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革命編 四章:意思を継ぐ者

悪魔の誘い

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 祝宴の場に現れた黒い泥を纏う怪物を相手に、妖狐族クビアは圧倒した実力を見せる。
 しかし散らした人だけではなく魔力も喰らい、泥は修復されるように蠢き出す光景を見ながら、その泥の内部に存在する人影の姿を確認した。

 それはオラクル共和王国から使者として赴いていた、外務大臣ベイガイル。
 彼がこうした状況へ陥るのを確認するには、少し時間を遡る必要があった。

 時間は少し遡り、祝宴が開かれる直後に戻る。
 帝城の地下に他の使者達と共に拘束されていたベイガイルは、一人で憤怒と憎悪に身を焦がしていた。
 
『――……何故、何故……私がこんな……ッ!!』 

 呟きながら顔を歪めるベイガイルは、歯軋りをしながら恨み言を呟く。
 
 共和国王ウォーリスの名代としてガルミッシュ帝国に訪れたベイガイルだったが、状況は既に大きく一転している。
 皇帝ゴルディオスにより賊として地下牢獄に拘束され、共和国王ウォーリスからは名代として認められず、挙句に外務大臣から下級士官へ降格された。

 新生されたオラクル共和王国で外務大臣という高い地位と立場を得たベイガイルにとって、この状況に納得できるはずがない。
 そうした感情が憤怒と憎悪の感情を膨らませ、まるで全てを憎むような恨み言を抱くようになっていた。

『……あの皇帝め……ッ!! あの男が私を賊などと呼んで捕らえなければ、こんな事には……ッ!!』

 ベイガイルは事の発端とも呼べるゴルディオスを思い出し、憎悪に塗れた表情を昂らせる。
 しかし憎悪の相手はそれだけに留まらず、また別の人物にその憤怒を向けながら呟き始めた。


『そして、ウォーリス……!! あの若造が、せっかく王国ベルグリンドの時から支持し支援してやっていたというのに、私を見捨ておって……!!』

 次に共和国王ウォーリスに対する憎悪を呟いたベイガイルは、過去の出来事を思い出す。

 ベルグリンド王国時代、ベイガイルは伯爵家の次男として東領地の海沿いの貧相な町を治めていた。
 そこで当時のウォーリスと出会い、その手腕を借りながら統治していた町を周辺国との貿易港として一気に盛り立て、当時の当主ちちおや長男あにを蹴落として伯爵家当主の地位を二十代で得る。
 それからは王国内で権力ちからを得ながらウォーリスを支援し、ベルグリンド王へ推す各支持層を集結させる事に一役を買っていた。

 その功績により共和王国へ変わり貴族位が廃止されながらも、ベイガイルは東領地の統治と外務大臣としての地位を得る。
 まさに勝ち組とも言える順風満帆な人生を謳歌していたベイガイルだったが、この状況へ一気に陥り、恩人とも言うべきウォーリスにも傲慢な怒りを向け始めていた。

『私は、王国で伯爵家の地位に居た男だぞ……ッ!! それが下級士官だと……!? ふざけるなっ、クソッ!!』

 ベイガイルの怒声が地下牢に響き、握った拳を石壁に叩き付ける音が響く。
 それを監視している兵士や近くの牢に囚われていた他の使者達も聞いていたが、まるで呆れるような反応を見せて小さな溜息を漏らしていた。

 ウォーリスから見捨てられた事を知ったベイガイルは、それを自身で読み上げた日からこうした様子を日常的に見せている。
 自身の落ち度を認めず、他者へ対する憤怒と憎悪ばかりを口にするベイガイルの様子は、自己顕示欲の塊と言うべき本性を現していた。

 そうした状況の中、地下牢獄の監視していた複数の兵士が何かに気付く。
 地下に続く階段を降りてくる足音が扉越しに響き、兵士達は扉側に注目しながら視線を向けた。

 そして扉が開けられ、そこからある人物が姿を見せる。
 それは兵士達は見知った人物であり、驚きを浮かべながらも敬礼を向けた。

『――……監視役、御苦労だな』

 扉を開けて訪れたのは、帝国騎士団を束ねる騎士団長。
 軽装鎧を身に着けながら腰に剣を携えている騎士団長に敬礼を向ける兵士達の中から、一人が代表するように尋ねた。

『騎士団長、何故こちらに? 確か今日は、祝宴の警備を行っているはずでは?』

『……ふっ、警備か』

『?』

 不敵な微笑みを見せる騎士団長の様子に、兵士達は首を傾げる。
 その疑問に答えるように、騎士団長は嘲うように告げた。

『祝宴の警備なら、不要になった』

『えっ』

『そしてお前達も、もう必要は無い』

『!?』

『な、何を仰って――……!?』

 騎士団長はそう述べると、地下に備えられていた魔石の照明ひかりが突如として消失する。
 一転して暗闇と化した地下で困惑を浮かべる兵士達は、声を発しながら状況を確認した。

