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革命編 一章:目覚める少女
不安と希望
しおりを挟む故郷であるローゼン公爵領地の屋敷に戻って来たアルトリア達だったが、そこである出来事を聞かされる。
それはオラクル共和王国から婚約者候補として訪れていたリエスティア姫が、懐妊しているという情報だった。
その知らせを受けて最も驚愕を見せた人物が、当事者であるユグナリス自身。
そんなユグナリスに対して最も深い怒りを見せたのは、別邸に訪れていた母親の皇后クレアだった。
「――……ユグナリス。貴方は自分が何をしたか、ちゃんと分かっているの?」
「……そ、それは……」
「リエスティアさんは共和王国から赴いた婚約者候補という立場。けれど兄君であるウォーリス王からは、貴方との正式な婚姻を認められていないのよ。……そんな立場の女性に対して、貴方は何も考えずに手を出したのね」
「な、何も考えてなかったわけじゃ……!」
「お黙りなさい」
「!?」
「時期を逆算すれば、貴方達が関係を持ったのは新年を迎える前後だったのでしょう。しかも貴方の驚き様を見る限り、一度きりの情事だったようね」
「……ッ」
クレアは息子の言葉と様子から推察し、二人が関係を持った時期を予測する。
それについて視線を逸らし無言の肯定を見せた息子に対して、母親は憤りを宿した呆れを吐き出しながら事の経緯を話し始めた。
「……貴方がアルトリア嬢を捜索する為に旅立ってから、二ヶ月程が経った頃。リエスティアさんが私が招いた御茶会で吐き気を起こしたわ」
「!」
「でもその時は、彼女は睡眠不足による体調不良だと言って部屋に戻った。……でもその日以降から、リエスティアさんは侍女さえも近くに置き続ける事も避けるようになったそうよ」
「え……?」
「リエスティアさんは、早い段階で自分が妊娠した事を悟っていたようね。……そしてそれが、どれだけ貴方や帝国の立場を危うくするかも考え至っていた。あの子にはそれだけの聡明さがあるわ」
「……!」
「けれど自分が妊娠しているという認識を、誤ったものだと考えるようにしていたのでしょう。だから周りにも知らせず、これまで誤魔化し続けていた。……けれど先月。流石におかしいと思った侍女が私に状況を伝えて、リエスティアさんを騙す形で御医者様に御診せたのよ」
「そ、そこで……妊娠が……?」
「そう。やっと私達も、リエスティアさん自身も身籠っている事が分かった。……でもリエスティアさんはそれから口を閉ざし、何も喋らなくなってしまったわ」
「え……!?」
「私達も、あの子の御腹にいるのが貴方との子だろうと理解していたし、それに関してリエスティアさんを責めるつもりも無いと何度も述べているけれど、何も話してくれないのよ。……それが何故か、貴方に分かる?」
「……お、俺の為……なんですか?」
「そうよ。……リエスティアさんが妊娠した話が広まり、そして彼女が何も喋らなければ、周囲の者達は何を言うかも分かる?」
「……ま、まさか……」
「不義理の子。つまり貴方との子供ではなく、誰か他の男性と関係を持ち身籠ったのだと話が広がれば、それはリエスティアさん個人が帝国と共和王国に対する不義理を行ったのだと言われるでしょう。……その為にあの子は、不義理を働いたと思われる為に口を閉ざし、帝国からも共和王国からも追い出されようとしているのでしょうね」
「な……」
「本来なら、身重のあの子を移動させるのは良くないことだけど。そうした状態を防ぐ為に、セルジアス君と相談して療養という形であの子をこの領地に戻すことになったのよ」
皇后クレアは戻って来たユグナリスを労う事は無く、ただ憤りを宿した表情を見せながら淡々と事の起こりを話す。
そして現在のリエスティアがどのような状態に在り、どのような考えに至り沈黙を続けているかを予測しながら伝えた。
ユグナリスはそれを聞き、蒼白した表情を見せながら歩み出す。
そして皇后クレアが出て来た扉へ向かい、扉を開けてリエスティアが休む部屋に入った。
