702 / 1,360
修羅編 閑話:裏舞台を表に
主従の姿 (閑話その八十七)閑話その八十七)
しおりを挟むリエスティアの見えない瞳と動かない足を快復させ正式に結ぶ許可を得る為に、ガルミッシュ帝国皇子ユグナリスは老騎士ログウェルと共にアリア捜索の手掛かりをつかむ為にルクソード皇国へ旅立つ。
それから数週間後。
婚約の許可を求められガルミッシュ帝国から発った使者アルフレッドは、旧ベルグリンド王国にして新生オラクル共和王国の王都へと帰国した。
そして戻った直後から政務に打ち込み、和平で取り決められた事を各所に伝達し、更に帝国側の回復魔法と医術を学ぶ人材を選び出す。
その政務に打ち込む表情は普段とは異なり、少し険しさを宿している。
しかし周囲の者達は普段から表情の起伏に乏しいウォーリスの様子から、誰もその変化に気付けない。
その中で一人だけ、ウォーリスに変調が起きている事に気付いた者も居る。
それは彼にとって幼馴染であり、王城の王室にて執務をこなしていた現オラクル共和王国の国王を務める本当の従者アルフレッドだった。
「――……ウォーリス様、どうされたのですか?」
「……ああ。少しな」
王室に訪れ長椅子に腰を下ろしたウォーリスの雰囲気に気付き、アルフレッドは席を立ち戸棚に保管していた二つのワイングラスと白葡萄酒を丁寧に持つ。
そして互いに顔を向け合う形で椅子に腰掛け、グラスに白葡萄酒を注ぎながら聞いた。
「帝国で、何かありましたか?」
「……リエスティアが、帝国の皇子に惚れた」
「はっ?」
「しかも、皇子の方も本気らしい。……まさか今のリエスティアにあそこまで入れ込む男が居たのは、私の計算違いだった」
「……ウォーリス様は、世事や政には長けていますが、そうした事には疎いですから」
「どういう意味だ?」
「リエスティア様は、十分に魅力的な女性ですよ。特に甲斐甲斐しさを擽られる男であれば、リエスティア様を放ってはおけないでしょう」
「……」
「だから言ったのです。本当に、帝国にリエスティア様を預けて良いのかと。……それに関してだけは、失策でしたね」
アルフレッドは呆れた様子で溜息を吐き出し、腰を下ろし口元を微笑ませる。
それに対してウォーリスはあからさまに不機嫌な様子を見せながら白葡萄酒が注がれたグラスを持ち、特に味わう事も無く一気に飲み干した。
普段は誰にも見せないように荒れた様子を見せるウォーリスに、アルフレッドは苦笑を浮かべながら尋ねる。
「それで、どうされたのです?」
「……アルトリアを帝国に戻し、リエスティアの目と足を治せば婚約を認めるという条件を出した」
「それは……」
「分かっている。……あの時の私は、どうかしていた」
「それだけ動揺されたのでしょう。……しかし直球でアルトリア嬢を要求してしまうのは、帝国側にこちらの意図を気付かせてしまった可能性はありませんか?」
「いや。どうやら向こうは、違う思惑があるとこちらに抱いたらしい」
「違う思惑?」
「現状、アルトリアは行方不明だ。その消息を知るのは、匿っている者達と私達くらいだろう。向こうは行方が分からないアルトリアを要求に出され、実兄である私が妹可愛さに婚姻を正式にさせないよう無理な要求を突き付けたと考えているようだ」
「あながち、それも間違いでは無いのではありませんか?」
「それを言うなよ」
再び苦笑を浮かべるアルフレッドはそう述べ、ウォーリスは空にグラスに自身で白葡萄酒を注ぐ。
それを見ながらアルフレッドも自分のグラスを手に取り、口に白葡萄酒を含み味わいながら飲んだ後に口を開いた。
「……それで、貴方とリエスティア様の素性を明かして、帝国はどのような反応を?」
「予想通りだ。向こうはリエスティアを通して、私達がゲルガルド伯爵家の血縁者だと予測していた」
「それはそれは、とても優秀ですね」
「ああ。お前が話していた通り、あの男の跡を継いだ優秀な公爵殿が探り当てたのだろう。僅かな情報だけで、大したものだ」
「それで、目論見の方も?」
「ああ、目論見の一端は教えた。……皇帝の方はそれを信じていた様子だったが、公爵殿はまだ半信半疑と言ったところだろう」
「やはり、油断は出来ませんか」
「いや。例えこちらの真の目論見に辿り着けたとしても、もう遅い」
「!」
「帝国は今、受け身に入っている。私が七大聖人を退けられるだけの戦闘能力を有している可能性を考え、共和王国側に何か仕掛ける事は出来ない。諜報自体を止める事は無いだろうが、逆にこちらが形成していく出来事を傍観する以外に手段が無い」
「『緑』の七大聖人。ログウェル=バリス=フォン=ガリウスが、何かする可能性は?」
「奴は帝国から離れる。帝国皇子と共にな」
「!」
「今の帝国には、共和王国側と対する備えを怠れない。外国に居るアルトリアの捜索までは出来ないだろう。だからと言って、あの皇子がリエスティアを諦めるとは思えない」
「……なるほど。帝国は既に、貴方と悪魔に繋がりがある可能性を考えている。しかし悪魔に攫われようとした皇子がアルトリア嬢の捜索に出れば、再び悪魔に狙われる可能性を捨てられない。だからアルトリア嬢を捜索するだろう皇子と共に、悪魔に対抗できるログウェルも帝国から離れる」
「その通りだ」
「そこまで予測して、アルトリア嬢を連れ戻すように帝国側に要求を?」
「ああ。単なる動揺と意地悪だけで、咄嗟にあんな間抜けな要求はしないさ」
嘲笑を浮かべるウォーリスは、再びグラスに注いだ白葡萄酒を飲み干す。
それに小さな鼻息を見せながら微笑むアルフレッドは、同じく酒を飲み干した後に報告を述べた。
「……では、本題に入りましょうか」
「ああ」
「各地から傭兵達が集まりつつあります。その中には、【特級】の傭兵も含まれています」
「なるほど。特級傭兵とは、実に頼もしい」
「ウォーリス様が言うと、皮肉に聞こえますね」
「そんな事は無いさ。それで?」
「昨年から例の国で、銃の生産も行い始めています。三ヶ月以内には、一定数の銃が届くでしょう。それまで兵士達や赴いた傭兵達には、基礎訓練を実施する予定です」
「銃の指導は?」
「予め勧誘していた、【特級】傭兵団『砂の嵐』に依頼しています。無法国に所属している彼等ですが、銃の腕前は人間国家の中でも随一です」
「良い人選だ。その案件はそのまま進めよう」
「ありがとうございます。他にも【結社】から引き抜いた者達を、王国へ召集中です」
「【結社】やフォウル国から気取られてはいないか?」
