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革命編 五章:決戦の大地
破られる期待
しおりを挟むウォーリス達の襲撃によって大きな被害を受けていたガルミッシュ帝国の帝都に、再び窮地が訪れる。
死霊術師によって操られている死体達が帝都に押し寄せ、生存者達を喰らい殺す為に襲い掛かって来た。
そこに飛竜を従える樹海の女勇士パールが帰還した事により、一時的ながらも死体の侵攻は妨げられる。
しかし彼女が齎した情報により、死体の出現先が帝国内ではなく、隣国であるオラクル共和王国である事を帝国宰相セルジアスは理解した。
そして事の渦中であるオラクル共和王国から帝都までの順路となっている国境と同盟都市建設予定地に、リエスティアの奪還を目指す帝国皇子ユグナリスと狼獣族エアハルトは赴いている。
彼等がそこで見たのは、夥しい数の死体がまるで大河の流れを沿うように帝都へ押し寄せている光景だった。
「――……な、何なんだ……コレ……!?」
「……アレも全て、死体だ」
「死体って、アレが全部……!?」
「死体の腐臭が強すぎて、生きている奴が紛れ込んでも分からんがな。……だが見た限り、ほとんど死体だろう」
「そんな……。千人とか、そんな半端な数じゃない! 一万……いや、それ以上にしか見えませんよ……!?」
「だからそうだと言っている」
村や町を避けながら魔力の匂いを辿っていた二人は、暗闇が覆い始める小高い峠の先から夥しい数の人影が歩き進んでいるのを発見する。
それを遠巻きに確認すると、それが先程の村で発見した死体の大群であることを視認した。
それぞれに異なる様相ながらも、共通しているのは赤い瞳を輝かせながら瞬きもしていない光景。
生気を感じさせずに行軍を続ける死体達を見下ろす二人だったが、その進路の先に何があるのか気付いたのはエアハルトだった。
「……奴等、どうやら貴様の帝都に向かっているらしいな」
「えっ!?」
「俺達が死んだと思い、帝都を攻め滅ぼす気になったらしい」
「そ、そんな……。……アレが全て、さっきの死体と同じなら。それもあんな数で攻められたら、今の帝都じゃ……!!」
「守りを失っている帝都では、すぐに全滅するだろうな――……おいっ!!」
「!」
帝都の方角へと死体達が行軍しているのを知ったユグナリスは、その脳裏に残して来た自分の娘と母親、そしてセルジアスを始めとした帝都の生存者達の姿が脳裏に浮かぶ。
そして反射的に死体の大河へと向かおうと動いた身体を、エアハルトが右手で肩を掴みながら怒鳴り止めた。
「貴様、どうする気だ?」
「どうするって……。このままじゃ、奴等は帝都に行くかもしれないんでしょ!? だったら――……」
「ここで奴等に飛び込んで、貴様が全て倒すとでも言うつもりか?」
「そ、それは……ッ!!」
「貴様がそうするなら、勝手にしろ。……だが目的の女に辿り着く前に、貴様が疲れ果てて喰われるのが先になるだろうがな」
「……じゃあ、どうすれば……っ!!」
「強力な魔法師でも居れば、奴等の殲滅し妨害することも出来るだろう。女狐がそいつ等を転移で連れて来れれば、対処くらい出来るだろう」
「……そ、そうか。クビア殿は各国に、救援の要請を……」
「貴様がここで飛び込んでも、無駄に体力を消耗するだけだ。……俺達が目指すべき場所は、死体じゃない」
「……はい」
エアハルトに諭されながら落ち着きを取り戻したユグナリスは、一息を漏らしながら冷静に頷く。
そして肩から手を離したエアハルトに対して、ユグナリスは改めて感謝を伝えた。
「……ありがとうございます。エアハルト殿」
「なんだ?」
「貴方が居なかったら、俺はここまで辿り着けなかったし、冷静にもなれなかった。スネイク殿との戦いでは、命の危機も救われている。貴方には、感謝をし切れない……」
「止めろ」
「!」
真剣に感謝を伝えているユグナリスに対して、エアハルトは憎々しい声でそうした言葉を漏らす。
それに僅かな驚きを見せるユグナリスに、エアハルトは強い口調で返した。
「俺は俺の目的を果たす為に、貴様を利用しているだけだ」
「えっ」
「奴隷などという忌まわしい立場を脱し、俺が気に入らぬ相手を倒す。そして俺に侮辱を与えた、ケイティルとエリクという男を倒す。それ以外に、何の興味も無い」
「あ、あの……」
