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革命編 五章:決戦の大地
誰が為の戦い
しおりを挟む死霊術によって甦り合成魔人化したバンデラスにより、狼獣族エアハルトは瀕死の重傷を負う。
そして気を失ったエアハルトは、死の淵に眠りながら過去の記憶を再び夢として視ていた。
過去の夢でエアハルトと対面するのは、痩せ細り寝台から動けないレミディア。
彼女は自分の生んだ子供の為、そして愛する者達が暮らすマシラ共和国を保つために、自ら毒を飲み死を迎える事を許容していた。
そんなレミディアに対して、エアハルトは苛立ちの視線を向ける。
彼女の意思と思考を理解できないエアハルトは、その意思を拒絶という形で口にした。
『……貴様の言っていることも、やっている事も、何一つとして理解できん』
『……』
『何故、自分の命を絶ってまでそんな事をする必要がある? ……貴様は、本当に人間か?』
『……どういう、意味ですか?』
『俺の知る人間とは、身勝手な連中ばかりだ。自分の事だけを考え、自分の利益になる事しか求めず、自分とは異なる存在を排除したがる。……そんな人間のお前が、自分の事よりも他者の事を考え、死を選ぼうとしている。それが理解できんし、気に喰わん』
エアハルトは人間に対する感情を率直な言葉として示し、レミディアの行動を否定する。
それを聞いていたレミディアは微笑みを浮かべ、エアハルトの疑問に答えた。
『確かに、人間はそういうところがあります。……でも、そうじゃない人間もいる。それが私というだけです』
『……自分が特別だと、そう言っているのか?』
『いいえ。……人間は時に、身近な人を思い行動する事があります。それが良い事でも悪い事でも、実行してしまうことがあるんです』
『!』
『もしその行動が、身近な者達に良い影響を及ぼすのなら。そして逆に、関わりの無い者達に悪い影響を及ぼすのなら。……それを実行してしまう人がいる。それが、私のような人間なんです』
『……ッ』
『私は、私の愛する者達が幸せに暮らせる環境を守れるのなら、この身を引き換えにどんな悪事でも行います。……私は昔から、そういう生き方しか出来ないんです』
『なんだ、それは……』
『……家族と離れ離れになり、心細い妹が泣きながら甘い果実を求める寝姿を見た時。私は妹の涙が引くのならと、果実を盗む決意をしました。それが悪い事だと、理解していても』
『!』
『私は大切な家族の為ならば、どんな悪事でも行います。それが例え、己の身を亡ぼすことになったとしても。……それが、私という犯罪者なのです』
そう述べるレミディアの瞳には、痩せ細った姿とは裏腹に衰えぬ決意の意思が映し出される。
そんな瞳と決意を見せられるエアハルトは、やはり理解し難い様子で表情を強張らせ、レミディアの傍に近寄りながら左腕を伸ばした。
そしてレミディアの痩せ細った左腕を左手で掴み、エアハルトは怒鳴るように言い放つ。
『王宮を出ろ!』
『……え?』
『貴様の本性は分かった。……貴様もやはり、俺が嫌う身勝手な人間の一人だっ!!』
『……』
『他人の為などという偽善を言い訳に、貴様は自分勝手なことをしようとしている。……例え貴様が死んだとしても、人間共が貴様の交渉に守るなどという保証はどこにもないっ!!』
『……ッ』
『そんな無意味な交渉の為に命を落として、何の意味がある? ……あの王とゴズヴァールに事の経緯を全てを伝え、貴様は貴様の子供と王宮から離れればいい。元御主人だった老婆のところに回復するまで身を潜め、回復したらこんな国など出ればいいっ!!』
『……それは……』
『貴様が望めば、そういう悪事だって出来るんだっ!! ……何故貴様は、それを考えない? いや、実行しようとしないっ!?』
折れそうなレミディアの細腕を加減しながら掴むエアハルトは、そう言いながら怒鳴る。
それを聞いていたレミディアは、激怒するエアハルトの顔を見上げながら薄らと涙を浮かべた。
それが何の涙だったのかは、本人以外に知り様がない。
それでもレミディアが出した答えは、変わらぬ未来へ進んでいた。
『……もう、手遅れです』
『!!』
『私はもう、あの子を抱き抱える事も出来ない……。……飲み続けた毒は、もう引き返せないところまで私の身体を蝕んでいます』
『……ッ』
『今の私があの子と逃げても、長く居られない。……それならせめて、あの子が安全に暮らしていける環境を与える。……それがあの子に出来る、母親としての最後の役目です』
『……!!』
レミディアは浮かべた涙を右手で拭い、寂し気な微笑みを浮かべて答える。
そして掴まれた細い左腕に僅かな力を込めると、軽く握っていたエアハルトの左手を払った。
そうして拒絶されたエアハルトは、レミディアと自身の母親が最後に見せた光景を重ねる。
