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革命編 四章:意思を継ぐ者

世界の破壊者

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 アルトリアとリエスティアを内包する影を追っていたエリクとパールは、その場に現れたウォーリスによって阻まれる。
 そしてフォウル国に居るドワーフ族の技術を得た新たな大剣と防具を得たエリクは、到達者《エンドレス》であるウォーリスに対して互角以上の攻防を繰り広げていた。

「――……ッ!!」

「フッ!!」

 エリクは背負う鞘の付与術エンチャントの助力を得て、『神兵』ランヴァルディアが用いていた生命力オーラでの飛行を行う。
 その速さは尋常な速度ではなく、瞬く間に距離を詰めながら上段からウォーリスへ斬り掛かった。

 しかしウォーリスは振り下ろされる黒い大剣の刃を右側へ回避し、身体を捻りながらエリクに左足の蹴りを放つ。

 左腹部を狙ったウォーリスの蹴りに対して、すぐにエリクは柄を握る左手を離しながら拳を握る。
 そして相手《ウォーリス》の蹴りを左拳を放つ事で迎撃し、その場に凄まじい衝撃が響き渡った。

「……なにっ!?」

「ウォオッ!!」

 互いの放った攻撃の結果、ウォーリスの表情が歪みながら左足から膝が不自然に曲がりながら血を溢れさせる。
 逆にエリクは唸り声を放ちながら左拳を突き出し、ウォーリスの身体を弾き飛ばすと同時に、右手に持つ大剣に生命力オーラを流し込んだ。

 そして突き飛ばしたウォーリスに対して、エリクは容赦無く巨大な気力斬撃ブレードを放つ。
 先程とは違い僅か二メートルの至近で放たれるエリクの気力斬撃ブレードは、ウォーリスを迫る白い極光で飲み込まれた。

「馬鹿な――……うぉああっ!!」

 ウォーリスは信じ難い様相を見せながら叫び、飲み込んだ気力斬撃ブレードに抗うように自身を覆う生命力オーラを纏わせ放つ。
 そして互いの生命力オーラが衝突し合いながら、夜空で白く染まった極光と衝撃波が広まった。

 その極光が晴れた後、再び暗闇に沈んだ夜空に戻る。

 黒い外套マントで身体を包みながら身を守るエリクは、左手で覆う外套マントの裾を払いながら前方を見る。
 その視線の先には、身に纏う服が多く破れているウォーリスが浮かんでいた。

「……!」

 そのウォーリスの姿を見て、エリクは目を見開く。
 
 ウォーリスの地肌には夥しい程の傷が浮き彫りになっており、その大小様々な傷が全身に及んでいる。
 自分エリクの身体にも在る傷を超える数は、ウォーリスの生い立ちが自分以上に過酷な光景ものである事を想起させた。

 一方でウォーリス側も両腕を降ろし、顔を見せながらエリクを睨む。
 その表情は憤怒に染まり、傷を負った左足を修復しながら憎々しい声を漏らしていた。

「……何故だ。例えドワーフの武具を持っているとはいえ、この短期間でこれ程の実力を……。……王国に居た時には、たかが魔人モドキだったにも関わらず……ッ」

 ウォーリスはそうした言葉を漏らし、格下に見ていたエリクが異常な成長を遂げている事に憤怒する。
 そしてエリク側でも、以前に見たウォーリスと現在の様子に違和感を覚えていた。

「……奴から、前のような悪寒を感じない。……俺が強くなったのか? それとも……」

 エリクは王国時代に見たウォーリスと、今現在のウォーリスから感じる威圧感が異なる事を察する。
 その違和感に疑問に思いながらも、再び大剣を構えながらウォーリスと対峙した。

 すると、睨んでいたウォーリスに僅かな変化が見られる。
 それは表情だけながらも、エリクに影響を受けた変化ではなかった。

「なんだ? ――……奴は危険だ、私がここで殺す。……私の命令に逆らう気か? ウォーリス!」
 
「……?」

 ウォーリスは怒鳴るような声を発しながらも、それは対峙する相手エリクに向けた言葉ではない。
 視線を下に下げながら自分自身に対して怒鳴り向けるウォーリスの様子に、エリクは疑問の表情を深めた。

