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革命編 三章:オラクル共和王国
残る可能性
しおりを挟む夥しい数の銃撃によって再び窮地に陥ったクラウス達は、ミネルヴァの命を盾にした籠城策に追い込まれる。
しかし籠城する為に戻った倉庫内の床は、ミネルヴァの両腕から流れ出る血で塗れていた。
倉庫内に残っていた五十名弱の村人達は、血で描かれている円の内側に身体を伏せながら留まっている。
その全員が恐れと怯えを含む表情を浮かべ、ミネルヴァに視線を注いでいた。
戻ったクラウス達もまたその光景に驚き、思わず表情を歪める。
そしてワーグナーも驚愕の勢いに任せ、足を踏み入れながら怒鳴り聞いた。
「お、おいっ!? なんだ、こりゃ――……」
「止まって! 血を踏まないでくださいッ!!」
「!?」
血で描かれた円陣をワーグナーが踏もうとした瞬間、それに勝る声量でシスターが怒鳴る。
それに驚き足元を見て身を引かせたワーグナー達、ミネルヴァの傍に寄り添うシスターに視線を向けた。
そして驚くワーグナーに続いて、クラウスが問い掛けを向ける。
「これは、何をしているっ!?」
「血の魔法陣です」
「!」
「貴方達も、血を踏まずに円の中央へ移動してください。その後は銃弾に当たらぬように、身を屈めて」
「血で描いた魔法陣だと……。まさかこれは、全てミネルヴァの血で書いているのか!?」
「そうです」
「馬鹿な! この血の量では、命も危ういではないかッ!?」
クラウスは倉庫内の床を見渡し、ミネルヴァの出血量が尋常ではない事を察する。
人間の体内には多くとも四リットルから五リットルの血液が循環し、脳や心臓を始めとした重要な臓器を動かし続けている。
しかし血液が二リットル近くまで抜き取られてしまえば、人間は失血状態となって各臓器が活動できない。
その先に待つのは、『死』という単純明確な答え。
今まさにミネルヴァの出血量は、床一面を見ても一リットルを軽く超えている。
例え人間から進化した聖人であっても、血を多く失えば常人と同じく死に至る事をクラウスは知っていた。
このままミネルヴァが死ねば、彼女に施されている秘術によって全員が巻き込まれて死ぬ。
倉庫内の村人達もそれを知っているからこそ、目の前で血を流し続けながら魔法陣を描くミネルヴァに恐怖し、そして死んでしまう事に怯えていたのだった。
しかしミネルヴァは自身の血で魔法陣を描く事を止めず、シスターは肩を貸して移動を手伝う。
そして次の書き込むべき場所へ移動した後、シスターはクラウス達を見ながら述べた。
「……ミネルヴァ様は今、転移魔法を行える陣を描いています」
「!?」
「転移魔法を行えるだけの上質な魔石が無い為に、御自身の血を使い魔法陣を描くしかないのです」
「だが、今の彼女は魔法が使えないのでは……?」
「肉体に施された呪印が、体内で循環する魔力の行使を阻害しています。ならば大概に流れ出た御自身の血であれば、魔法の行使を行えるかもしれない。ミネルヴァ様はそう御考えになりました」
「出来るのか……!?」
「成功するかは、分かりません」
「!」
「しかしこの場の全員が生き残る為には、もうこれしか手立てがありません。……陣を描いた血を踏まずに、皆さんと同じ中央へ。もうすぐ描き終わります」
「……!!」
シスターは血の魔法陣を用いる経緯を話し、クラウス達にも中央へ集まるように伝える。
それにワーグナーを含む村人達も驚きを浮かべ、クラウスは厳しい表情を浮かべながらミネルヴァにも視線を向けた。
ミネルヴァの肌からは血の気が薄れており、また身体も微妙に揺れながら声すら発する余裕も無い状態が窺える。
しかし流れ出る自身の血を用いて、両手の指を使いながら魔法陣を描く姿には狂気染みた光景ながらも、ミネルヴァの強い意思と執念を感じさせていた。
今ここで止めたとしても、ミネルヴァは魔法陣を描く事を止めない。
