虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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修羅編 閑話:裏舞台を表に

緑の系譜 (閑話その八十九)

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 エリク達が三十年後みらいから戻った日から、もうすぐ一年が経とうとしている。
 各国で大きな情勢変化が起きている中、ルクソード皇国のハルバニカ公爵家が営む領地に設けられたとある農園の屋敷にて、アリアは白いベットに包まれた状態で眠り続けていた。

 今のアリアは傷も無く息も整えられ、肉体的には健全な状態を保たれている。
 食事も聖人であるが故に最小限だけに留められ、水分や農園で栽培されている果物くだものの果汁《かじゅう》を与えられていた。
 そしてハルバニカ公爵家を治めていたダニアスが信任を置いている侍女と執事達が十数人で世話をしながら護衛し、もうすぐ目覚めるであろうアリアを匿っている。

 そのハルバニカ公爵家の領地に、ハルバニカ公爵家の華家紋が彫られた二つの馬車が訪れた。
 馬車はそのままアリアが眠る農園へ訪れ、屋敷の前で止まる。

 一つ目の馬車から降りた人物は、元ハルバニカ公爵家当主ダニアス=フォン=ハルバニカ。
 新年が明けると共に自身の息子にハルバニカ公爵家当主の座を譲り渡し、宰相職も委任し終えていたダニアスは現在、第二十二代皇王であり元『赤』の七大聖人セブンスワンシルエスカ=リーゼット=フォン=ルクソードの婿として皇配こうはいの立場となっていた。

 実質的な皇国内の実務は全て新たに就任した宰相むすことシルエスカに任せ、ダニアスは代わるように自身の鍛錬を励みながらとある計画の実行者として務めを果たしている。
 そのダニアスが皇城を離れ、ハルバニカ公爵家の領地に訪れた理由は、次に馬車から降りて来た人物が原因だった。

「――……ほっほっほっ。ここですかな」

「……ここに、アルトリアが……!」

 ダニアスに続くように二台目の馬車から降りて来たのは、放浪の老騎士ログウェルとガルミッシュ帝国皇子ユグナリス。
 アルトリア捜索の為にガルミッシュ帝国を出発し、三ヶ月程の時間が経過していた二人は、目的の人物アルトリアが匿われている場所にダニアスに伴われて訪れていた。

 そのログウェルに対して、ダニアスは呆れにも近い口調で話し掛ける。

「……しかし、貴方が突如として訪れたと聞いた時には肝を冷やしました。ログウェル殿」

「ほっほっほっ。すまんのぉ、忙しそうなところを邪魔して」

「いいえ。私やシルエスカも、昔は貴方の御世話になった。ある程度の頼み事であれば聞き入れるつもりです。……ただそれが、アルトリアの行方を尋ねられる事だったのは驚きでしたが」

「儂の頼みと言うよりも、こっちの願い事じゃがの」

 ダニアスの言葉にログウェルは答えながら、顔と顎を動かし隣に立つユグナリスの望みだと教える。
 それを聞いたユグナリスは改めて頭を下げ、ダニアスに対して礼を述べた。

「……改めて、アルトリアを探していた私達に御協力頂き、感謝を御伝えします。ダニアス殿」

「いいえ。……貴方は、父君であるゴルディオスよりも、母君のクレア様に似たようですね。ユグナリス殿下」

「えっ?」

「君の父であるゴルディオスと、その弟だったクラウス。どちらも私の妹がガルミッシュ帝国に嫁ぎ、生んだ子供達でしたからね。どちらも母親の方に似ていたし、君の従兄妹いとこであるセルジアスとアルトリアも、祖母いもうとの血を色濃く継いだようだ」

「……あ、あの。何の話を……?」

「ん? つまり君の祖母は、私の妹なんだ。君から見れば、私は伯祖父《おおおじ》という事になるという話だよ」

「……ちょ、ちょっと待ってください! 伯祖父おおおじ? 確かに貴方がハルバニカ公爵家の方だとは聞いていましたが、俺と比べても貴方は少し年上にしか見えない……」

「おや、帝国には伝わってなかったのかい? 私の事は」

「す、すいません。しばらく、帝国内こくない以外の状勢が分からない立場に居たので……」

「なるほど。まぁ、ログウェル殿と一緒に居れば仕方の無いことかもしれない」

「ほっほっほっ」

 ここまでの交渉などをログウェルに任せっきりだったユグナリスは、案内してくれた目の前の青年ダニアスが聖人であり、更に自分の伯祖父おおおじにあたる人物だったことを全く知らなかった。
 それを知り苦笑するダニアスはログウェルを見ると、当人は意地悪そうな微笑みを浮かべている。

