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革命編 四章:意思を継ぐ者
慈愛を持つ者
しおりを挟む脅迫に応じた妖狐族クビアは、アルトリアが問い質す質問に答えていく。
しかし【結社】との関わりも深いクビアの口から語られる話と、ルクソード皇国の事件を記憶しているアルトリアやバリスが認識していた事実関係に大きな相違が見え始めた。
女皇ナルヴァニアとランヴァルディアの主導で行われていた合成魔獣や合成魔人の生体実験に関して、【結社】に与していた魔人バンデラスが関与しているはずがない。
そして初代『赤』の七大聖人ルクソードの末裔であるケイルの一族が殺され奴隷として囚われた事件について、【結社】を取り纏める『青』が関与するはずがないという情報。
更にランヴァルディアが起こした皇都襲撃後に出て来た数々の証拠が、偽証や捏造されたモノではないかという疑い。
クビアは淀みの無い確信を秘めた声色でその事を伝えた後、アルトリアは少し考え込むんだ後に後ろに控えていたバリスに伝えた。
「――……バリス。貴方に御願いがあるわ」
「何でしょうか?」
「貴方はルクソード皇国に戻って、二年前に起きた事件から出て来た証拠を全て調べ直すように、ダニアスやシルエスカに伝えて」
「!」
「確かに、あの事件はまだ明かされていない不自然な部分が多い。幾ら実績と権威があると言っても、自分に恨みを持つランヴァルディアを女皇ナルヴァニアが生かし続けて研究所の局長に起用させていたのはおかしいわよね?」
「……それは、確かに」
「それに、あそこまで生体実験の研究が大掛かりだったにも関わらずよ。豊富な人材を確保していた曽御爺様とハルバニカ公爵家が決定的な証拠も掴めずに隠蔽されていたのに、事件後に関係者達からの証言以外に確定的な証拠が出るのもおかしい。誰かが意図的に証拠を用意した可能性は、捨てきれないわ」
「……なるほど。彼女とアルトリア様の言は、確かに可能性としては捨てきれません。しかし、それを今更になって調べる意味とは何でしょうか?」
「私達は、とんでもない勘違いをしている。いや、させられているのかも」
「!」
「バンデラスとランヴァルディアに関しては、『青』のガンダルフと関係性があったのは確かよ。ガンダルフはランヴァルディアに不完全な『神兵』の心臓に関する製造方法を伝えた、もしくは実物を譲渡していたのは間違いない。そしてバンデラスに私を誘拐させ、『神兵』の心臓を取り込んだランヴァルディアと引き合わせた。でもそれは【結社】を通じて運び屋のバンデラスとランヴァルディアとの関係性を示すだけであって、ルクソード皇国で行われていた生体実験の全てに関与していた可能性を示すものではないわ」
「それは……」
「あの時にガンダルフが関与していた目的は、私とランヴァルディアを衝突させて、新兵の肉体を得たランヴァルディアの器か、彼との戦闘経験を経て完全な『聖人』に達した私の肉体を確保することだった。結果的に私達はランヴァルディアに勝利したから、ガンダルフは私達を襲って私の肉体を手に入れようとした」
「……!!」
「ガンダルフの目的に関しては、あの時点ではそれ以上でも以下でも無かったはず。……でも奇妙なのは、その後の出来事」
「後の出来事とは、証拠が出た事ですかな?」
「いいえ。ホルツヴァーグ魔導国とフラムブルグ宗教国家が、ルクソード皇国に対して宣戦布告した事よ」
「!」
「あの時点で『青』の死はともかく、『黒』の七大聖人に関する情報は皇国内部ですら把握していなかった。なのに、いきなりフラムブルグ宗教国家は一早く『黒』の七大聖人も含めて私達の身柄を拘束しようとして、ミネルヴァと共に精鋭を送り込んだ。その時点で既に奇妙だったのに、『黒』の正体とミネルヴァ襲撃のタイミングが良過ぎて変に思考を結び付けてしまったのね」
「と、言うと……?」
