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革命編 一章:目覚める少女
約束の手紙
しおりを挟む一年前、アリアは『螺旋の迷宮』に仲間達と共に囚われる。
そして『螺旋の迷宮』を世界を形成していた数十万の死者を全て浄化する為に、アリアは自身に課していた五つの誓約を全て解いた。
そして本来の力を取り戻し、数十万の魂を浄化し輪廻の世界へと送り届ける。
しかし自身で課した誓約を解いた反動によって長い眠りに落ち、『アリア』という少女を形成していた記憶が消え失せた。
そして記憶を失った少女が今、一年間の昏睡を経て目を覚ます。
その傍には見知らぬ男達が騒ぐ様子が見え、更に不可解な頭痛を抱く自分の状態に意識を朦朧とさせていた。
目覚めた少女に対して、近くに立っていた老執事が控えていた侍女に呼び掛け医者を呼ぶ。
そして訪れた女性の医師がアリアの傍に置かれた椅子に腰掛けながら、その状態を確認した。
「……今朝まではいつも通りの状態でしたが、今は熱が高いようです。しばらくは安静に、そして今までのような水分や糖分だけではなく、何か食べ易い物を与えた方が宜しいかと」
「分かった。……アルトリア嬢、空腹感はありますかな? あるのであれば、何か御用意をしますが」
「……」
女医の言葉を聞いた老執事はそう尋ね、瞼を閉じて頭の痛みに耐えている少女に呼び掛ける。
しかし少女は無言のまま顔を横に振り、食事を求めることを拒んだ。
そして右腕に触れ脈拍を確認していた女医の手を跳ね除け、瞼を開けて青い瞳を見せながらその老執事に問い質す。
「……アンタも、誰……? ここは、何処なの……?」
「私の名はバリス。ハルバニカ公爵家に仕える執事です。そしてここは、ハルバニカ公爵家の在るルクソード皇国の国内でございます」
「……ルクソード……? ハルバニカ……。……何よ、それ……ッ」
少女は国名と公爵家の名を聞いたが、何も覚えている様子を見せない。
そして再び起こる頭痛に表情を歪め、再び瞼を閉じて問い掛ける口も閉じた。
それを見ていた礼服を纏った金髪の青年が、老執事と話を交える声を少女は聞く。
「……やはり、彼等が言った通りですね。……アルトリアは、記憶を失っている」
「そうですな。どのようになさいますか?」
「彼女の容態が安定するまでは、このまま安静に。それから彼女に色々と話し伝えた方がいいでしょう。……ユグナリス殿下。そしてログウェル殿。ここは彼等に御任せする事になりますので、退室を御願いします」
「えっ、あの。これは、どういう……?」
「……行くぞ。ユグナリス」
「あ、ああ……」
礼服の青年に退室を求められた赤髪の青年と白髪の老人は、それに従う形で寝室を出る。
それに代わるように幾人かの侍女が出入りを増やし、老執事の言葉を聞きながら目覚めた少女を介護した。
それから半日以上、記憶を失っている少女は発熱を高めながら頭の痛みに苦しむ。
少女の容態が落ち着いたのは夜が明けた翌日の事であり、まともに話せる状態になった事が女医によって伝えられたのは目覚めて二日後の事だった。
「……ふぅ」
少女は介護用机に乗った皿を見ながら、塩気を僅かに含んだ具の少ない汁物を匙で掬い飲み、ゆっくりと喉に通す。
それを少し食べると、傍に居た一人の侍女に皿を下げさせ、寝台に背を預けながら改めて訪れた礼服の青年と老執事と共に話を交える事となった。
「――……食事は、もう良いのですか?」
「……あんまり、お腹は空いてないから」
食事の皿にまだ残っている状態を確認した青年が尋ねると、少女は若干の警戒心を持ちながら答える。
そして侍女達が用意した椅子に青年は腰掛け、改めて少女と顔を合わせながら話を行った。
「改めて、自己紹介をさせて頂きましょう。私の名はダニアス。ダニアス=フォン=ハルバニカと申します」
「……」
「そして、私からも貴方に尋ねさせて頂きたい。……貴方は自分の事を、覚えていらっしゃいますか?」
「……分からないわ」
ダニアスと名乗る青年に改めてそう話し、少女の状態を確認する。
