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革命編 二章:それぞれの秘密

淑女の真実

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 若き日のクラウスと面会を望んだナルヴァニアは、驚くべき事情を明かす。

 内乱の発端となった皇王あにエラクの病が自ら盛った毒に因る影響ものであり、その狙いが各皇族を擁する皇国貴族達の野心を利用して決起させること。
 そして決起した皇国貴族達が自分ナルヴァニアを利用しない様子を確認し、自身がルクソード皇族の血を引いていない事を認知しているかを確信する為だった。

 確信を得ているナルヴァニアの表情には悲しみが浮かび上がり、クラウスの前で涙を零させる。
 それを見たクラウスは僅かに動揺を浮かべながらも、自身の中で引っ掛かりがある部分を敢えて問い質した。

『……失礼ですが。各皇国貴族達が貴方を用いない事を理由に、御自身がルクソード皇族では無いという結論に至った。そういう事でしょうか?』

『……そういう事になりますね』

『それは、あまりにも早計な考え過ぎる……。単にそうした者達は、貴方を巻き込みたくない、巻き込む必要が無いだけかもしれないのに』

『……貴方は、この皇国くにの現状を知らないのね』

『現状……?』

『皇国の最大派閥は、現状で三つ。その中で最も大きい権威を持つのがハルバニカ公爵家。残りの二つの貴族家は、ハルバニカ公爵家に見劣りしながらも確かな権威と力量をこの大陸で持っています』

『……』

『この三勢力が衝突し、一勢力でも内乱で欠けてしまえば。皇国は大国としての機能をいちじるしく失ってしまう。……東方領土と北方領土を治めているハルバニカ公爵家は、言わば穏健派です。今現在、その二つの勢力と交渉だけで事を治めようと動いているのでしょう?』

『……よく御存知ですね』

『各貴族家の動きを見れば、容易にハルバニカ公爵家の思惑は予測できます。……しかし、他の勢力はハルバニカ公爵家のように穏やかではありません』

『!』

『南方領土と西方領土に事を構える二つの大貴族と傘下の家々は現在、軍備を整えハルバニカ公爵家を討つ為に今も準備を整えています』

『……!?』

『更に暗殺者を他国から雇い、貴方と共にガルミッシュ帝国に居る皇太子ゴルディオスとクレアを狙っている。……しかし、私は暗殺対象に含んでいません』

『……貴方が、ルクソード皇族の血を引いていない。だから狙われていない。そう考えているのですか?』

『その通りです。……例えハルバニカ公爵家が貴方や帝国の候補者達を失い、私を擁したとしても。血を継がぬ事を明かせば排除する手間すら要らない。そう考えているのでしょう』

『……ッ』

『最大の障害であるハルバニカ公爵家さえ討つ事が叶えば、二大勢力は公爵家の領土である東方と北方を分けて手中に収める。その二大勢力はそれを目的とし、共闘する姿勢を整えています』

『……やはり、共闘しようとしているのか……』

『このままでは、ハルバニカ公爵家は西方と南方から同時に攻め込まれる。如何にハルバニカ公爵家が豊富な人材と武力を有していたとしても、挟撃される形となれば余裕が無くなる。その間に手薄となった皇都を見計らい、二大勢力は病で動けない皇王あにと皇都をハルバニカ公爵家から切り離そうとしている。そうなれば大義名分によって国賊となるのは、ハルバニカ公爵家となるでしょう』

『……何故、そんな事まで貴方は御存知なのだ……?』

『私はルクソードの血こそ継ぎませんでしたが、友人は多かった。そしてこの内乱に関わりが無いからこそ、誰からも警戒を抱かれず、独自の手段で耳に入る情報ものもあります』

 ナルヴァニアはそう語り、頬に伝う涙を左手に持った薄紅色ピンク手巾ハンカチで拭う。
 その手巾ハンカチには二人の周囲に咲いている雛菊デイジーが縫われていたが、クラウスはそうした部分を気にせずに険しい表情を浮かべていた。

『……その話が本当であれば、ハルバニカ公爵家の交渉はむしろ逆効果になる』

『そうですね。この段階での交渉はむしろ、相手に戦力を整えさせながら結束を強くする猶予を与えてしまうだけでしょう』

『ならば相手の準備が整い連携される前に、こちらから攻め込むしかない……』

『しかし穏健派のハルバニカ公爵家が、私の情報だけでそうした決断をする事はしないでしょう』

『……貴方が私と会う事を望んだのは、その情報を私に知らせる為に?』

『それも含まれます。しかしもう一つ、私には目的があります』

『目的?』

『本当の家族を殺した者達への、復讐です』

『!』

 その時、手巾ハンカチを引かせて再び青い瞳を見せたナルヴァニアの目には、鋭さと怒りに満ちた感情が見える。
 それを察したクラウスは僅かに寒気を感じ、ナルヴァニアが発する次の言葉を聞いた。