「俺に二度と、感謝など伝えるな。……反吐が出る」
「す、すいません……。……あっ、待って!」
敵意と憎悪を剥き出しにしたエアハルトに言葉と視線を受けて、ユグナリスは動揺を浮かべながら謝罪する。
そして怒気を含んだまま振り返ったエアハルトは、その場から走り出しながら嗅ぎ取れる魔力の追跡に戻った。
それを後ろから追うユグナリスは、背中越しにエアハルトを見る。
エアハルト自身の怒気とは裏腹に、その背中には僅かに哀愁が漂っているのをユグナリスは感じていた。
ここまでエアハルトと接したユグナリスは、彼が目に見える直情的な態度とは裏腹に、思慮深く冷静な部分があるのを察している。
恐らく自分よりも過酷な環境で生き延び、そして厳しい現実と対峙し続けたエアハルトは、誰もが思うより他人の行動や気持ちを理解できているのではないかと考えていた。
しかしある程度の距離まで他者が踏み込むと、それを拒むような態度でエアハルトは接する。
それが他者に対する不信感や猜疑心から来る拒絶なのか、それとも自分自身の内面を知られたくないという反発からなのかは、この時のユグナリスには分からなかった。
そんな二人は大河にも見える死体の行軍を避けながら、その流れに逆らうように北上を続ける。
常人が視認できる程度の距離まで近付かない限り、死体は襲って来る様子は無い。
しかし明らかに何者かの誘導によって足を進めている死体の数は、大河を遡る毎に増しているように見えた。
「――……いったい、どれだけの数が……。……もしかして、この方角は……」
「なんだ?」
「いえ、えっと。……もしかして、あの死体は。共和王国の方角から来てるんじゃないかなと……」
「共和王国? ああ、あの国か」
「そういえば、エアハルト殿は共和王国の使者に紛れて来たんですよね。行った事もあるんですか?」
「無い。俺は女狐に連れられて来られて、この帝国で奴等と合流しただけだ」
「そうなんですか」
「……そういえば、位置的にこの辺りか」
「え?」
「俺が使者と合流した場所だ。何か大きなモノを建てようとしている所だったはずだ」
「……それって、もしかして……同盟都市?」
「なんだ、それは?」
「ああ、知らないんですよね。……元々、帝国と共和王国は同盟関係を結んでいて。互いの国が交流できる都市を、国境沿いに建設していたんです。それで――……あっ!!」
「!」
走りながらそう話していたユグナリスは、突如として目を見開きながら立ち止まる。
その驚きを漏らす声を聞いたエアハルトも足を止め、振り返りながら聞いた。
「どうした。何かあったか?」
「……いえ、あるんです。ここに向かう先に……」
「?」
「同盟都市の建設予定地! 実際に言った事は無いんですが、地図で見たことはあるので。……エアハルト殿、魔力の匂いは?」
「……まだ流れている。この先からな」
「だったら、間違いないかも。……もしこの先に、アルトリアやリエスティアががいるとして。二人を捕まえながら、これだけの死体を集めて、帝都に向かわせている中継地点があるはずです。もしかしたら、そこが……」
「……なるほど。その、同盟都市とやらか」
「ええ。あの閃光事件が起こるまで、建設は続いていました。セルジアス兄上の話だと、ウォーリスが居た共和王国も建設に参加していたはずです。だから……」
「攫った女達を捕らえられる施設も、作っているかもしれない。それが言いたいのか?」
「そうです!」
そうした話を行うユグナリスは、リエスティア達が囚われ死体の行軍が纏められている場所が建設予定だった同盟都市であると推察する。
それを聞いていたエアハルトは納得こそしながらも、訝し気な視線で問い質した。
「それで、貴様は何が言いたい?」
「えっと。エアハルト殿は、この紙札を使えますか?」
「……女狐に渡された紙札か」
「ええ。これを使ってクビア殿に交信できれば、各国から来る増援も同盟都市に向かえるんじゃないかなと!」
「……貴様、阿保か」
「えっ」
「人間共の増援があったところで、あんな数の死体共が押し寄せているんだぞ。ここまで来る余裕があるものか」
「そ、それは……そうですね」
「第一、俺は紙札に魔力を注ぐ訓練や修練はしていない。魔人でそんな事をするのは、女狐の妖狐族くらいだ」
「そ、そうだったんですね……」
「チッ。……それこそ、貴様等が使う魔法の領分だろうが。使うならお前が使え」
