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修羅編 閑話:裏舞台を表に
眠り姫の下に (閑話その九十)
しおりを挟むルクソード皇国のハルバニカ公爵家に仕える老執事、バリス=フォン=ガリウス。
彼は初代『緑』の七大聖人ガリウスから聖紋を継いだ、二代目に数えられる『緑』の七大聖人だった。
その彼から『緑』の聖紋を継承したのが、三代目となる『緑』の七大聖人ログウェル=バリス=フォン=ガリウス。
二人が並び立つ姿を見ているガルミッシュ帝国皇子ユグナリスは、驚愕を治められないまま屋敷の中に招かれた。
そして屋敷の客間にて、ダニアスとユグナリスを含めた新旧『緑』の七大聖人が向かい合う形で長椅子に腰掛ける。
ダニアスが淹れた暖かい紅茶を嗜むように飲むログウェルに、ユグナリスは驚きを含んだ瞳を今も向けながら聞いた。
「――……聞いてないぞ。アンタが七大聖人だったなんて……」
「言った覚えも無いのだから、知らんのは当たり前じゃろ?」
「教えてくれても……」
「そんな些細な事を教える前に、お前さんには叩き込む事が多かったからのぉ」
「グ……ッ。……父上達は、知ってたんだな?」
「まぁ、そうじゃのぉ」
「そうか……」
「自分だけ知らなかった事が、不満かね?」
「……いや、色々納得した。アンタが強すぎる理由も、理不尽な訓練の方法も、父上達が黙ってた理由もな」
「ほっほっほっ」
ユグナリスが諦めに近い息を漏らし、それ以上の言及を止める。
それに対して微笑みを浮かべるログウェルとユグナリスの様子を見ていたバリスは、口髭に隠れながらも微笑みを浮かべながら二人に話し掛けた。
「――……どうやら今は、彼を導いているようですな。ログウェル殿」
「そうですな」
「貴方が『赤』の血を鍛えるのは、これで幾人になるか」
「『緑』の風は、『赤』の炎を助け強める。それが儂等に課せられた七大聖人の役割ですからな」
「確かに、それが『緑』を継承した我々の役目。……かつて私が、ルクソードやソニアを助けたように。貴方もシルエスカやクラウスと言った『赤』の血を継ぐ者達を助けるのは、宿命のような縁なのでしょうな」
「そうですな。これが『緑』の縁なのでしょうな」
ログウェルとバリスは互いに微笑みを浮かべ、口に紅茶を含みながら味を嗜む。
それを聞いていたユグナリスは何かを思い出し、バリスの方に視線を向けながら尋ねた。
「……あ、あの。バリス殿」
「何ですかな?」
「先程、ルクソードとソニアと仰いましたが。やはり、その名は……?」
「ええ。貴方も御存知の通り、初代『赤』の七大聖人ルクソードと、二代目の『赤』ソニアのことです」
「やはり……。そのルクソードに仕えていたということは、貴方は四百年以上前から……?」
「ええ、聖人でしたよ。そして皇国建国時には、既に『緑』の聖紋を受け継いでいた」
「!」
「五百年程前に起きた天変地異で、多くの者達が故郷と行き場を失った。その人々を『赤』だったルクソードが纏め、この大陸に根付かせ、皇国を立ち上げた。私はそれに参列していました」
「み、『緑』の七大聖人が皇国の建国に手を貸していたなんて、初耳です」
「そうでしょうな。……殿下は、知っていますかな? 五百年前の七大聖人で、誰が最も強かったかを」
「い、いえ……」
「『赤』ですよ。当時の人間大陸で、間違いなくルクソードが七大聖人の中で最も強かった」
「!」
「彼は強く、人を惹き付ける魅力を持ち、癖の多い七大聖人の中で指導者的な役割をしていた。故に彼の近くには多くの人が集まった。『緑』を継いだ私もまた、彼の在り方に魅了された一人でした」
「七大聖人だった貴方も、魅了する程の……」
祖先であるルクソードの話を聞き、ユグナリスは感慨深い思いを表情に見せる。
しかしそうした傍らで、バリスは表情を暗くさせながら少し低い声で続きを話し始めた。
「……しかし、ルクソードはこの地を去ってしまった」
「!」
「彼は確かに人格者であり、指導者として魅力の多い存在だった。……その反面、物事に対して感情的であり、それを優先してしまう傾向があった」
「……そ、それって……」
「身も蓋も無い言い方をしてしまえば、指導者にはなれても国を築き政治を行う為政者には向かない方だった。……それを自分自身でも理解していたのでしょう。彼は皇国を建国しながらも、決して為政者の立場には就かず、そのまま皇国から退くように旅立ってしまった」
「……」
「そして皇国に残された者達は、ルクソードの名残に縋るしかなかった。……それが、ルクソード皇族。ルクソードの血を引く子供や孫が皇国の頂点に置かれ、彼等を支えるべく皇国貴族達が設けられた」
「……あの、その話をどうして俺に……?」
「いえ。その赤い髪を見ると、思い出してしまうのです。彼を、ルクソードのことを」