『な、なんだっ』

『光が消えた!?』

『そんなのは分かっている!』

『誰か、照明あかりを戻して――……う、ぐあっ!?』

『!?』

『ど、どうし――……えっ、ぁあッ!!』

『な、なんだっ!?』

『どうし――……ぎゃっ!!』

『ひ、ひ――……っ!!』

 暗闇の中で聞こえる兵士達の声は、それぞれに断末魔を上げながら途切れる。
 それを聞く兵士達は徐々に感情を恐怖に染め上げ、最後の兵士は恐怖の悲鳴を残して暗闇の中で存在が消えた。

 その兵士達の断末魔を聞く牢獄内の使者とベイガイルは、何が起こったか分からないまま動揺と困惑を見せる。
 そして一人分の足音が地下牢に響いた後、暗闇となっていた地下に照明ひかりが戻った。

 足音を鳴らすその人物は、使者達が居る牢獄の前を通過する。
 そして足音の正体がベイガイルが居る牢獄の前に立ち、鉄格子を挟む形でベイガイルに話し掛けた。

『――……元気そうだな。ベイガイル殿』

『……帝国の、騎士団長……?』

 姿を見せながら見下ろす騎士団長を確認し、ベイガイルは怪訝さと怯えを含んだ表情を見せる。
 ベイガイルはその騎士団長の姿を使者として訪れた議会の場や、幾度か牢獄の前を通り過ぎる際に目にしていたが、その雰囲気は常人でも感じられる程に不気味な変化を見せていた。

 そんな騎士団長が、ベイガイルに向けて思わぬ言葉を口にする。

『ウォーリス様の命令めいにより、お前を牢獄から出してやろう』

『……えっ?』

 騎士団長の言葉を聞きながらも、ベイガイルは呆然とした面持ちを見せる。
 しかしその言葉を実行するように、手元に持っていた地下牢の鍵を使ってベイガイルの鉄格子の扉を開けて見せた。

 開けられた鉄格子とびらを動揺しながら見るベイガイルは、立ち上がりながらその先に立つベイガイルに尋ねる。

『……な、何故……?』

『聞こえなかったか? お前を牢獄から出すと言っている』

『そ、そうじゃない。何故、帝国の騎士団長が……ウォーリス陛下の命令めいで……?』

『私の主君あるじは、帝国皇帝ゴルディオスでは無いということだ』

『!?』

『時間も惜しい。早く出たまえ』

 騎士団長はそう述べ、ベイガイルを牢から出るように促す。
 その言葉の真偽が分からないベイガイルだったが、困惑を浮かべながらも牢獄から出ると、騎士団長と向かい合いながら再び尋ねた。

『……な、何故? ウォーリス陛下は、私を見捨てたのでは……』

『ウォーリス様は、貴殿を見捨ててはいない』

『!』

『それどころか、貴殿の働きを期待しておられる。もしそれを成し遂げられた時には、共和国王の国務大臣の立場せきも用意すると仰っていた』

『国務大臣……私がっ!?』

『アルフレッド殿が退陣した今、国務大臣は空席。ウォーリス様は貴殿の為に、今も国務大臣せきを空けられている』

 騎士団長の言葉を聞いたベイガイルは、驚愕を浮かべながら無意識にも脳裏に計算が浮かぶ。

 国務大臣と言えば、オラクル共和王国では実質的な頂点トップ
 他の大臣職を束ねながら国の重要な催事を任せられるという立場は、様々な権力ちからと利益が集約する席でもあった。

 その国務大臣を用意されていると知ったベイガイルは、一転して欲望を高めながら期待の眼差しを宿す。
 それを確認するように視線を細める騎士団長は、改めるように告げた。