 そうして怒鳴っていたウォーリスだったが、表情を強張らせた後に渋い表情を晒す。
 すると怒鳴り声を止め、渋々な様子で溜息を漏らしながら呟いた。

「……分かった。だがそうなったら、奴を確実に殺せ。いいな? ――……ならば、変わるぞ」

「……!?」

 そう呟いた後、ウォーリスは顔が影に隠れながら項垂うなだれる。
 そして一秒にも満たぬ間に、エリクはウォーリスに及んだ異変に気付いた。

 それは、先程までのウォーリスとは比べ物にならない程の殺気と悪寒の気配。
 それを感じ取ったエリクは、以前に同様にウォーリスに最大の警戒心を抱きながら向かき合った。

 すると次の瞬間、頭を伏せていたウォーリスが顔を上げる。
 その表情は先程のような憤怒や動揺に染まったモノではなく、まるで感情が抜け落ちたような酷く冷たい表情だった。

「……これは……ッ!?」

「――……黒獣傭兵団、団長エリク。久し振りだな」

「!?」

「お前とは一度、二人で話を出来る機会があればと思っていた」

「……お前は、誰だ……!?」

 今現在のウォーリスは、感情の無い冷たさを表情に見せながら親しく話し掛けて来る。
 しかし相反するような殺気と悪寒を感じさせるウォーリスの変わり様に、思わずエリクは先程の相手ウォーリスと同一人物かを疑った。

 その漏れ出た疑問に対して、ウォーリスは冷徹な微笑みを見せながら答える。

「私はウォーリス。……お前が先程まで戦っていたのは、私の父親であり、師であり、先祖でもあるゲルガルドだ」

「……!?」

「私の肉体には、二つの魂が在る。一つは私自身ウォーリス。そしてもう一つがゲルガルド。二つの魂が共存し、私の肉体を共有している。……お前達のようにな。エリク、そして鬼神フォウル」

「!!」

 ウォーリスはそう告げ、エリクに驚愕の表情を晒させる。
 その言葉で鬼神フォウルの魂を宿す自分自身エリクの状況と、目の前に居るウォーリスの状況が重なる事を察した。

 そして一様に驚くエリクを見据えながら、ウォーリスは新たな言葉を告げて行く。

「御互いに到達者エンドレスの魂を持つとは、難儀な宿命を背負ったものだ。……その点に関して、お前と私は世界の犠牲者と言ってもいい」

「……世界の、犠牲者だと?」

「この世界において、魂を循環させる機構システム。お前は知っているか?」

「……輪廻。死者の世界のことか?」

「そうだ。輪廻と呼ばれる機構システムが不完全なばかりに、我々は要らぬものを背負う破目になっている。……私の娘リエスティアも、そしてお前と共に行動していたアルトリア嬢も、この不完全なシステムによってこの世界に生み出された犠牲者だ」

「!」

「私の娘は『黒』として生まれ、『創造神オリジン』の肉体などという理不尽な存在の肉体を管理する役目を押し付けられた。そしてアルトリア嬢も、『創造神オリジン』の転生した魂として様々な可能性と運命を背負わされている。……お前は、そんな彼女達を不幸だとは思わないか?」

「……不幸……?」

「本来ならば、彼女達はそんな運命を背負わずに済んだ。ただ少女らしく過ごし、年相応の遊びを覚えて友人を増やし、いつか親に見守れながら幸せで穏やかな生活を送れる。……彼女達には、そんな未来もあったはずなんだ」

「……」

「だが、この不完全な世界がそれを許さなかった。彼女達に『創造神オリジン』などと関わる宿命を背負わせ、数多の人間達がその影響で自由を縛られ続ける世界を作り上げた。――……私はこの不完全で歪な世界が在り続ける事が、我慢ならない」

