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革命編 三章:オラクル共和王国
豹変の銃口
しおりを挟む魔人であるマチスの本音と目的を聞いたワーグナーは、『黄』の七大聖人ミネルヴァの引き渡しを要求される。
その取引に応じる形を見せたワーグナーは、シスターと共に生き残った村人達が集まり防衛陣地を整えている武器庫へ戻り歩いていた。
そして戻りながら足を進める二人は、とある話を行う。
それに対してシスターは難色を示したが折れる形で同意を示すと、互いに覚悟を決めた表情で防波堤が幾つも置かれた武器庫の入り口に戻って来た。
「――……シスター!」
「無事ですかっ!?」
「ええ」
防波堤を盾に小銃を構えていた三十名前後の村人達は、シスターの姿を見て安堵の息を漏らしながら銃口を降ろす。
そして戻ったシスターとワーグナーを迎えながら防波堤の陣地を通し、二人は僅かに開いている扉の間をすり抜けて倉庫内に入った。
倉庫内で待っていたのは、弾を取り除き縫合をし終えたクラウスと孤児院の少年達。
そして約四十名前後の老若男女が倉庫内でそれぞれが身を寄せ合い、その中には木箱に背を預けて座るミネルヴァの姿が在った。
シスターとワーグナーは互いにミネルヴァを見つめ、僅かに視線を交わして頷き合う。
そして出迎える孤児院の少年達が近付き、シスターに問い掛けた。
「シスター様、おかえりなさい!」
「ええ」
「外の状況は、どうでしたか?」
「……もうじき、敵が村の中に踏み込んできます」
「!」
「全員、敵の襲撃に備えられるように準備を。皆さんも倉庫内の壁にも近付かず、出来るだけ物の影に隠れて銃弾を受けないように」
「はい!」
「は、はい……」
シスターの話を聞いていた少年達と村人達は、指示に従って壁際から動き出そうとする。
そうした様子を見せる中、ワーグナーは武器庫に残る一丁の小銃を左手で持ちながら弾倉や弾の数を確認していた。
ワーグナーの様子を床に座りながら見ていたクラウスは、僅かに不可解な表情を見せる。
迎撃の準備として小銃を必要とするのは当然だったが、ワーグナーの視線が室外から来襲して来るだろう敵兵ではなく、内側に奇妙な意識の向け方をしているように感じたからだ。
不可解なワーグナーの様子をクラウスは察し、立ち上がってから尋ねようとした瞬間。
ワーグナーが突如として左手に持った小銃を両手で構え直し、銃口を寄り集まろうとする村人達の方へ向けながら怒鳴り始めた。
「――……全員、その場から動くなッ!!」
「!?」
「えっ!?」
「おじさん……!?」
「……ワーグナー……!?」
倉庫内に居る全員がワーグナーの怒鳴り声に驚き、顔と意識を向ける。
そこで全員が目にしたのは、自分達に銃口を向けるワーグナーの姿だった。
突如として銃を向けるワーグナーの行動に、彼を良く知る者達は驚き深い表情で硬直する。
そしてワーグナーは銃口を動かしながら全員に向け、怒気の宿る声で告げた。
「全員、壁の近くに戻れ!」
「お、おじさんっ!? なんで……!?」
「どうしちゃったの!?」
「壁に行け! ――……従わなきゃ、撃つぞッ!!」
「!!」
ワーグナーの声は確かな怒気と意思を宿しており、慕っていた孤児院の少年達にすらも銃口を向ける。
思わぬ豹変を見た少年達は驚愕したが、少年達も村人達も困惑した表情を強めながらワーグナーから離れ、動ける全員が壁際に寄った。
その際にワーグナーは、床に座っているクラウスにも銃口を向ける。
しかしワーグナーの瞳は僅かにクラウスが居る位置から斜め下に動き、幾度か視線を流した。
それを見たクラウスは視線が流れている左の位置を確認し、僅かに目を見開いて驚く。
そしてワーグナーは、クラウスにも怒鳴りながら脅すように命じた。
「お前もだ、クラウスッ!!」
「……足を撃たれているんだ。一人では立ち上がれん」
「チッ。なら……シスター。アンタがクラウスを支えて、壁まで下がれ!」
「……分かりました」
再びワーグナーの銃口が流れるように動き、立っていたシスターへと向けられる。
その命令に従う意思を見せるシスターは、クラウスの傍に寄りながら膝を曲げて屈んだ。
「腕を上げて。起こします」
「助かる。……うっ!」
「!」
右足を負傷しているクラウスは、シスターの肩を借りながら起き上がろうとする。
しかし右膝を崩して身体を倒し、自身の左側に身体を倒してしまった。
傍に居たシスターは倒れたクラウスを起こすように腕を回し、その安否を問い掛ける。
「大丈夫ですか?」
「……ああ。大丈夫だ」
「何やってんだ! さっさとしやがれッ!!」
「……ああ。すぐに移動するさ」
倒れたクラウスを心配する素振りすら見せないワーグナーは、逆に怒鳴りながら移動を急かす。
そしてシスターに起こされたクラウスは改めて右肩を支えられながら歩いて壁際に寄ると、全員が倉庫内の二方向に偏った壁位置に集まった。
それを確認したワーグナーは、自身が村人達に銃口を向ける目的を明かす。
「……俺は、ここを囲んでいる連中と取引をした」
「!」
「そこのミネルヴァって女を引き渡せば、俺の命だけは助けてくれるってな。……俺はその取引に応じた」
「そんな……!?」
「おじさん、なんでっ!?」
ワーグナーが自身の命を優先し、ミネルヴァを引き渡す取引に応じた事を明かす。
