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革命編 一章:目覚める少女

従者の思い

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 オラクル共和王国を率いるウォーリスに影響を与えかねない、リエスティア姫の懐妊。
 それに関する事情をユグナリスとリエスティアの両者から聴取できた皇后クレアは、自身の夫である皇帝ゴルディオスと開発都市開発の現場に赴く宰相セルジアスにその情報を届けさせた。

 しかしこの情報がオラクル共和王国側に届いた時、どのような行動に出るか分からない。
 更に婚約者候補のままに定められているリエスティアの懐妊は、ガルミッシュ帝国側にも大きな危険を孕ませた事を意味する。

 それを緩和できる可能性があるとすれば、実妹いもうとであるリエスティア姫の目と足を治療する事を望んでいる実兄あにウォーリスの望みを叶えること。
 そしてウォーリスや帝国側の望みを叶えられる存在は、記憶を失いながらも帰還したアルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンだけだった。

「――……はぁ……」

「溜息が深いですな。アルトリア様」

「だって、今日にでも治して出て行くはずだったのに。それが、妊娠したのが分かってパニックを起こしてる傷持ちのお姫様と、何にも知らなかった馬鹿で無責任な皇子アイツから話を聞く為に待ってくれなんて。憂鬱にもなるわ」

「しばらくは、二人から事情を聴き各方面と調整する時間が欲しいとのことでしたね」

「それ、いつ終わるのかしら?」

「そうですな。都市の様子を見るに最新の魔道具も取り揃えておるようですが、通信等を用いて人員を動かす手配をする為にも最低で数日は掛かるかと」

「そんなに掛かるの? 面倒臭いわね」

「事は、帝国側にとって不祥事のようですからな。私達は皇子と姫君が正式な婚約を結んでいると思っておりましたが、それが本来は仮初の関係であり、共和王国側に認められていない事を知らなかった状態ですので」

ようは、あの皇子が無責任にヤって避妊もせずにお姫様を孕ませたのが元凶でしょ? あんなのが皇子じゃ、この国の未来は終わったも同然ね」

 リエスティア姫の妊娠に伴い、その当事者達に対する事情聴取が皇后クレアから行われている最中で、日を跨ぎ朝食を終えたアルトリアは客室の寝台に腰掛けながら老執事バリスとそうした話を行う。
 主に内容はユグナリスに対する皮肉が多く、バリスはそれについて苦笑しながらも、事の経緯を聞いて秘かに同意していた。

 しかしこの事情により、帝国側が強く望むだろう出来事もバリスは見抜いている。

「しかし、こうなった以上は姫君の治療を帝国側は強く望むことになるでしょうな」

「……どういうこと?」

「覚えておりませんかな? ユグナリス殿下が婚約者である姫君の治療を貴方に御願いした時、彼はそれを『姫君の兄』が望んでいる事だと仰っていました」

「……ああ、そういえば言ってたかしら」

「つまり姫君の負っておられる怪我を治癒する事は、共和王国側の……姫君の兄であるウォーリス王の望み。それを承知している帝国側は、少しでもウォーリス王の御機嫌を良くする為にも姫君の治療を完遂させなければならないのです」

「……なるほどね。お姫様の傷が治らないと、帝国はいつまでも共和王国とかいう国に対して弱味を握られた状態になる。それを少しでも緩くする為に、どうしてもお姫様の治療をしなきゃいけないのね」

「その通りです」

「あの馬鹿皇子ユグナリスの言い方だと、お姫様の治療を出来るのは私しかいないと帝国側は考えている。だったら私が、自分に得する条件を更に追加しても、向こうは断れないってことよね」

「はい」

「良い事を聞いたわ。これで帝国側が出て行った私を留めようものなら、お姫様の傷は治さないわよって言って出て行けば済む話になるわけね」

 帝国側の事情を把握し、意地悪そうな笑みを浮かべたアルトリアは寝転がりながら話す。
 それを聞き同意するように頷くバリスは、微笑みながら思い出したように新たな事を話し始めた。

