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革命編 四章:意思を継ぐ者
異空間の罠
しおりを挟む飛竜に乗る女勇士パールと再会したエリクは、帝都の上空を飛翔するアルトリアの姿を追う。
一方でアルトリア側も、『創造神の肉体』であるリエスティアを捕らえた黒騎士の影を追っていた。
影の移動速度はアルトリアの飛翔速度より遅く、帝都の南下しながら進み続ける。
そして影の上空まで追い付いたアルトリアは、最初に影を消滅させる事を試みていた。
「――……追い付いた。まずは、影を削り取るッ!!」
アルトリアは飛翔しながら両手を下側へ翳し、両腕に白い魔力を集める。
影の正体が下級悪魔の集まりだと知るアルトリアは、まずは巨大な光属性の魔力を照射して影の消失を考え実行した。
照射された魔力砲撃は影の一部に降り注ぎ、まるで蒸発するように影が消失する。
『光』と相反する『影』の法則性を理解するアルトリアは、生命力を用いぬ方法で下級悪魔達の消滅させようとしていた。
「……やっぱり下級悪魔達は、『影』を媒介に肉体を維持してる。なら『影』さえ消せば、『影』を媒介にしてる下級悪魔達も消えるっ!!」
アルトリアは魔力砲撃の結果を確認し、自身の用いた手段が有効である事を確認する。
そして次々と同じ方法で影に攻撃を加えながら削り取り、その面積を大きく減らした。
そうして削り取っていく内に、真上の上空からでも不自然な影の膨らみが見分け易くなる。
その膨らみを確認したアルトリアは、新たに集めた白い魔力をその部分に照射した。
「――……ッ!!」
しかし照射された魔力砲撃は影に当たる直前に消失し、膨らみを持つ影は何事も無いように移動を続ける。
それを見た後、改めてアルトリアは影の内部にリエスティアが居る事を確信した。
「魔力が消失したって事は、あの中にリエスティアがいる。……あの子の身体は、魔力を受け付けないんじゃない。リエスティア自身に向けられる魔力効果を無効化させてしまうという制約に因るもの。……だったら、手段は一つだけ……!」
アルトリアは苦々しい表情を浮かべ、何かを続ける影を見ながら呟く。
そしてウォーリスが飛んで行った方角を見ながら睨み、憎々しい言葉を向けた。
「アイツ、こうなる事が分かってるから止めるつもりが無いんだわ……。……やってやるわよ。アンタの狙い通りになんか、させてやるつもりは無いけどねっ!!」
敢えてウォーリスの狙いを見通しながらも、アルトリアはその思惑に突っ込み打破する選択を行う。
背中に展開した六枚の翼を大きく広げた後、その翼を大きく羽ばたかせて今まで以上の飛翔速度で移動する影に突っ込み始めた。
更に自身の周囲に影を消失させていた光属性の魔力を膜状に展開し、影の内部に溢れるだろう瘴気に触れない為の対策も行う。
こうして万全の対策を用いたアルトリアは、膨らみのある影の内部に突入した。
『――……タスケテ……オネガイ……』
『イヤァアッ!!』
『シニタクナイ……シニタクナイヨ……』
『オカアサン……オカアサン、ドコ……?』
「――……クッ!!」
影の中に突入した直後、アルトリアの表情が嫌悪するように歪む。
影内部に漂う瘴気がアルトリアを覆う防壁に接触し、浸食しようと迫りながら蝕み始める。
それと同時に聞こえて来る叫びや悲しみの悲鳴が耳に届き、アルトリアの精神にも負荷を与えながら歯を食い縛らせた。
「これは、下級悪魔達が取り込んだ死者の魂……。なんて数を……ッ!!」
次々と耳に届く悲鳴の数から、アルトリアは影内部に取り込まれている死者の魂が尋常ではない人数である事を察する。
今まで下級悪魔達に生贄として与えられたであろう使者達の怨嗟を潜り抜けるアルトリアだったが、その内部を潜り続ける。
しかし影の内部は表面に見えていた大きさとは異なり、まるで巨大な異空間を形成するように広がっている。
幾ら進み続けてもリエスティアがいる場所まで到着できず、防壁を蝕む瘴気と怨嗟を浴びながら精神すらも汚染する異空間の中でも、アルトリアは険しい表情を見せながら真下へ飛び続けた。
「――……ハァ……。ハァ……ッ」
それからどれ程の時間が経ったのか、アルトリア自身も分からない。
アルトリアはただ蝕まれる防壁を修復し続け、聞こえる怨嗟すらも慣れ始めている。