自分の存在を拒絶し自殺した母親と、自分の意思を拒絶したレミディアの姿が重なり、エアハルトは歯を食い縛りながら怒りを浮かばせる表情のまま背を向けた。
『俺は、やはり貴様が嫌いだ。……貴様のような身勝手な人間が、特に嫌いだっ!!』
『……エアハルト……』
『死ぬなら、勝手に死ねばいい。……その後にどうなろうと、俺は知らん』
憎々しい声を向けながらそう言い放つエアハルトは、二度とレミディアに顔を向けず、背中だけを見せながら部屋から出て行く。
そしてレミディアの居る離宮から離れた後、再び庭園に戻って来たエアハルトは、レミディアと初めて出会った木陰に立つ木々を自身の爪で両断しながら切断した。
『――……ウォオオオオオオンッ!!』
倒れた木は虚しく横に倒れ、荒々しく吐き出すようにエアハルトの咆哮が上げられる。
様々な感情を乗せた咆哮は、初めてエアハルト自身の瞳に涙を流させた。
この出来事から四ヶ月後、レミディアが死んだ事が王宮内に伝わる。
死亡した原因は出産後の衰弱に因るものであると云われ、彼女を愛していたマシラ王ウルクルスは連日のように嘆きながら悲しむ日々を送っていた
ゴズヴァールもまた彼女の死を衰弱に因るものだと信じ、変わらぬ様子でマシラ一族の守護を続ける。
しかし彼女の死によって失意するウルクルスは、死の要因でもある子供アレクサンデルに対して父親としての愛情を向けられず、立ち直れない様子を見せる。
それから他の女性に対して一切の興味を示さないウルクルスによって、元老院は身内を正妃として娶らせるという思惑を果たす事は出来なくなった。
レミディアの真意や事の経緯を全てを知るエアハルトだったが、それ等の出来事とは関わりを持たぬ位置に居続ける。
そして煮え切らぬ感情を抱えたままマシラ共和国と闘士部隊に居続け、誰よりも心に空いた穴を広げながら人間に対する憎悪を孤独の中で深めていった。
そうして時間が流れ、マシラ共和国で大きな異変が起こる。
四歳になった王子アレクサンデルが失踪し、王宮から姿を消すという事件が発生した。
ゴズヴァールを筆頭に王子の捜索に入った闘士部隊だったが、更にマシラ王ウルクルスも意識を失い倒れるという事態に陥る。
この事態に関して、エアハルトは優れた嗅覚によって真っ先に異変の正体に気付く。
王と王子の部屋に残された元四席クビアの紙札と魔力の匂い、そして突如として倒れたマシラ王と第五席テクラノスの関与。
更に突如として倒れたマシラ王ウルクルスと首都内部に微かに漂う王子の匂いは、エアハルトにその解決策を導き出すのに十分な要素となっていた。
しかしこの件に関して、エアハルトは自分の意思によって事態を放置する。
それはレミディアに対して向けた最後の言葉を実行しただけであり、彼女が死んだ事で招かれた事態である事を察していたからだった。
『……これが、貴様の選んだ結果だ』
暗雲する共和国内部の事態を、エアハルトは死んだレミディアに対して告げる。
それでも怪しまれない程度に闘士部隊の捜索活動に参加し、王子の行方を探るフリをしながら事態を静観していた。
しかし不幸にも、彼は事態を解決できる者達を発見してしまう。
彼等は行方不明だった王子と共に行動し、挙句に王宮内にてゴズヴァールと死闘を繰り広げ、更には戻って来たレミディアの妹ケイルも参戦し、マシラ王を目覚めさせる事で事態を解決に至らしめた。
その事態の中で素顔を晒したケイルの姿を、エアハルトはレミディアと重ねる。
更に自身を侮り挑発する彼女の言動は、エアハルトの抱え続けた憎悪に火を焚き付けた。
『……何も知らず、姉と同じように何もしなかった妹が……。……今更になって……ッ!!』
レミディアに向けていた憎悪を妹であるケイルに向けたエアハルトは、彼女の同行者達に恨みを持つ闘士部隊達を唆す。
更に事態に関わっていたテクラノスを解放すると、共和国から立ち去ろうとする彼女達を襲撃し、自らの憎悪を吐き出すように嬲り襲った。
しかしエアハルトの復讐は、エリクの放つ魔力斬撃によって両断される。
その代償として左腕を失ったエアハルトは再び燻るような憎悪を抱えたままクビアに拾われ、ケイルとエリクに対する再戦と復讐を己に誓った。
『――……俺は……。……何も知らず、何もしなかったあの女の妹と、俺を侮辱したあの男と決着をつけるまでは……。……俺は、負けられん……ッ!!』
死の淵に沈むエアハルトは過去の記憶から醒め、暗い空間の中で藻搔きながらそう叫ぶ。
そして自らの敗北と死を拒絶すると、強張らせた表情で瞳を見開いた。
それは現実の姿と連動し、気を失っていたエアハルトの意識を覚醒させる。
更に彼の眼前には、自身の顔を踏み付けようとする合成魔人の三本指の足が迫っていた。
「――……グゥッ!!」
「!」
凄まじい勢いで迫るバンデラスの足裏に対して、エアハルトは力を振り絞りながら右側に転がる。
そして踏み付け損ねたバンデラスの足は、石畳の地面を砕く程の威力を見せた。