 それに呆れた様子を再び示すと、ダニアスは二人を案内するように屋敷の方へ歩き始めた。
 その背中を見ていたユグナリスは、歩き始めるログウェルに問い掛けながら後ろを付いて行き話し掛ける。

「ど、どういうことなんだ? あんな若い人が、俺の伯祖父おおおじって……」

「ふむ。お前さん、『聖人』というのは知っとるかね?」

「せ、せいじん?」

「簡単に言えば、進化した人間じゃな。どのような環境下でも適応できる肉体を持ち、人間を超えた超人的な能力を持ち、見た目の老い方が人間よりも遥かに遅く、人間の十倍以上の年齢を生きる。それが『聖人』じゃ」

「そ、そんな人間がいるなんて初耳だ……!?」

「なんじゃ、七大聖人セブンスワンくらいは流石に知っとるじゃろ?」

「そ、それは知ってるけど。ただ凄く強い人達なんだろうなくらいに思ってて……」

「これはこれは。……という事は、その聖人がずっと目の前にるのにも気付いとらんかったのか?」

「……えっ? ……まさか、アンタも!?」

「ほっほっほっ」

 ログウェルは『聖人』の存在を教え、ユグナリスが驚愕する顔を見ながら微笑みを浮かべる。
 そして今まで目の前に居た老人ログウェルが、まさに聖人である事を認識したユグナリスは、ログウェルの強さが聖人故であると納得を浮かべながら再び問い掛けた。

「……せ、聖人って。世界には沢山いるのか?」

「ふむ。一つの国に一人でもれば十分じゃろう」

「それって、二十人も居ないってことじゃ……!?」

「自分で聖人だと名乗っとらんだけで、意外と多いかもしれんがね。ダニアスのようにの」

「そ、そうなのか。……えっ。祖母の兄って事は、あのダニアスって人は少なくとも七十歳近く……!?」

「うむ」

「……アンタは?」

「さてのぉ。百を超えた辺りから、数えとらんのぉ」

「……!!」

 青年に見えるダニアスの実年齢を知り、更に目の前に居るログウェルが既に聖人として途方も無い年齢に達している事を知ったユグナリスは、思わず身体を硬直させて足を止める。
 そんなユグナリスを待つように、ログウェルは飄々とした表情を見せながら声を掛けた。

「ほれ、呆けとらんで付いて来い」

「!」

 ログウェルに急かされるユグナリスは意識を戻し、再び後を付いて行く。
 そして数人の侍女と執事がダニアスを出迎える場に辿り着くと、ユグナリスは納得した表情を見せながらログウェルに問い掛けた。

「……じゃあ、アンタが帝国くにを発つ時に言ってた知り合いっていうのは、この人ダニアスの事だったのか?」

「ん? 違うぞい」

「えっ。だって、あの人を尋ねて来たんじゃ……?」

「言うたろ。ルクソードを知っとる者じゃと。ダニアスは確かに聖人じゃが、まだ聖人の中では若いほうじゃぞ」

「じゃあ、誰が知り合いだったんだよ……?」

「それは――……と、言っとる間に来たようじゃな」

「!」

 ユグナリスは疑問の表情を浮かべ、ログウェルに問い掛ける。
 その際にログウェルは屋敷の奥から現れた新たな人物に気付き、微笑みながら視線を向けた。

 ユグナリスもまた視線に気付き、そちらの方に顔を向ける。
 すると執事や侍女達と話していたダニアスもまた、理路整然とした面持ちで歩いて来る人物を見て頭を下げながら話し掛けた。

