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革命編 一章:目覚める少女
若者の葛藤
しおりを挟む過去の自分が残していた詩集が暗号文であり、それが魔法学園に在学中に取り組んでいた研究記録だと判断したアルトリアは、没頭するようにその解読を進める。
しかしリエスティア姫に関する事情が落ち着き、治療する場が整えられた事を伝えられてしまい、先にそちらの用件を終える為に解析を一時中断した。
アルトリアは先に疲れを癒すように湯舟へと浸かりながら、以前にも見せた白い光を纏った両手を自身の顔に触れさせる。
すると解析作業で疲れ切った表情が瞬く間に潤い、いつもの様子に戻った。
更に一時間程の入浴を経て、屋敷の者達が用意した清潔な衣服を身に付ける。
そして別邸まで赴く準備が整うと、老執事バリスと共に少し離れた敷地内に設けられた別邸へ向かう為に馬車へ乗る事になった。
その出発を見送る家令の老人は、馬車に乗ろうとするアルトリアに礼を見せながら伝える。
「――……いってらっしゃいませ。御嬢様」
「……」
アルトリアはそれに対して返事こそしなかったが、微妙な面持ちを見せながら馬車に乗り込む。
代わりにバリスが家令の見送りに応じるように礼を述べ、馬車に乗った二人は本邸から離れてリエスティア姫が静養している別邸へ向かった。
敷地内で整えられた土道を馬車は進み、十数分程で別邸の屋敷が見える。
そして幾人かの従者達が別邸の正面で出迎える形で到着すると、バリスの後に馬車を降りたアルトリアは別邸の庭先から響く声を聞いた。
「――……なに? あの呻き声」
「……どうやら、ユグナリス殿下のようですな」
「アイツも居るの?」
「リエスティア姫は、ユグナリス殿下の婚約者ですから」
「まさか、アイツも治療に立ち合うとかじゃないわよね?」
「私から、それは避けていただくようにと御伝えしています」
「そう。……じゃあ、さっさと中に入りましょう。アイツの声が聞こえるだけでも、嫌な気持ちになるわ」
アルトリアは嫌悪の表情を見せながら、別邸の使用人に案内されながら別邸の中に入る。
それに続くバリスは僅かに響くユグナリスの声を聞き、何が起こっているかを察して僅かに口元を微笑ませていた。
一方その頃、別邸の庭先ではバリスの推測通りの出来事が起こっている。
帝国皇子ユグナリスが動き易い恰好で木剣を構え持ちながらも、それを容易く弾かれ自身も吹き飛ばされながら地面に身体を倒す姿があった。
その相手を務めているのは、同じ木剣を持ちながらも悠然とした様子を見せている老騎士ログウェル。
別邸に戻った二人は過剰にすら見える訓練を再開していたのだが、その趣旨は依然と異なる様相を見せていた。
「――……ほれ。さっさと立て」
「……ッ」
「お前さんが言い出した事じゃろう。再び儂に、訓練を施してほしいとな」
「……ああ……ッ」
ユグナリスは衣服や肌が土に塗れながらも起き上がり、よろめきながらも剣を構える。
そうした様子にログウェルは躊躇せず、素早く身体を動かし間合いを詰め、目にも止まらぬ速さで木剣を薙ぐ。
それに合わせて木剣で剣戟を防ぐはずだったユグナリスだったが、木剣の軌道が変わりユグナリスの左肩口を強く叩く形で再び横倒しにさせた。
見事な剣術を見せたログウェルだったが、その表情は不満にも似た様相を見せながら眉を顰めている。
そして倒れて起き上がろうとするユグナリスに対して、その不満を口にした。
「――……ただ自分を痛めつけたいだけなら、自分で自分を殴るといい」
「……!」
「今のお主には、以前のような覇気が無い。儂に一撃でも打ち込もうとする意志や、以前に溢れておった闘争心がまるで無い。……儂はお主を鍛える為の剣こそ振るが、ただ自虐を求めるだけの者に振る剣は無い」
ログウェルはユグナリスと相対し、その様子から心の内を見定める。
そして以前とは全く違う趣旨でユグナリスが剣を持ち、訓練を頼んだ事を察すると、右手に持っていた木剣を投げ出して訓練を放棄した。
落ちた木剣を見たユグナリスは僅かに悔しそうな表情を浮かべたが、それには僅かに悲哀も含まれている。
そして地面に座り込んだまま顔を伏せ、大きな溜息を吐き出しながらログウェルに話し掛けた。
「……確かに、俺は馬鹿だ……」
「……」
「まだ婚約者候補に留められているリエスティアを妊娠させて、それを知らずにアルトリアを探しに行って、妊娠を知った彼女を不安にさせて、帝国も悪い立場へ追い詰めてしまった。……俺は、本当に馬鹿だ」
「……それで、どうするつもりかね?」
「……リエスティアの兄に、ウォーリス殿に謝りに行くべきだと考えている」
「!」
「アルトリアがリエスティアの傷を治せば、少なくとも向こうの望みは叶った形になるだろう。でも婚姻を認められないままリエスティアを妊娠させてしまった事は、取り繕う事も出来ない俺の失態だ。……俺が直接オラクル共和国に赴いて、ウォーリス殿に謝罪して改めて婚姻を許してもらう必要があると思ってる」
「……それを、皇帝陛下や皇后様が許すと思うかね?」
「許してくれないだろう。……でも誠意を見せるなら、俺自身が謝罪に向かうべきだ」
「しかしそうなれば、身重のリエスティア姫を再び置いて行く事になるぞ。それでも良いのかね?」
「……それは……」
「何より、帝国皇子のお前さんが共和王国に出向くとなれば、共和王国もそれ相応に備えねばならぬ。そうした手間を相手に行わせてしまえば、お前さんの謝罪も相手は受け入れぬじゃろうな。それを覆せる程のモノも、お前さんには支払えんじゃろうし」
「……じゃあ、どうしたら……ッ」
「それも、共和王国の出方次第じゃろうな。……今はゴルディオス様とセルジアス様に共和王国の対応を任せ、お前さんはリエスティア姫の傍に居てやりなさい」
「で、でも……」
「例え皇子としてお前さんが相応しくなくとも。リエスティア姫を守ると誓った男として、そして彼女の御腹に居る子供の父親として、務めを果たせと言っとるんじゃ」
「!」
「お前さんは確かに、為政者としても国を担う皇子としても、全てが未熟に過ぎる。……しかし愛した女と子供も守れぬような、不甲斐ない男にだけは落魄れるな」
ログウェルはそう述べながら背を向け、別邸の方へ戻っていく。
それを聞き見送るユグナリスは考え込むように顔を伏せ、少し時間が経ってから立ち上がった。
リエスティア姫の治療が行われる裏側では、自身の不甲斐なさを目の当たりにしたユグナリスが揺れ動く。
それを叱咤しながらも激励するログウェルは、未来を担うべき若者を導くように立ち振る舞っていた。
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