虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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革命編 四章:意思を継ぐ者

影に沈む光

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 自身の身体を引き渡し帝都を襲撃している悪魔達を引かせようとしたリエスティアは、悪魔騎士デーモンナイトザルツヘルムの従える下級悪魔レッサーデーモンの影に包まれながら移動する。
 その影を上空で発見するアルトリアは、リエスティアを奪還する為にその影を追跡していた。

 そしてエリクもまた、影を追うアルトリアを必死に追う。
 そこでパールと再会を果たしたエリクは、共に飛竜ワイバーンに騎乗してアルトリアを追う為に上空からの追跡を始めた。

 こうした三人の追跡劇が起こる少し前に、時間は遡る。

 老騎士ログウェルの転移陣で跳んだパールは、貴族街の東地区に在るガゼル子爵家の屋敷を目指して走っていた。
 パールは影から迫る異質な気配を読み取り、樹海で培った凄まじい身体能力フィジカルと動体視力を駆使して建物や壁を利用して走り、襲い来る下級悪魔レッサーデーモンを回避し続ける。

 しかしパール自身は、下級悪魔レッサーデーモン達の動きを奇妙に思う。
 それは自分を襲おうとする影が、近付くと途端に躊躇するように動きをしていたのだ。

『――……なんだ、私を襲わないのか……?』

 訝し気な表情を浮かべるパールだったが、襲うのを躊躇うような下級悪魔レッサーデーモン達を警戒しながらも走り続ける。
 本人は襲われない理由が分からないまま進み続け、見知った道に出てガゼル子爵家の屋敷を目指した。

 この時パールは、帝国宰相セルジアスから渡された赤い槍を単なる武器としか考えていない。
 しかし渡された赤い槍は『魔槍』と呼ばれる初代『赤』の七大聖人セブンスワンルクソードが持っていた武器の一つであり、それを国宝として管理して来たガルミッシュ皇族の一人であるセルジアスは、意味も無くパールに魔槍を渡していたわけではなかった。

 この魔槍は一定の長さに伸び縮みするだけではなく、獣避けの加護が施されている。
 魔物や魔獣が嫌う一定周波数の魔力を放ち、その魔槍の持ち主を守護するという効力を持った槍だったのだ。

 その効果がこの状況でも及んでいるようで、パールに迫りながらも襲う下級悪魔レッサーデーモンはいない。
 そのおかげでガゼル子爵家の屋敷に到着したパールは、すぐに連れて来た飛竜ワイバーンが居る中庭へ向かった。

 屋敷に居たはずの幾人かの使用人達は何処にも見えず、気配も何処にもない。
 ただ屋敷の中に下級悪魔レッサーデーモン達の気配が漂っている事に気付いたパールは、必要とする飛竜ワイバーンが無事かを苦々しい面持ちで考えた。

 そして中庭に到着したパールが見たのは、飛竜を閉じ込めた檻周辺の地面や木々が炎で燃えている光景。
 炎が巻き起こる中心には飛竜ワイバーンの檻はあったが、既に中身ワイバーンは檻の鍵を破壊して中庭の外に出ていた。

『……これは……!』

『――……ガォオ……』

 飛竜ワイバーンは口から僅かな炎を漏らし、首を動かしながら周囲を警戒するように見回している。
 そして飛竜ワイバーンに一つの影が迫ろうとした時、そちらの方角へ炎を吐き出して影から迫る下級悪魔レッサーデーモン達を追い払っていた。

 飛竜ワイバーンはこの状況の中、たった一匹で下級悪魔レッサーデーモン達を相手に踏み止まっている。
 それが主である自分パールに従い待っているよう命じられた飛竜ワイバーンの忠実な姿である事を察したパールは、地面の炎を跳び越えながら飛竜ワイバーンに近付いた。

『よく待っていた!』

『ガォオ……!!』

『ここから離れるぞ!』

 パールはそう言いながら飛竜の前足と肩を伝うように駆け上り、すぐに頭部分まで辿り着く。
 そして頭の角を左手で持ちながら身構えると、飛竜ワイバーンはそれに応じるように中庭から飛び立った。

 飛竜ワイバーンに乗ったパールは低空で飛行し、貴族街の状況を確認する。
 貴族街のほとんどが蠢く影に支配されている状態となっており、人の姿が見えない状態となっていた。

『……生きていた者は、既にあの影に喰われたか……。……帝城あそこへ行け!』

『ガォッ!!』

 貴族街に生存者がいない事を悟ったパールは、苦々しい面持ちを見せながらも飛竜ワイバーン帝城しろへ向かわせる。
 そして会場に残る者達を救う為に、右手に持つ魔槍を強く握り締めた。

 しかし帝城しろが近くに見えた時、パールは驚愕しながらある光景を見る。
 それは帝城内しろから巨大な影が蠢くように出て来る光景であり、そして今までの無い膨らみを浮き彫りにした影が不自然な形で出て行く様子だった。

 その影の気配を感じ取るパールは、それに似た気配の人物を思います。
 それは会場内に踏み入り帝国皇子ユグナリスと戦っていた、あの悪魔騎士ザルツヘルムである事を察した。

『あの影は、会場あそこに居た男の……! ……まさか、会場なかから出て来たということは……』

 パールは悪魔騎士ザルツヘルムが影を従えて出て来た事を察し、会場内なかで何かしらの事態が起きた事を察する。
 そして帝城を離れながら南下していく巨大な影の光景を見据えていると、その上空の一筋の光が流れるように飛ぶ姿を目撃した。

