虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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革命編 一章:目覚める少女

忘却の知人

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 ガルミッシュ帝国の南部に位置する港都市に辿り着いたアルトリアとユグナリスを含む一行は、人間大陸で最も混沌としている大陸に戻る。
 そうした故郷の大陸へ二年振りに足を踏み入れたアルトリアだったが、記憶が無い為に感慨深い面持ちや郷愁を感じるという様子は無かった。

 船酔いにも似た気持ち悪さをおさめたアルトリアは、一行と共に港都市の高台に設けられた宿に泊まる。
 その宿に設けられた縁側ベランダから港都市を眺める景色を見ると、アルトリアは不可解な表情を見せていた。

「……なんか、変な感じがするわね……」

「どうなさいましたか?」

「……ううん、何でも無いわ」

 アルトリアは潮風に揺れる金色の髪を靡かせながら、微妙な面持ちを見せて呟く。
 それを聞いていた護衛の侍女が尋ねると、アルトリアは感じ取った何かを拭うようにその事に関して言葉を続けなかった。

 しかし横目を向けると、港都市に隣接している小さな港町が陸地にて続くように見える。
 それを見たアルトリアは、後ろで御茶を入れ終わった侍女に尋ねた。

「――……ねぇ。あっちにも港があるみたいだけど?」

「あちらですか? あちらは確か、海産物の養殖を行っている港町だったはずです」

「へぇ、養殖の海産物ね。港都市ここでも食べられるのかしら?」

「御望みなら、夕食に御用意させますが?」

「そう、ならお願い。――……あの港町に来てる、大きな船は何なの?」

「あれは……定期船かもしれません。確か帝国には、北にも大きめの港町があると聞いた事がありますので。そこから来ている船かと」

「定期船……。あれ、ほとんど木製じゃない?」

「そうですね。皇国からの植民時代で使っていた、古い輸送船を改装して流用しているようですが。……あの船が、どうかなさいましたか?」

「……ううん。何でもないわ」

 アルトリアは遠目に見える港町に停泊している定期船の造形を見て、その青い瞳を懐かしさを宿す。
 そうした様子に自身ですら気付く事はなく、アルトリアは視線を逸らしながら用意された御茶を飲む為に室内に戻った。

 そうした事もありながら、一行は港都市にしばし滞在する事が伝えられる。
 しかし港都市に長く留まる理由が分からず、アルトリアは老執事バリスにそれを尋ねた。

「――……しばらく港都市ここに泊まるって、なんで? 帝都とか言う場所に向かうんじゃないの?」

「はい。しかし親類国とは言え、ここは他国にございます。帝国むこう側の意向を汲みながら、こちらも足並みを揃えて動く必要がありますので」

「要は、帝国側むこうのお迎えが来るまで待ってろってこと?」

「その通りでございます」

「面倒臭いわね。で、迎えって誰が来るの?」

「この港都市を含んだ南領地を営む帝国貴族家、ガゼル子爵家が行うものかと」

「子爵ね。そのガゼル子爵家って、私と何か関係があるの?」

「個人的な関係は分かりかねますが、ガゼル子爵家はローゼン公爵家と親交のある家だとは伺っています」

「ローゼン公爵家って、私の実家だったかしら?」

「はい。ローゼン公爵家は帝国の中では新興されたばかりの貴族家ですが、貴方の父君であるクラウス殿が多くの開拓事業や産業を栄えさせ、今や帝国最大の勢力となっていると聞いています」

「ふーん。要はこの国で、かなりの金持ちなのね。……それで、私の父親は少し前に起きた内乱で死んでて。今は兄が当主やってるんだっけ?」

「そのように聞いていますな」

「どんな人かしら。貴方は知ってる?」

「十年程前に、貴方と兄君であるセルジアス様が皇国に御越しになった事がありました。セルジアス様は幼いながら、紳士的な振る舞いが御上手な方でしたね」

「へぇ。私とは仲が良かった?」

「ユグナリス様ほどの、不仲には見えませんでしたな」

「そう。……そういえば、アイツは?」

「違う宿に泊まっておられます。……御会いになりますか?」

「嫌よ。アイツの顔を見ると、無性にイライラするのよね。……帝都に行くまでの間は、皇国の時と同じようにしてくれるのよね?」

「ガゼル子爵家と御相談をさせて頂きましょう」

「お願い」

 そうした話を老執事バリスと交えたアルトリアは、ガゼル子爵家からの迎えを待つ事になる。
 幾度かガゼル子爵家の使いが港都市に訪れながらバリス達と送迎に関する調整を行い、一週間後にはガゼル子爵家からの迎えが寄越される事になった。

 そして一週間後、ガゼル子爵家が複数の馬車と二百を超える領兵を伴いながら港都市に赴く。
 その中にはガゼル子爵家当主フリューゲルも加わっており、出立の準備を既に終えていたアルトリアの前に礼節を重んじながら挨拶を交えた。

「――……御久し振りでございます。アルトリア様」

「……申し訳ないけど、覚えてないのよね。貴方は?」

わたくしは、ガゼル子爵家当主を務めております。フリューゲル=フォン=ガゼルと申します。幾度か、アルトリア様には御目に掛かった事がございます」

「そうなのね。まぁ、そういうのも忘れちゃってるけど」

「記憶を失っていると御聞きし、心配をしておりました。しかし御元気そうな姿を見られたのは、何よりです」

「そうね、記憶以外は身体に異常は無いもの。……ところで、早く帝都とやらに行きましょうよ。海の幸は美味しかったけど、待ちくたびれたわ」

「はい。それでは、こちらに御用意させて頂いた馬車に御乗りください」

 ガゼル子爵との再会に郷愁を感じる事もなく、アルトリアはすぐに話を切り上げて帝都に向かう事を告げる。
 それを聞いたガゼル子爵は素直に応じ、子爵家の一団がアルトリアを護衛しながら港都市から帝都へ出発した。

 老騎士ログウェルと帝国皇子ユグナリスも一団に紛れるように最後尾の馬車へ乗り、同じく帝都へ赴く。
 その際、ログウェルは馬車の外から見える護衛の一団に、奇妙な人物がいる事を確認した。

「……あれは……」

「どうしたんだ?」

「……ちと、知り合いが居っただけじゃよ」

「知り合いって?」

「ほっほっほっ」

 馬車の外を凝視していたログウェルを見て、向かい側に座るユグナリスが尋ねる。
 それを誤魔化すように微笑んだログウェルは、そのまま素知らぬ顔をしながら一団の同行を許し続けた。

 その一団の中には、立派な白い馬に騎乗した兵士姿の男が混じっている。
 男は頭に被る兜に金色の髪を収め、その影からは僅かに青い瞳が垣間見えていた。

 更にその後ろには、茶色の毛並みをした馬に騎乗して付いて来る旅装束を纏った一人の若い女性がいる。
 頭を覆うように外套を羽織っているが、手綱を握る手から見える地肌は褐色であり、更にその腰には折り畳まれた長い槍が背負われていた。

 他にも一団の中には、ガゼル子爵家の領兵と同じ装備を身に付けながらも、野生味を帯びた者達が紛れ込んでいる。
 それ等は一領地の兵士というよりも、数多の苦難と苦境に満ちた戦争たたかいを乗り越えた歴戦の猛者を思わせる風格を漂わせていた。

 こうしてガゼル子爵家の護衛と共に、アルトリアはガルミッシュ帝国の帝都へ帰郷する。
 しかしその裏側で何が起こっているのか、アルトリア自身は何も把握する事は出来ていなかった。
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