虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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革命編 四章:意思を継ぐ者

汚物の正体

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 人を喰らいながら現れた黒い泥を纏う人型の巨大な異形により、祝宴の場は逃げ惑う人々によって大きな混乱と恐怖が広がり始める。
 この緊急事態に対して対応する帝国宰相セルジアスは、皇族達の守りを老騎士ログウェルに委ね、会場の中に居たクビアとエアハルトの魔人二人に協力を仰いだ。

 それに応じる二人は、混乱の元凶となっている会場の一画に足を進める。
 そこに座りながら人を喰らう姿を見せる異形の怪物に対して、クビアは鼻息を漏らしながら隣を歩くエアハルトに話し掛けた。

「……それにしてもぉ、アレって何かしらぁ?」

「知らん。だが、鼻が曲がるような臭さだ」

「嫌だわぁ。私ぃ、ばっちいのは御免よぉ?」

「……あの泥のような物。それが、この臭さの元凶だ」

「泥ねぇ。……泥人形にしてはぁ、明らかに生きてるわよねぇ」

 二人はそう言いながら歩み、逃げ惑う人々を無視するように異形の怪物へと足を進める。

 怪物の身に纏っている黒い泥は、まるで脈打つようにうごめいている様子が窺えた。
 しかも人を喰う毎にその姿は膨れており、十メートル前後に見えた巨体を纏う黒い泥が増加しているように見える。

 人間や魔族とは明らかに異なる生態を見せる怪物の背を見ながら、クビアは何かに気付く。
 そして胸元に入れた紙札から左手で一枚を摘まみ取り、右手に持つ扇子を広げながら告げた。

「……貴方エアハルトはぁ、アレに触れない方がいいかもねぇ」

「む?」

「あの泥はぁ、かなり危ないみたいよぉ」

 クビアは怪訝そうな表情を浮かべ、怪物の身に纏う泥の動きを観察する。

 逃げ惑う人々の影響により、怪物の近くには机が倒れ、その上に乗せられていた数々の食事が床に落ちていた。
 それを目指すように泥が動き、近くに落ちている食事を飲み込むような動きを見せている。
 そして飲み込まれた食事は一瞬で消え失せ、別の食事を探すように食事を乗せたままの机にも泥が伸びるように動き回っていた。

 クビアは泥の様子に気付き、その目的とする事を早々に理解する。

「食べられるモノだったらぁ、なんでも良いみたいねぇ」

「……お前一人でやれるか?」

「やれなかったらぁ、あのお爺ちゃんに御願いするしかないわねぇ」

「……なら、オレは向こうの方をやってくる」

「死ぬんじゃないわよぉ」

 エアハルトは途中で立ち止まり、大広間の正面出入り口へ視線を向ける。
 そしてその場から跳ぶように移動すると、クビアは視線を向けずにそう伝えた。

 そして逃走する人々が目の前から消えた中、クビアは距離を保ちながら泥を纏う怪物を見る。
 怪物も捕らえていた人間を食い尽くした後、後ろに居るクビアを見ながら声を発した。

「――……ニグゥ……。……ニグゥ……!!」

 怪物は振り返り、泥の隙間から見える赤い目をクビアに向けて大口を開ける。
 そう言いながら立ち上がる怪物を見るクビアは、左手で触れている紙札に自身の魔力を通し、右手に持つ扇子を広げて赤い文字を見せながら相対した。

「ニグゥウウッ!!」

 立ち上がった怪物は下半身こそ低く見えたが、その上半身は巨大な腕と胴体が取り付けられているだけに大きく見える。
 そして会場の天井にも届きかねない十五メートルを超えた巨体を見せ、泥を纏った長い右腕をクビアに向けて伸ばした。
 しかしクビアは右手に持つ扇子を素早く払うと、その周囲に結界にも似た広範囲の分厚い障壁を発生させる。

 その障壁が自分クビアに近付く巨大な手を弾き、右手に持つ扇子を弾いた怪物の右腕を狙うように距離を離したまま一閃させた。
 すると怪物の右手は切り落とされながら落下した泥が周囲に散らばり、それに驚くように怪物は動きを止める。

「……ウァ……?」

「私ねぇ、我慢できない事が幾つかあるのよぉ。例えばぁ――……アンタみたいな汚物に、触られる事とかね」

 クビアは悠長な声色から、突如として鋭い視線を見せた尖った口調に変化する。
 更に右手に握る扇子を広げたまま縦横無尽に素早く動かし、その一つ一つの動きが怪物を斬るような様子を見せた。

