虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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修羅編 閑話:裏舞台を表に

目覚めの刻 (閑話の終わり)

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 リエスティア姫と正式な婚約を結ぶ為にアリアを捜索に出た、老騎士ログウェルと帝国皇子ユグナリス。
 その二人が約四ヶ月程の道程を経て辿り着いた皇国の地で、約二年振りとなるアリアとの再会を果たした。

 しかしアリア本人は寝台の上で寝静まり、僅かな呼吸を行うのみで起きる様子は無い。
 案内役となったバリスとダニアスを傍に置いた状態で、アリアの隣に立ったのはログウェルだった。

「……ふむ」

 ログウェルは白い敷布シーツに覆われたアリアの右腕を引き出し、脈拍を確認するように触れる。
 そして眠るアリアの顔を見て金色の髪に覆われる額に触れると、髪をすくいあげながら額を見て眉を顰めた。

「……ふむ。メディアが施しておった制約の封印は、無事か」

「え?」

「じゃが、奇妙な痕跡がある。どうやら、自分自身で封印の上に誓約を掛けたのだな。それを自分自身で解いた反動か」

「……さっきから言ってる、封印って何の事なんだ? それに、メディアというのは……?」

 ログウェルの呟きを隣で聞いていたユグナリスは、不可解な表情を見せながら尋ねる。
 それに対して一度だけ視線を向けたログウェルは、アリアに視線を戻しながら話した。

「メディアとは、アルトリア嬢の母親のことじゃよ。そしてアルトリア嬢を生んだ後、すぐに幼子アルトリアの魂と肉体に封印を施した張本人でもある」

「え……!?」

「お前さんも、幼い頃のアルトリア嬢が異質な力を持っていたという話くらいは、聞いた事があったじゃろ?」

「……聞いた事はあるけど。でも俺からすれば、コイツは初めて会った時から俺が理解できない存在だったから……」

「なるほど。……生まれたばかりのアルトリア嬢は、ちと問題があってな。通常の魔法式を用いず、ただ手を翳し視線を向けるだけで魔法を行使できていた」

「!」

「メディアはそれを確認し、すぐにアルトリア嬢の脳と魂を媒介に封印術を施した。それである程度は抑えられたんじゃが、クラウス様やゴルディオス様の話を聞く限りでは、それも完全には抑えられなかったようじゃな」

「……その、メディアという人は?」

「メディアは、儂以上に旅好きでな。自分の娘アルトリアに関する事はそれで留め、セルジアス様とアルトリア嬢をクラウス様に預けて旅立った」

「む、無責任すぎるでしょ……!?」

「メディアは束縛される事を大きく嫌うからのぉ。クラウス様も留めようと必死じゃったが、結局は逃げるように出て行ってしまった」

「……今までアルトリア達の母親の話が表に出なかったのは、そうした事情があったからなのか……」

「クラウス様も、不本意であったろうな。しかし愛した女と共に築いた子供達を放って、自分も追うわけにはいかぬ。そういう性分もまた、メディアに利用されたのじゃよ」

「……叔父上も、色々と苦労してたんだな」

 今な亡き叔父クラウスも愛した女性に関してに苦労していた事を知り、ユグナリスは僅かに同情心と共感性を抱く。
 そしてクラウスの息子セルジアスは父親側に似た事を安堵し、逆に娘アルトリアが母親メディアと本質的に似た性格をしたのだろうと納得していた。

 それからアリアの額から手を離したログウェルは、最低限の触診を終える。
 そして昏睡しているアリアの状態を確認した結果を、ユグナリスに伝えた。

「――……恐らく、誓約を解いた反動で眠っとるのは本当じゃろうな」

「それで、いつ目覚めるんだ?」

「それは流石に、儂でも分からん」

「そ、そうか。……眠ったままのアルトリアを連れ戻しても、リエスティアの傷を治せないんじゃ、意味が無い……」

「お前さん、少しはアルトリア嬢の心配はせんのかね?」

「心配しても無駄なんだよ。どうせ心配しても、『自分アンタの馬鹿な頭こそ心配しなさいよ』とか皮肉を言われるのがオチさ。だからもう、アルトリアの心配は二度としない事にした」

「お前さんも、結構いい性格をしとるな」
 
 アルトリアに関して断じるユグナリスの態度を見て、ログウェルは思わず苦笑を浮かべる。
 そんな二人の会話を傍で聞いていたダニアスが、渋い表情を見せながら口を挟んで来た。

