虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

文字の大きさ
718 / 1,360
革命編 一章:目覚める少女

若者の葛藤

しおりを挟む

 過去の自分が残していた詩集が暗号文であり、それが魔法学園に在学中に取り組んでいた研究記録だと判断したアルトリアは、没頭するようにその解読を進める。
 しかしリエスティア姫に関する事情が落ち着き、治療する場が整えられた事を伝えられてしまい、先にそちらの用件を終える為に解析を一時中断した。

 アルトリアは先に疲れを癒すように湯舟へと浸かりながら、以前にも見せた白い光を纏った両手を自身の顔に触れさせる。
 すると解析作業で疲れ切った表情が瞬く間に潤い、いつもの様子に戻った。

 更に一時間程の入浴を経て、屋敷の者達が用意した清潔な衣服を身に付ける。
 そして別邸まで赴く準備が整うと、老執事バリスと共に少し離れた敷地内に設けられた別邸へ向かう為に馬車へ乗る事になった。

 その出発を見送る家令の老人は、馬車に乗ろうとするアルトリアに礼を見せながら伝える。

「――……いってらっしゃいませ。御嬢様」

「……」

 アルトリアはそれに対して返事こそしなかったが、微妙な面持ちを見せながら馬車に乗り込む。
 代わりにバリスが家令の見送りに応じるように礼を述べ、馬車に乗った二人は本邸から離れてリエスティア姫が静養している別邸へ向かった。

 敷地内で整えられた土道つちみちを馬車は進み、十数分程で別邸の屋敷が見える。
 そして幾人かの従者達が別邸の正面で出迎える形で到着すると、バリスの後に馬車を降りたアルトリアは別邸の庭先から響く声を聞いた。

「――……なに? あの呻き声」

「……どうやら、ユグナリス殿下のようですな」

「アイツも居るの?」

「リエスティア姫は、ユグナリス殿下の婚約者ですから」

「まさか、アイツも治療に立ち合うとかじゃないわよね?」

「私から、それは避けていただくようにと御伝えしています」

「そう。……じゃあ、さっさと中に入りましょう。アイツの声が聞こえるだけでも、嫌な気持ちになるわ」

 アルトリアは嫌悪の表情を見せながら、別邸の使用人に案内されながら別邸の中に入る。
 それに続くバリスは僅かに響くユグナリスの声を聞き、何が起こっているかを察して僅かに口元を微笑ませていた。

 一方その頃、別邸の庭先ではバリスの推測通りの出来事が起こっている。
 帝国皇子ユグナリスが動き易い恰好で木剣を構え持ちながらも、それを容易く弾かれ自身も吹き飛ばされながら地面に身体を倒す姿があった。

 その相手を務めているのは、同じ木剣を持ちながらも悠然とした様子を見せている老騎士ログウェル。
 別邸に戻った二人は過剰にすら見える訓練を再開していたのだが、その趣旨は依然と異なる様相を見せていた。

「――……ほれ。さっさと立て」

「……ッ」

「お前さんが言い出した事じゃろう。再び儂に、訓練を施してほしいとな」

「……ああ……ッ」

 ユグナリスは衣服や肌が土に塗れながらも起き上がり、よろめきながらも剣を構える。

 そうした様子にログウェルは躊躇せず、素早く身体を動かし間合いを詰め、目にも止まらぬ速さで木剣を薙ぐ。
 それに合わせて木剣で剣戟を防ぐはずだったユグナリスだったが、木剣の軌道が変わりユグナリスの左肩口を強く叩く形で再び横倒しにさせた。

 見事な剣術を見せたログウェルだったが、その表情は不満にも似た様相を見せながら眉を顰めている。
 そして倒れて起き上がろうとするユグナリスに対して、その不満を口にした。

「――……ただ自分を痛めつけたいだけなら、自分で自分を殴るといい」

「……!」 

「今のお主には、以前のような覇気が無い。儂に一撃でも打ち込もうとする意志や、以前に溢れておった闘争心がまるで無い。……儂はお主を鍛える為の剣こそ振るが、ただ自虐を求めるだけの者に振る剣は無い」

 ログウェルはユグナリスと相対し、その様子から心の内を見定める。
 そして以前とは全く違う趣旨でユグナリスが剣を持ち、訓練を頼んだ事を察すると、右手に持っていた木剣を投げ出して訓練を放棄した。

 落ちた木剣を見たユグナリスは僅かに悔しそうな表情を浮かべたが、それには僅かに悲哀も含まれている。
 そして地面に座り込んだまま顔を伏せ、大きな溜息を吐き出しながらログウェルに話し掛けた。

「……確かに、俺は馬鹿だ……」

「……」

「まだ婚約者候補に留められているリエスティアを妊娠させて、それを知らずにアルトリアを探しに行って、妊娠を知った彼女を不安にさせて、帝国も悪い立場へ追い詰めてしまった。……俺は、本当に馬鹿だ」

「……それで、どうするつもりかね?」

「……リエスティアの兄に、ウォーリス殿に謝りに行くべきだと考えている」

「!」

「アルトリアがリエスティアの傷を治せば、少なくとも向こうの望みは叶った形になるだろう。でも婚姻を認められないままリエスティアを妊娠させてしまった事は、取り繕う事も出来ない俺の失態ミスだ。……俺が直接オラクル共和国に赴いて、ウォーリス殿に謝罪して改めて婚姻を許してもらう必要があると思ってる」

「……それを、皇帝陛下や皇后様が許すと思うかね?」

「許してくれないだろう。……でも誠意を見せるなら、俺自身が謝罪に向かうべきだ」

「しかしそうなれば、身重のリエスティア姫を再び置いて行く事になるぞ。それでも良いのかね?」

「……それは……」

「何より、帝国皇子のお前さんが共和王国に出向くとなれば、共和王国むこうもそれ相応に備えねばならぬ。そうした手間を相手に行わせてしまえば、お前さんの謝罪も相手は受け入れぬじゃろうな。それをくつがえせる程のモノも、お前さんには支払えんじゃろうし」

「……じゃあ、どうしたら……ッ」

「それも、共和王国の出方次第じゃろうな。……今はゴルディオス様とセルジアス様に共和王国の対応を任せ、お前さんはリエスティア姫の傍に居てやりなさい」

「で、でも……」

「例え皇子としてお前さんが相応しくなくとも。リエスティア姫を守ると誓った男として、そして彼女の御腹に居る子供の父親として、務めを果たせと言っとるんじゃ」

「!」

「お前さんは確かに、為政者としても国を担う皇子としても、全てが未熟に過ぎる。……しかし愛した女と子供も守れぬような、不甲斐ない男にだけは落魄おちぶれるな」

 ログウェルはそう述べながら背を向け、別邸の方へ戻っていく。
 それを聞き見送るユグナリスは考え込むように顔を伏せ、少し時間が経ってから立ち上がった。

 リエスティア姫の治療が行われる裏側では、自身の不甲斐なさを目の当たりにしたユグナリスが揺れ動く。
 それを叱咤しながらも激励するログウェルは、未来を担うべき若者を導くように立ち振る舞っていた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...