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革命編 四章:意思を継ぐ者
奴隷の制約
しおりを挟むアルトリアを誘拐しようとした実行犯である魔人、狼獣族エアハルトと妖狐族クビアに関する処罰が決議される。
その席に参加したアルトリアは帝国側の落ち度を指摘し、自らも罪を負おうとする姿勢を持って死罪を推す者達の意見を押し留めた。
そして自身の意見を押し通し、二人に関して自らの奴隷として扱う許可を帝国側から得る。
更に決議から半日が経った頃、二人に奴隷紋を施す処置と契約の手続きをアルトリア自身が行っていた。
『――……俺達を奴隷にするとは、本気か?』
『そうよ。少しは有難く思いなさいよ? 負け犬のまま死刑にされずに済むんだから』
『……チッ』
エアハルトの牢獄に鞄に入れた道具を持ち込みながら入ったアルトリアは、再び挑発染みた言葉を口にする。
そうした言葉を受けたエアハルトだったが、憎々しい表情で舌打ちを鳴らすだけに留めた。
そして持ち込んだ鞄を開きながら準備に入るアルトリアから視線を外したエアハルトは、眉を顰めながら牢獄の外を見て呟く。
『……お前しか来ていないのか?』
『そうよ』
『何故、他の連中も連れてこない?』
『他の連中を連れてきても、意味は無いでしょ?』
『意味が無い……?』
『皆、魔人のアンタ達が怖いのよ。怖がってる相手に挑める程、根気がある奴が帝国騎士には居ないみたいね。そんな騎士達を連れて来て、何かの役に立つわけ?』
『……だが、扉の向こう側には居るな』
『そりゃあね。でも、アンタ達に他の奴等に見られながら奴隷にされるのは嫌でしょ?』
『……奴隷にされる事自体が、俺の矜持を傷付ける』
『だったら、矜持に拘って大人しく処刑されておく? それもいいけど、他人の依頼に失敗して牢獄に閉じ込められながら処刑されたんじゃ、矜持も何もあったもんじゃないわね』
『……チッ』
アルトリアの有無も言わせない言葉に、エアハルトは先程よりも大きな舌打ちを鳴らす。
それを聞いていたアルトリアは呆れながらも口元を微笑ませ、床に黒いインクの入った瓶と羊皮紙を置きながら自分から話し掛けた。
『アンタって、分かり易い男ね』
『……どういう意味だ?』
『そういう分かり易い性格、嫌いじゃないわよ』
『俺は、貴様が嫌いだ』
『知ってるわよ。……私、そこまで嫌いじゃない相手にはよく嫌われちゃうのよね。どうしてだと思う?』
『知るか』
『アンタが固執してるケイルも、私の事を嫌いだって言ってたわ』
『!』
『そういえばケイルの事で、貴方に聞きたい事があるんだけど。作業に入る前に、聞いて良いかしら?』
『……』
屈みながら両手を動かし準備を進めるアルトリアだったが、暇を持て余している口を動かしてそうした話題を振って来る。
それに対してエアハルトは沈黙を貫きながら顔を逸らしたが、そんな事も気にせずにアルトリアはケイルの事を聞き始めた。
『ケイルがマシラの闘士になった時、アンタも一緒に立ち合ったの?』
『……』
『確か、私達がマシラに来る五年前よね。ケイルが闘士になったのって。クビアと交代で入ったのは聞いたけど、いきなりマシラの闘士になって入って来たの?』
『……違う』
『あら、答えてくれるのね』
『黙るぞ』
『ごめんなさい。……それで、違うって言うのは?』
『……奴は始め、王宮の衛兵として勤め始めた』
『衛兵に?』
『傭兵ギルドとやらで雇われ、奴はマシラ一族が暮らす敷地で門番をしていた』
『そうなの。……ケイルって、その頃にはあの仮面を付けてたの?』