「あの時点で、私達は【結社】を通じてフラムブルグ宗教国家とホルツヴァーグ魔導国に情報を得て、『青』の死に関する報復と『黒』を得ようと二つの大国が動き出したんだと思った。でも実際には、【結社】を通じずに二国にそれ等の情報を流した者がいるとしたら?」
「……!!」
「全て【結社】が悪いと述べるように用意された証拠。そして【結社】を暗躍させていると考えていた二国の得た情報。それ等が【結社】ではなく、まったく別の『誰か』に用意され流されたモノだったとしたら。……皇国だけじゃなく、魔導国や宗教国家でさえその『誰か』に翻弄され、私達は【結社】の危険性を勘違いさせられている可能性がある。そういう事よ」
アルトリアは今まで得た情報と自身の記憶から、そうした結論を導き出す。
ルクソード皇国で起きた事件と、それに関連する大国の動き。
まさにタイミングが良過ぎる状況下において、誰もが【結社】という組織の暗躍を考え、そして危険性を感じずにはいられなかった状況。
それが何者かによって意図的に誘導された思考であり、【結社】を強く危険視させて注目させる為に導き出された答えなのだとしたら、今までの状況に関する答えを覆す可能性がある。
そうした結論をいち早く思考したアルトリアは、更に自身で導き出した解答も伝えた。
「私の推測ではあるけど。その筋書きを書いた人物こそ、ウォーリスだと思うわ」
「そんな、まさか……!?」
「お兄様達から聞いた話だけど、十五年前くらいにはウォーリスと女皇ナルヴァニアは接触していたはずよね。そしてその時期から、色々と事件が起こってるはずよね?」
「!」
「皇族の血筋であるランヴァルディアの子供を妊娠した女性の殺害。そして人体実験まで行う合成魔獣や合成魔人の研究。もしそれ等を主催していたのがナルヴァニアだったとしても、提案したのはウォーリスかもしれない」
「!?」
「唯一の身内とも言える息子が提案した事ならば、母親として応えたいと思う事もあるでしょう。実際にハルバニカ公爵家を抑え込みながら皇国内部で色々と出来ていたようだし、幾ら聡明と名高いナルヴァニアでも支持者の少ない彼女では反対勢力である皇国貴族家に対応する事も出来なかったはず。……彼女にそれだけの対応が出来る後ろ盾があったとしたら、話は別だけどね」
「……その後ろ盾が、まさか息子であるウォーリス殿だと?」
「その可能性が高いという話。ゲルガルド伯爵家は帝国内でもかなりの領土を得て事業にも成功していたし、それなりの資金力はあったはず。それをナルヴァニアに回しながら皇国内の事業にも手を伸ばし、女皇の後ろ盾になって支援する。資金も増えて研究成果も得られるとしたら、得しかないでしょ?」
「……!」
「貴方に御願いしたいのは、今まで出て来た証拠の洗い出しと、ウォーリスとナルヴァニアに関連する皇国内部での情報を見つけ出すこと。それをダニアス達に伝える為にも、貴方にはルクソード皇国に戻って欲しいの」
アルトリアはそう述べ、皇国内で起きた一連の事件と【結社】に関する思考誘導がウォーリスの策略だと仮定する。
それを聞いていたバリスは驚愕を浮かべ眉を顰めたが、悩む様子を見せた後に小さな溜息を漏らして頭を下げながら伝えた。
「……分かりました。シルエスカ様とダニアス様に情報を伝え、私自身もルクソード皇国に戻り、事件の詳細を調べ直しましょう」
「お願いね」
「しかしそうなると、アルトリア様の護衛が……」
「今は私の事よりも、一刻も早くウォーリスの危険性を各国に広める必要がある。もしあの男が魔導国や宗教国家にも手を伸ばしているとしたら、どうなると思う?」
「!」
「下手をすれば、ウォーリスが流す情報次第で世界大戦が起こるかもしれない。そうなったら取り返しがつかなくなる。だからルクソード皇国を基点にウォーリスの情報を集めて、あの男の信用性を落とす材料を揃えなければいけないのよ」
「……」
「私の護衛なんて、してる暇はもう無いわ。……頼むわよ」
「……承りました。ではこの尋問が終わった後に、私はルクソード皇国に戻らせて頂きます」