『では、ウォーリス様からの命令めいを伝える。もし二度目の失敗などすれば、ウォーリス様は次こそお前を見捨てるだろう』

『や、やるっ!! 今度こそ、ウォーリス陛下の命令めいを必ず果たしてみせるっ!!』

『では、命令を伝える。――……皇帝ゴルディオスを始めとした、ガルミッシュ皇族と帝国貴族達。その全員を、お前が殺せ』

『……え?』

 騎士団長の言葉を聞き、ベイガイルはやる気に満ちた表情と途端に唖然とさせる。
 そして口を震わせながら命じられた言葉を受け取り、身体を震わせながら答えた。

『……む、無理に決まっているっ!!』

『何故だ?』

『わ、私は魔法師でも無ければ、屈強な騎士でも無い! そんな私が、帝国の皇族と貴族を全員殺すなど、不可能だっ!! いや、誰かに依頼したとしても、いったいどれほどの人手と金が必要になるか想像もできない……!!』

『では、貴殿にはウォーリス様の命令を果たせぬということだな』

『そ、そうじゃない! 私とて、陛下の命令を果たしたいという思いはある! だが、私のちからではとても――……』

『では、力があれば出来るのだな?』

『――……えっ?』

 言い訳とも言える言葉を口にしていたベイガイルだったが、それに差し挟むような声を騎士団長は向ける。
 それを聞いたベイガイルは僅かに呆然とした様子を見せたが、次の瞬間にはやる気に満ちた表情を戻して意思を伝えた。

『も、勿論だっ!!』

『そうか。では、お前に力を与えよう』

『えっ。……ど、どうやって?』

 ベイガイルは怪訝そうな表情を浮かべると、騎士団長は腰部分に備えていた小鞄に左手を入れる。
 すると一つの黒い塊を摘まんだ状態で見せると、それをベイガイルに差し出しながら伝えた。

『これが、お前の力になる』

『……こんなモノが、私の力に?』

『これを受け取った後、お前の心に宿る憎悪を高めろ』

『ぞ、憎悪……?』

『お前がこの牢獄で高めた憎悪。それを、このたねに込めるのだ』

『種に……込める……?』

『そう、これは種だ。……お前に力を与える、素晴らしい種だ』

 騎士団長は左手に摘まみ見せる種をそう述べると、ベイガイルは口の中に溜まる息と唾を飲み込む。
 そして僅かに身体を震わせながらも、右手を伸ばして差し出された黒い種を受け取った。

 右手に種を持ったベイガイルは、それを握り締めながら今まで抱いていた自身の憤怒や憎悪の感情を内側で高める。
 自分を失脚させる原因となった皇帝ゴルディオスを始め、あの議会の場に居た帝国幹部達、そして今まで牢獄で見下すように見て来た騎士や兵士を思い出し、歯を食い縛りながら唸り声を発し始めた。

『グ――……ッ!!』

 そして次の瞬間、右手に握り締めていた種から黒い泥が発生する。 
 それが瞬く間に右腕を覆う様子を見たベイガイルは、驚愕しながら騎士団長に声を向けた。

『な、なんだっ!? なんだコレは――……う、うわぁっ!!』

『言っただろう、お前の力だ。――……憎悪という感情で育つ、悪魔のちからだ』

『あ、あく――……ァ、ガォア……ッ』

 騎士団長はそう述べながら振り返り、その場から去っていく。
 そしてベイガイルの全身は黒い泥に覆われ、口や鼻、そして耳や目にも黒い泥が侵入すると、その姿は完全に黒い泥に覆われてしまった。

 すると足音が消えた地下牢の中で、僅かな静寂が起こる。
 牢獄の中に今も居る他の使者達は怯えにも似た表情を見せ、ベイガイルに呼び掛けた。

『ベ、ベイガイル殿! どうしたので――……っ!!』

『なんだ、コレッ!?』

『ど、泥……!?』

『ベイガイル殿! いったい何があ――……う、うわぁああっ!!』

 共和王国の使者達は鉄格子の外と床に満ちるように現れた黒い泥を目撃し、状況も分からないまま恐怖に満ちた表情を見せる。
 しかし黒い泥は牢獄に居た彼等に襲い掛かり、骨の欠片や血の一滴すら残さぬまま完全に泥の中に取り込まれた。

 そしてベイガイルの身体が埋もれる泥の部分が人型に変化し始め、赤い目と口を形成させながら呻き声を漏らす。

『――……ヂガラ……ダリナイ……。ニグ……モッド……グウ……』

 ベイガイルだったモノはそう呟き、黒い泥を纏いながら上へ昇る為の階段へ向かう。
 そうして黒い泥に塗れた怪物ベイガイルは生まれ、その目的を果たす為にガルミッシュ皇族と帝国貴族が一同に会する祝宴パーティーへ姿を現したのだった。
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