「!」

 そうした言葉を発するウォーリスは、冷酷な表情ながらも両拳を握り締める。
 その憤りが殺気に混じりながら伝わるエリクは、ウォーリスの述べる言葉が彼自身が考える真実なのだと理解できた。

 しかしウォーリスは、次にエリクが想像もしない行動に出る。
 それは彼自身が右手の平を晒しながら、エリクの方へ伸ばし向ける様子と言葉だった。

「エリク、お前もこの世界を見て回ったのだろう? ……ならば、お前にも理解できたはずだ。この歪な世界が、どれだけ醜悪かモノを作り出して来たのかを」

「……」

「国に仕える者達は自己の利益しか追及せず、そんな国に居る民は自分達の事しか考えられぬような生活を強いられる。そして自分以外の他者や他の生物を犯しながら排除し蔑ろにしながら、数多の犠牲ばかりを生み出して来た。……お前も身に宿す鬼神の魂が原因で、様々な苦難に巻き込まれたはずだ」

「……ッ」

「お前と同じように、私もゲルガルドの魂を持つが故に、様々な苦難を強いられた。……自分の娘が『黒』だった為にゲルガルドが欲望を広げ、その影響で母親は利用されながら死ぬ道を辿り、今は無関係な者達すらも巻き込んで多くの犠牲を強いている。……私はそんな事を起こすゲルガルドも、そしてそんな出来事を許容している私自身にも、酷く絶望している」

「……自分自身に、絶望……」

「私は、私という存在すらも許せない。そして歪んだ世界の在り方も許せない。……だからこそ、私はこの『世界』を滅ぼす事を決めた」

「!?」

「この世界を滅ぼし、縛られるばかりの歪な世界を再構成する。その為には、この世界を管理する為の鍵であるアルトリア嬢の『魂』と、リエスティアの『肉体』が必要だった。……過酷な運命を背負った彼女達を利用せざるを得ない自分の無力ささえ、実に腹立たしい事だ」

「……ッ」

「だがこれが終われば、この『世界』は生まれ変わる。歪な縛りを解き放ち、歪な『生』と『死』の循環を取り除き、ただ在りのまま生命が生きながら過ごせる永遠の世界に。……エリク。お前にもその世界を創る事に、協力してほしい」

「!!」

 ウォーリスは差し伸べた手を見せながら、エリクに対して自身の目的に協力するよう伝える。
 その言葉は真に迫るモノがあり、ウォーリスは同じ境遇にあるエリクを仲間として迎え入れようとした。

