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革命編 四章:意思を継ぐ者
誕生の日
しおりを挟む帝城内に現れた元闘士エアハルトは、妖狐族クビアと協力しアルトリアの誘拐を目論む。
そこで偽装させた人形と入れ替わっていたアルトリアは、『緑』の七大聖人である老騎士ログウェルと老執事バリスの協力を得て二人を捕らえる事に成功した。
しかし新たな事態として、ついに臨月を迎えていたリエスティア姫の陣痛が始まる。
捕らえた魔人の二人をログウェル達に任せたアルトリアは人形から離れ、主治医として出産に立ち合う事になった。
その事態から五時間以上が経過し、帝都は夕暮れの光に照らされる。
そうした刻に目を覚ましたのは、エアハルトと戦いアルトリアの電撃で気絶していた帝国皇子ユグナリスだった。
「――……う……っ」
「むっ。ようやく起きたわい」
「……ログウェル……?」
目覚めたユグナリスは瞼を薄く開き、虚ろな意識の中で声を聞く。
それが師であるログウェルだと気付き、声が聞こえた方へ軽く顔を向けた。
ぼやけた視界がはっきり見え始めると、ユグナリスは仰向けに寝ていた状況から上体を起こす。
そして自分が長椅子に寝かされている事に気付き、周囲の部屋を見渡しながら見覚えの無い内装を確認して疑問を呟いた。
「……ここは?」
「帝都にある、ローゼン公爵家の所有しとる別邸じゃよ」
「ローゼン公爵家の……。あれ、俺は帝城に居たんじゃ……」
「儂が気絶しとったお前さんを抱えて来たんじゃ」
「気絶……? ……えっ、あっ!!」
周囲を見回していたユグナリスは、ログウェルの声が聞こえた方向へ振り向く。
ログウェルは黒革の椅子に腰掛けながらユグナリスに話し掛け、まるで暇を潰すように本を読んでいた。
そしてログウェルの話を聞いていたユグナリスは、気絶する前の記憶も戻す。
自身が襲撃者と戦い、そしてアルトリアの電撃で気絶させられた事を思い出したユグナリスは、憤慨した感情を隠さずに見せた。
「あの性悪女、よくも俺まで……っ!!」
「なんじゃ、根に持っとるのか?」
「当たり前だろッ!! 俺まで氷漬けにして、あんな電撃まで浴びせたんだぞっ!? 本気で死ぬかと思ったっ!!」
「アレはお前さんが悪い」
「なんでっ!?」
「あの襲撃者を仕留め損ね、氷漬けにされた瞬間にお前さんの得意な火魔法で氷を融かして脱出しなかった、お前さんの未熟さと弱さが原因じゃて」
「氷漬けにされて五秒も余裕が無かった状況で、無茶振りが過ぎるだろっ!!」
「五秒もあれば十分じゃろ。アルトリア嬢も、お前さんの実力を見てこれなら脱出できると思ってやったんじゃ。にも拘わらず、お前さんはまんまと電撃を浴びて夕暮れ時まで気絶しとったんじゃよ」
「ぐ……っ!!」
師匠であるログウェルに対エアハルト戦の駄目出しを受け、ユグナリスは言葉を詰まらせる。
あの状況下で求めるにはあまりにも無茶が過ぎる物言いだったが、ユグナリス自身はログウェルの話した方法で脱出できたかもしれないと思い、自分がまだ未熟である事を痛感させられてしまったのだ。
そうしてアルトリアへの怒りを沈着させられたユグナリスは、再び別の疑問を浮かべる。
「……あれから、どうなったんだ?」
「お前さんが気絶しとる間に、襲撃者が氷の拘束を破り、アルトリア嬢を誘拐した」
「!」
「セルジアス様の懸念通り、リエスティア姫だけではなく、やはりアルトリア様も狙われておったという事じゃな」
「……やっぱり、オラクル共和王国が……ウォーリス殿が誘拐の指示を?」
「それは、まだ分からんのぉ」
