虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

文字の大きさ
703 / 1,360
修羅編 閑話:裏舞台を表に

安楽なき死 (閑話その八十八)

しおりを挟む

 ガルミッシュ帝国と新生オラクル共和王国で結ばれる和平の裏側で、秘密裏に暗躍する者達。

 元ルクソード皇国の女皇ナルヴァニアの血を引き、ガルミッシュ帝国のゲルガルド伯爵家の血縁者であるウォーリスと、それに付き従う従者アルフレッド。
 その二人の傍には、二年前に皇国の騒乱で死亡したはずの第四兵士師団を纏めていた師団長、騎士ザルツヘルムが仕えていた。

 しかしその様相は変貌しており、茶色に寄った黄土色ブロンドの髪は老いたような白髪に染まり、若干だが肌色に宿る生気が薄い。
 それでもウォーリスに仕える様子は威風堂々とした姿ものであり、その茶と黒が混じる瞳には確かな意思が感じられていた。

 そのザルツヘルムと共に、ウォーリスはある場所に訪れる。

 それは僅かな光が灯る暗闇の中であり、その奥には地下へと続く階段を設けられていた。
 そして広く長い階段を降り続けると、薄暗く周囲の壁や地面に薄く霜が宿るほどの冷気が籠る空間へ辿り着いた。

 しかし訪れたウォーリスとザルツヘルムは、零度を下回るであろう冷気が漂う極寒の中で白い息を吐き出す事は無い。
 そんな二人が小さな明かりが灯る極寒の地下室内を歩くと、幾重にも檻が束ね敷かれた一室の前で立ち止まった。

 ザルツヘルムは檻の中を照らす為に、近くにある操作盤に設けられたボタンを押す。
 すると檻に閉じれらた室内が仄かに照らされ、その光に当てられたモノが姿を見せた。

「――……目覚めの気分はどうだ? 『きん』の七大聖人セブンスワン

「……」

 ウォーリスは普段と異なる低く重圧を宿した声を発し、檻の中に居る人物に向ける。

 檻の中に閉じ込められていたのは、あの『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァ。
 約半年前にベルグリンド王国に乗り込み、目の前のウォーリスと対峙した現七大聖人セブンスワンの中で最も強いと称されている者が、傷だらけの肉体を四方に固めらながら幾重にも巻き付いた鋼鉄の鎖に拘束されている。
 更に両手両足には痛々しく杭の楔を打ち付けられ、身動きの出来ない状態で壁に貼り付けられていた。

 更に仄かに光る灯火は、檻の壁面も僅かに照らす。
 そこには数多の魔法文字が描かれており、ウォーリスを無視するように横目を向けたミネルヴァは白い息を漏らしながら呟いた。

「……魔封まふうじ……」

「喋れる力は残っているのは、結構なことだな。――……目覚めたばかりで恐縮だが、質問をさせてもらおう」

「……」

「お前は私が【悪魔】である事以外に、何を知っている?」

「……殺せ」

「私の質問に答えてくれたら、御要望通りに殺そう。……で、何を知っている?」

「……」

「ザルツヘルム」

「ハッ」

 答えずに口を噤むミネルヴァに対して、ウォーリスは後ろに控えるザルツヘルムを呼ぶ。
 その声に応えたザルツヘルムは、再び操作盤に設けられた一つのボタンを押した。

 するとミネルヴァの手足と肉体に食い込むように拘束している鉄杭や鎖に、黄色い閃光が宿り放たれる。
 その光を浴びたミネルヴァは黄土色ブロンドの髪を逆立たせ、歯を食い縛り目を見開く様子を見せた。

 そして檻の中で火花のように放たれる電撃がミネルヴァを襲う様子を見ながら、外側からウォーリスが声を向ける。

「安直のやり方だが、質問に答えなければ拷問を行う」

「……ッ」

「お前は私を【悪魔】だと言った。その情報は恐らく、皇国に匿われているアルトリアが授けた情報だろう。……だが、腑に落ちない点が多い」

「……」

「アルトリアと新たな『赤』に選ばれたケイルと言う女傭兵以外の行方が掴めない。……今、他の者達は何処で何をしている?」

「……殺せッ」

 電撃を受けながらも敵意と反意を宿した鋭い瞳を向けるミネルヴァは、その言葉だけを口にする。
 拷問に対して苦痛を見せながらも意に介さない様子で反抗するミネルヴァに対して、ウォーリスは小さな溜息を漏らしながら蔑むかのような視線を返した。

「アルトリアと共に同行していた、エリクという男と他の者達。彼等も私を【悪魔】だと知った上で行動しているのなら、アルトリアの代わりに私と対峙する為の策を巡らせているのだろう」

「……」

「少なくとも、ルクソード皇国とアズマ国は既に私の存在を知り、対抗策を考えていると思った方がいい。……こちらもそれ等に備える為には、それ相応の戦力が必要になる」

「……ッ」

「戦力の話ならば、本当は私一人でも事は足りるのだが。……私一人が暴れたところで、私の目的は果たされない。まったく、困った目標を立ててしまったものだ」

 ウォーリスは自身が抱く目標を皮肉ひにくに述べ、まるで自分自身を嘲笑うように声を笑わせる。
 それを見たミネルヴァは鋭くも不可解な瞳を見せ、電撃を受けながらも口を開いた。

「……あわれだ」

「ん?」

「【悪魔】に魂を売り、おのが目的の為に悪行を重ねる……。……お前は、哀れな存在だ」

「……ザルツヘルム。止めろ」

「はい」

 電撃を受けながらも煽るようにそう述べるミネルヴァを見て、ウォーリスは表情から微笑みを失くす。
 そしてザルツヘルムに電撃を止めるように命じると、逆立たせた髪を垂れるように戻したミネルヴァに問い掛けた。

「私が哀れか。……私から見れば、お前こそ哀れに見える」

「……」

「今の姿を哀れと言っているんじゃない。――……この世界のことわりに縛られ、七大聖人セブンスワンなどという役目を背負ってしまった、お前は哀れだ」

「……!!」

「お前は七大聖人セブンスワンで在る事を誇りにしているようだが。私から言わせれば、お前に施された聖紋それは、ただお前という存在を縛る『かせ』でしかない。実に哀れだ」

「……神に選ばれた私が、哀れだと?」

「そうだ。――……この世には、『神』の加護など無い」

「!」

「この世に在るのは、全て偽りでいろどられた『意思いし』だけだ」

「……偽りの、意思……?」

「誰が定めたかも分からぬルール。それが敷かれた世界に従順に生きる者達。まるで喰われる事を知らぬ家畜の群れに等しい。これが哀れな光景でなくて、なんだと言うんだ?」

「……貴様は、違うとでも言うのか?」

「いいや、違わない。――……だからこそ、この世界のことわりを変える必要がある」

「!」

「このことわりが敷かれた世界を壊し、新たな世界を作り出す。――……その為に、私は何でもやるつもりだ」

 檻の向こう側で僅かに照らされるウォーリスの表情を見て、ミネルヴァは傷付いた肉体を僅かに震わせる。

 その青い瞳には、今までよりも深い憎悪が眼光に宿っていた。
 憎悪の奥には更に深い暗闇が広がり、まるで星や月の光が無い夜を見るような恐ろしさをミネルヴァは抱く。

 ウォーリスの口から放たれた言葉は、まるで子供の戯言ざれごと
 しかしその表情と瞳からは、彼が本気で世界を壊すことを考えている事を悟らざるを得なかった。

「……ミネルヴァ。死ぬ事を望むお前に、良いモノを見せよう」

「……!」

 ウォーリスは檻の傍から離れ、後ろに控えるザルツヘルムに視線を向ける。
 それに応えるようにザルツヘルムは頷き、再び操作盤に設けられたボタンを押した。

 するとウォーリス達が居る空間側が照明で照らされ、地下空間全体を見せる。
 その空間を檻越しに視認したミネルヴァは、驚愕の表情を浮かべながら僅かに口を開けた。

「……ここは、まさか……」

「そう。……ここは、我々が回収した死体を保存する場所だ」

「!」

「お前の望み通り、死ねばこの中に加えよう。――……だが残念な事に、お前は『死』によって解放はされない」

「……!!」

「ミネルヴァ、お前に選ばせてやろう。――……このザルツヘルムと同じように、死後に自らの意思で私のもとくだるか。それとも、意思の無い単なる手駒コマとなるか」
 
「……死霊術ネクロマンシー……ッ」

「まだ目覚めたばかりだ、少し考える時間を与えよう。……今のお前に選ぶ権利があるのは、それだけだ」

 一定の冷度で満たされた地下空間は意外に広く、その壁面には埋め尽くされるように敷かれた小さな扉群が存在していた。
 それを死体を保存する場所であると自ら明かしたウォーリスは、ミネルヴァは不可避の選択を迫る。

 意思を持った不死者アンデットとなって利用されるか、意思の無い不死者アンデットとして利用されるか。
 それを迫った後に再び照明を落としてその場を去ったウォーリスとザルツヘルムを他所に、ミネルヴァは瞼を伏せ小さな涙を零しながら呟いていた。

「――……神よ。……罪人つみびとたる私は、家族がいる【天の楽園ばしょ】にはけないのですね……」

 ミネルヴァは自身の死を悟りながらも、死後に囚われ家族が向かった場所へは赴く事は出来ないのだと知る。
 それに対する悔いを見せながらも、三十年後みらいに起こした自分の行動を思い出し、自身の罪を思い出しながら状況を受け入れた。

 そして暗闇に支配された地下の天井を見上げ、ある者達を思い出しながら呟く。

「……エリク。マギルス。ケイル。……神の願いを、託したぞ……」

 ミネルヴァは神に託された願いを三人に託し、自らの死を覚悟する。

 それから数日後。
 ミネルヴァが囚われていた地下のおりに、彼女の姿は無かった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!

心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。 これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。 ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。 気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた! これは?ドラゴン? 僕はドラゴンだったのか?! 自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。 しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって? この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。 ※派手なバトルやグロい表現はありません。 ※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。 ※なろうでも公開しています。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

処理中です...