『私はこの内乱を利用し、私の家族を殺した者達をこの皇国から排除したいと考えています』

『排除……。……まさか、その役目を私に求めているのですか?』

『表に立つ者達は、貴方に任せる事になってしまうでしょう。……つまり、皇王候補者となる二大勢力が抱え込む皇族達は、貴方に排除してもらいたい』

『!』

『私は、その候補者達の裏で糸を引く者達を狙います。……そして、私自身の復讐を果たすつもりです』

『……御聞きしたい。貴方の言う復讐とは、何の事ですか?』

『……私の両親は元々、三十年ほど前まで北方領土を治めていた貴族でした』

『!』

『そう、今はハルバニカ公爵家がおさめている北方領土です。昔は、東西南北の領地をそれぞれの四つの大貴族達が統治していたそうです。……しかし私の家族は、三十年ほど前に処刑された。当時の皇王を暗殺しようとしたという、冤罪を着せられて』

『……!!』

『しかし私だけ生き延び、義兄あにエラクの義妹いもうととして育てられていた』

『……何故、貴方だけ……?』

『当時の私は、生まれたばかりの幼子だった。そして私の実父ちち皇王ぎふは、幼い頃からの親友同士だった。その温情として、私だけは見逃されたのでしょう』

『……ッ』

『そして私の家族が処刑されていた後、北方領土はハルバニカ公爵家が管理する事となった』

『……まさか、ハルバニカ公爵家が関わっているんですか?』

『私も、始めはそう思いました。北方領土を得るという利を得たのがハルバニカ公爵家でしたから。……しかし情報を集めると、そうではないと理解できました』

『え……?』

『ハルバニカ公爵家は、むしろ私の両親を擁護していた側だったそようです。……逆に苛烈に責め立てたのが、南方と西方の大貴族達だった。そして両親を追い詰めた決定的な証拠を見つけ出したのも、彼等だった。父の筆跡で書かれた名前と雛菊デイジーの華家紋が入れられた、皇王暗殺の依頼書を』

『!?』

『両親を庇い切れず決定的な証拠を提示されてしまったハルバニカ公爵家と皇王ぎふは、皇国の法にのっとり私の両親を処刑した。……しかし私の父は、北方領土の利権を全てハルバニカ公爵家に譲渡する遺書を残していた。それが皇王ぎふの名によって認められ、北方領土はハルバニカ公爵家の管理に置かれたのです。……それは父にとって、最後の抵抗だったのでしょう』

 ナルヴァニアは自身で集めたであろう情報をクラウスに伝え、自身の両親が辿った末路を話す。
 それを聞いていたクラウスは唇を噛み締めながら膝に置いていた両拳を握り締め、まるでナルヴァニアの怒りが伝染したかのように意識の底へ怒りを宿し始めていた。

 その怒りがクラウス自身の声を僅かに震わせ、ナルヴァニアの青い瞳を見ながら告げる。

『……つまり、今回の暗殺も?』

『ええ。彼等が再び、他国に存在するある組織を通じて貴方達に対する暗殺依頼を出したのを確認しました』

『!』

『私は自身の伝手を使い、貴方と帝国に候補者ものたちの暗殺を防ぐ為に尽力しましょう。そして裏で手を引く者達に、過去と現在の罪を償わせる。……だから貴方には、表から彼等の野望を打ち破って欲しいのです』

『……』

『私は皇王の地位に興味はありません。内乱が終わった後は、ハルバニカ公爵家や貴方で皇国を好きにすればいいと考えている。義兄あにに毒を盛った事も、ゾルフシス殿に伝えて頂いても構いません』

『……貴方は、その復讐さえ果たせれば満足なのですか?』

『ええ』

『本当に、それでよろしいのですか?』

 復讐を望みそれ以外を放棄するようなナルヴァニアの言動を聞き、表情を強張らせながら強い口調で尋ね返す。
 それを聞いたナルヴァニアは何かを思い出し、怒りを宿す鋭い瞳を顔と共に伏せた後、静かに語り始めた。

