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革命編 一章:目覚める少女
仲間の意味
しおりを挟むガゼル子爵家に迎えられたアルトリアを含む一行は、領兵の一団を護衛としてガルミッシュ帝国の帝都へと足を進める。
二百名を超える一団は進行こそ少数の人員よりも遅かったが、皇帝に迎えを命じられたガゼル子爵本人が同行する事で帝国領の各地に設けられた関所を難なく通過した。
そうしてとある領地の関所を通過する際、ガゼル子爵は検問に当たっていた領兵に何かを話される。
それを聞き僅かな驚きを見せると、ガゼル子爵はアルトリアとバリスが乗っている場所に足を運んで二人を訪ねた。
「――……アルトリア様。少し予定が変更となりました」
「変更って?」
「本来は帝都に向かう予定でしたが。アルトリア様の御実家があるローゼン公爵家の領地に赴くよう、兄君であらせられる宰相閣下から御連絡があったそうです」
「あの皇子の婚約者は、帝都に居るんでしょ? なんで実家なんかに戻る必要があるのよ」
「その婚約者の方なのですが、どうやらアルトリア様が御越しする前にローゼン公爵領地で再び預けられる事になったそうです。なので、アルトリア様も御実家に戻られよと」
「……怪しいわね。何か企んでるのかしら?」
アルトリアは帝都ではなく自身の実家に戻される事を聞き、訝し気な表情を見せながら向かい側に座る老執事バリスに尋ねる。
それに対してバリスは数秒ほど思考すると、アルトリアが納得しそうな答えを返した。
「……ユグナリス殿下の婚約者をアルトリア様の御実家に移動させたのは、兄君なりの配慮かもしれませんな」
「配慮?」
「今のアルトリア様は、兄君の事も含めて記憶を失っておられる。もし妹であるアルトリア様の記憶を戻すきっかけがあるとすれば、故郷である御実家の方が良いと考えたのかもしれません」
「……なるほどね」
「そしてこれは、皇国の皇都でも同じですが。帝都は多くの人が出入りをしています。また人々が暮らしを営みながらも、貴族が入れる場所と市民が入れる場所は分けられている。皇族であるアルトリア様にとっては、帝城でさえ自分自身の意思で自由に動く事は難しいでしょう」
「……」
「しかし、御実家であるローゼン公爵家の領地であれば。帝都とは異なり、ある程度はアルトリア様の自由に動く事を許せる。そうした兄君の配慮だと、御考えになってはどうですかな?」
「……分かったわ。それで納得してあげる」
「だそうです。子爵殿」
「ありがとうございます。それでは予定を変更し、ローゼン公爵家の領地を目指します。ここからであれば、二週間程の日程になりますが……」
「いいわよ。でも、街が近くにあるなら泊まれるようにして。馬車の中とはいえ、外で野宿は嫌よ」
「承りました」
バリスの説得を聞き入れたアルトリアは、自身も要望を出して行く先の変更を受け入れる。
それに応じるガゼル子爵は、一団の進路を変えてローゼン公爵家の領地へと向かわせた。
それから急遽変更された旅は、特に障害や妨害も無く穏やかに進む。
ガルミッシュ帝国は反乱後の治安悪化が見込まれながらも、そうした事態を全て防ぎながら反乱後の復興を速やかに終えていた。
道中で通り過ぎる人々の暮らしは平穏であり、また整備された道を行き交う名かで商人等を中心とした行商なども積極的に行われている様子も見え、帝国の治安が極めて良好である事が窺える。
そうした事に特に興味を示さないアルトリアは、馬車の外を見ながらつまらなそうに呟く。
「――……ねぇ。私って、色んな奴に狙われてるんだったわよね?」
「そうですな」
「それにしては、刺客の一人も出て来ないわよ?」
「ここは、アルトリア様を付け狙っている国の中ではありませんから」
「そう? もし本気で私を狙ってるなら、国内だろうが国外だろうが構わないでしょ。こういう移動中とか、海の上とか、滞在してる港とか、問答無用で襲うはずよね。なのに、それらしい動きをしてる奴等がいないわ」
「それは……」
「もしかして、あのダニアスって人や貴方達、私を騙してる? 体よく皇国の中に残し続けようとさせる為に」
