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革命編 五章:決戦の大地
拭えぬ後味
しおりを挟む悪魔騎士ザルツヘルムの介入により、『悪魔の種』を強制的に与えられたバンデラスは悪魔化してしまう。
合成魔人の身体能力に加わり悪魔となって強大な力を得たバンデラスだったが、その理性は狂気と憎悪の泥に飲まれたことで自らの死を望んだ。
それを叶える為に精神武装に加えて新技の生命武装を使ったマギルスは、全力でバンデラスの首を刈り取る。
しかし悪魔となり不死身に近い状況に陥ってしまったバンデラスを死なせるには至らず、消耗したマギルスに追い撃ちを駆けるように飛翔しながら襲い掛かった。
再び上空で接戦を繰り広げる二人を見上げる狼獣族エアハルトは、癒しきれない肉体の治癒で十分に動けない状態が続けている。
しかし何かに気付くように上空から視線を逸らすと、周囲を見回しながら苦々しい声を漏らした。
「――……ザルツヘルム、奴の姿が無い。……匂いが……。……クソ……ッ!!」
先程まで存在したザルツヘルムの姿とその場から消えているのに気付き、エアハルトは詰まらせている鼻頭を押しながら血を吹き出す。
そして嗅覚を取り戻しながら鼻で匂いを捜索すると、ある方角を見ながら強張らせた表情を浮かべて痛みが癒えない身体を起こした。
一方その頃、悪魔化する前のバンデラスと対峙し吹き飛ばされた帝国皇子ユグナリスは、上空で戦う二人の衝撃で崩れた瓦礫の中から姿を見せる。
しかしユグナリスの状態は意識が無く、瓦礫に埋もれたまま指一つとして動けぬ状況にあった。
そんなユグナリスが倒れる目の前に、一つの影が隆起するように出現する。
影から姿を現したのは、悪魔騎士ザルツヘルムだった。
「――……息をしていない。首の骨が折れているようだな」
ザルツヘルムはそう呟きながらユグナリスの状況を近寄らぬまま確認し、呼吸すらも行えていない事を察する。
しかし胸部分を凝視しながら聴覚である音を聞くと、右手に瘴気の剣を形成させた。
「だが心臓は、微かに動いている。……今度こそ死んでもらおう。ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュ――……ッ!!」
ザルツヘルムは確実にユグナリスを殺害する為に、瘴気の剣でトドメの一撃を突こうとする。
しかし次の瞬間、それを阻むような一筋の雷撃がザルツヘルムを襲った。
それを即座に察知し瘴気の剣で迎撃するザルツヘルムは、雷撃を剣に纏わせながら瘴気を焦がすような雷撃を周辺に打ち払う。
そして雷撃が放たれた位置に身体の正面を向けながら、息を乱し血を吐き出しながら立っている人狼姿のエアハルトを確認した。
ザルツヘルムは満身創痍のエアハルトに細めた視線を向けると、然も不思議そうに声を向ける。
「既に瀕死のはずだが、まだ動けたようだな。流石は魔人と言ったところか」
「……ッ」
「だからこそ、解せないな。……人間を嫌う魔人が、どうしてそこまで人間を守ろうとする?」
「……勘違いをするな……。……俺は、人間を守ったんじゃない……」
「ほう?」
「貴様が俺を無視して、人間を殺そうとした。……貴様が人間よりも、俺を侮っている。それが許せないだけだ……!!」
エアハルトは自身の解釈としてザルツヘルムの行動に激怒し、自分に向けた侮辱を許さぬようにゆっくりと足を進める。
それを聞いたザルツヘルムは相手の言い分に多少の理解を示しながらも、自身がそう判断し行動した理由を伝えた。
「なるほど、私の行動は君に対する侮辱と捉われてしまったのか。……だが私としては、瀕死の君よりも帝国皇子を生かしたままの方が厄介だと判断した。だからこそ優先順位を決めたまでだ」
「なに……っ!!」
「この短期間で覚醒しつつある帝国皇子の能力は、悪魔にとって脅威となる。……これは君に対する不当な侮辱ではない。帝国皇子に対する正当な評価から来る行動だ」
「……それが、気に喰わないと言っているッ!!」
ザルツヘルムの言葉に憤怒を高めたエアハルトは、傷付いた肉体のまま電撃を纏って金色の毛並に変化する。