『……そうですね。……気掛かりがあるとすれば、私の子供だけでしょうか』

『子供……。お子さんがいらっしゃるんですか?』

『ええ。でも、もう会えないでしょうけれど』

『どういうことです?』

『……私は少し前まで、貴方の故郷であるガルミッシュ帝国のとある貴族家に嫁いでいたのです』

『えっ。……それは、初耳です。何処の家に嫁いでいらっしゃったのですか?』

『ゲルガルド伯爵家。御存知かしら?』

『それは、勿論です。帝国では名家と呼ばれている貴族家ですから』

『そうね。……もう、十年ほど前になるかしら。私は十八歳の時に、ガルミッシュ帝国のゲルガルド伯爵家に嫁いだ。私はルクソード皇族の血縁者では無いと知る者達にとって、皇国内で私を嫁がせる貴族家ばしょが無かったからでしょう。その時の私は、そうした事情を何も知らなかったけれど』

『……』

『ゲルガルド伯爵家の当主だった旦那様は、私を暖かく迎えてくれたわ。……そしてゲルガルド伯爵家に迎えられてから一年後に、私はあの人との息子を生んだ』

『……?』

 クラウスはここまでの話を聞き、帝国に嫁いだはずのナルヴァニアが目の前に居る事に初めて疑問を浮かべる。
 結婚し子供を産んでいるはずの彼女ナルヴァニアが、伯爵家から離れて両親の復讐を果たそうとしているのかとも考えたが、そこから続くナルヴァニアの言葉を聞き、彼女が抱える別の悲しみを理解することになった。

『そして、息子が五歳になったある日。旦那様は息子を連れて、何処かに出掛けた。……そして二人が戻った時、私や息子に向ける旦那様の態度が急に変わってしまった』

『変わった……?』

『旦那様は、ゲルガルド伯爵家が守るルクソード血族の秘伝を当主として管理していたそうです。……旦那様の目的は、まさにルクソード皇族の血。それが自分の息子に流れている事を望み、その秘伝を継承させることにあった』

『……!』

『しかし、私はルクソード皇族では無かった。だから息子には秘伝が与えられず、旦那様は私と息子にルクソード皇族の血が流れていない事を知り、酷く落胆し憤りを見せた。……私は追い出されるように皇国に戻され、息子は今もゲルガルド伯爵家にいるはずです』

『何故、伯爵は息子だけは手元に……?』

『ゲルガルド伯爵家が管理する秘伝を知ってしまったから、だそうです。……それを理由に、私に息子を引き取らせてはくれなかった』

『……帝国の皇帝ちちうえに、御相談なさらなかったのですか?』

『どう相談するのです? 私にルクソード皇族の血が流れていないから、旦那様を怒らせて哀れにも捨てられ、息子までも奪われた。二十年以上もルクソード皇族の一員だと信じて振る舞っていた私が、ただの愚かな道化であることを説明しろと?』

『……』

『……意地悪な言い方をしてしまいましたね。……私がルクソード皇族では無いという秘密は、言わばルクソード皇国の上層部では暗黙の了承なのです。それを私自身が知らせて他国に広まれば、私は何処にも身を置く事が出来なくなる。……それが、相談できなかった理由です』

 ゲルガルド伯爵家に嫁ぎながらも、ルクソード皇族の血を引かない事を理由に旦那である当主から捨てられ、更に子供むすこまで取り上げられてしまった事をナルヴァニアは明かす。
 それを聞いたクラウスは虚しさと同時に憤りも心の奥底で湧き上がり、顔を伏せながら歯を食い縛り自身の感情をおさめようとした。

 そしてクラウスは椅子から腰を上げ、ナルヴァニアを見下ろしながら伝える。

『――……貴方が皇王陛下に行った事は、決して褒められるべき事では無い。貴方の行動は、冤罪と主張する御両親の罪を自分自身で再現してしまっているのだから』

『……』

『しかしそれ以上に、この皇国には放置できない大きな問題がある事も理解した。……それに対抗する為にも、貴方と協力した方ががあると私は思う』

『……!』

『貴方が得ている情報を、私に提供して欲しい。それを私が有効に使い、他の対抗勢力を排除して見せよう』

『……ありがとう。クラウス殿』

 クラウスは右手を差し伸べ、ナルヴァニアの交渉に乗った証として握手を求める。
 その言葉と応じる握手を確認したナルヴァニアは右手に広げて握る扇子せんすを閉じ、立ち上がりながら机の上に置いた。

 そして互いに右手で握手を交わし、内乱を企てる勢力を討伐する為の協力関係が成立する。
 こうして二十七年前に起きたルクソード皇族同士の内乱は、表では【烈火の猛将】と称されることになるクラウスと、第二十一代皇王となるナルヴァニアによって終息を迎えることとなった。
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