「御久し振りです」

「御久し振りですな。……何やら、懐かしい客人を連れて来られたようで」

「はい。貴方に匿って頂いている方に、御用があるそうです」

「ほぉ。では、私も挨拶をさせて頂きましょうか」

 その人物はダニアスとの話を一時中断し、ログウェルとユグナリスが立つ場所にへ歩み寄って来る。
 そうした様子を見ていたユグナリスは眉を顰めながら表情を悩ませ、何かを思い出しながら口を開いた。

「……あの人、何処かで見た事が……」

「当然じゃろうな。何せ、四百年ほど前から皇国の地にる者じゃからな」

「えっ」

「生きとる年齢としならば、儂より上じゃよ」

「!?」

 ログウェル自身がそう話す言葉を聞き、ユグナリスは再び驚愕を浮かべてその人物を見る。
 そして二人が待つ目の前に訪れたその人物は、軽く頭を下げながら話し掛けた。

「――……御久し振りですな。三代目のログウェル殿」

「御久し振りですな。二代目のバリス殿」

「……えっ?」

 二人が互いにそう呼び合い、傍で聞いていたユグナリスは奇妙な違和感を持つ。
 それを口から漏らすと、バリスと呼ばれた人物はユグナリスにも視線を向けた。

「貴方は、ユグナリス殿下ですな。確か御会いしたのは、十年程前でしたか。大きくなられたようで」

「……あっ、思い出した! 貴方は、確か……ハルバニカ公爵家の曽御爺様そふゾルフシス殿に仕えていた、執事の!」

「覚えておいででしたか」

 ユグナリスは目の前に現れたバリスと呼ばれる人物が、誰だったのかを思い出す。

 十年程前に行われた皇国で催された宴会パーティで、ユグナリスは両親と共にハルバニカ公爵家の屋敷にも訪れていた。
 そこで曾祖父であるゾルフシスと出会い、その傍らに控える老執事の顔も見る。

 この老執事じんぶつこそ、皇国の騒乱時にゾルフシスの使いとしてアリアを探すエリクに手を貸し、更に研究所制圧の際には皇国騎士団と兵団を指揮していた皇国騎士ロイヤルナイトの団長を務めていた人物。
 ハルバニカ公爵家に仕えていた、あの老執事だった。

 その人物バリスがログウェルの古い知り合いだと聞かされたユグナリスは、驚きながらも尋ねる。

「あ、貴方も聖人だったんですか……!?」

「そうですな。世代毎に身分を誤魔化し、秘密にはしておりますが」

「そ、そうだったんですか。……あの、貴方はログウェル殿を三代目と呼び、貴方自身も二代目と呼んでいたようですが……?」

「ええ。私の跡を継ぎ、名と立場を継承したのが彼ですので」

「……えっ?」

「おや。彼から聞いていないのですか?」

「ほっほっほっ」

 名を継いだというバリスの言葉を聞き、ユグナリスは首を傾げて不可解な表情を浮かべる。
 バリスはそれを聞きログウェルに顔を向けると、微笑みを浮かべ誤魔化す様子に呆れた息を吐いた。

 そして改めて、自身の名を告げる。

「では、改めて自己紹介をしましょう。――……私の名は、バリス=フォン=ガリウス。ログウェルは私の名を継いだ三代目『緑』の七大聖人セブンスワン、ログウェル=バリス=フォン=ガリウスです」

「……はい?」

「彼が私を二代目と呼ぶのは、私が初代『緑』の七大聖人セブンスワンガリウスの名を継ぎ、二代目となった『緑』の七大聖人セブンスワンだったからですよ」

「……はぁああっ!?」

 屋敷の入り口でユグナリスは驚愕のあまり大声を上げ、目の前に居る二人の老人に視線を配る。

 ログウェルが現在『緑』の七大聖人セブンスワンであった事を知ったことも初めてであり、その先代を務めていた二代目バリスがハルバニカ公爵家に仕えていた事もまた、ユグナリスは何も知らなかった。
 そんな驚愕を浮かべるユグナリスを、ログウェルは意地悪そうに微笑み、バリスやダニアス達は苦笑を浮かべながら息を漏らす。

 こうしてアリアを探す為にルクソード皇国に訪れたユグナリスは、驚愕の事実を聞かされる事となった。
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