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革命編 五章:決戦の大地
足搔く者達
しおりを挟む凄惨な状況に陥る帝都の中で、それぞれが絶望の中で足掻くように活動する。
そうした中で師匠と父親を失い、最愛の女性を連れ去られた帝国皇子ユグナリスは、絶望に満ちた状況で覚悟を決める。
そして自分の娘を母親に預け、リエスティアを連れ戻す為に自らウォーリスと対峙する決意を見せた。
一方その頃、市民街で救援活動を指揮する帝国宰相セルジアスに、突如として急報が届く。
それは多くの者達を驚かせたが、セルジアスにとっては懸念していた一つが晴れる報告だった。
「――……か、閣下! ま、魔獣が再び現れましたっ!!」
「なんだとっ!?」
「そ、空を飛んでいる魔獣で、まるで――……あっ、アレですっ!!」
「……アレは……!! ……発煙筒を着火させ、あの魔獣をこちらに誘導するんだっ!!」
「えっ!?」
「アレは私の知人だ、急げっ!!」
駆け込む兵士の言葉が周囲に響き、その場に居る全員に強い危機感を抱かせる。
そして兵士が指を向ける先を見た時、その場に居るセルジアスも上空から向かって来る一匹の魔獣を目撃した。
それはセルジアスにとって見覚えのある魔獣であり、十メートル以上の巨体を赤い鱗で覆い赤い羽を羽ばたかせた姿をしている。
しかしその魔獣が帝都を襲ったと言われる異形の合成魔獣では無い事を察したセルジアスは、その場に居る者達で避難用に用意してある赤い発煙筒を着火させながら誘導した。
それに気付いたのか、その魔獣は緩やかに降下しながらセルジアス達が誘導する広場に着地しようとしていた。
その姿を間近で初めて見る者達は、驚愕しながら思わず呟いた。
「――……ド、ドラゴン……!?」
「そんな、まさか……。御伽噺に出て来るような魔獣だぞ……?」
「……だ、誰か乗ってるっ!?」
「!!」
そうした声を漏らす騎士や兵士達の中で、赤い魔獣に乗る人影を確認する。
その声に気付き着地する魔獣の傍に歩み寄るセルジアスは、大きな音で羽ばたくその魔獣と乗っている人物に声を向けた。
「――……パール殿っ!!」
「――……お前、生きていたのか!」
「こちらの台詞ですよっ!!」
セルジアスが呼び掛けに応じるように、飛竜に乗っていたパールは赤い槍を持ったまま飛び降りて着地する。
そして互いに歩み寄りながら、互いの状況を問い掛けた。
「貴方が戻らないので、何かあったのではないかと思っていました」
「すまない、あの影が帝城から出て来て、お前達が死んだと思っていた。そして、アリスを追っていた」
「アリスというのは、アルトリアの事ですね?」
「ああ。アリスはあの影を一人で追って、突っ込んでいった。……だが、それから影の中から出て来ないまま、連れて行かれた」
「……!!」
「私は、アリスを連れ戻せなかった……。……すまない」
パールは悔いる様子を見せ、自身の不甲斐なさから謝罪を伝える。
それを聞いていたセルジアスは、リエスティアと同様にアルトリアも連れ去れらた事を知り、言葉を詰まらせながらも渋い表情でパールに伝えた。
「私も今回、何も出来ませんでした……。……貴方は、ずっと影を追って?」
「……途中までは。だが、飛竜と同じように空を飛ぶ合成魔獣に襲われて、追えずに退くしかなかった」
「そうですか……。……貴方が生きて戻られた事は、嬉しい限りです」
「……そうだ。エリオを見なかったか?」
「エリオ? 誰の事ですか」
「アリスと一緒に旅をしていた男だ。知らないのか?」
「エリオ……。……もしかして、王国傭兵だった、黒獣傭兵団の団長エリクですか?」
「そういう肩書は知らない。途中までエリオと一緒にアリスを追っていたんだが、飛んでいる黒い髪と青い瞳の男に邪魔をされて、エリオが相手をしていた」
「黒髪で青い瞳……。まさか、ウォーリスっ!?」
「確かエリオも、その名前を言っていた」
「奴は何処にっ!?」
「分からない。戻ったらエリオと一緒に消えていた。……だが、奇妙な窪みがあちこちに出来ていた。アレが戦闘の跡だとしたら……」
「……どちらかが敗北して、倒された?」
「多分」
セルジアスはその話を聞き、今回の襲撃を起こした首謀者が傭兵エリクと知らぬ間に戦っていた事を聞く。
しかしエリクの話を聞いた時、セルジアスの脳裏には違う疑問も呟いた。
「……確かエリクという男は、アルトリアと別れてから行方が分からないという話だったはず。何故その男が、この襲撃で帝都に……?」
「エリオも、アリスと一緒に帝都に来ていたんじゃないのか?」
「いえ……。……そういえば、彼等も……。……エリクや彼等は、この襲撃がある事を予期して帝都に訪れたのか……?」
「?」
思考しながら疑問を呟くセルジアスに、パールは意味が分からずに首を傾げる。
そして考え始めるセルジアスに対して、自ら伝えるべき情報を話し始めた。
「セルジアス。途中まで追っていて分かった事だが、合成魔獣共や影は帝都から南東に退いていた」
「……南東に?」
「合成魔獣は途中で見失ったが、影は確かに南東に向かっていた。その途中で、空を飛ぶ合成魔獣に襲われてこちらも退いてしまった」
「……帝都から南東に、敵は予め布陣を敷いていた……? ……いや、しかしそれは……」
「……もしかして、奴等が向かった場所が分かるのか?」
帝都から南東側に影が向かった事を聞き、セルジアスは思考に浮かんだ可能性を否定するように首を振る。
その様子に気付いたパールが問い掛けると、セルジアスは渋い表情を見せながら口を開いた。
