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革命編 三章:オラクル共和王国

削られる命

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 共和王国側が送り込んでいた密偵スパイの捕縛に成功したワーグナーとクラウスは、密偵達の目的を突入時の攪乱とミネルヴァの捕獲だと考える。
 しかし密偵スパイは自ら口内に仕込んでいた毒を飲み、目的と情報を暴かれる前に死を選んでしまう。

 密偵の死によってミネルヴァのみを生け捕りにしようとした密偵スパイ達の意図を暴く事は出来なかったが、代わりにその答えを述べる者が現れる。
 それは密偵達の目的と思しきミネルヴァ本人であり、彼女は自身の『死』を基点として発動する広範囲の消滅魔法が魂に施されている事を明かした。

 それを聞いた瞬間、倉庫内のほぼ全員がミネルヴァから遠ざかるように身を引く。
 しかしその場に留まるクラウスとシスターの二人が、肌に黒い鎖状の紋様を見せながら立つミネルヴァに問い掛けた。

「――……ミネルヴァ様。まさか御自身に、そのような秘術を……!?」

「……その秘術が貴方に施されている事を敵側は承知しているからこそ、敵は貴方だけを生け捕りにしようとした。そういう事か?」

「おそらく」

「……!!」

 シスターが悲痛な表情を見せながらミネルヴァに歩み寄り、揺れる身体を支える。
 そして敵側がミネルヴァの秘術を承知している事を聞いたクラウスに対して、ミネルヴァは躊躇いながらも肯定した。

 それに渋い表情を見せながらも、クラウスは自身の考えを伝える。

貴方ミネルヴァを殺せば、敵は排除すべき村人達と共に死ぬ事になる。それを恐れて密偵スパイを潜ませたまま、みかたの突入に合わせた内部の攪乱に乗じて貴方の奪取を目論んでいた。確かに、敵側の行動に筋は通る。……だが……」

「……だが?」

「もう一つ、可能性があるとすれば。……取り囲んでいた連中や密偵スパイは、貴方ミネルヴァの生け捕りは命じられているが、施されている秘術に関しては何も聞かされていないという場合だ」

「!」

「敵側の事情が前者であれば、貴方ミネルヴァを盾にして我々が逃げる道筋も浮かぶ。だが後者であれば、敵は貴方を捕まえる事が困難だと判断した場合。敵は躊躇せず村人と共に、貴方ミネルヴァも撃ち殺すだろう」

「それは……!!」

「そうなれば、私達は敵諸共にこの場から消滅するという事になる。……逃げ場の無いこの状況では、まさに最悪の状況と言えるだろう」

 クラウスは敢えて今の状況を読み解き、敵側の事情で在り得る話を伝える。
 それを聞いていた全員が表情を青褪め、シスターに支えられるミネルヴァに様々な感情を乗せた視線を注いでいた。

 そうした中で、クラウスはミネルヴァへ向けた言葉を続ける。

「ミネルヴァ殿。自分に施したその秘術を、解除する事は出来るか?」

「……この肉体に植え込まれた呪印が解けない限り、今の私は魔法を行使できない。解除自体も魔法を用いている。だから出来ない」

「そうか。……ならば、やるべき事は二つに限られるな」

「二つ?」

「敵が貴方ミネルヴァに施されている秘術の存在を知っていた場合、彼女自身を盾にして村人全員で逃げ切る。それが一つの可能性だ」

「それは……」

「分かっている。その方法で逃亡した場合、我々が南方から出る可能性は限りなく低い。だが、逃げ切れる可能性は出て来る。身体能力に優れたシスター殿達ならば」

「!」

「シスター達がミネルヴァ殿を連れて、我々が彼女達の逃げる時間を稼ぐ。それがこの状況を脱し、ウォーリスの野望を砕く事に繋げられる可能性の一つだ」

「……!!」

 クラウスは淡々と提案を口にし、室内に居る村人達やシスター達に対してそう述べる。
 それを聞いていた者達の中には表情を引き攣らせた者が多く、ミネルヴァとシスター達を逃がす為に村全体が囮にする提案をされている事に気付いていた。

 明らかにその作戦に賛成する者が多いような空気ではなく、流石のワーグナーもそれを読み取り口を閉じる。
 そしてクラウスは、もう一つの案を伝えた。

「全員を生かす可能性があるとすれば、外の敵を説得するという手段だろう」

「……説得だと?」

「ああ。敵がミネルヴァの秘術に関する情報を知り得ないまま、捕獲を命じられているのだとしたら。ミネルヴァの状況を明かす事で、敵に交渉できる余地が生まれるかもしれん」