「逃がしたのか?」
「まさか。誘拐を目論もうとした襲撃者と、協力者の魔人は儂等で捕らえた。今は帝城の牢獄で魔封じの枷を嵌め、捕らえておるよ」
「そ、そうか……。良かった」
襲撃者と共に共犯者も捕らえていた事を知ったユグナリスは、僅かに安堵の息を漏らす。
そうしたユグナリスの様子に視線を移したログウェルは、本を閉じて別の話題を向けた。
「しかし、お前さんまで自ら囮役をやらんでも良かろうに」
「……ローゼン公の話では、共和王国から誘拐や危害を加えられる可能性が高いのは三人だった。それが、リエスティアとアルトリア。そして俺だ」
「ふむ」
「俺はどうやら、ウォーリス殿の不興を買っているらしい。まぁ、当然と言えば当然だけど……」
「そうじゃなぁ。婚姻も認めておらんのに、自分の娘を孕ませた男は許せんと思うのは当然じゃな」
「……もしウォーリス殿が共和王国の使者と共に暗殺者を紛れ込ませていたら、真っ先に狙われるのは俺のはずだ。そんな俺が妊娠しているリエスティアと一緒に居たら、彼女と子供を危険に巻き込んでしまう。そう思ったんだ」
「だから、自らアルトリア嬢と共に囮役を買って出たか」
「ああ。……やっぱり、一国の皇子としては相応しくない行動だよな」
「そうでも無かろう」
「え?」
「妻と子を守る男としては、立派な行動じゃて。だからこそ、アルトリア様も嫌悪しとるはずのお前さんを守る為に、一緒に囮役を買って出たんじゃろ、……そもそも皇子の素行としては、お前さんは既に落第じゃて」
「ら、落第って……。……ああ、そうだよ。俺は皇帝どころか、皇子として失格だ」
そう言いながら大きな溜息を零すユグナリスは、頭を下げて上半身を前に傾ける。
項垂れるユグナリスに対してログウェルは口元を僅かに微笑ませ、手に持つ本を目の前にある机に置きながら椅子から腰を上げた。
「さて。そろそろ起きれるかい?」
「あ、ああ」
「では、行くとしようか」
「行くって、何処に?」
「別の部屋にじゃよ。――……お前さんが気絶しとる間に、リエスティア様は陣痛を始めた」
「え……」
「既にアルトリア様が傍に付き、出産までの対応を指示しておる。御父君や母君が、今はリエスティア姫の励ましをしておるよ」
「……っ!!」
そこまで聞いたユグナリスは、意識を驚愕させて長椅子から跳び起きる。
ログウェルに視線を向けながら驚愕を言葉を詰まらせていると、ログウェルは微笑みを浮かべながら話を続けた。
「お前さんが行かねば、リエスティア姫の不安は拭えぬじゃろう」
「あ、ああ……!!」
「付いて来なさい」
ユグナリスに対して落ち着いた様子と口調で語り掛けるログウェルは、そのまま部屋の扉まで歩く。
そして扉を開いて廊下に出ると、ユグナリスは追従するようにログウェルの背中を追った。
それから一つの廊下を曲がり、ローゼン公爵家が用意した護衛の騎士達が守る扉が見える。
そして訪れたログウェルとユグナリスに対して騎士達は敬礼し、扉を開けて室内に案内した。
そして居間を抜けて寝室へ案内されると、一つの寝台《ベット》を囲む人々の様子が見える。
その中には清潔な白服と布生地で鼻と口を覆ったアルトリアと複数の看護士を始め、少し離れた場所で皇帝ゴルディオスと皇后クレアが椅子に腰掛けながら付き添っていた。
そうした周囲の人物達に対する反応よりも、ユグナリスは寝台で横になっている人物に視線を送りながら小走りで駆け寄る。
それは陣痛の痛みで小さな呻きを漏らしているリエスティアであり、ユグナリスは正面に回り身を屈めて視線を合わせながら話し掛けた。
「……ティア」
「ユグナリス様……」