それに対して少女は訝し気な表情を見せながら顔を左右に振り、自身の事を何も覚えていない事を伝えた。
その言葉を確認したダニアスは、改めて少女に関する事情を教える。
「では、代わりに私が御答えします。……貴方の名は、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン。このルクソード皇国の親類国、ガルミッシュ帝国のローゼン公爵家で生まれた方です」
「……アルトリア……。ガルミッシュ……?」
「それも、覚えていらっしゃらないのですね」
「……何も、分からない。……なんで私は、ここにいるの……?」
「貴方は故郷であるガルミッシュ帝国を発ち、このルクソード皇国に訪れていた。幾人かの仲間と共に」
「……仲間?」
「覚えていらっしゃいませんか? ケイル殿や、マギルス殿。……エリク殿のことも?」
「……知らない」
「そうですか」
再びエリクや他の仲間達の名を聞いた少女だったが、目覚めた当初と違い落ち着いた様子で知らない事を伝える。
ダニアスはそれを確認した後、改めて少女の身に何が起こったのかを話した。
「貴方達は訪れていた皇国から発ち、ある場所を目指して旅をしていました」
「……私が、旅……?」
「はい、貴方は他の仲間と共に旅をしていたんです。……しかし旅の途中、異常な現象に巻き込まれてしまったそうです」
「異常な現象……?」
「私も、詳しくは聞かされていないのですが。……どうやらその異常な現象を解決する為に、貴方は自身を犠牲とする魔法を行使した。そして異常な現象から脱し、仲間達を救い出した」
「……覚えてない」
「そのようですね。……貴方が仲間達を助ける為に犠牲にしたのは、自分の記憶だそうです」
「……私の、記憶?」
「そう聞いています。だから貴方は、仲間達の事や、私達のこと、そして御自分の事も覚えていないようです」
「……何よ、それ……」
少女は自身の事も含めて様々な記憶が欠落している事を悟り、その原因が記憶を失う前の自分の行動にあった事を知る。
それを聞き不可解で不快な表情を見せながら、語り教えるダニアスに鋭い口調で尋ね返した。
「……その、私の仲間っていうのは?」
「今は全員、御不在です」
「……どういうこと?」
「彼等はそれぞれ、貴方や各々の状況を改善する為に皇国から旅立ちました。私は貴方の事を託され、このハルバニカ公爵家の領地で目覚める貴方を待っていたのです」
「……私を置いて、旅立ったの……?」
「はい。……貴方は一年間、眠り続けていました。眠り続ける貴方を守りながら旅をする事は不可能だと判断した彼等が、皇国に眠る貴方を連れて戻り、私に預けたのです」
「……待ってよ。一年って……!?」
「そうです。貴方は一年間、眠り続けていたのです。そして二日前、ようやく目を覚ましたのですよ」
少女は自身が一年もの間を昏睡していた自覚が無く、ダニアスの言葉で現在に至る自分の状況を聞かされる。
それに少女は困惑した様子を深めた中で、ダニアスは自身の懐に治めていた一枚の封筒を取り出した。
「……貴方の仲間である、エリク殿から封筒を預かりました」
「え……?」
「エリク殿は貴方が自分達を救い出す為に力を行使し、記憶を失ってしまうだろう事を私に教えてくれました。……彼もある目的の為に旅立ちましたが、この封筒を貴方と共に私に預けてくださった」
「……」
「どうぞ、受け取ってください」
ダニアスはそう話し、左手に持った封筒を少女に差し出す。
それを少女は右手で受け取ると、封筒を持ちながら開け口を見つけ、中に入った一枚の紙を取り出した。
その紙に書かれていた内容を、少女は読む。
そこには簡潔に、一つの文章が書かれていた。
『今度は必ず、君を守る。待っていてくれ』
それだけしか書かれていない手紙を見て、少女は意味が分からず首を傾ける。
しかし記憶の無い少女の青い瞳からは、不思議と一筋の涙が流れていた。
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