「でも、それは……」

「仮にミネルヴァの状況を知らないまま捕獲を命じられているのならば、敵の傭兵達も雇い主に騙されている状況だ。敵の集団が『砂の嵐デザートストーム』ならば、奴等はそうした隠し事を最も嫌う。雇い主の裏切りと考え、見限ってくれるかもしれない」

「……それは、上手くいく手段だと思いますか?」

「正直に言えば、は悪い。例え事実を明かしたとしても、向こうが信じなければ交渉の余地は無いからな」

「……ッ」

「だが揺さ振りを掛けるには、十分な情報だ。奴等も自分達に危険が及ぶ可能性を知れば、ミネルヴァと共に居る我々に対して突入を仕掛ける事に消極的になるかもしれん。ワーグナー、お前はマチスという男に再び――……ッ!!」

「!?」

 クラウスは生き残った全員が逃げ延びる可能性がある案を伝え、ワーグナーにマチスを通じて『砂の嵐デザートストーム』交渉を再び行わせようとする。
 しかしそれを口にしようとした瞬間、室外から響き渡る複数の銃声が届いた。

 その銃声は倉庫の付近から放たれた音ではなく、村の外周に位置する場所から響いている。
 それを聞いたクラウスは歯を食い縛り、焦る表情を見せながら大きな声を発して伝えた。

「……この銃声は、村の外周で倒れていた者達へのトドメだ」

「!?」

「敵が突入を開始して来るッ!!」

「もうかよっ!?」

密偵スパイが放った銃弾たまだ! あの銃声を聞かれて、密偵が失敗した事を察知された……!」

「!!」

「全員、物の盾にする位置で中央へ寄れ! ワーグナー、お前は私と共に、外の迎撃を手伝え!」

「おうよ!」

 クラウスは右足を引きずりながらワーグナーに呼び掛け、互いに倉庫内の小銃ライフルと密偵の短銃ピストルを持って出入り口の扉へ走り寄る。
 それに続くように村人達も壁際から離れ、クラウスの指示に従って箱や机を盾にするように配置しながら負傷者と共に中央へ寄った。

 孤児院の少年達は村人達を中央に寄せながら障害物となる物を周囲に置いた後、クラウス達に続いて扉の外へ向かう。

 ミネルヴァもシスターによって中央の位置に置かれ、運ばれた木箱に背を預ける状態で座った。
 その際にミネルヴァは僅かに視線を入り口側へ向けると、クラウス達が弾を摘出した際に生じた床の血溜まり目にしながら言葉を零す。

「……血か」

「ミネルヴァ様。私もみなと共に、外の者達と共に敵の迎撃へ向かいます」

「……ファルネ。一つ、試してみたい事がある」

「試す……?」

「呪印が施された私の肉体では、魔法は使えない。……だが体外に排出した私の血を用いた陣ならば、転移魔法が使えるかもしれない……」

「……まさか、貴方の血で転移陣をえがくおつもりでっ!?」

「ああ」

「いけません! 血を用いて数十人を転移させる大きく敷いた陣を描けば、大量に血液を失います。それに呪印を施された御身では、魔法をせるかどうかも……!」

「……あの者達、確かクラウスとワーグナーと言ったな」

「!」

「彼等は僅かながらも皆を生かせる可能性も信じ、その道を歩もうとしている。……ならば私も、僅かな可能性を信じよう。それが彼等と私を引き逢わせた、神の御意思かもしれない」

「……ッ」

「手を貸してくれ、ファルネ」

「……分かりました」

 ミネルヴァは澄んだ瞳と微笑みを見せながら、シスターに頼みを向ける。
 それを渋々ながらも引き受けたシスターは、座らせたミネルヴァを再び立ち上がらせ、支えるように肩を貸した。 

 そしてミネルヴァが視線を向けた先には、クラウスが密偵に投げ放ち落ちた短剣がある。
 その視線に応じるように足を進めたシスターはミネルヴァと共に短剣がある場所まで赴き、身を屈めながら短剣それを拾い上げた。

「ミネルヴァ様」

「頼む」

「……ッ!!」

「ッ」

 意を決したシスターは、右手に握る短剣の刃でミネルヴァの右手首を斬る。
 そして手首から溢れ出る血が床へ零れ始めると、ミネルヴァは身を屈めながら倉庫内に血の陣を描き始めた。

 こうして交渉も行う間も無く、『砂の嵐デザートストーム』の傭兵達が村への突入を開始する。
 それに応戦する為に銃を持つクラウスとワーグナーを始めとした者達は、周囲に警戒を配りながら銃口を向けて待ち構えていた。

 そしてクラウスに感化されたミネルヴァもまた、希望を諦めずに転移魔法を試みる。
 それは大きな賭けであり、ミネルヴァから流れ出る血は、まさに命の残り火を削る行為でもあった。
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