『付けていた』
『誰から、外すように言われなかったわけ?』
『知るか。奴はずっと、あの仮面を王宮内で被り続けていた。……誰の前でもな』
『……ん?』
口寂しさに出した話題に乗ったエアハルトは、マシラ共和国で活動していた過去のケイルについて話す。
それを聞く中で僅かに含みを持つ言葉を浮かべたエアハルトに気付いたアルトリアは、その部分を尋ねた。
『じゃあ、王宮に居た連中はケイルの素顔を知らなかったのよね? よくそれで怪しまれたりしなかったわね』
『……奴は確かに怪しい風貌だったが、実力は確かだった』
『え?』
『奴の剣技はあの国では独特だったが、常人など相手にならぬ程に強かった。奴が顔を隠していた理由も、俺達と同じ魔人だからだとか、醜い顔をしているのだろうと人間共に噂されていた』
『……少し、意外ね』
『意外?』
『アンタって、自分が強くなりたいだけに見えたけど。結構、他人の事もしっかり見てるのね?』
準備を進めていたアルトリアは手を止め、エアハルトの顔を見ながらそう尋ねる。
それを聞いたエアハルトは僅かに嫌悪の表情を浮かべた後、睨みながら別の事を口にした。
『……まだ準備は出来ないのか?』
『もう整えてるわよ』
『なら、さっさと始めろ!』
『はいはい。――……じゃあ、まず背中を見せなさい』
苛立ちを込めた催促にアルトリアは応じ、奴隷紋を施す準備に入る。
そして言われた通りに振り返ったエアハルトは、着ている上半身の衣服を上へずらしながら背中の地肌を晒した。
アルトリアはそれを確認し、黒いインクに染めた先の細い筆を右手で持つ。
そしてエアハルトの腰部分に筆先を付け、大きめの真円を描いてその中に様々な紋様や文字を加え始めた。
筆を走らせながらエアハルトの背中に奴隷紋を書き込むアルトリアは、余裕を残した口で説明を始める。
『奴隷紋に使われるインクは、ある特殊な魔石の粉末を元に作られているわ。普通の魔法陣や誓約書と違って、地肌を傷付け乍ら彫り込む必要は無いのが利点ね。昔の奴隷紋は、刺青みたいに地肌に彫り込むモノだったらしいし』
『……』
『貴方に描いてる奴隷紋が完成したら、同じインクを使い私が書いてる奴隷の誓約書と回線が繋がる。そして誓約書に書かれた制約が、貴方の背中に奴隷紋にも適応される。もし誓約書の内容を違反する行動をしたら、貴方自身に尋常では無い苦痛が与えられる事になるから。気を付けなさい』
『……ふんっ』
『誓約書に施した内容は、簡略すると五つ。一つが、貴方達の主人になる私の命令に従うこと。ただし、物理的に無茶な命令は無理だけどね。二つ目が、命令も無しに自他に危害を加えない事を。三つ目が、主人に嘘を吐かないこと。四つ目が、ガルミッシュ帝国から出ないことよ』
『……五つ目は?』
『五つ目が、奴隷の契約期間。今まで述べた一から四つの制約を守り続けたら、二年後に施された奴隷紋は自然に消えて、貴方達は自由の身になれる』
『!』
『二年間、アンタ達は私の奴隷よ。一から四までの制約を一つでも破ったら二年後に解放される件は再起動されて、違反してからまた二年後になるから。その点は注意しておきなさい』
『……チッ』
制約と契約書に関連する話を聞いたエアハルトは、小さな舌打ちを鳴らしながらも抵抗せずに奴隷紋を書き込まれ続ける。
そして何度かインクを付け直して綺麗に書き込まれた奴隷紋から筆先を放したアルトリアは、小さな息を漏らしながら再び口を開いた。
『これで、奴隷紋の方は完成。エアハルト、自分の手で書いた奴隷紋を擦ってみて』
『……』