「――……ティア……!」
「……!」
部屋の中には、大きな寝台に横たわるリエスティアが居た。
そして扉を開いた人物がユグナリスの声である事を確認し、上半身を起こそうと腕を動かす。
それよりも早くリエスティアの傍まで駆け寄ったユグナリスは、起き上がろうとする背を左腕で支えた。
そして華奢な左手を右手で優しく握りながら、リエスティアに呼び掛けた。
「ティア。ただいま」
「……ユグナリス様……」
「話は、さっき母上に聞いたよ」
「……」
「御腹に居るのは、俺達の子供なんだろう?」
「……ッ」
「君が言わなくても、俺が皆に伝えるよ。君の御腹にいるのは、俺の子だって」
「……駄目です。ユグナリス様」
子供について口を閉ざすリエスティアの様子を見て、ユグナリスは真剣な表情と声を向けながら子供について話す事を伝える。
それを拒むように口を開いたリエスティアは、僅かに涙を浮かべながら話した。
「……お兄様も、アルフレッド様も。まだ私と、ユグナリス様の婚姻を認めていません……。……なのに、私がユグナリス様と関係を持ち子供を授かったと言ってしまえば、きっと帝国と共和王国の和平に影響を与えてしまいます……」
「……」
「そうなったらユグナリス様にも、そしてクレア様や皆様にも、迷惑が掛かってしまいます……。……だから、私が全て悪い事にすれば――……」
「――……そんな理由で、俺が納得するわけないだろ」
リエスティアは自身の心情を吐露し、クレアが考えていた事に近い考えで沈黙を続けていた事を認める。
それを聞いたユグナリスは微笑む表情を僅かに強張らせながら、リエスティアを優しく抱きしめて話し掛けた。
「……ごめんよ。こんな大事な出来事を、一人で考えさせてしまって……」
「ユグナリス様……」
「ずっと一人で、一人で考えて、不安だっただろう。……でも、もう大丈夫。俺も一緒に考えるから。君と、君と俺の子供の将来を大事に考えるから……」
「……ッ」
「だから、君が全てを抱え込まなくていいんだ。……俺にも、君や子供の事に、関わらせてくれ……」
「……ぅ……うぅ……っ」
優しく抱きしめられながら諭されるリエスティアは、その言葉を聞いて瞼の裏側から涙を溢れさせて嗚咽を漏らす。
そして互いが抱き合うように腕を背に回し、数ヶ月振りの抱擁を交わした。
それからリエスティアの涙が落ち着いた後、皇后クレアを交えて二人と今後の話が行われる。
双方から関係を持った事が改めて話され、その時期を聞き間違いなくリエスティアが宿す子供の父親がユグナリスだと言う事をクレアは認知した。
そうした報告を帝都に居る皇帝や同盟都市開発に立ち合っているセルジアスにも伝える事を話し、今後の事を明確に決める為の話を行う必要性があると説く。
しかし皇后クレアの意見としては、リエスティアの妊娠を秘匿しそのまま出産を行えば共和王国側と大きな問題が発生する事になると述べ、この知らせを共和王国側のウォーリス王にも伝えるべきだという話になった。
それに不安を見せながら手を震えさせるリエスティアだったが、ユグナリスは優しく手を握り不安を一緒に背負おうとする。
しかしユグナリスやクレアが最も懸念していたのは、リエスティアの実兄であるウォーリスの動向だった。
ウォーリスは間違いなく、実妹のリエスティアを大事にしている。
しかし皇子の婚姻すらまともに承諾していない状態にも関わらず、その妹が身籠ったなどと聞かされれば、どのような行動に出るか予想が出来ない。
下手をすれば共和王国すらも動かし、帝国に対して激怒し和平を崩壊させる行動すら起こす可能性もあった。
そうしたウォーリスの動向を不安に思う二人だったが、それに関してもう一つの希望も存在している。
それは彼の願いを叶えられる人物、帝国史上で最も優れた魔法師として知られるアルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンの帰還だった。
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