しかし肉体と精神の疲弊を著しく、それを押し殺すように無心を保ちながら進み続けたアルトリアの視界は、ついに瘴気の異空間から飛び出した。
「……ッ!!」
飛び出した瞬間に姿勢を戻しながら六枚の翼を広げたアルトリアは、中空で停止しながら周囲を見渡す。
その空間は黒い瘴気に閉ざされながらも、まるで別空間のように白い床が一面に広がっていた。
しかも外から見た影の面積を大きく超えた空間となっており、アルトリアは改めて影内部で更なる異次元が形成されている事を察する。
そして斜め下に見る五十メートル程先にある白い床に、三人の人影を視認した。
「……見つけた」
疲弊した状況で息を吐いたアルトリアは、緩やかに降下しながら床へ着地する。
六枚の翼を閉じながら白い床に両足を立たせると、改めて人影の方へ歩み寄りながら言葉を向けた。
「まったく、随分と世話が焼ける御姫様ね。――……リエスティア」
「……アルトリア様」
訪れたアルトリアが言葉を向けたのは、車椅子に座ったままのリエスティア。
しかしリエスティアはいつものように瞼を閉じておらず、両方の黒い瞳を開けながらアルトリアを見据えていた。
そうした様子を見ながら表情を顰めるは、隣に立つ二人の姿も見る。
一人は変わらぬ執事服を纏った悪魔ヴェルフェゴールだったが、もう一人の騎士の礼服を身に纏った見覚えの無い男。
その男を睨みながら腕を組むアルトリアは、怒りを滲ませた言葉を向けた。
「で、そっちのアンタも元凶の手駒?」
「――……私の空間へようこそ。アルトリア嬢」
「アンタがこの空間を……。……御姫様を乗せるには、随分と趣味が悪い馬車ね」
「見た目よりも、性能を重視していますので」
苛立ちと共に皮肉を飛ばすアルトリアに対して、その騎士風の男は誠実な態度で受け応えを向ける。
そうした中で男の顔を改めて見たアルトリアは、記憶の片隅に在る景色と目の前の男の顔が重なるように思い出した。
「……アンタの顔、皇国で見た記憶があるわね……。……誰?」
「ザルツヘルムと申します。……貴方が私を見たのは、ナルヴァニア陛下の御茶会に参加した時でしょう。私はその時、御傍に付く近衛騎士を務めていましたので」
「!」
「そして今は、ナルヴァニア様の御子息であるウォーリス様に仕えさせて頂いています。以後、御見知りおきを」
「へぇ、そう。――……でも、すぐ忘れてあげる」
アルトリアはそうした言葉を向けた後、右手を翳してザルツヘルムに手の平を向ける。
すると瞬く間に魔力砲撃を放ち、影の内部にこの空間を作り出しているザルツヘルムを排除しようとした。
しかし放とうとした右手の光が四散し、魔力攻撃が行えなくなる。
更に背後に展開していた六枚の翼も消失するように消え失せ、アルトリアは目を見開きながら驚愕の声を漏らした。
「……っ!?」
「どうやら、すぐには忘れられないようですね」
驚きを見せるアルトリアに対して、ザルツヘルムは誠実ながらも嘲笑染みた声でそう伝える。
そして睨みを向けるアルトリアは、敢えてザルツヘルムにこの状況を問い質した。
「……アンタ、何をしたの?」
「私は何も。……強いて言えば、この空間の影響でしょう」
「影響……?」
「影の中に大量の死霊や下級悪魔を留まらせる為には、相応の瘴気を必要とします。そして瘴気の糧となる魔力が必要になる。……それこそ、周囲の魔力を吸い尽くす程に」
「……っ!!」
「貴方は内部に来るまでに、既に翼に溜めていた余剰魔力を消耗していた。そして今でも、周囲から魔力を吸い取られている。……今の貴方はもう、この空間内で魔法を使えない」
「……悪趣味な馬車だと思ったら、私達を閉じ込める為の檻だったってわけ?」
「その通りです」
「……ッ」
アルトリアは小さな舌打ちを鳴らし、魔力を集めようと意識を集中させる。
しかし魔法や砲撃を行える程の魔力が集まらず、僅かに手に集まった魔力も気が抜けるように蒸散している様子を見ながら、本当にこの空間内で魔力を行使した手段が用いれない事を理解した。
苛立ちを表情に見せるアルトリアに、ザルツヘルムは歩み寄ろうとする。
それに即応するアルトリアは右手を白い紋様が浮かぶ胸に付け、怒鳴るように告げた。
「動かないでっ!! ……すぐにこの空間を解除しなければ、私もアンタ達も吹き飛ぶわよっ!!」
「……なるほど。『黄』の七大聖人と同じ、自爆術式ですか」
