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革命編 三章:オラクル共和王国
伝わる閃光
しおりを挟む『黄』の七大聖人ミネルヴァの死によって、共和王国の南方に巨大な極光が発生する。
それは凄まじい振動と衝撃を共和王国内部に生み出し、兵士達を含む多くの民を恐怖に近い困惑に陥れた。
更に共和王国のみならず、同じ大陸に構えるガルミッシュ帝国にも大地を揺らす程の振動が響き、共和王国と帝国に居た者達を震撼させる。
「――……な、なんだっ!?」
「地震……!?」
帝都に居た皇帝ゴルディオスと宰相セルジアスは、帝城内にてこの地震を感じ取る。
その揺れはとても大きく、まるで大地そのものが悲鳴を上げているのではと、後に帝国の民も語った。
その時、帝都の帝城に居た他の者達もいる。
「これは……何が……!?」
「リエスティア様!」
「ティア! 君は動かないでッ!!」
帝城の一室で、まだ瞼を閉じたまま寝台に座っているリエスティアが怯えた様子を見せる。
それを庇うようにユグナリスが寄り添い、同じく傍に居た侍女がリエスティアを庇うように身体を支えた。
しかし同じ一室に居ながらも悠然とした様子で立つ悪魔ヴェルフェゴールは、窓の外を眺めながら微笑みを浮かべる。
すると強い衝撃と共に吹き飛んできた石や枝が、窓の硝子に衝突して割れ砕けた。
「うわッ!!」
「きゃああっ!!」
硝子が割れる音が響き、ユグナリスとリエスティアの驚愕が口から漏れる。
ユグナリスは室内へ流れ飛んでくる硝子の破片からリエスティアを守ろうと身を挺したが、二人と侍女を守ったのは同じ室内に居たアルトリアの結界だった。
「ッ!!」
「……ア、アルトリア!」
「早く、その子を窓から離してッ!!」
「あ、ああっ!!」
襲うように吹き飛んできた硝子を全て結界で阻んだアルトリアは、リエスティアを避難させるように促す。
その指示を素直に従うユグナリスと侍女は、リエスティアを車椅子に乗せて家具の無い室内の奥へ移動させた。
一方でアルトリアは、ヴェルフェゴールが微笑みを浮かべながら窓を見続けている様子に苛立ちの声を向ける。
「この衝撃、共和王国の方角よね!? アンタの御主人が、何かやったのっ!?」
「……とても綺麗な色ですねぇ」
「はあっ!? 何言ってるのよ……!!」
「己が魂を砕き、その力で大地を削り吹き飛ばす。この波は、そうした類の波動ですよ」
「!?」
「ああ、なんと綺麗なのでしょう。清き者の魂が、最後に見せる輝きとは……。ここまで流れ込んで来る魂の波動が、それを感じさせてくれます……」
「……魂の波動って……。……まさかこれは、魂を代価にした攻撃系の秘術……!?」
ヴェルフェゴールは悦に入った表情を浮かべ、流れ込んで来る風を受けながら両腕を広げる。
それを聞いていたアルトリアは、この衝撃と振動が魂を代価とした魔法である事に気付いた。
そうした気付きがある一方、この時に各国の七大聖人達も何かに気付く。
それは七大聖人の右手に刻まれた聖紋がそれぞれに色に輝きを強め、何かを知らせるように発していた。
「――……七大聖人が、死んでしまったようじゃな……」
老騎士ログウェルは帝城の壁から共和王国側の方角に視線を向け、右の手袋の中で自身の聖紋が輝く様子を察する。
そうして寂しそうな表情を浮かべる『緑』のログウェルだけではなく、ホルツヴァーク魔導国に居た『青』のもミネルヴァに起きた異変に気付いた。
「――……七大聖人の、誰かが死んだな」
「えっ?」
「恐らく、行方が分かっていない『黄』のミネルヴァだろう」
「ミネルヴァが……!?」
『青』は老いた肉体から若い肉体に移した姿で佇み、ミネルヴァの死を察する。
そして『青』が居る研究室らしき場所には、ローゼン公爵領地の都市を襲撃した黒装束を纏う人物も居た。
更にアズマ国に居る『茶』のナニガシと『赤』の七大聖人ケイルも、右手に宿る聖紋の輝きと熱さによって異常に気付く。
しかし七大聖人に選ばれてから日の浅いケイルは、戸惑いを持ちながら自身の右手を険しい表情で見ていた。
「――……な、なんだ…? 急に光ったと思ったら、この熱さと不快な感じは……!?」
「……七大聖人の、誰ぞが逝ったな」
「!?」
「"がりうす"と"ましら"が死んだ時にも、同じような感覚を聖紋から感じた。これは七大聖人の誰かが死んだという、虫の知らせのようなものだろうて」