『インクが潰れたり拡散したりして、奴隷紋が消えないわね。これで、奴隷紋の契約は終了よ』
『……こんなに容易く出来るのか?』
『簡単に思えるのは、私の腕が良いおかげ。本当だったら三人か四人で奴隷にする相手を押さえながら動かないようにして、一人が必死になって契約書に施した奴隷紋と同じモノを書き込もうとして、何度も失敗する事だってあるのよ? 私も、三度くらいは描き直す事になると思ってたんだけどね』
『……ふんっ』
『次はクビアよ。少し待ってなさい』
『――……はぁい』
『二人とも奴隷紋を書き込むのが終わったら、着替えを渡して枷を外すわ。それに着替えたら、私と一緒に来なさい。アンタ達が住む場所に案内してあげる』
エアハルトに奴隷紋を書き終えたアルトリアは、道具を鞄に収めた後に続けてクビアの牢獄に入る。
そしてエアハルトと同じ手順でクビアの背中に奴隷紋を書き加え、二人の奴隷契約に問題は起こらず終了した。
アルトリアは奴隷紋を施し終えた二人に、用意していた茶色の外套と衣服の類を渡す。
そして二人に繋がれていた手枷を外す前に、二人の手首に嵌め込めるだけの大きさがある黒い鉄輪を二人の両手首に嵌め込んだ。
『……これぇ、なぁに?』
『魔封じの枷。でもそれは、私が作った試作品よ』
『試作品ってぇ?』
『通常、魔力の使用を封じる魔封じの枷は、周囲に刻んだ魔封じの紋と合わせてでないと効力を強く発揮できない。それに枷も太くて大きいし、動く時に不便だったでしょ?』
『そうねぇ』
『私が作った魔封じの枷は、従来の枷より小型化して細くしてる。更に枷に魔封じの紋も枷全体に書き加えてる事で、牢獄にあるモノと同じ効力を発揮するわ』
『へぇー。これを貴方がねぇ』
『それに、ちょっと見ただけだど腕輪でしょ? 大きい枷を嵌めたまま貴方達を連れ回すより、その方が不自然じゃなくていいわ』
『でもぉ、壊れやすそうねぇ』
『確かに、昔の私が作った時にはそれが難点だったわ。細すぎて脆いし、ハンマーなんかで叩いたらすぐに砕けてしまった。……でも今ここにある腕輪は、今の私が作ったモノなのよ』
『……どういうことぉ?』
『その腕輪に使ってる素材は、今の私が作ってるミスリルよ』
『……ミスリルってぇ、あのミスリルぅ?』
『そう。純度はまだ低いけど、鉄や他の素材も加えながら総合的に軽量かつ硬度の高い混合魔鋼に仕上げたわ。まぁ、アンタ達はその実験体ってわけね』
『ふーん。でもぉ、もし壊れちゃったらぁ?』
『その時は、また改良したのを作ってあげるわ』
『そうじゃなくてぇ。私達が意図的にコレを壊したらぁ、貴方を人質にして契約書を奪い取ってぇ、制約を解除して逃げちゃうかもしれないわよぉ?』
『やれるもんなら、やってみなさい。その時には、本気の私がアンタ達を返り討ちにしてあげるわ』
『……本気みたいねぇ。分かったわぁ』
クビアは敢えてそうした聞き方をし、アルトリアの反応を確認する。
それを汲み取ったのかそうした際の対応を伝えたアルトリアに対して、クビアは納得したように応じる様子を見せた。
そして試作品の手枷を嵌められた後、二人は改めて牢獄の鎖に繋がれた枷を全て外される。
久方振りに身体の自由を得た二人は身体全体を大きく動かし、そのままアルトリアの用意した衣服を身に纏った。
服を着た姿を確認したアルトリアはそのまま地下牢の扉を開け、二人を伴いながら帝城の外へと歩き進む。
そうしてアルトリアに命じられるまま付いて来た二人は、あの屋敷の前へと足を運んだのだった。
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