虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

文字の大きさ
719 / 1,360
革命編 一章:目覚める少女

少女の異変

しおりを挟む

 ユグナリスが葛藤を抱く中、別邸に訪問したアルトリアは老執事バリスと共に案内役を務める使用人に伴われながら、懐妊したリエスティアが居る部屋の前に訪れる。
 そして扉を開けて中に入ると談話などを行う居間が在り、そこの長椅子に腰掛けていた赤髪の女性がアルトリア達を出迎えた。

 それは現ガルミッシュ帝国皇帝ゴルディオスの正妃であり、皇子ユグナリスの母親である皇后クレア。
 クレアは久方振りに目にするアルトリアの姿を見て、微笑みながらも申し訳なさを宿した表情を話し掛けた。

「――……御久し振りですね。アルトリアさん」

「……誰?」

「そうね、記憶が無いという話でしたね。……私は、帝国皇帝ゴルディオスの妻。クレア=フォン=ガルミッシュよ」

「!」

「そして、貴方の元婚約者。ユグナリスの母親でもあります」

 クレアに自己紹介をされたアルトリアは、僅かに嫌悪に滲んだ表情を見せる。
 ユグナリスという名前を聞いただけでも嫌悪を示すアルトリアは、その母親と称する女性を見て少なくとも良い印象を持てない。

 それを察しているのか、クレアは先んじて丁寧に頭を下げながら謝罪の言葉を口にした。

「……この度は、私達の息子が貴方に無礼を働き、申し訳ありませんでした」

「!?」

「既に誰かから聞いているかもしれないけれど。貴方がこの帝国から去った理由の一つに、息子ユグナリスの態度と対応に問題がありました。それについて、父親である皇帝陛下と共に母親の私からも謝罪させていただきます」

「……私、それについて詳しく聞いてないのよね。聞きたくもなかったし」

「なら、改めてその事に対する説明や弁明をする事をこちらからは控えます。それでも、貴方に対して私や皇帝陛下が申し訳なく思っている事を、伝えさせてください」

「……まぁ、別にいいけど」

 口先を僅かに尖らせながら視線を逸らしたアルトリアは、覚えの無い出来事の謝罪を受け入れる。
 それを聞き寂しさを見せながらも微笑みを浮かべるクレアは、頭を上げながら本題へと移った。

「――……アルトリアさん。これもまた不本意な事かもしれませんが、息子ユグナリスの婚約者候補であるリエスティアさんの治療を受けて頂き、本当に感謝します」

「それも、暇だったから受けただけで別にいいんだけど。でも、その子って妊娠してるのを知ってパニックを起こしてたのよね? もう大丈夫なの?」

「はい、今は落ち着いています。貴方の治療を受ける事も、了承済みです」

「なら、さっさと治すわ。他にやりたい事も出来たし」

「そうですか。では、野暮な話は抜きにしましょう。ただ本来ならば、ユグナリスも立ち合わせたいのですが――……」

「それは止めて」

「そう聞いています。なので、私が代わりにリエスティアさんの治療に立ち合ってもよろしいかしら?」

「……まぁ、別に構わないわよ」

 ユグナリスの立ち合いを完全に拒否するアルトリアの様子から、クレアは自身が治療に立ち合う事を望む。
 それを渋々ながらも受け入れたアルトリアに安堵の息を漏らすクレアは、自らが部屋の奥に続く寝室へと二人を案内した。

 そしてクレアが寝室の扉を開け、二人を中に導く。
 そこには大きな寝台ベットで大きな枕に背を委ねている黒髪の女性と、その傍には椅子に座り控える侍女らしき服を着た薄い茶髪の女性が待っていた。
 寝台の近くには、編み掛けた裁縫道具と刺繍されている布生地もある。

 先を歩くクレアは寝台に近付き、瞼を閉じたまま迎える黒髪の女性に声を掛けた。

「――……リエスティアさん。アルトリアさんが来てくれたわ」

「……はい」

 クレアの声に応えたリエスティアは、僅かに身体を震わせながら下げていた顎を上げて正面を向く。
 そしてアルトリアの傍に控えていたバリスが足を進めようとした時、寝台に目を向けたまま動こうとしないアルトリアに気付いた。

「……アルトリア様?」

「……」

「!」

 バリスは動かないアルトリアの横顔を覗き込んだ時、僅かに驚いた様子を見せる。
 アルトリアの視線は寝台で待つリエスティアに固定されながら、目を見開いたまま呆然とした様子を見せていた。

 そして次第に表情が驚愕へ変わり、何故か恐れも宿すように青い瞳を揺らす。
 そうしたアルトリアの様子にクレアやリエスティアの傍に控えていた侍女も気付き、不可解な視線を向けていた。

「……アルトリアさん、どうしたの?」

「……は……、……はぁ……ッ!!」

「アルトリア様っ!?」

「!?」

 リエスティアに視線を向けたまま動きを止めていたアルトリアが、唐突に過呼吸を起こし始める。
 そして自身の胸部分の服を右手で掴みながら床に膝を着けたアルトリアの様子に、リエスティアを除く全員が驚きを浮かべた。

 一方で目の見えないリエスティアは状況が分からず、周囲が困惑した声を出したことで動揺を見せる。
 そして膝を着いたアルトリアに対して、バリスは屈みながらその背中と腹部を支えるように手で触れた。

 その際にバリスは、アルトリアの身体が震えを起こしながら腕などは鳥肌を立たせ、額からは冷や汗を流し始めている事に気付く。
 アルトリアの様子が明らかな異常だと察したバリスは、クレアに視線を向けながら落ち着いた声で伝えた。

「――……皇后様。隣室でアルトリア様を休ませてもよろしいですかな?」

「え、ええ。御医者様を呼んだほうが?」

「私は皇国で医師免許も有しておりますので。診察は私が」

「そ、そうですか。分かりました」

 クレアは突然の状況に動揺しながらも、バリスに委ねる形でアルトリアの事を任せる。
 そして震えて動けないアルトリアをバリスは抱え持ち、隣室へ戻した。

 一方でクレアはリエスティアにも話し掛け、唐突に起こった状況を教えながら動揺を落ち着かせる。

「リエスティアさん。少し、アルトリアさんの体調が優れないようなの。私は様子を伺って来るから、少し待って頂戴ね」

「は、はい。分かりました……」

 クレアはそう述べながら寝室から出て行き、呆然とした様子のリエスティアと侍女はそれを見送る。

 こうして記憶を失っているはずのアルトリアが、リエスティアを見た事で明らかな動揺を起こす。
 それは何を起因した異変なのか、その場に居た誰もが理解できない状況だった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!

心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。 これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。 ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。 気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた! これは?ドラゴン? 僕はドラゴンだったのか?! 自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。 しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって? この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。 ※派手なバトルやグロい表現はありません。 ※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。 ※なろうでも公開しています。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

処理中です...