「七大聖人が死んだ……? ……『青』が死んだのか……。いや、でも違う。……まさか、ミネルヴァの奴が……!?」
ナニガシから話を聞いたケイルは、この時期に死ぬ可能性がある七大聖人を思考する。
その思考はマギルスから聞いていた未来の話を思い出し、死んだ人物が『青』なのではと考えた。
本来の未来では、この時期に『青』は記憶を失ったアリアと接触しようとしていたらしい。
そうした中で何者かにアリアとの接触を阻まれ『青』が一度だけ殺されたという情報を聞いていたマギルスの話で、ケイルは死んだのが『青』だと考えた。
しかし、その時に死んだ『青』は本物ではない。
『青』と呼ぶべき本物はケイルが未来であった壮年の男性であり、マギルスもあの時の姿が『青』の本体だと話していた。
その本体が殺された可能性もあると考えたケイルだったが、不意に一人の人物が思考に浮かんでしまう。
それは自分やエリク達と同じく未来を知る、『黄』の七大聖人ミネルヴァ。
未来を知るからこそ元凶と呼べる存在に挑みかねないミネルヴァが死んだ可能性を浮かべたケイルは、焦りを浮かべてナニガシにも情報を伝えた。
こうして秘かに七大聖人達を通じて、ミネルヴァの死が確認されている頃。
転移魔法で移動したクラウスとワーグナーを含む六十名余りの村人達は、唖然とした様子で地べたに座っていた。
「――……こ、ここは……?」
「どこ……?」
村人達は酷く疲弊した様子を見せながらも、周囲を見回して景色を探る。
そこは僅かに緑の自然を残した土地ながらも、小さな塀の内外には人が住んでいそうな居住地が見えた。
そして村人達がいる塀の内側には、教会と思しき建物が築かれている。
その教会の敷地に座っている事に気付いた人々は、自分の記憶を探りながらこの場所が何処なのか把握しようとしていた。
しかしそれを解き明かしたのはクラウスや村人達ではなく、彼等の前に座っていた人物。
ミネルヴァの聖紋が刻まれた右手を大事に抱えていた、白い髪を靡かせたシスターだった。
「――……ここは、フラムブルグです」
「!?」
「なに……!?」
「そしてこの教会は、私の……ミネルヴァ様が御育ちになった、孤児院です……」
「……!!」
シスターは背中だけを村人達に見せながら、自身に巻いていた腰布を巻き取る。
そして静かに立ち上がると、手に抱えるミネルヴァの右手を布で包んだ。
更に村人達の正面へ身体を振り向かせながら、座ったままのクラウスに声を向ける。
「……クラウス殿。ミネルヴァ様は、私達に全てを託してくださいました」
「!」
「御自分の生命も、そして自らの聖紋も……」
「……そうか」
「だからこそ、この繋がりを絶やしてはいけません。……あの方が託した希望を無意味にしない為に、御協力を御願いします」
シスターは敢えて頭は下げず、クラウスに歩み寄りながら左腕にミネルヴァの右手を抱え持つ。
そして自身の右手を差し伸べながら、クラウスに助力を求めた。
それを聞いていたクラウスは、左手を支えに右手を伸ばす。
互いに右手で握手を交わした後、シスターは起こすようにクラウスを立たせながら頷いた。
クラウスはそれに応じるかのように、力強い瞳を見せながら尋ねる。
「ここは貴方の居た孤児院だという話だが、孤児院の者には顔が利くだろうか?」
「ええ。古くからの知り合いが、まだいるはずですから」
「ならば村人達を保護し、治療を施してもらおう。それから機を見て、総本山である大聖堂へ向かおう」
「大聖堂へ……」
「そうだ。――……我々はフラムブルグ宗教国家を動かし、ウォーリスの野望を砕くぞ」
「はい」
クラウスの提案にシスターは頷き、共にウォーリスの野望を砕く事を決意する。
それがミネルヴァが信じた希望へ繋がると考え、クラウスに協力してベルグリンド王国第一王子ヴェネディクトを用い、フラムブルグ宗教国家の説得を行う道を示させた。
こうして『黄』の七大聖人ミネルヴァの死によって、各地と各人物達に波紋のような変化が訪れる。
それがどのような繋がりとなるのか、この時は誰にも分からない。
しかし託された者達は、この先に起こるだろう不安や怯えよりも、やるべき事を果たすという使命感によって強く繋がっていた。
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