 それに対して、エリクは構える姿勢を解きながら右手に持つ大剣を降ろす。
 ウォーリスはその様子に口元を微笑ませたが、それから放たれるエリクの言葉を聞いた。

「――……お前は、勘違いをしている」

「……なに?」

「俺は、自分の事を不幸だなどと考えた事はない。……そしてアリアもきっと、自分を不幸だと考えてはいない」

「……!」

「お前の言っている事は、少しだけ理解できる。……だがきっと、お前が言うほどにこの世界は歪んでもいないし、不幸な人間ばかりじゃない」

「……どうして、そう言い切れる?」

 冷徹な表情に戻るウォーリスは、差し伸べた手を下げながらエリクに問い掛ける。
 それに対するエリクの答えは、今までアリアと共に旅をして得た経験を元に話した。

「確かに、この世界には苦しくて辛い事ばかりが溢れている。……それでも、その苦しさの中で、必死に生きようとする者達もいる」

「……」

「永遠など無い者達が、短い生涯の中で苦しくも必死に生きようとしていた。……そして希望を掴んだ者達は、笑いながら幸せな顔をしていた」

「……ッ」

「俺はそういう者達を、羨ましく思う。……そして俺自身も、そうなりたいと思っている」

「……それが歪で、醜悪だと言っている。自分の欲しか考えない者の笑みなど、悍ましいだけだ」

「確かに、そういう笑みもあるのだろう。……だが俺には、そんな世界でも生きて笑って欲しいと思える者がいる」

「……ッ」

「俺は、そう思えるようになった自分が嬉しい。……きっとそれが、俺が苦しみながらも掴んだ、生きる為の希望なんだ」

 エリクはそう言いながら、真っ直ぐとした黒い瞳でウォーリスを見返す。
 その力強い視線を睨むウォーリスに対して、エリクは改めて伝えた。

「俺はお前のように、今を生きる者達を否定してまで、この世界を壊したいとは思わない」

「……エリク。私と似た境遇のお前となら、良き理解者に……友人になれると思っていた。……だが、やはり『敵』になるしかないのか」

「ああ。俺はお前の、『敵』でいい」

「そうか。――……傭兵エリク。お前は今ここで、『敵』と始末する」

「……ッ!!」

 互いに『敵』と認め合った瞬間、二人は身体に纏う生命力オーラの波動を強める。
 しかしウォーリスの肉体はエリクと違い、黒い瘴気オーラを纏いながらその姿を変容させていった。

 それを見たエリクは変容を待たず、両手で握った大剣を上に掲げながら生命力オーラを流し込む。
 更に大剣内部に蓄えた魔力と混ぜ合わせ、生命力オーラと赤い魔力マナを混合させた斬撃をウォーリスに放った。

 十数メートル程の距離に居るウォーリスは、その斬撃に飲まれる。
 しかし次の瞬間、放った斬撃が弾けるように周囲へ飛び散った。

 そこから姿を見せたのは、異質となったウォーリス。
 その様相は額に一本の黒い角を生やし、肌の色はそのままに背には黒い四枚も生やす、悪魔化した姿だった。

「……!」

「――……お前に見せてやろう。希望を摘み取る、『絶望』の光景すがたを」

「!」

 ウォーリスはそう述べた後、エリクの前方から一瞬だけ消える。
 しかしエリクは大剣を振るいながら前方に叩き付けた瞬間、目の前に迫っていたウォーリスの掲げる左腕に受け止められた。

 黒く染まったウォーリスの腕は、エリクの大剣に切断されずに砕かれもしていない。
 それどころか微動だにしないウォーリスの放つ気配に、エリクは凄まじい悪寒を感じさせた。

「グ……ッ!!」

 左腕で防いだウォーリスは大剣を払い除け、右腕を動かしエリクの胴体部分に右手を付ける。
 弾かれた両手と大剣を戻そうとしたエリクだったが、それより早くウォーリスは右手の平から凄まじい瘴気オーラを放った。

「……死ね」

「!!」

 そしてエリクの迎撃は間に合わず、圧縮された瘴気オーラがエリクの胴体に放たれる。
 その勢いと速度はエリクをそのまま上空から突き落とし、地面へ削りながら彼方へと吹き飛ばした。

 ウォーリスはその光景を見据えながら、更に右手で瘴気オーラ魔力マナを混合させた黒い光球を幾つも放つ。
 その速さは地面を削りながら吹き飛ぶエリクに追い付き、凄まじい轟音を鳴らしながら地面を抉るように爆発させた。

 追撃を緩めないウォーリスは、それから数十を超える黒い光球をエリクに向けて放ち続ける。
 その精度は寸分違わずにエリクが居る場所に直撃を浴びさせ、その一帯を跡形も無く消滅させた。

 それから左手を降ろすウォーリスは、黒い眼球と金色に染まった瞳を見せながら着弾地点を見る。
 そこにエリクの姿が微塵も無い事を確認すると、小さな溜息を漏らしながら呟いた。

「……エリクは死んだ。それに、アルトリア嬢とリエスティアも確保できた。これで目的は果たせる。……例え奴が生きていたとしても、私の相手にはならない。……それに奴は、私達の拠点を知らない。計画に邪魔が入る事は無いだろう」

 ウォーリスは肉体を共有しているゲルガルドにそう言い、それ以上は何も言わずに暗闇に紛れながら姿を消す。
 その時の表情は微妙な面持ちを見せ、自分を理解できる存在を失った寂しさを漂わせていた。

 こうしてエリクとウォーリスの戦いは、激しくも静かに終える。
 悪魔化したウォーリスに対して反撃すら許されなかったエリクは、暗雲とした暗闇の中に消えていた。
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