「アルトリア様。一つ提案があるのですが、よろしいですか?」

「なに?」

「しばらく御暇となるのであれば、あの家令殿が述べていた御自身の御部屋に訪れてはいかがでしょうか?」

「……私の部屋ねぇ」

「記憶の件もございますが、アルトリア様は帝国に設けられた魔法学園に入学されていたと聞きます。そこの研究室に置かれていた私物などもあるという話ですので、何かアルトリア様が取り組んでいた研究に関する資料などもあるかもしれません」

「……そういうのって、大抵は帝国くにとか学園にられてるパターンじゃない?」

「確かに、そうかもしれませんな。それでもここで寝転がりながら今の不満を述べる時間よりも、有意義な時間を作れるかもしれませんぞ」

「……執事なのに、貴方も結構な事を言うわね」

「恐れ入ります」

 今の怠惰な状況を指摘されたアルトリアは寝転がる姿勢を止め、眉を顰めながら上体を起こしてバリスを睨む。
 それに対して臆する事も無いまま微笑むバリスの様子に、アルトリアは溜息を吐き出しながら考えた。

 それから数分後、バリスは客間の外に控えさせていた屋敷の侍女達に伝え、アルトリアが自身の部屋に調べたいという意思を伝える。
 そして十数分にも満たない時間で家令が赴き、アルトリアの自室に二人を案内することになった。

 案内役を自ら務める家令の老人は、何処か嬉々とした内情を見せながら屋敷の廊下を歩く。
 それに付いて行きながら眉を顰めるアルトリアと、その後方から同行するバリスは、嬉々とした声で話す家令の言葉を聞いていた。

「――……御嬢様が屋敷に御戻りになられただけでなく、自ら御部屋に行きたいと申し出て頂けるとは、我々も嬉しい限りでございます」

「だから、戻って来たわけじゃないって言ってるでしょ」

「しかし、御嬢様がこの御屋敷に戻られたのも、実に六年ぶりにございますので……」

「……私って、そんなに前からこの帝国《くに》から出てたの?」

「いいえ。御嬢様が国を出たのは、およそ二年前ですが。しかし十三の歳に魔法学園から招かれた際、御嬢様はそれ以後から屋敷に戻られた事がありませんでした。御話を聞いた限りでは、帝都で行われた催し物にこそ顔を出す事はあれど、ずっと研究室や自室で魔法や魔道具の開発研究を行っていたそうで……」

「……」

「私達も、御嬢様の御姿を拝見するのは実に六年ぶりとなります。……あの御嬢様が立派に御育ちになられた姿は、仕えさせて頂く我々にとっても嬉しい限りなのです」

「……ここ、私の実家なのよね? その時の私は、実家《ここ》に戻りたくない理由でもあったの?」

 帝国に居た頃の話を聞き怪訝そうな表情を浮かべたアルトリアは、前を歩く家令に尋ねる。
 その言葉に対して家令は僅かに足を止め、後ろから付いて来ていた二人は不可解な表情を示した。

 しかし再び歩みを再開した家令は、再び歩み始める二人に対してそれに関わる出来事を伝える。

「……実は昔。アルトリア様はこの屋敷にて、御父君であるクラウス様と大きな喧嘩をした事があります」

「喧嘩?」

「当時の私も屋敷の留守を預かっていたので、どういった事情かは詳しく把握してはいないのですが。御嬢様が二歳になった頃、帝都で行われた祝宴会にて御嬢様が仕出しでかしたと、クラウス様からは御聞きしていました」

「なによ? その仕出かした事って」

「御嬢様が祝宴の場に訪れていた方々に魔法らしき能力ちからを行使し、少なからずそれによって怪我人を出したと聞いております」

「!」

「それから祝宴を切り上げこの屋敷に強制的に戻された幼い御嬢様は、御父君と激しい口論になり、激しい争いへと発展してしまいました。……この御屋敷の一部が、破壊されてしまう程に」

