虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

文字の大きさ
713 / 1,360
革命編 一章:目覚める少女

仲間の意味

しおりを挟む

 ガゼル子爵家に迎えられたアルトリアを含む一行は、領兵の一団を護衛としてガルミッシュ帝国の帝都へと足を進める。
 二百名を超える一団は進行こそ少数の人員よりも遅かったが、皇帝に迎えを命じられたガゼル子爵本人が同行する事で帝国領の各地に設けられた関所を難なく通過した。
 
 そうしてとある領地の関所を通過する際、ガゼル子爵は検問に当たっていた領兵に何かを話される。
 それを聞き僅かな驚きを見せると、ガゼル子爵はアルトリアとバリスが乗っている場所に足を運んで二人を訪ねた。

「――……アルトリア様。少し予定が変更となりました」

「変更って?」

「本来は帝都に向かう予定でしたが。アルトリア様の御実家があるローゼン公爵家の領地に赴くよう、兄君であらせられる宰相閣下から御連絡があったそうです」

「あの皇子の婚約者は、帝都に居るんでしょ? なんで実家なんかに戻る必要があるのよ」

「その婚約者の方なのですが、どうやらアルトリア様が御越しする前にローゼン公爵領地で再び預けられる事になったそうです。なので、アルトリア様も御実家に戻られよと」

「……怪しいわね。何か企んでるのかしら?」

 アルトリアは帝都ではなく自身の実家に戻される事を聞き、訝し気な表情を見せながら向かい側に座る老執事バリスに尋ねる。
 それに対してバリスは数秒ほど思考すると、アルトリアが納得しそうな答えを返した。

「……ユグナリス殿下の婚約者をアルトリア様の御実家に移動させたのは、兄君なりの配慮かもしれませんな」

「配慮?」

「今のアルトリア様は、兄君の事も含めて記憶を失っておられる。もし妹であるアルトリア様の記憶を戻すきっかけがあるとすれば、故郷である御実家の方が良いと考えたのかもしれません」

「……なるほどね」

「そしてこれは、皇国の皇都でも同じですが。帝都は多くの人が出入りをしています。また人々が暮らしを営みながらも、貴族が入れる場所と市民が入れる場所は分けられている。皇族であるアルトリア様にとっては、帝城でさえ自分自身の意思で自由に動く事は難しいでしょう」

「……」

「しかし、御実家であるローゼン公爵家の領地であれば。帝都とは異なり、ある程度はアルトリア様の自由に動く事を許せる。そうした兄君の配慮だと、御考えになってはどうですかな?」

「……分かったわ。それで納得してあげる」

「だそうです。子爵殿」

「ありがとうございます。それでは予定を変更し、ローゼン公爵家の領地を目指します。ここからであれば、二週間程の日程になりますが……」

「いいわよ。でも、街が近くにあるなら泊まれるようにして。馬車の中とはいえ、外で野宿は嫌よ」

「承りました」

 バリスの説得を聞き入れたアルトリアは、自身も要望を出して行く先の変更を受け入れる。
 それに応じるガゼル子爵は、一団の進路を変えてローゼン公爵家の領地へと向かわせた。

 それから急遽変更された旅は、特に障害や妨害も無く穏やかに進む。

 ガルミッシュ帝国は反乱後の治安悪化が見込まれながらも、そうした事態を全て防ぎながら反乱後の復興を速やかに終えていた。
 道中で通り過ぎる人々の暮らしは平穏であり、また整備された道を行き交う名かで商人等を中心とした行商なども積極的に行われている様子も見え、帝国の治安が極めて良好である事が窺える。

 そうした事に特に興味を示さないアルトリアは、馬車の外を見ながらつまらなそうに呟く。

「――……ねぇ。私って、色んな奴に狙われてるんだったわよね?」

「そうですな」

「それにしては、刺客の一人も出て来ないわよ?」

「ここは、アルトリア様を付け狙っている国の中ではありませんから」

「そう? もし本気で私を狙ってるなら、国内だろうが国外だろうが構わないでしょ。こういう移動中とか、海の上とか、滞在してる港とか、問答無用で襲うはずよね。なのに、それらしい動きをしてる奴等がいないわ」