 そして扇子の動きが止まった瞬間、クビアは広げていた扇子を閉じる。
 それと同時に怪物の身体に縦横無尽の閃光が走り、怪物の巨体からだを斬り裂いた。

「ァア……!!」

 魔力の刃で斬り裂かれた怪物から手足が離れ、顔や胴体にも斬撃を与えながらその場で崩れ倒れる。
 クビアは再び扇子を広げて飛び散りながら向かって来る泥を障壁で吹き飛ばすと、左手に持つ紙札に魔力を込めながら呟いた。

「汚物は燃えてしまいなさい」

 クビアは紙札を正面へ投げ放ち、目の前に展開した障壁に張り付ける。
 すると障壁全体が青い色を灯し始め、そこから青い炎が噴き出すように放たれ始めた。

 その青い炎が周囲に散らばった黒い泥に襲い掛かり、燃やし尽くすようにその場に広がる。
 更に切り取られた怪物の手足と胴体にも青い炎は及び、凄まじい劫火を発し始めた。

 しかし不思議にも、青い炎は周囲の机や布などには移らないまま正確に泥と怪物を燃やしている。
 そして扇子を広げるクビアは、元の口調に戻りながら微笑みを浮かべた。

「……私だってぇ、本気を出せばこんなものよぉ」

 瞬く間に泥を纏った怪物を制圧したクビアは、余裕の面持ちを浮かべながら微笑む。
 それを壇上から見ていたセルジアスは、驚きを見せながら呟いた。

「……魔人かのじょの力が、あれほどとは……。アルトリアやログウェル殿達は、よくあの魔人を捕まえられたものだ……」

 魔人であるクビアが見せる実力を改めて確認したセルジアスは、そうした驚きを思わず零す。
 しかしそうした状況とは裏腹に、クビアの微笑みは止まり怪訝そうな表情を再び見せていた。

「……なかなか燃えないわねぇ……。……いや、まさか……!!」

 再び鋭い口調に戻ったクビアは、泥を燃やしている青い炎に起きている変化に気付く。

 凄まじい勢いで泥と怪物を燃やしているはずの青い炎が徐々に弱まり、まるで鎮火する様子を見せた。
 自身の意思では無い鎮火がに気付いたクビアは、怪物と泥の様子を窺いながら再び警戒の表情を見せ始める。

 そして青い炎に焼かれていたはずの泥に視線を移すと、この鎮火がどのような影響に因る現象なのかに気付いた。

「……まさか、私の炎を喰ってる……!?」

 青い炎に焼かれているはずの泥が活発に蠢いている様子を確認したクビアは、鎮火している原因を察する。
 黒い泥は生きているように蠢きながら膨張し、まるで食事をするように炎すらも食べ始めていたのだ。

 しかしクビアは、泥が本当に食べているモノが何かを判別する。

「……いや、違う。アレはまさか、魔力を食べてるの……?」

 黒い泥が魔力で発生させている青い炎の魔力を飲み込んでいる事に気付いたクビアは、再び右手に持つ扇子を薙ぐ。
 そして自ら餌となっている青い炎を解除し、再び泥の様子を確認しながら表情を渋らせた。

「……ちょっと、これは想定外だわぁ……」

 泥の動きを確認したクビアは、この先の状況を簡単に察する。

 散らばったはずの泥は自らの意思を持つように床を這い、本体と思しき胴体へ戻るような動きを見せていた。
 そして切り取った四本の手足にも同じ様子が見られ、胴体に接着しようと泥が伸びる様子が窺える。

 泥を焼却できず、切断した部分すらも接着しかねない状況に気付いたクビアは、大きな溜息を漏らしながら呟いた。

「……嫌だわぁ。こんな汚物の相手ぇ、もうしたくないのにぃ……」

 嫌悪の表情を見せるクビアだったが、その観察する目は止まっていない。
 視界に見える一つ一つの状況を確認しながら胴体に付着しようとする泥を観察し、何か弱点が無いかを探る。

 その際に怪物の胴体を見たクビアは、奇妙な光景を目にした。

「……なに、アレ……?」

 クビアが見たのは、黒い泥に中に見える僅かな人影。
 始めは喰われた人間かとも思ったが、その形状は明らかに人の姿を保っており、噛み砕かれた騎士達とは異なる事を察した。

 そして赤い文字を浮かべた扇子を振り抜いたクビアは、その人影が見える部分に一閃を放つ。
 すると一閃された泥の隙間から見えた人影の正体に気付き、驚きの様子を見せた。

「……アレって確か、エアハルトと一緒に帝都ここに来た……」

 人影の顔を確認したクビアは、泥に飲まれながらも姿を保っている人物の正体に見覚えを感じる。

 それは以前、オラクル共和王国の使者としてエアハルトと共に帝都へ訪れた男。
 皇帝ゴルディオスの不興を買い帝城しろの地下に拘束されていたはずの、外務大臣ベイガイルだった。
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