「ごめん、また不安にさせて……。……俺、ずっと約束を破ってばっかりだ……」
「……いいえ。こうして来て頂けただけで、とても嬉しいです……」
額に汗を浮かべて僅かに苦しみを漏らすリエスティアだったが、ユグナリスの顔を見て安堵したように微笑みを浮かべる。
そんなリエスティアの左手を優しく両手で触れるユグナリスもまた微笑みを浮かべ、互いに頷き合いながら通じ合う様子を見せた。
そうした二人の間に割り込むように、看護士達に指示していたアルトリアがユグナリスに話し掛ける。
「遅かったわね」
「……お前には色々と言いたい事はあるけど、それはもういい……。……状況はどうなんだ?」
「陣痛が始まってから五時間経過。子宮が全開になるまで、早くても五時間後になるでしょうね」
「そうか……」
「一応、アンタも清潔な白服を着て布で口を覆いなさい。出産には立ち合うつもりでしょ?」
「勿論だ」
アルトリアは手に持つ白服と布をユグナリスに手渡し、それを着るように指示する。
そして着込んだユグナリスは改めてリエスティアの隣に用意した椅子に腰掛け、父親と母親に感謝の言葉を伝えた。
「父上、母上。ありがとうございます」
「うむ」
「いいのよ」
「父上は、政務の方はよろしいのですか?」
「ローゼン公に任せている。ローゼン公も、今は出産の方が重要だと言ってくれてな」
「そうですか……」
ユグナリスは自分が居ない間にリエスティアの精神を落ち着けていたであろう両親に感謝を伝え、セルジアスからも気遣いを受けていた事を知る。
そして再びリエスティアの左手を優しく握ると、アルトリアが再び話し掛けて来た。
「ユグナリス。マッサージをしてあげて」
「マッサージ?」
「出産前に身体を解すの。本当は身体を動かす方が良いんだけど、この子はそうした事が出来ないから。お産の状況を進みやすくする為にも、血流を良くする必要があるのよ」
「その、マッサージってどうやるんだ?」
「腕や脚を手で軽く圧しながら優しく撫でたり、それから背中も。寝かせた姿勢ばかりさせてると良くないから、たまに上体を起こして前後に動かしたりして」
「わ、分かった」
アルトリアの指示を受けるユグナリスは、言われた通りにリエスティアの全身にマッサージを施す。
そうしてリエスティアの精神的にも肉体的にも安定させるよう努めるユグナリスの作業は、お産を促すように根気よく続けられた。
そして適時に検査に入るアルトリアは、分娩の時期を見計らう。
それから三時間後にリエスティアが今までより強く苦しむような表情と声を見せ始めると、アルトリアが気を引き締めた声で全員に伝えた。
「――……始まったわね」
「!」
「分娩台の用意を!」
「はい!」
アルトリアの指示で動く看護士達は、寝台に分娩用の器具を取り付ける。
それを確認したゴルディオスとクレアはログウェルと共に自ら寝室から退出し、後の事をアルトリアとユグナリスに託した。
時刻は既に深夜帯となっており、帝都では一部を除き寝静まる時刻となっている。
しかし屋敷の中ではリエスティアの苦しむ呻きとアルトリアやユグナリスの励ます声だけが聞こえていたが、日付を越えた時刻に一つの甲高い鳴き声が屋敷の中に響き渡った。
この日、一人の赤ん坊がガルミッシュ帝国に生まれる。
赤ん坊は女の子であり、僅かに生えた髪色は父親に似て赤い。
生まれたばかりで首も据わらぬ赤ん坊を優しく抱き抱える父親は感涙を頬に伝わせ、母親は朦朧とした意識で微笑みを浮かべながら左手を赤子の小さな右手に添えていた。
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