それを聞いていた村人達は驚きと共に顔面を蒼白させ、慣れ親しんでいた孤児院の少年達は驚きと失望が混じる表情と声を向けた。
それに対して、ワーグナーは怒気を含んだ声で答えを返す。
「勘違いするんじゃねぇよ。……俺は取引に応じるフリをしただけだ」
「えっ」
「このままじゃ、俺達は死ぬ。連中に囲まれながら銃で撃たれて、爆弾で吹き飛ばされてな。……俺の仲間達みたいによ」
「……!!」
「だが連中は、そのミネルヴァって女だけは生かして捕まえる気だ。……俺達は殺されて、奴等の目的の女を手に入れる。そんなモン、許せると思うかよ?」
「お、おじさん……!?」
ワーグナーは煮え滾るような憤怒の声を震わせ、敵に対する復讐心が宿っている様子を見せる。
そしてワーグナーの身体が僅かに横へ動き、座った姿勢のまま自分を見つめているミネルヴァに銃口が向いた。
「どうせこのまま死ぬなら、奴等に一矢報いる為の手段を取らせてもらう」
「……ッ」
「悪く思うなよ、ミネルヴァさんよ」
「――……ッ!!」
ワーグナーは怒りの感情に任せた様子で、ミネルヴァに銃口を向けたまま引き金を引こうとする。
ワーグナーが銃を発砲する事を察知した村人達は身を退いて怯える様子を見せたが、逆に近くに座っていた三十代後半の男女が怯える事も無く勢いよく立ち上がりながら前に出た。
その男女は懐に右手を素早く入れ、何かを掴んだ状態で取り出す。
それは小銃とは形状が異なり、片手で持てる短銃。
短銃を隠し持っていた二人が焦る表情を浮かべながらワーグナーへ銃口を向け、引き金を引こうとした。
しかし次の瞬間、短銃を持つ男の左手に深々と短剣が投げ突かれる。
その痛みで男が握る短銃《ピストル》の銃口が僅かに上に逸れ、発砲音と共にワーグナーの数十センチ頭上を弾丸が通過した。
「グァッ!!」
「!?」
男が先に撃ち放った後、短銃を手放した様子に女が驚愕を浮かべる。
そして短剣が投げられた位置を男女は目で追うと、そこには床に身を屈めながら左膝を軸に構えているクラウスの姿があった。
更にクラウスが居た位置から、凄まじい速さで駆けるシスターが短銃を持っていた男女に詰め寄る。
それを迎撃しようと男は短銃を拾おうとして右手を伸ばしながら屈み、女はワーグナーに向けようとした銃口をシスターに向け直した。
しかし二人の対応はシスターより僅かに遅く、短銃の銃口よりも先にシスターの身体が届く。
飛び掛かったシスターは伸ばした左足刀で男の後頭部を蹴り下ろし、床へ強く叩き付けた。
更に短銃を持つ女に対して右足を軸にしながら左手の平を突き出し、一気に身体を前に詰め寄らせながら掌底を腹部に受ける。
「が、は……っ」
シスターの打ち込んだ右手の平によって女の腹部から一筋の光が貫き、口を大きく開けさせながら白目を向かせる。
僅か一秒にも満たない時間で短銃を持つ男女を制圧して見せたシスターは、床に落ちた短銃を蹴り飛ばしながらワーグナーとクラウスに視線を向けて伝えた。
「成功ですね」
「……ふぅ。こりゃ、冷や汗もんだったぜ」
「なるほど。やはり、そういうワケか」
ワーグナーはミネルヴァに向けていた小銃の銃口を下げ、苦笑いを浮かべる。
逆にクラウスはシスターとワーグナーの様子を見ながら何かを察しており、小さな溜息を漏らしながらも微笑みを浮かべた。
しかし状況が分からない村人達や孤児院の少年達は、困惑した様子で彼等に問い掛ける。
「……え?」
「な、なに……これ?」
「おじさん達……。それに、シスターまで……?」
「どういう、ことなの……?」
三名以外の全員が困惑を見せる中、事情を把握している三名は顔を見合わせる。
そしてシスターから始めに、こうなった状況を説明した。
「ワーグナーさんは御芝居をしたのです。村人の中に紛れていた、密偵を探り出す為に」
「!?」
「ああ。敵の目的がミネルヴァの確保だと分かった段階で、それを利用して密偵《スパイ》を炙り出す事を思い付いたんでな」
「あ、炙り出す……?」
「敵がミネルヴァを生きたまま確保するのが目的ならば、逆にミネルヴァを殺したくない理由があるということだろう。ならばワーグナーがミネルヴァを殺そうとすれば、密偵がそれを止めようと動き出す。そういうことだな? 二人共」
三人はそれぞれに先程の状況を端的に伝え、村人達に状況を説明する。
それを聞いた人々は唖然とした表情を浮かべ、シスターが取り押さえた男女の二人組を見て改めて驚愕していた。
そうした中で事の経緯を予測するクラウスに、ワーグナーは視線を向けながら笑みを浮かべて話し掛ける。
「流石だな、クラウス。アンタだったら密偵の事も考えてると踏んで、俺がやってる事を察してくれると思ったぜ」
「ふっ、随分と荒っぽい信頼だ。……だが、良い芝居だったぞ。生き残ったら、舞台役者にでもなってみるか?」
「止めてくれ。こんな演技、金を貰ってもやりたくねぇよ」
二人は互いに皮肉めいた言葉を口にしながらも、微笑みを浮かべながら信頼を伝え合う。
それを見ていたシスターは小さな微笑みを浮かべた後、密偵達を拘束する為の指示を少年達に伝えた。
こうしてワーグナー達の仕掛けた芝居により、村の中に紛れていた敵の密偵が明らかになる。
その命懸けとも言うべき一芝居は即興劇で成功させる事は叶ったが、まだ余談が許されぬ状況である事は変わりなかった。
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