「いや、俺も……魔法で炎は出したり、自分の身体を治癒させたりは出来ますけど。魔力そのものを物質に宿らせるというのは……やったことが……。魔道具だったら、術式や仕掛けを使えるんですけど……」
「つまり、俺達から女狐に何かを伝える事は出来ん。そういうことだ」
「あっ」
エアハルトはそう言いながら振り向き、再び足を走らせる。
それを追いながら脚絆の穴に紙札を入れたユグナリスは、神妙な面持ちを浮かべながら呟いた。
「……でもアルトリアは、紙札に魔力を注げて交信できる。……俺達が使ってる魔法と、アルトリアが使ってる魔法は、何か違うのか? ……それとも、俺が――……」
ユグナリスは考え込みながら、自分とアルトリアの扱う魔法は根本的に何かが違う事に気付く。
その理由について考え、アルトリアが特別な才能があるからなのか、自身が魔法の理解や扱いが劣っているだけなのかと思った。
しかし魔道具や触媒を必要としないアルトリアの魔法を思い出した時、ユグナリスは再び目を見開いて立ち止まる。
それに気付いたエアハルトは嫌悪に満ちた表情を見せながら立ち止まり、振り返りながら怒鳴った。
「今度はなんだっ!?」
「……そうか。だからログウェルは、初めから俺に……」
「?」
「もしかしたら、俺にも紙札が使えるかも! その、試してもいいですかっ!?」
「……チッ、一分だけ待ってやる。さっさとしろ」
「はい!」
舌打ちするエアハルトは、悪態を漏らしながらもユグナリスの試みを待つ。
それに応えるユグナリスは、再び取り出した紙札を両手に挟む形で持ちながら、呼吸を整えて肉体に治癒魔法を施し始めた。
すると口元を微笑ませたユグナリスは、ログウェルとの修練を思い出しながら言葉を零す。
「ログウェルが最初に教えてくれたのは、剣術でも戦い方でもありません。……治癒魔法なんです」
「……何を言っている?」
「無意識に使っていたから、すっかり忘れていたけど……。俺も治癒魔法や剣に纏わせる炎だけなら、触媒や術式も無くそのまま使えます。アルトリアと同じように」
「!」
「火の魔法だと、紙札が燃えてしまうけど。でも、治癒魔法の魔力なら……。そしてこの魔力を、剣と同じように纏わせれば……!」
「……!!」
紙札を両手で合わせ挟むユグナリスは、自身の体内に流れる治癒魔法の魔力を紙札に注ぎ込む。
それが意図も容易く成功すると、紙札に刻まれた紋様が仄かな光を放ち始めた。
すると次の瞬間、ユグナリスの脳裏に聞き覚えがある女性の声が響く。
『――……あらぁ、誰が使ってるのぉ?』
「繋がったっ!!」
「!」
聞こえる女性の声がクビアである事に気付いたユグナリスは、喜びを見せながら短くも大きな声を出す。
それに驚くエアハルトと同時に、脳裏に響くクビアの声が怒鳴り始めた。
『ちょっとぉ、うるさいわよぉ!』
「す、すいません」
『……その声ってぇ、もしかして帝国の皇子様ぁ? なんで紙札を使えてるのよぉ』
「お、俺も使えるようになったんです! クビア殿は、今どちらに? 救援はどうなっていますか?」
『……』
「……クビア殿、聞こえてますか?」
『……そっちの用事を言う前に、こっちも言っておくわねぇ。……フォウル国の戦士達がぁ、今から帝都に行くと思うわぁ』
「そ、そうなんですか! それは良かった」
『でもぉ、これは貴方にとっては悪い知らせねぇ』
「え? なんで……」
『フォウル国の巫女姫様がぁ、命令を出したのぉ。――……貴方の大事な女性とぉ、あの御嬢様を殺すようにねぇ』
「……え、えっ!?」
『だからぁ、もしフォウル国の戦士達が来てもぉ、味方だと思っちゃ駄目よぉ。……貴方にとってはぁ、彼等は敵でしょうからねぇ』
「……!!」
紙札を通じてクビアはそうした情報を伝え、ユグナリスは表情を強張らせながら口を閉じる。
それを見るエアハルトはユグナリスに近付き、肩を掴みながら紙札の念話で伝えられた情報を共有した。
こうしてウォーリス達の拠点が建設予定だった同盟都市である事を推測したユグナリス達だったが、思わぬ形で望まぬ情報が手に入ってしまう。
それは望んでいた救援を送るフォウル国の戦士達が、自分の最愛の女性と幼馴染に来るという、歓喜とは真逆に憤怒すら湧き上がる情報だった。
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