「!」
「ルクソードの末裔達は情に熱く、逆に為政者としては凡庸な事が多い。……貴方もまた、そうではないですかな? ユグナリス殿下」
「……!」
「そうしたルクソードの末裔達を支えるべく、各皇国貴族が政治を取り仕切り、皇国を支えていた。……そうした政治体制を整えさせたのが、私なのですよ」
「え……!?」
「私はいつの日か、ルクソードがこの地に戻って来る事があっても、ここを彼の故郷として迎え入れられるようにしたかった。……しかしその夢が、多くの者達に、そしてルクソードの血を引いた末裔達を大きく苦しめる結果となってしまった」
「……」
「殿下も、そしてアルトリア嬢も。そのルクソードの血を引いていた為に、望まぬ出来事に巻き込まれたでしょう。……それについて、改めて謝罪をさせていただきます」
バリスはそう話しながら紅茶が淹れられた陶器を机に置き、ユグナリスに対して頭を下げる。
それを聞きながら頭を下げられたユグナリスは、少し考えた後に口を開いた。
「……頭を御上げください。バリス殿」
「……」
「私は、とても浅慮な人間です。それ故に多くの問題を起こし、父上や母上を含めた多くの人間に迷惑を掛けました。……でもそれは私自身の浅慮が招いた事であり、貴方の言うルクソードの血を引いていたからという理由ではありません」
「……!」
「アルトリアの方も、何かあったのかもしれませんが。それも、アルトリアが自分自身の考えや行動で招いた事だと思います。……癪ですが、アルトリアもルクソードの血を引いていたからなんていう言い訳をする事は無いでしょう」
「……なるほど。血のせいではなく、己自身のせいですか」
「はい。……貴方は長年、ルクソードの血筋に仕えた方のようです。そのような方に対して、私は感謝こそ述べはしますが、咎めようなどは考えません。私の父上や母上も、同じ事を仰るはずです。御安心ください」
「……ありがとうございます。ユグナリス殿下」
ユグナリスの返答に対して、バリスは内に抱えた蟠りを取り払うように微笑みを浮かべる。
その表情を確認し小さく安堵の息を漏らしたユグナリスは、思い出したようにバリスに聞いた。
「……あっ、そうだ! その、アルトリアの事なんですが……! アイツがここに居るというのは、本当ですか!?」
「そうですな。確かにいらっしゃいます」
「俺は、アルトリアをどうしても帝国に連れ戻さなければならないんです! 今、アイツは何を……!?」
「……アルトリア様ですが、現在《いま》は意識が無い状態で数ヶ月以上の昏睡をなさっています」
「……え?」
「話では、かなりの無茶を行い魔法を行使した事に因る反動を受けたそうです。その為に意識を失い、長い昏睡状態に陥ったと伺っています」
「……そ、そんな……」
「私達はバリス殿に頼み、彼女をこの農園に匿っています。彼女の才能と存在は特異なモノであり、そうした彼女を得ようと望む刺客達から守る為に」
「……い、いつ目覚めるかは……分からないんですか?」
「話では、近々目覚めるかもしれないとは聞かされていますが。それも確定した情報ではありません」
「……ッ」
僅かに腰を上げて尋ねていたユグナリスだったが、バリスとダニアスが話す言葉を聞いて項垂れながら腰を落とす。
リエスティアの傷を治す為に求めたアリア本人が、今は昏睡した状態で眠っている。
それではリエスティアの傷を治すことは出来ず、二人の婚約関係に関する進展が行えない。
昏睡しているアリア自身の心配よりも、そちらの方を懸念し項垂れるユグナリスを見ながら隣に座っていたログウェルは、ダニアス達に対して尋ねた。
「ふむ。……ダニアス殿。ちと、アルトリア様の状態を儂に確認させてくれんかね?」
「それは、構いませんが……」
「ありがとう。では、アルトリア様の居られる場所へ案内を頼めるかね?」
「……分かりました」
ダニアスはバリスの方へ視線を流し、互いに頷き合う。
そしてログウェルの言葉を受け入れ、二人はアリアが眠る場所へ二人を案内する事になった。
バリスが先頭を歩く形で、その後ろを三人が追従していく。
そして屋敷の庭先が見える渡り廊下を歩きながら、隣り合うように建築されていた別館の屋敷に訪れた。
別館の三階まで続く階段を四人は上がり、そこに幾人かの侍女達が待機している部屋に辿り着く。
その部屋から奥に続く扉を開けると、そこには二人の侍女が控えた状態で一定数の家具と大きな寝台が置かれた寝室が存在した。
「……!」
ユグナリスはその部屋に入り、寝台の方を見る。
そこにはユグナリスにとって懐かしさよりも忌々しさの方が強く感じられる、幼馴染であり元婚約者のアルトリアが眠っていた。
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