「……!!」

「本来ならば、幼子であるアルトリア様が歴戦の武勇を持つクラウス様に敵うはずがありません。……しかし御嬢様は、御生まれになった頃から我々にも分からぬ不可思議な力を御使いになる。御嬢様はその力をその争いでも行使し、御父君を圧倒したのです」

「……」

「その時の事を、私を含めて幾人か屋敷に居た者達も覚えております。……私共はその際、御嬢様をとても恐ろしい存在であると思い、恐れた様子で見るしかありませんでした」

 アルトリアに関する幼い時の出来事を話した家令は、静かに廊下を曲がった後に存在する階段を見上げる
 そしてふと思い出したように、階段を緩やかに登りながら話を続けた。

「……丁度、この辺りだったでしょうか。その時に、御嬢様によって破壊されてしまった場所は」

「……」

「その後、御嬢様はクラウス様を助けるように入った者達に従う形で取り押さえられてしまい、屋敷から少し離れた地下牢に閉じ込められました。……それからとある魔法師の方が訪れ、五歳になるまで御嬢様に様々な教えを説き、御嬢様の平静を整えてくださいました」

「……それって、誰のこと?」

「私にも詳しくは……。ただ御嬢様は、その方を『師匠』や『師父』と呼んでおられましたので。あの方が御嬢様にとって、強い敬意を抱くに値する人物である事は分かります」

「……ふーん」

「それから御嬢様は、帝国貴族の令嬢として相応しい振る舞いと習い事を全て修め、更に魔法学園に入学されてから様々な魔法と魔道具の研究開発を行い、帝国の中で最も美しく才能のある令嬢として皆から讃えられる方となったと伝え聞いておりました」

「……」

「しかし、魔法学園に赴くまで。御嬢様は屋敷に務める我々のような者達に対しては、長く対応する事を避けるようになっていました。……おそらく幼い頃にそうした出来事によって、この屋敷や我々のような者達に良い思いを御持ちでは無かったのでしょう」

「……まぁ、そう考えるのが妥当よね」

「我々もそう考え、御嬢様に申し訳の無い事をしてしまったと思いました。……そしてもし、再び御嬢様が屋敷に御戻りになられた時には。御嬢様を恐れるのではなく、暖かく出迎えるべきだと考えたのです」

「……」

「例え記憶が無くとも、我々にとってここは御嬢様の家であり、帰るべき場所だと考えております。……御不快かもしれませぬが、どうか御嬢様を迎える我々の思いが偽りではない事を、御見知りおきくださいませ」

「……ふんっ」

 老いた家令はそう述べながら階段を登り終え、後に続くアルトリアも登り終えてから溜息交じりの声を漏らす。
 その表情は不機嫌ながらも、目の前を歩く家令に対して向けた悪感情は無く、ただ過去の自分に対して抱く複雑な思いを消化できないのだろうとバリスは察した。

 そうして屋敷の二階に訪れた三名は、とある部屋に辿り着く。
 そこで立ち止まった家令は、振り向きながら二人に伝えた。

「――……ここが、アルトリア御嬢様の御部屋でございます」

 家令はそう述べながら懐に忍ばせていた部屋の鍵を手に取り、施錠された扉を開ける。
 そして扉が開けられると、そこには他の部屋とか僅かに色彩や内装が異なる部屋の様子が窺えた。

 鍵を開けた家令は扉を横に下がり、二人の入室を見届ける。
 バリスとアルトリアが室内に訪れると、扉が閉まる音を聞きながら部屋の中を見回した。

「……ここが、私の部屋……」

 アルトリアはそう述べ、微妙な面持ちを見せながら部屋を見回す。
 こうして六年ぶりに実家へ帰還したアルトリアは、暇の間に自身が幼少期を過ごした自室へと足を踏み入れたのだった。
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