バリスはアルトリアの護衛を離れ、ルクソード皇国に戻る事を承諾する。
答えを聞き届けたアルトリアは小さく頷いた後、再び牢獄の中に居るクビアへ視線を向けた。
それに気付いたクビアは、小さな嘆息を漏らしながら問い掛ける。
「そっちの話はぁ、もう終わったのかしらぁ?」
「ええ。待たせて悪かったわね」
「まぁ、いいんだけどねぇ。……それでぇ、私に聞きたい事はもう無いのぉ?」
「勿論、まだあるわよ。――……まぁ、最初の質問に戻るわけだけど。貴方は【結社】の依頼ではなく、個人的に私を誘拐するように依頼を受けた。そういう話だったわよね?」
「そうよぉ」
「その個人の依頼は、誰がしたの?」
「それなんだけどねぇ。オラクル共和王国の大臣だったかしらぁ」
「大臣って、まさか帝国で捕まえてる外務大臣のこと?」
「違うわぁ。確かぁ、財務大臣だったはずよぉ」
「財務大臣……?」
「そうなのぉ。貴方を誘拐してオラクル共和王国まで連れてくればぁ、白金貨で一万枚の報酬をくれるんですってぇ。それだけあればぁ、色々と困らないのよねぇ?」
「……」
「そんなに睨まないでよぉ。だって人間の世界で暮らすにはぁ、お金が無いと困るじゃなぁい?」
「はぁ……。なんでアンタ、そんなに金が欲しいわけ?」
「子供達の為よぉ」
「えっ」
金銭に目が眩み依頼を受けたと語り微笑むクビアの言葉に、アルトリアは思わず溜息を漏らす。
そして不意に問い掛けた言葉から、クビアは予想外の答えを述べた。
「私ねぇ、孤児院を経営してるのよぉ」
「……孤児院?」
「そうなのぉ。孤児院と言ってもぉ、人間の子供だけじゃなくてぇ、魔人の子供を集めてるんだけどねぇ」
「!」
「全員、親や家族がいない子供達でねぇ。あの子達が自立できるようになるまで育ててるのよぉ。あの子達を安全に暮らせるようにしたりぃ、自立する為の勉強をさせたりぃ、衣食住を整えるのはぁ、どうしてもお金が必要なのよねぇ」
「……だから、【結社】の依頼を受けて金を稼いでたの?」
「そうよぉ。……意外かしらぁ?」
「まぁ、そうね……」
「ちゃんと子供達を育てられる人も雇ってぇ、大人になったら支度金もちゃんと持たせてぇ、独り立ちできるようにしてるのよぉ」
「……」
「孤児院を出た子の中にはねぇ、立派な商人になった子もいるのよぉ。今ではその子は家族を築いてぇ、大きな商家を経営してたりするのよねぇ。後はぁ、『青』のやってる魔法学園に通ってる子にもぉ、定期的に仕送りしてるわぁ」
「……」
「今もねぇ、別々の場所で千人くらいの子供を養ってるのよぉ。みんなヤンチャだけど仲が良くてぇ、可愛い子達なのよぉ」
クビアは微笑みながらそう語り、自身が養い続けている子供達の事を話す。
それを聞いていたアルトリアは始めこそ困惑した面持ちを浮かべていたが、話を聞いて行く内にクビアに向けていた意識に含まれていた棘が減少していった。
「……捕まったアンタが死んだら、子供達は?」
「そうねぇ。資金が止まったらぁ、育ててくれてる人にも賃金が払えないしぃ、まだ小さな子供達には何もしてあげられなくなるわねぇ」
「……」
「だからぁ、私はどうしても死ねないのぉ。魔族や魔人の誇りなんてモノに縋るよりぃ、子供達が笑って暮らせる場所を作って成長していく姿を見るのがぁ、里に居た時よりもずっと楽しいわぁ」
クビアは今回の脅迫に応じた理由を伝え、子供達の為にも死ねない事を明かす。
それはエアハルトのような人間嫌悪を示す様子とは全く異なる、慈愛さえ感じるクビアの娯楽。
子供達が成長する姿を見て楽しむという、人間よりも長い寿命を持つ魔人にとって有意義な楽しみ方を満喫しているようにも見えた。
こうして妖狐族クビアから語られる言葉により、様々な可能性が判明する。
そしてクビア自身の素性や生い立ち、そして人格が垣間見える話が、この場で明かされたのだった。
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