「自分の魂と生命力を燃料にした自爆なら、この空間でも止めようがない。違う?」
「ここはまだ帝都です。そしてこの場で自爆すれば、リエスティア様も巻き込まれてしまいそうですが。よろしいのですか?」
「それがどうしたの? ――……他人の命を使った脅迫で躊躇う程、私の怒りは甘くないわよ」
自身の怒りを改めて口にするアルトリアは、ザルツヘルムにも脅迫を向ける。
しかし動揺する様子も無いザルツヘルムは、微笑ませた口元から小さな息を漏らしながら呟いた。
「……それはどうでしょうか」
「は?」
「この空間内では、魔力を吸収します。だから魔法は使えない。――……しかし、この空間は魔力以外も糧にして形成されている。例えば、人間の肉や魂も十分な糧になるのです。――……勿論、人間の生命力も」
「……!?」
そう述べるザルツヘルムの言葉を聞いた瞬間、唐突にアルトリアの視界が揺らぐ。
更に立たせていた両足の膝が崩れ、前に倒れるように体が座る姿勢となった。
突然の揺らぎと虚脱感を強く感じるアルトリアは、荒々しく大きな呼吸を行い始める。
そして揺らぐ視界でザルツヘルムが居る方へ顔を上げると、右手を胸に付けながら浮かび上がる紋様を白く輝かせた。
しかし白い輝きは徐々に消えていき、白い発光が消える。
それを揺れる視界で確認したアルトリアは、上半身を前に傾けながら床に倒れた。
「……な、なんで……発動が……」
「ミネルヴァの時と、同じ方法です」
「……!?」
「その自爆術式は、肉体の死で発生する魂のエネルギーか、一定量の生命力を起動式に流し込んで発動する。……しかしそれ以下の生命力に落ちた状態になると、自力で起動する事は出来ない。御存知ありませんでしたか?」
「……なんで、アンタが……そんな事を……」
「その質問は、答えるまでもない愚問でしょう」
「……く、ぅ……っ」
空間の影響で自身の生命力が抜き取られていくアルトリアは、薄れる視界と意識のまま床から動けない。
動けず死なない程度まで自分の生命力を抜き取られたアルトリアは、もはや指一本も動かす事が困難になっていた。
そのアルトリアを見下ろすザルツヘルムは、左手の指を額横に当てながら『念話』を始める。
「……ウォーリス様。予定通り、アルトリア嬢を捕らえました。――……はい。では、あの場所へ。……分かりました。御伝えします」
ザルツヘルムはそうした声を見せながら、左手を降ろす。
そしてリエスティアの方へ顔を向けながら、こうした言葉を向けた。
「リエスティア様」
「……はい」
「今後、リエスティア様とアルトリア嬢にはある協力を御願いする事になります。……もしそれを拒否される場合には、今度は帝国領の全てが帝都と同じ状況となるでしょう。それでも拒否される場合には、人間大陸の全てをそうするかもしれません」
「……ッ」
「貴方ならば、それを行うまでも無く従って頂けると信じたいですが。……そこのアルトリア嬢は、自身の意思で協力してくれる可能性は薄い。最悪の場合には、彼女の意思を無視した手段で協力してもらう事になります」
「……それは、止めてください……」
「そうならない為には、親しい貴方から説得して頂く必要があるでしょう。……どうか、賢明な御判断を御願いします」
ザルツヘルムの言葉を聞き、リエスティアは瞼を閉じながら頷く。
その様子を見るザルツヘルムは、倒れているアルトリアの方へ歩み出した。
そしてアルトリアの背中に右手を触れると、鎖状の黒い瘴気が右手に出現する。
その黒い鎖がアルトリアの背中を通じて全身に巻き付き、その肉体に黒い鎖状の呪印を施した。
「グ……ッ!!」
「これで、貴方も魔法を使えない。……これがウォーリス様が用意した、貴方へのチェックメイトです」
呪印を施し終えたザルツヘルムは立ち上がり、ここまでの事が全てウォーリスの盤上に乗せられての策略だと明かす。
それを聞いたアルトリアは朦朧とする意識で歯を食い縛り、盤上をひっくり返せなかった自分自身の情けなさに涙を零した。
こうしてウォーリスの用意した盤上は幕を閉じ、彼は欲していた創造神の『魂』と『肉体』を得る。
そして二人が閉じ込められた影は南下し続け、ついに帝都の外へと出たのだった。
応援ありがとうございます!
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