「――……失礼ですが。ガルミッシュ帝国にアルトリアを戻す事に関して、私と新皇シルエスカ陛下は反対している事を先に申し上げておきます」

「なっ!?」

「先程も申し上げた通り、彼女アルトリアを取り巻く状況は複雑です。皇国われわれでさえ他国からの入国制限を設け人員の流入を最小限に留めながら、彼女を秘密裏に匿うのが精一杯なのです。……今のガルミッシュ帝国に彼女を移動させるのは、非常に危険だ」

「で、でも……!」

「それに我々は、ある人物達にアルトリア嬢を保護するように頼まれました。皇国にとって大恩ある彼等に頼まれた事を放棄するつもりも無ければ、今の状態にあるアルトリア嬢を貴方達に預けるつもりもありません」

「……ッ」

「ログウェル殿。私やシルエスカは貴方に対する義理がある。だからアルトリア嬢を匿っている事を教え、ここまで案内する事はしました。……しかし帝国皇帝の依頼によってアルトリア嬢を帝国に戻すという話であれば、話は別です。その部分だけは、御理解を頂けますか?」

「なるほど。確かにそれについては、儂が口を挟む事ではないのぉ」

「ログウェル……!」

「ユグナリス、これは帝国と皇国の話。帝国の皇帝であるゴルディオス様が望むアルトリア嬢は、皇国の皇王が保護している。もしアルトリア嬢を皇国側の許可も無く奪えば、帝国と皇国の関係性に大きな溝が生じてしまう」

「……ッ」

「ここは、アルトリア嬢が目覚めるまで待つしかなかろうな。……そして目覚めた彼女がどうするか、それを問い委ねるしかない」

「そんな……ッ!!」

 ダニアスが皇国側の意見として帝国にアリアの引き渡しを認めず、連れ戻す事を許可しない事を伝える。
 それに対して帝国側に雇われた形で赴いたログウェルはその意向を聞き、渋い表情を浮かべるユグナリスを宥めた。

 まさにそうした口論が寝室で響く中、寝台で眠る少女の瞼が僅かに動く。
 そして薄く開いた瞼の中から青い瞳が見えると、霞んだ視界で横で怒鳴り合うように話す四人の姿を視認した。

「――……うるさいわね」

「!」

「!?」

「……!!」

 互いに譲らない口論混じりの交渉を行っていた三名は、寝台側から聞こえる少女の声を聞く。
 それに驚き室内に居た全員が注目を向けると、顔を右手で覆いながら左手を軸に腰を上げた少女は苛立ちを含めた表情を見せながら呟いた。

「……あたま、イタ……ッ。……なによ、これ……?」

「……あ、アルトリア!」

「……誰よアンタ?」

「えっ?」

「というか、アルトリアってなに? ……アンタ達、だれ? ここ、何処よ……?」

 少女は声を掛けて来るユグナリスを見て、不機嫌そうな表情を浮かべながらそう呟く。
 その言葉を聞いたユグナリスは驚きで表情を強張らせ、ログウェルもまた目を見開いた。

 それに対してダニアスとバリスは目覚めた少女に驚きつつも、起きた様子を見て落ち着いた面持ちを取り戻す。
 そしてダニアスが歩み寄り、目覚めた少女に対して真摯に対応した。

「……私の名前は、ダニアス=フォン=ハルバニカ。覚えていらっしゃいますか?」

「……ダニアス? ……知らないわ」

「そうですか。……やはり、エリク殿達が言っていた事は本当だったのですね……」

「エリク……?」

「覚えていらっしゃいますか? エリク殿を」

「……知らない。誰……ッ!!」

「!」

 少女は起きたばかりの呆然とした意識ながら、ダニアスの問い掛けを聞く。
 それに答えながらエリクの名前を聞いた時、頭に鈍い痛みが走った。

 そして再び右手を額に覆わせ、僅かに前に身体を傾けて痛む様子を見せる。
 それに対して驚きを見せるダニアスは腰を屈め、少女の顔を覗き込みながら話し掛けた。

「大丈夫ですか?」

「……大丈夫、じゃないわよ……ッ」

「まだ、横になった方が宜しいでしょう。そのまま、背中を倒してください」

「……ッ」

 ダニアスに促される少女は、再び背中を寝台に預ける。
 そして少女は寝台の赤い天幕を見上げながら額と顔を覆う手を離すと、あるモノを見て不可解な声と表情を見せた。

「……なんで、私……泣いてるの……?」

 少女は自身の右手に付着していた水気と、自身の瞳から流れ出る涙を感じて泣いている事を悟る。
 その涙の理由も分からないまま、少女は奇妙な目覚めを体験した。

 こうして一年間の昏睡を経たアリアは、記憶を失い目を覚ます。
 しかしその魂には、大事な者に対する思いが確かに刻まれていた。
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