「いいえ。ダニアス様も私も、騙しているわけではありませんよ」
「じゃあ、なんで他の国は私を狙って来ないのよ? ……それってつまり、私が狙われてないってことじゃないの?」
つまらない事に飽いたのか、アルトリアは聞かされた自分の状況と一致しない事で皇国側も疑い始める。
そうした疑いの言葉を向けられるバリスは、僅かな思考を終えてそれに関する事を自身の推察を交えて話し始めた。
「……私の推測ながら。恐らく今、まさにアルトリア様が動いているという事態が、貴方を狙う者達を備えさせる時期にしているのでしょう」
「それって、どういうこと?」
「一年間、アルトリア様はハルバニカ公爵家に秘匿される形で保護されていました。それまで貴方の消息を掴めていた者は誰も居らず、狙っていた者達も貴方を探し続けていた状況であったと思われます」
「……」
「しかし、目覚めた貴方はこうして大きく動き始めた。しかも皇国と帝国の二国から支援される形で、表立って動いている。だとすれば、敵も貴方を狙う上でそれなりの準備をしなければならない」
「……つまり皇国と帝国の二国から私を奪い取る為の準備を、今まさにしてるってこと?」
「はい。……そして貴方を狙う者達が見える形で動いた時、その準備が整えられたと考えるべきでしょうな」
「……なるほどね。つまり私を狙う奴等が万全の状態で襲って来た時こそ、警戒しろってことね」
「はい。そしてそれを防ぐ為に、我々がアルトリア様の護衛として同行しております。勿論、御実家のローゼン公爵家も貴方を御助けするでしょう」
「だから要らないわよ。もしそうなったら、私が自分で狙って来る奴等を潰してやるわ」
「頼もしい御言葉です」
アルトリアは今の自分が狙われない理由をバリスに尋ね、憶測ながらもその理由を聞く。
それにある程度の納得を見せながらも、それ等に対処する方法として自身の強さを理由に自信に満ちた表情を見せた。
バリスはそうした様子のアルトリアを見ながら、微笑んで頷く。
逆にアルトリアは自信に満ちた表情を僅かに歪め、再びバリスに質問を行った。
「……そうだ。ずっと引っ掛かってた事なんだけど」
「はい?」
「記憶を失う前の私は、なんで仲間なんて作って旅をしてたのかしら?」
「記憶を失う前のアルトリア様が、帝国を出た理由ということでしょうかな?」
「違うわ。帝国から出た理由は、多分あの元婚約者の皇子絡みでしょ。そこは何となく分かるわ。……でも、なんで旅をして仲間まで作ってたのか分からないのよね」
「……」
「戦うだけだったら、私一人で十分だし。……貴方達みたいに、身の回りの世話でもさせてたのかしら?」
「……いいえ。それは違うでしょうな」
「違う?」
「記憶を失う前のアルトリア様は、どのような場でも自信を持ち悠然と前に立つ方でした。そんな貴方の周りには、貴方を支えられる者達が居た。……それこそ、貴方が旅を経て得た仲間達です」
「……」
「彼等もまた、自分の目的を定めながら貴方と共に歩んでいた。そんな彼等と貴方は、まさに主従の無い対等な関係を築いていたと、あの時の貴方達を見て、私は思い至りました」
「……私と、対等な関係を……」
「恐らく今も、彼等は自分の戦いに身を投じている。……そして自分が成すべき事を成した時に、貴方の下へ戻って来るでしょう」
「……二年か、三年後くらいに?」
「待ちきれませんかな?」
「別に。待てないと思ったら、私は勝手にやるだけよ。今みたいにね」
「そうでしょうな。……しかし、あの手紙。今でも持っておられるのでしょう?」
「……話し疲れた。寝る!」
「はい。おやすみなさいませ」
バリスの言葉で口を萎めたアルトリアは眉を顰め、隣に畳んでいた毛布を広げて包まりながら羽毛の詰まった布袋に顔を埋める。
それを見ながら微笑むバリスは、気紛れに話し掛けるアルトリアの相手をし続けた。
それから変更された予定通り、二週間を経て一団はローゼン公爵家の領地に訪れる。
そしてローゼン公爵家の本家が屋敷を構える都市に訪れ、アルトリアは久し振りに故郷の地へ戻ったのだった。
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