「どちらも動きはありません。皇国で起きた騒動で各国が険悪な関係を示している為、物流以外にも情報が滞っているようです」
「これも、御婆様のおかげというわけだな」
「そうですね。それと、こちらで回収し揃えていた手駒も、既に肉体の修復を終えています」
「そうか。魂の方は?」
「ある程度は、悪魔が回収済みです。また回収できなかった魂に関しても、マシラ共和国で得たマシラ一族の秘術を解析し、死者の世界から回収できないか実験を始めています」
「研究はそのまま進めてくれ。……死んだ者達にも、協力してもらおう。我々の目的にね」
アルフレッドは計画の経過を伝え、ウォーリスはその情報を下に思考を組み立てていく。
そうした話をしている最中、二人が居る王室の扉を三度ほど叩く音が聞こえた。
それを聞き二人は話を止め、互いに扉を見る。
二人は顔を見合わせ頷くと、ウォーリスは席を立ち扉へ向かった。
扉に施していた防音を含む結界の術式を解き、外界から隔離されていた王室の扉をウォーリスは開けた。
扉を叩き訪れたのは、礼服を来て左腰に長剣を携えた背の高い白髪の男性騎士。
その騎士が入室すると、扉を閉められ再び王室内に結界が展開された。
それを確認した騎士は、二人に報告を述べる。
「――……あの者が目覚めましたので、御報告に参りました」
「そうですか。御伝え頂き感謝します」
その騎士が届けた情報を聞き、アルフレッドは長椅子に腰掛けながら礼を述べる。
そしてウォーリスは騎士に対して、後ろから声を掛けた。
「身体の調子はどうですか?」
「少し、首と右腕に違和感はありますが。問題はありません」
「そうですか。これからの共和王国では、貴方の働きも重要となってきます。御婆様の下に居た時のように、その働きを期待していますよ。――……ザルツヘルム殿」
「はい。ウォーリス様」
訪れた騎士は『ザルツヘルム』と呼ばれ、その騎士もまたウォーリスを本当の真名で呼び応える。
二年前、ルクソード皇国にて第四兵士師団を纏めていた師団長にして騎士ザルツヘルム。
幼い頃にナルヴァニアの騎士になる事を夢としながら努力を重ね、彼女が女皇に就いてから直属の騎士となった人物。
しかし二年前、皇国で事件で合成魔獣や合成魔人《キメラ》の製造を秘かに指揮し、元傭兵グラドを含めた新兵達を使い合成魔人の性能実験を行っていた。
その最中に青髪の少年マギルスによって実験は妨害され、それを討とうとしながらも、逆に首と右腕を切り落とされ絶命したはずの男。
その現場にいて後に捕縛された研究者達の証言から死亡が確認されていたザルツヘルムが甦り、共和王国の騎士として忠誠を誓った女性の孫に平伏する様子を見せていた。
0
あなたにおすすめの小説
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!
nineyu
ファンタジー
男は絶望していた。
使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。
しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!
リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、
そんな不幸な男の転機はそこから20年。
累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!
【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!
花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】
《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》
天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。
キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。
一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。
キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。
辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。
辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。
国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。
リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。
※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい
カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!
心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。
これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。
ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。
気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた!
これは?ドラゴン?
僕はドラゴンだったのか?!
自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。
しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって?
この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。
※派手なバトルやグロい表現はありません。
※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。
※なろうでも公開しています。
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる