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修羅編 閑話:裏舞台を表に

安楽なき死 (閑話その八十八)

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 ガルミッシュ帝国と新生オラクル共和王国で結ばれる和平の裏側で、秘密裏に暗躍する者達。

 元ルクソード皇国の女皇ナルヴァニアの血を引き、ガルミッシュ帝国のゲルガルド伯爵家の血縁者であるウォーリスと、それに付き従う従者アルフレッド。
 その二人の傍には、二年前に皇国の騒乱で死亡したはずの第四兵士師団を纏めていた師団長、騎士ザルツヘルムが仕えていた。

 しかしその様相は変貌しており、茶色に寄った黄土色ブロンドの髪は老いたような白髪に染まり、若干だが肌色に宿る生気が薄い。
 それでもウォーリスに仕える様子は威風堂々とした姿ものであり、その茶と黒が混じる瞳には確かな意思が感じられていた。

 そのザルツヘルムと共に、ウォーリスはある場所に訪れる。

 それは僅かな光が灯る暗闇の中であり、その奥には地下へと続く階段を設けられていた。
 そして広く長い階段を降り続けると、薄暗く周囲の壁や地面に薄く霜が宿るほどの冷気が籠る空間へ辿り着いた。

 しかし訪れたウォーリスとザルツヘルムは、零度を下回るであろう冷気が漂う極寒の中で白い息を吐き出す事は無い。
 そんな二人が小さな明かりが灯る極寒の地下室内を歩くと、幾重にも檻が束ね敷かれた一室の前で立ち止まった。

 ザルツヘルムは檻の中を照らす為に、近くにある操作盤に設けられたボタンを押す。
 すると檻に閉じれらた室内が仄かに照らされ、その光に当てられたモノが姿を見せた。

「――……目覚めの気分はどうだ? 『きん』の七大聖人セブンスワン

「……」

 ウォーリスは普段と異なる低く重圧を宿した声を発し、檻の中に居る人物に向ける。

 檻の中に閉じ込められていたのは、あの『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァ。
 約半年前にベルグリンド王国に乗り込み、目の前のウォーリスと対峙した現七大聖人セブンスワンの中で最も強いと称されている者が、傷だらけの肉体を四方に固めらながら幾重にも巻き付いた鋼鉄の鎖に拘束されている。
 更に両手両足には痛々しく杭の楔を打ち付けられ、身動きの出来ない状態で壁に貼り付けられていた。

 更に仄かに光る灯火は、檻の壁面も僅かに照らす。
 そこには数多の魔法文字が描かれており、ウォーリスを無視するように横目を向けたミネルヴァは白い息を漏らしながら呟いた。

「……魔封まふうじ……」

「喋れる力は残っているのは、結構なことだな。――……目覚めたばかりで恐縮だが、質問をさせてもらおう」

「……」

「お前は私が【悪魔】である事以外に、何を知っている?」

「……殺せ」

「私の質問に答えてくれたら、御要望通りに殺そう。……で、何を知っている?」

「……」

「ザルツヘルム」

「ハッ」

 答えずに口を噤むミネルヴァに対して、ウォーリスは後ろに控えるザルツヘルムを呼ぶ。
 その声に応えたザルツヘルムは、再び操作盤に設けられた一つのボタンを押した。

 するとミネルヴァの手足と肉体に食い込むように拘束している鉄杭や鎖に、黄色い閃光が宿り放たれる。
 その光を浴びたミネルヴァは黄土色ブロンドの髪を逆立たせ、歯を食い縛り目を見開く様子を見せた。

 そして檻の中で火花のように放たれる電撃がミネルヴァを襲う様子を見ながら、外側からウォーリスが声を向ける。

「安直のやり方だが、質問に答えなければ拷問を行う」

「……ッ」

「お前は私を【悪魔】だと言った。その情報は恐らく、皇国に匿われているアルトリアが授けた情報だろう。……だが、腑に落ちない点が多い」

「……」

「アルトリアと新たな『赤』に選ばれたケイルと言う女傭兵以外の行方が掴めない。……今、他の者達は何処で何をしている?」

「……殺せッ」

 電撃を受けながらも敵意と反意を宿した鋭い瞳を向けるミネルヴァは、その言葉だけを口にする。
 拷問に対して苦痛を見せながらも意に介さない様子で反抗するミネルヴァに対して、ウォーリスは小さな溜息を漏らしながら蔑むかのような視線を返した。

「アルトリアと共に同行していた、エリクという男と他の者達。彼等も私を【悪魔】だと知った上で行動しているのなら、アルトリアの代わりに私と対峙する為の策を巡らせているのだろう」

「……」

「少なくとも、ルクソード皇国とアズマ国は既に私の存在を知り、対抗策を考えていると思った方がいい。……こちらもそれ等に備える為には、それ相応の戦力が必要になる」

「……ッ」

「戦力の話ならば、本当は私一人でも事は足りるのだが。……私一人が暴れたところで、私の目的は果たされない。まったく、困った目標を立ててしまったものだ」

 ウォーリスは自身が抱く目標を皮肉ひにくに述べ、まるで自分自身を嘲笑うように声を笑わせる。
 それを見たミネルヴァは鋭くも不可解な瞳を見せ、電撃を受けながらも口を開いた。

「……あわれだ」

「ん?」

「【悪魔】に魂を売り、おのが目的の為に悪行を重ねる……。……お前は、哀れな存在だ」

「……ザルツヘルム。止めろ」

「はい」

 電撃を受けながらも煽るようにそう述べるミネルヴァを見て、ウォーリスは表情から微笑みを失くす。
 そしてザルツヘルムに電撃を止めるように命じると、逆立たせた髪を垂れるように戻したミネルヴァに問い掛けた。

「私が哀れか。……私から見れば、お前こそ哀れに見える」

「……」

「今の姿を哀れと言っているんじゃない。――……この世界のことわりに縛られ、七大聖人セブンスワンなどという役目を背負ってしまった、お前は哀れだ」

「……!!」

「お前は七大聖人セブンスワンで在る事を誇りにしているようだが。私から言わせれば、お前に施された聖紋それは、ただお前という存在を縛る『かせ』でしかない。実に哀れだ」

「……神に選ばれた私が、哀れだと?」

「そうだ。――……この世には、『神』の加護など無い」

「!」

「この世に在るのは、全て偽りでいろどられた『意思いし』だけだ」

「……偽りの、意思……?」

「誰が定めたかも分からぬルール。それが敷かれた世界に従順に生きる者達。まるで喰われる事を知らぬ家畜の群れに等しい。これが哀れな光景でなくて、なんだと言うんだ?」

「……貴様は、違うとでも言うのか?」

「いいや、違わない。――……だからこそ、この世界のことわりを変える必要がある」

「!」

「このことわりが敷かれた世界を壊し、新たな世界を作り出す。――……その為に、私は何でもやるつもりだ」

 檻の向こう側で僅かに照らされるウォーリスの表情を見て、ミネルヴァは傷付いた肉体を僅かに震わせる。

 その青い瞳には、今までよりも深い憎悪が眼光に宿っていた。
 憎悪の奥には更に深い暗闇が広がり、まるで星や月の光が無い夜を見るような恐ろしさをミネルヴァは抱く。

 ウォーリスの口から放たれた言葉は、まるで子供の戯言ざれごと
 しかしその表情と瞳からは、彼が本気で世界を壊すことを考えている事を悟らざるを得なかった。

「……ミネルヴァ。死ぬ事を望むお前に、良いモノを見せよう」

「……!」

 ウォーリスは檻の傍から離れ、後ろに控えるザルツヘルムに視線を向ける。
 それに応えるようにザルツヘルムは頷き、再び操作盤に設けられたボタンを押した。

 するとウォーリス達が居る空間側が照明で照らされ、地下空間全体を見せる。
 その空間を檻越しに視認したミネルヴァは、驚愕の表情を浮かべながら僅かに口を開けた。

「……ここは、まさか……」

「そう。……ここは、我々が回収した死体を保存する場所だ」

「!」

「お前の望み通り、死ねばこの中に加えよう。――……だが残念な事に、お前は『死』によって解放はされない」

「……!!」

「ミネルヴァ、お前に選ばせてやろう。――……このザルツヘルムと同じように、死後に自らの意思で私のもとくだるか。それとも、意思の無い単なる手駒コマとなるか」
 
「……死霊術ネクロマンシー……ッ」

「まだ目覚めたばかりだ、少し考える時間を与えよう。……今のお前に選ぶ権利があるのは、それだけだ」

 一定の冷度で満たされた地下空間は意外に広く、その壁面には埋め尽くされるように敷かれた小さな扉群が存在していた。
 それを死体を保存する場所であると自ら明かしたウォーリスは、ミネルヴァは不可避の選択を迫る。

 意思を持った不死者アンデットとなって利用されるか、意思の無い不死者アンデットとして利用されるか。
 それを迫った後に再び照明を落としてその場を去ったウォーリスとザルツヘルムを他所に、ミネルヴァは瞼を伏せ小さな涙を零しながら呟いていた。

「――……神よ。……罪人つみびとたる私は、家族がいる【天の楽園ばしょ】にはけないのですね……」

 ミネルヴァは自身の死を悟りながらも、死後に囚われ家族が向かった場所へは赴く事は出来ないのだと知る。
 それに対する悔いを見せながらも、三十年後みらいに起こした自分の行動を思い出し、自身の罪を思い出しながら状況を受け入れた。

 そして暗闇に支配された地下の天井を見上げ、ある者達を思い出しながら呟く。

「……エリク。マギルス。ケイル。……神の願いを、託したぞ……」

 ミネルヴァは神に託された願いを三人に託し、自らの死を覚悟する。

 それから数日後。
 ミネルヴァが囚われていた地下のおりに、彼女の姿は無かった。
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