う別の光景となっていた。

「『……クラウスめ。やってくれたな……』」

 パールは村の姿を変貌させたであろう人物の名を呟き、頭を抱えながら首を振る。

 以前は掘っ立て小屋が五つも存在しなかった村の様子が、敷居を拡げて数十以上もの建築物が出来上がっている。
 更にセンチネル部族以外の部族達の姿も見え、そうした者達は何か作業に取り組み勤しむ姿が見えた。

 食事に関しても、ただ火で焼いた獣肉や樹海の実りをそのまま齧るように食べていた風景が、水のろ過を始めてとして、火を使い土鍋に水を注ぎ森で採れる香辛料などを使った燻製肉と植物の実を使った料理なども作られている。
 更に木製ながらも調理用や食事用の食器などが作られ、他にも新たな建築物や道具を生産していた。

 センチネル部族の村は、既に未開人と呼ばれていた頃の名残は存在しない。
 そして変わってしまった故郷を見ながら溜息を漏らしているパールに、ある人物が横から話し掛けて来た。

「――……戻って来たようだな。パール」

「……クラウス。お前と言う奴は……」

「凄いだろう? 例え未開人と言えど、技術を教え有用性を理解すれば、こうも暮らしは変わるものだ」

「変わり過ぎだッ!!」

 パールは故郷の姿を変えた原因クラウスに怒鳴り、頭を抱えた様子を見せる。
 一方で不敵な笑みを浮かべるクラウスは、腕を組みながら首を傾げた。

「何をそんなに怒っている? 交渉が失敗でもしたか?」

「成功させたさ! それより、なんだこの変わりざまは!?」

「凄いだろう?」

「凄いだろう、じゃない! アタシが出て行った時より悪化してるじゃないか!」

「『悪化』の言葉使いが間違っているぞ? これは『発展』と言うのだ」
 
「その『発展』が悪化してるんだ!」

「なに、細かい事は気にするな」

「細かくない! どうやったら数ヶ月で、こんなに変えてしまうんだ!?」

 パールはそう言いながら怒鳴り、クラウスに対して突っ込みを入れる。
 そしてクラウスはある方向へ首を傾け、顎を動かしながらパールの視線を促した。

「俺だけだったら、こうは変えられなかっただろうな」

「……どういうことだ?」

「アレを見ろ」

「……!?」

「彼等が色々と持ち込んで提供してくれた。それに、彼等自身も物作りの技術が有る。俺が作れない物も作れるので、部族の者達にとっては良い教え役になっている」

 クラウスはそう話し、視線の先に居る者達のことをそう述べる。
 そこには部族の者達と混ざりながらも、明らかに部族達とは人種が異なり、肌の濃さも部族の者達より薄い外の者達がいた。

 そして彼等の顔を見て、パールの記憶にある一団のことを思い出す。 
 彼等が誰か認識したパールは、驚きを浮かべながらクラウスに視線を変えた。 

「……なんで、奴等がまたここにいるんだ!?」

「俺に雇われに来たそうだ。なので雇った」

「……はぁっ!?」

「安心しろ。彼等の報酬は、この樹海に住まわせてもらうだけで良いそうだ」

「……父は、族長は許可してるんだよな?」

「ああ。俺が説き伏せたぞ」

「……父ラカムよ。もっと言葉の槍を研いでくれ……」

 パールはそう嘆くように膝を曲げ、身を屈めながら顔を両手で覆う。
 そんなパールの様子を見下ろしながら、クラウスは不敵な笑みを零して部族に混ざる者達の姿を見た。

 そこには、ある人物の姿も含まれている。

 それはエリクの幼い頃からの相棒であり、団長エリク不在の傭兵団を預かる男。
 黒獣傭兵団副団長ワーグナーの意思と判断によって、四十名前後の黒獣傭兵団が樹海の部族に混じりながら文明の発展に貢献していた。
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