しかし狙っていた顔は踏めず、バンデラスは睨みを向けながらエアハルトを見る。
胸の肋骨をほぼ砕かれ、心臓を始めとした内臓器官に大きな損傷を受けたエアハルトだったが、血を吐き出しながら意思の力で起き上がっていた。
「ガハ……ッ。……ハァ……ッ!!」
「……おいおい、まだ起きるのかよ。いい加減に死んどけや、犬っころ」
瀕死の状況ながらも起き上がるエアハルトに対して、バンデラスは嫌気が差すような表情でそう告げる。
しかしエアハルトは倒れそうな身体を立たせたまま、血と混じる声を吐き出した。
「ゴハ……ッ。……俺は、貴様などに……負けん……ッ!!」
「あ?」
「あの女に……人間などに負けて、化物に成り下がった魔人の恥晒しに……負けてなどやるものか……ッ!!」
「……テメェ……ッ!!」
血を吐き出しながらも不敵な笑みを見せてそう言い放つエアハルトに、バンデラスを怒らせながら更に魔力と殺意を高める。
それでも瀕死の身体ながらも強い意志を感じさせるエアハルトの瞳は、放たれるバンデラスの圧に屈することなく身体を立たせ続けた。
しかし意思によって辛うじて立つ事が出来ているエアハルトには、それ以上の事はもう出来ない。
そんなエアハルトに再び迫るように走るバンデラスは、トドメの一撃として右拳を放った。
「死んどけやぁあッ!!」
「……ッ!!」
顔面に迫るバンデラスの右拳を、エアハルトは回避できない。
激情に任せたバンデラスの右拳は、次で確実にエアハルトを殺すべく手加減など無い圧力を見せていた。
その時、バンデラスの左側から何かが迫る。
完全にエアハルトに意識を向けていたバンデラスはそれに気付かないまま、右拳が直撃する寸前に左顔面に衝撃を受けた。
「ガ……ニィ……ッ!?」
「!?」
衝撃を受けながら吹き飛ばされたバンデラスは、そのまま右側にある建物を突き抜けながら吹き飛ばされる。
そしてエアハルトの前に現れたその人物はとてつもない生命力を放ちながら、その姿をエアハルトの瞳に捉えさせた。
「……貴様は……」
「――……大丈夫ですか、エアハルト殿っ!?」
その場に現れたのは、暗闇の中で赤髪を輝かせた帝国皇子ユグナリス。
元特級傭兵ドルフとの戦いを終えたユグナリスは、そのままリエアハルトと合流する為に動いていた。
そして自分以上の重傷を負いながら敵と対峙するエアハルトを発見すると、ユグナリスは跳び込むように加勢に入る。
しかしそれに対してエアハルトは感謝など伝えず、ただ憎々しい声と不遜な態度でこう言い放った。
「……余計なことを……するなっ!!」
「えっ。す、すいません。……でも、その怪我では……」
「貴様に助けられるくらいなら……死んでいた方が、マシだ……ッ!!」
一度は突き放したはずのユグナリスに救われてしまった状況に、エアハルトは自身の矜持を傷付けられる。
それに対して言い放った言葉を聞いたユグナリスは、強張らせた表情に僅かな怒気を含ませて怒鳴った。
「助けられた程度で死ぬなんて、何を言ってるんですかっ!!」
「!?」
「人間はいつだって、色んな人達と助け合いながら生きてるんですっ!! 身近な人は勿論、顔も知らない人達からも助けられてるんですよっ!!」
「……何を、言って……」
「魔人の世界ではどうかは知りませんけど、俺が知ってる人間の世界っていうのは、そうやって出来ているんですっ!! ……だから俺は、貴方を助けます。貴方が俺を、助けたように」
「……!?」
「あの時の会場でも、スネイク殿と戦った時も、そして同盟都市に来た時も。貴方は俺を何度も助けて、共に戦ってくれた。……だったら俺も、貴方を助けて共に戦います。絶対に、見捨てたりなんかしないっ!!」
「――……この野郎ォオオッ!!」
「!」
「!!」
そう言い放つユグナリスに対して、エアハルトは唖然とした表情を浮かべる。
そしてその言葉に反論する暇も無く、吹き飛ばされたバンデラスが瓦礫に埋もれた建物を破壊しながら姿を見せた。
左顔面を蹴り飛ばされ青い血を口から流すバンデラスは、その怒りを最高潮にまで高めている。
そしてその場に現れているユグナリスの姿を目にすると、感情のまま怒りを剥き出しにした。
「テメェかぁ……ッ!! テメェも一緒に、殺してやるよぉおおおおッ!!」
「ッ!!」
バンデラスは凄まじい魔力と生命力を同時に身体中から放ち、大気を震わせながら殺意を叫ぶ。
そして地面を破壊しながら迫るバンデラスは、両拳を向けながらユグナリスとエアハルトに襲い掛かった。
それを迎撃しエアハルトを助ける為に、ユグナリスは自らバンデラスに飛び込む。
こうして瀕死のエアハルトに代わり参戦したユグナリスは、殺意に満ちた狂気の怪物に挑むのだった。
応援ありがとうございます!
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