既に窮地に立たされている事を自覚していたクラウスは、険しい表情を一度だけ伏せた後、顔を上げてワーグナーや村人達に指示した。
「……円の中央へ行こう。血を踏まぬように」
「い、いいのかよ……!?」
「このままでは、どちらにしても我々は全滅する。ならば彼女の転移に、最後の可能性を賭けるしかない」
「……そうか……ッ」
クラウスはそう伝え、手に持つ小銃や腰に備えていた弾倉を壁際に投げ捨てる。
そして血で描かれた魔法陣を踏まないように、慎重に足を運びながら他の村人達が集まる中央の位置へ進んだ。
ワーグナー達もそれに倣い、小銃と弾倉を捨てて中央へ歩み向かう。
そしてクラウス達が中央へ辿り着いて床に膝を着いた時、無言で魔法陣を描き続けていたミネルヴァが薄れた声で呟いた。
「……完成だ」
「!」
その声を聞いた全員が、ミネルヴァの方へ視線を集める。
出来上がった魔法陣は見事な三重の円形で描かれ、一つの円が中央に居る村人達を囲むように敷かれている。
そして外側に敷かれた二つの円には文字にも見える象形の紋様が幾つも彩られ、複雑ながらも規則性のある描かれ方をしていた。
ミネルヴァは生気と血の気を薄れさせた顔で、霞んだ視界ながらも円陣を見渡して確認する。
そして魔法陣に誤りが無いことを判断すると、傍に寄り添うシスターに声を向けた。
「……ファルネ。魔法陣が発動したら、私を抱えて魔法陣の内側に跳びなさい」
「分かりました」
「……では、いきます」
ミネルヴァは自身の両手を血に塗れた両腕に掴ませ、手の平を赤い血に塗れさせる。
そしてシスターの助けを借りながら円陣の外側に身を置き、自分の手の平と円陣の血を重ね合わせるように床へ両手を置いた。
するとミネルヴァは瞼を閉じ、呟くように詠唱を開始する。
「『――……我が思う。我が願う。我が血を縁として、神の御力を御貸しください――……』」
ミネルヴァの小さな声量ながらも、更に詠唱の節を重ねていく。
そうして詠唱が続くにつれて、床に塗られた赤い血が僅かに赤い光を帯び始めた。
それを見た全員が魔法の行使に成功していると思い、希望の表情を仄かに宿す。
しかし次の瞬間、ミネルヴァの声が大きく変化した。
「『――……彼の者達を、我が故郷の地――……』……グ、ァアッ!!」
「ミネルヴァ様っ!?」
「!!」
詠唱していた呟きが突如として苦痛の声に変わり、全員がミネルヴァに視線を向け直す。
するとミネルヴァの肉体に刻まれた呪印が濃く浮かび上がり、黒い霧となってミネルヴァの肉体を締め付けるように拘束した。
ミネルヴァはその痛みに耐えていたが、両腕から伝う黒い霧が血で描かれた魔法陣に迫ろうとする。
それに気付き魔法陣から両手を離したミネルヴァは、大きく身を仰け反らせながら倒れた。
シスターは背を着けて倒れたミネルヴァに驚き、その身体に纏わり付く黒い霧に触れるか判断できないまま呼び掛け続ける。
「ミネルヴァ様ッ!!」
「……呪印が、魔法の行使を阻んだ……ッ」
「!」
「私の血で描いた魔法陣も、呪印が侵そうとした……」
「それでは……」
「……すまない……」
ミネルヴァは呪印の苦しみとは別に、悲痛な面持ちで謝罪の言葉を口にする。
それは転移魔法の発動が不可能である事を意味しており、その言葉を聞いた全員が表情を強張らせながら様々な思いで顔を伏せた。
その中には悔しさと共に血に頭を擦り付ける者や、家族で抱き合い涙を流す者もいる。
クラウスやワーグナーすらも最後の可能性が叶わない事を知り、覚悟の表情を浮かべながら微笑みを向け合っていた。
こうして最後の手段であるミネルヴァの血を用いた転移魔法も、呪印に影響で失敗に終わる。
敵傭兵達に包囲され逃げ場も無いこの状況で、彼等は縋るべき希望を失ってしまった。
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