『アレは……まさか、アリスかっ!?』

 上空に流れる光の中にアルトリアらしき人影を確認したパールは、その光が目指す場所を見る。
 それは帝城しろから出て来た巨大な影であり、パールはすぐにアルトリアが何をしようとしているかを察し、飛竜ワイバーンに命じた。

『あの光を追え、全力で!』

『ガォオオッ!!』

 パールの命令を理解するように応じる飛竜ワイバーンは、巨大な影を追うアルトリアを追跡する。
 しかし飛竜自体の飛行速度はアルトリアの飛翔速度を越えられず、また五十メートルを超える高度まで飛行するのが限界の飛竜ワイバーンは、追い付けないまま貴族街の壁を越えて市民街に入った。

 その時、パールの視界に不自然な光が映る。
 市民街の建物屋上から放たれるその光を見たパールは何かと思い目を凝らすと、そこに見える黒い人物と黒い大剣らしき影を見た。

『……まさか、アイツは……。……おい、向こうに行け!』

 その気配と人影の姿に懐かしさを感じたパールは、飛竜ワイバーンに人影が見えた場所へ向かうように命じる。
 それから新たな光が地上に走り、その頭上に到着したパールは改めてその人影の姿を確認し、その人物の名前を呼んだ。

『……エリオッ!!』

『――……!!』

 パールの呼び掛けに気付くより速く、エリクは上空を飛ぶ飛竜ワイバーンの姿に驚きを浮かべる。
 その巨体の羽ばたきでエリクの声が聞こえなかったパールは、改めて飛竜の高度を下げながら見下ろせる位置でエリクに呼び掛けた。

『……パールか?』

『やはり、エリオだったか!』

『……パール、その魔獣に乗せてくれ!』

『!』

『アリアが、あの影を追っている! 地上から追うと、影から出て来る悪魔が邪魔をしてくる!』

『私もアリスを追っていた! 早く乗れ!』

『ああ!』

 エリクの頼みを即座に受け入れたパールは、飛竜ワイバーンに乗せて共にアルトリアを追う。
 こうした流れでエリクと合流したパールは飛竜ワイバーンを操り、巨大な影に迫るアルトリアの姿を改めて確認した。

「――……見えたぞ!」

「……アリアは、あの影を止めようとしているのか……?」

 上空に見えるアルトリアの光を、改めて二人は確認する。
 すると光の先から白い閃光が放たれ、南下している巨大な影に攻撃を加え始めた。

 その閃光を受けた影は消滅するように蒸発したが、進む速度は変わらない。
 そうした状態で更に白い閃光を加える放つアルトリアは、今度は不自然に膨らむ巨大な影の中心を狙った。

 しかし次の瞬間、放たれた閃光が直撃寸前に消失する。
 それを飛竜に乗る二人も確認し、大きく目を見開きながら驚くように言葉を漏らした。

「……アリアの魔法こうげきが、消された……?」

「なんだ? 何が起こったんだ」

「……まさかアレは、マギルスが言っていた……」

「マギルス?」

「……パール。アリアが追っているあの影の中に、誰かいるのか?」

 エリクは考え込むような様子を見せ、パールに問い掛ける
 それを聞いたパールは自身が見て聞いた状況モノを、そのまま伝えた。

「よく分からない。だがあの影を操っていた男は、一人の女を狙っていた」

「女?」

「あの影が帝城しろから出て来たのを見た。だから多分、狙っていた女をさらえたからだと思う」

「……その女はリエスティアという名前で、黒髪と黒瞳の姿か?」

「名前は、確かそうだ。は閉じていたから分からないが、髪は黒かった。それがどうした?」

「……もしかしたら、その女は俺達が知っているやつかもしれない」

「!」

「……アリアが、創造神オリジンの生まれ変わり……。そして、リエスティアという女が創造神オリジンの肉体……。……そういうことか……ッ!!」

 エリクはそうした呟きを漏らし、今まで得ていた情報から狙われている女性リエスティアの正体に辿り着く。
 その脳裏には自分エリクの知る『クロエ』の姿が浮かび上がり、改めて影の中に居る人物リエスティアの重要性を再認識した。

 そうしてエリクが現状を理解した時、次の事態が動いてしまう。
 影に向けて魔力砲撃こうげきを加えていたアルトリアがその手を止めると、自ら六枚の翼を羽ばたかせながら光に包まれ、影に向けて突入する様子がエリク達の視界に映った。

「まさか、あのなかに行く気かっ!?」

「アリアなら、そんな無茶もやる」

「!」

「パール、飛竜コイツをあの影の上まで頼む」

「……まさか、お前も行く気かっ!?」

「ああ」

 影に向かっていくアルトリアの姿を見ながら、エリクは迷いの無い声で頼みを伝える。
 その横顔を見るパールは嘆息を漏らしながら微笑みを浮かべ、飛竜ワイバーンに対して命じた。

「全力で、あの影の上まで行け!」

「――……ガォンッ!!」

 飛竜ワイバーンはパールの命令に従い、再び体内に魔力を通わせながら赤い鱗を輝かせる。
 そして二枚の翼を羽ばたかせながら更に加速し、二人に加速の風圧を感じさせながらアルトリアが目指す影へ向かった。

 こうして合流したエリクとパールは、飛竜ワイバーンに乗って悪魔達の影を追う。
 そして先に影に追い付いたアルトリアは、ただ一人で膨らみのある影の中に突入したのだった。
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