それを見て小さな溜息を漏らすザルツヘルムは、身構えもしないまま瘴気の剣を右手に下げた姿勢で相対した。
そしてエアハルトは肉体に掛かる負荷と傷みに堪えながら、雷光を放ってその場から消える。
次の瞬間にはザルツヘルムの前まで迫ったエアハルトは、電撃を纏わせた右脚の足刀を放った。
ザルツヘルムはその脚撃を辛うじて回避しながらも、そのまま右足を軸に左脚を放つエアハルトの連撃に襲われる。
それを回避しながら飛び退くザルツヘルムは、反撃するようにエアハルトを瘴気の剣で突く動きを見せた。
「ウッ……グゥ!!」
エアハルトは胸部を中心に凄まじい痛みで意識が飛びそうになりながらも、ザルツヘルムの浴びせる剣の乱れ突きを大きく回避する。
しかし離れて着地する反動でも痛む声を漏らしながら血を吐き出すエアハルトに、ザルツヘルムは再び話を向けた。
「無理をして動くだけでも、君は死ぬぞ」
「……ッ」
「君も不思議な魔人だ。人間への憎悪は本物であるにも関わらず、その意思に反するような行動を取る。……私から帝国皇子を守るその立ち位置も、偶然には思えないな」
敢えてそうした物言いを向けるザルツヘルムは、変化した自分達と倒れたままのユグナリスの位置関係を察する。
先程の攻防でザルツヘルムをその場から引き離したエアハルトは、まるで自分の身を呈し後方に倒れるユグナリスを守っているかのように見えたのだ。
その言葉はエアハルトの口から血を漏らさせながらも、唸るような声を引き出させる。
「グルル……ッ!!」
「やはり解せないな。……君の行動は、まるで主を身を呈して守る忠義者の行動だ」
「……!!」
「私もまた、忠義の為に生きた男だ。死すら恐れぬ君の覚悟からは、忠義に似た思考を感じる。……人間を嫌っていた魔人の君が、何故それ程までに帝国皇子に魅入られたのか。その点については、少し興味がある」
忠義を重んじるザルツヘルムは、それ故にエアハルトにそう思わせるだけの理由を敢えて問い掛ける。
それに対してエアハルトは息を乱したまま唾液に混じる血を口から零し、それさえ拭えぬ身体でも鋭い視線を向けながら口を開いた。
「……俺は、一人の女を見殺しにした」
「!」
「俺が何かすれば、救えたかもしれない女だ。……だが俺は、何もせずに自分で死に向かうその女を、ただ見殺しにした」
「……」
「あの女は、それで満足して死んだのだろう。だが俺には、後味の悪さばかりが残った。――……俺はその女も、この皇子も、度し難い程に嫌悪している。だが、あの後味の悪い感覚をまた目の前で見せられるのは、それ以上に我慢ならん……っ!!」
エアハルトはそう言いながら、その思考にレミディアの姿を思い出す。
彼女の死について今まで何かを抱え続けていたエアハルトは初めてそれを他者の前で言語化し、そうした言葉を自分に言い聞かせた。
それは無意識にユグナリスを守りながら戦う理由だと、エアハルトは自分自身の思考で辿り着く。
そうした返答を聞いたザルツヘルムは、少し思考してから口を開いた。
「……なるほど。仮に帝国皇子に対する忠義に目覚めたというなら信じ難い話だったが。そういう事情であれば、話は簡単だ。――……かつての私も、君と同じ罪を犯した」
「!」
「忠義を向ける主君の悲哀を少しでも癒せるのならばと、私は様々な悪事に手を染めることを厭わなかった。だが根底となる苦しみを癒す事も出来ず、ただ主君が堕ちていく姿を見守る事しか出来ない。……その末に主君は死に、私は忠義のみによってこの世に留まっている」
「……ッ」
「御互いに似た経験をしながらも、立場はこうして大きく異なるものだな。……だからこそ貴様を縛り付ける生の楔を解く為に、私が引導を渡すとしよう。魔人エアハルト、同じ罪を背負う者よ」
「……貴様と、一緒にするなッ!!」
瘴気の剣を構えながら改めて対峙するザルツヘルムに、エアハルトは苦痛すら超える憤怒で滾らせながら身体中に電撃を纏わせる。
そうして真逆の立場に居ながらも似た経験を持つザルツヘルムとエアハルトは、互いに決着をつける為に衝突を始めた。
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