「……まだ断定は出来ません。しかし、首謀者が率いていた合成魔獣や悪魔騎士の影が南東には退いたということは、あるいは……」
「なんだ? はっきり言え」
「……帝都から南東には、幾つかの領地があります。……その中には、首謀者であるウォーリスの出自、旧ゲルガルド伯爵領地があるんです」
「!」
「帝都を襲える程の戦力があるのなら、自分の領地を取り戻す事も容易いでしょう。……しかし、そんな分かり易い場所に退くはずが……」
セルジアスは帝国の南東側に存在する旧ゲルガルド伯爵領を思い出し、共和王国とは別にあるという首謀者達の拠点がそこにあるのではないかと考える。
しかしあまりにも安直過ぎるその答えは、むしろ偽装や罠ではないかとセルジアスに思考させ、確信に至る事は出来なかった。
むしろ捨てたと語っていた共和王国側に再び退いているとも考え、敵側の拠点に関する考えが二転三転してしまう。
そんな時、周囲に控えている兵士や騎士達が飛竜以外で動揺する声に二人も気付いた。
「……ユグナリス……?」
二人が気付き視線を向けると、その場に集まる者達の間からユグナリスの姿が見える。
セルジアスは現れたユグナリスに驚きながら呼び掛け、ユグナリスは飛竜を見ながら問い掛けた。
「ローゼン公、その魔獣は?」
「私の客人が従えている飛竜だ。こちらが、その客人であるパール殿だよ」
「貴方は……。そうか、貴方もか」
飛竜の存在についてユグナリスは驚きながらも、飛竜を従えているというパールの姿に見覚えを感じる。
あの襲撃に際してアルトリアと親交がある様子を見せ、彼女自身もアルトリアと同様に常識では測れない才能を秘めているのだろうと考え至っていた。
そうした事を考えるユグナリスに対して、セルジアスは再び問い掛ける
「ユグナリス、どうしてここに?」
「……ローゼン公に、様々な事を御願いする為に」
「!」
「私はウォーリスを討ち、リエスティアを取り戻しに向かいます。……どうかシエスティナや母上のこと。そして帝都の人々を、御願いします」
深く頭を下げながら頼むユグナリスの言葉に、セルジアスは更なる渋い表情を見せながら口を開こうとする。
しかし人目のある状況でその言葉を口にする事を留まり、敢えて別の切り口で問い掛けた。
「……本気かい?」
「はい」
「君は帝国皇子として、皇帝陛下から託された事があるはずだ。それでも行く気なのか?」
「……今の自分が、父上から託された事を果たせるとは思えません。思えるとしたら、それはウォーリスを討ち、リエスティアを取り戻してからです」
「ウォーリスやリエスティア姫が、何処に居るかも分からないのに?」
「その事でも、ローゼン公に御願いがあり探していました」
「え?」
「奴隷として捕らえている、エアハルト殿を解放してください」
「!」
「彼の嗅覚は、常人を遥かに上回る精度があるそうです。またその嗅覚で魔力を嗅ぎ分け、追跡する事も可能だとログウェルから聞いた事があります。彼の協力が得られれば、今からでも悪魔達やリエスティアの追跡は可能だと思います」
考えも無くリエスティアを探しに向かうと考えていたユグナリスから、思わぬ言葉が飛び出る。
老騎士ログウェルから狼獣族の特性について聞いていたユグナリスは、エアハルトであればリエスティア達を追う事も可能だと考えていた。
その話を聞いたセルジアスは目を見開きながら驚き、エアハルトの解放を求めるユグナリスを見つめる。
そこに見える青い瞳には強い覚悟が既に秘められている事を察すると、大きく鼻息を漏らしながら言葉も吐き出した。
「……はぁ……。……分かったよ」
「ありがとうございます。……それで、エアハルト殿達は今どこに?」
「彼等は今、君達が過ごしていた屋敷に居るはずだ。帝城は滅茶苦茶になっていて、とても休める場所は無いからね」
「彼等と言うと、あのクビアという女性と似た魔人も一緒に?」
「ああ。他にもう一人、別の魔人も居たよ。どうやらあの二人は、一緒に帝都へ来たようだ」
「……」
「君の気持ちは分かる。確かにあの女性は、リエスティア姫を殺そうとしたからね。……だが今は、彼等とまで争っている暇は無いよ」
「……それは、分かっています」
「彼の奴隷契約を解除するなら、私が屋敷に出向く必要もある。契約書も、まだ彼女が持っているからね。――……パール殿」
「ん?」
「貴方に御願いがあります。私とユグナリスを、その飛竜に乗せて貴族街へ運べますか?」
「二人くらいなら、背に乗せられる。大丈夫だ」
「では、御願いします。――……他の者達は、救援活動を続けてくれ! 私も用事を終えたら、すぐに戻る!」
「ハッ!!」
セルジアスは各々に頼み事を伝え、ユグナリスと共に飛竜の背に乗る。
それに対して飛竜は不機嫌な様子を見せながらも、主人の宥めに応じるように渋々と二人が背に乗る事を拒絶せず、三人を乗せて巨大な羽を動かしながら浮かび上がった。
それを見送る兵士達や騎士達は空を飛ぶ飛竜の姿を圧巻に思いながらも、それぞれに帝都内の救援活動に戻る。
そして日の光が差す空を飛翔する飛竜を間近で目撃した者達は、後に飛竜を従える女勇士の存在を語り草として帝国中に広める事になった。
こうしてセルジアスとパールは合流し、首謀者の拠点と思しき場所を推測する。
更にユグナリスが求める追跡者の解放に応じ、魔人達が集められている貴族街の屋敷へと向かったのだった。
応援ありがとうございます!
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