「それは……」

「もしかして、あのダニアスって人や貴方達、私を騙してる? ていよく皇国くにの中に残し続けようとさせる為に」

「いいえ。ダニアス様も私も、騙しているわけではありませんよ」

「じゃあ、なんで他の国は私を狙って来ないのよ? ……それってつまり、私が狙われてないってことじゃないの?」

 つまらない事に飽いたのか、アルトリアは聞かされた自分の状況と一致しない事で皇国側も疑い始める。
 そうした疑いの言葉を向けられるバリスは、僅かな思考を終えてそれに関する事を自身の推察を交えて話し始めた。

「……私の推測ながら。恐らく今、まさにアルトリア様が動いているという事態が、貴方を狙う者達を備えさせる時期にしているのでしょう」

「それって、どういうこと?」

「一年間、アルトリア様はハルバニカ公爵家に秘匿される形で保護されていました。それまで貴方の消息を掴めていた者は誰も居らず、狙っていた者達も貴方を探し続けていた状況であったと思われます」

「……」

「しかし、目覚めた貴方はこうして大きく動き始めた。しかも皇国と帝国の二国から支援される形で、表立って動いている。だとすれば、敵も貴方を狙う上でそれなりの準備をしなければならない」

「……つまり皇国と帝国の二国から私を奪い取る為の準備を、今まさにしてるってこと?」

「はい。……そして貴方を狙う者達が見える形で動いた時、その準備が整えられたと考えるべきでしょうな」

「……なるほどね。つまり私を狙う奴等が万全の状態で襲って来た時こそ、警戒しろってことね」

「はい。そしてそれを防ぐ為に、我々がアルトリア様の護衛として同行しております。勿論、御実家のローゼン公爵家も貴方を御助けするでしょう」

「だから要らないわよ。もしそうなったら、私が自分で狙って来る奴等を潰してやるわ」

「頼もしい御言葉です」

 アルトリアは今の自分が狙われない理由をバリスに尋ね、憶測ながらもその理由を聞く。
 それにある程度の納得を見せながらも、それ等に対処する方法として自身の強さを理由に自信に満ちた表情を見せた。

 バリスはそうした様子のアルトリアを見ながら、微笑んで頷く。
 逆にアルトリアは自信に満ちた表情を僅かに歪め、再びバリスに質問を行った。

「……そうだ。ずっと引っ掛かってた事なんだけど」

「はい?」

「記憶を失う前の私は、なんで仲間なんて作って旅をしてたのかしら?」

「記憶を失う前のアルトリア様が、帝国を出た理由ということでしょうかな?」

「違うわ。帝国くにから出た理由は、多分あの元婚約者の皇子絡みでしょ。そこは何となく分かるわ。……でも、なんで旅をして仲間まで作ってたのか分からないのよね」

「……」

「戦うだけだったら、私一人で十分だし。……貴方達みたいに、身の回りの世話でもさせてたのかしら?」

「……いいえ。それは違うでしょうな」

「違う?」

「記憶を失う前のアルトリア様は、どのような場でも自信を持ち悠然と前に立つ方でした。そんな貴方の周りには、貴方を支えられる者達が居た。……それこそ、貴方が旅を経て得た仲間達です」

「……」

「彼等もまた、自分の目的を定めながら貴方と共に歩んでいた。そんな彼等と貴方は、まさに主従の無い対等な関係を築いていたと、あの時の貴方達を見て、私は思い至りました」

「……私と、対等な関係を……」

「恐らく今も、彼等は自分の戦いに身を投じている。……そして自分が成すべき事を成した時に、貴方の下へ戻って来るでしょう」

「……二年か、三年後くらいに?」

「待ちきれませんかな?」

「別に。待てないと思ったら、私は勝手にやるだけよ。今みたいにね」

「そうでしょうな。……しかし、あの手紙。今でも持っておられるのでしょう?」

「……話し疲れた。寝る!」

「はい。おやすみなさいませ」

 バリスの言葉で口をすぼめたアルトリアは眉を顰め、隣に畳んでいた毛布を広げて包まりながら羽毛の詰まった布袋クッションに顔を埋める。
 それを見ながら微笑むバリスは、気紛れに話し掛けるアルトリアの相手をし続けた。

 それから変更された予定通り、二週間を経て一団はローゼン公爵家の領地に訪れる。
 そしてローゼン公爵家の本家が屋敷を構える都市に訪れ、アルトリアは久し振りに故郷の地へ戻ったのだった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...