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革命編 五章:決戦の大地
再び希望は空へ
しおりを挟む真の『聖人』へ覚醒に至った帝国皇子ユグナリスは、圧倒的な能力によって悪魔騎士ザルツヘルムを圧倒する。
そこに乱入したバンデラスによってトドメを阻まれながらも、ユグナリスは『生命の火』によって『悪魔の種』と瘴気だけを燃やし尽くした。
そしてマギルスに首を刈り取られたザルツヘルムは、ようやく正常な死を迎えるに至る。
しかしザルツヘルムを逃すという事態は、リエスティアが死んだという情報を聞かされたユグナリスに荒々しい感情を浮き彫りにさせた。
更に事態は、次の段階である同盟都市の浮遊にまで至ろうとしている。
そうした状況になった頃、同盟都市付近まで赴いていたエリクも強い揺れを感じ取る。
押し寄せる合成魔獣や死体を相手に強行突破していたエリクは、黒い塔が在る方角を見ながら表情を強張らせた。
「――……まさか、未来の魔導国と同じように飛ぶ気か……ッ!!」
マギルスと同様に未来の出来事を知るエリクは、黒い塔の生える同盟都市が浮遊する可能性に至る。
しかし迫る合成魔獣達を気力斬撃で薙ぎ払いながら殲滅しているエリクは、まだ同盟都市に辿り着けていない状況だった。
地面を覆う程に犇めく敵勢力を無視する事は出来ず、ドワーフの魔装具で空を飛ぶにしても上空にも合成魔獣達が待ち構えている。
着実に一歩ずつしか進めないエリクは焦りを浮かべ、同盟都市への進行を速めた。
一方その頃 地盤ごと引き抜かれるような同盟都市の浮遊現象は、ガルミッシュ帝国の帝都にも突如として発生する地面の振動で伝わる。
フォウル国の救援によって押し寄せる死体達の押し戻していた帝都は、新たに起こる異変によって生存者達に困惑と動揺を広めていた。
「――……じ、地面が……!」
「今度は何なの……!?」
「た、建物が崩れる……!!」
「建物から離れろっ!! 落下物の無い、広い場所に全員で移動するんだっ!!」
凄まじい揺れが起きる帝都の貴族街では、民が動揺を広げながら再び恐怖に飲まれようとする。
それでも冷静さを保つ者達によって、落下物の危険がある室内や崩れそうな建物から避難が促され、全員が室内から外に避難を始めた。
また前回の襲撃によって各所が崩壊している帝城でも、損壊している城全体が軋みを上げる音が響く。
その帝城の中で亡くなった帝国皇帝ゴルディオスの遺体が収められた棺の傍には、孫であるシエスティナをしっかりと抱えた皇后クレアが寄り添っていた。
「――……皇后様、急ぎ避難を!」
「ここは危のうございますっ!!」
「シエスティナ様と共に、こちらへっ!!」
棺の傍に座るクレアに対して、護衛の騎士達は焦りを浮かべながら避難を促す。
天井から微細な瓦礫が僅かに降り注ぎ、壁に立て掛けられている照明や装飾品が大きく揺れながら落下する状況は、帝城が安全ではない事を十分に示していた。
「……しかし……」
この状況ながらも、最愛の夫の遺体を置いて逃げるのをクレアは渋るような表情で示す。
それを察した騎士達は、幾人かでゴルディオスの棺を抱えてクレアと共に逃げるよう提案した。
「陛下の御遺体は、我々が運びます故!」
「クレア様、御急ぎをっ!!」
「……分かりました。――……ユグナリス、リエスティアさん。どうかこの子の為にも、無事に戻ってきて……っ」
騎士達の真摯な行動によって避難を決意したクレアは、シエスティナを自ら抱えて外への避難を受け入れる。
そして眠るシエスティナを優しくも力強く抱き締めながら、その両親が無事である事を祈った。
更に強い揺れが継続する最中、押し寄せる死体達の対する迎撃の指揮をしていた帝国宰相セルジアスもまた、動揺を隠せぬ程に表情を強張らせている。
その傍には飛竜と共に樹海の女勇士パールが周囲を見渡しながら、この事態に訝し気な声を漏らしていた。
「――……また、大地が揺れているぞ……!」
「これは……以前の地震とは違う。衝撃が無いということは、誰かが自爆したわけではないのか……!?」
セルジアスやパールは、この地震がどのような影響で起きているかを把握できない。
その可能性として『黄』のミネルヴァが自爆した際の衝撃と揺れである事を脳裏に掠めたセルジアスだったが、その時とは異なる状況に困惑を浮かべた。
するとパールは、そんなセルジアスに怒鳴るような声で問い掛ける。
「どうすればいいっ!?」
「……パール殿は、飛竜に乗って周辺で異変が起きていないか確認を! 私は避難の指揮に!」
「分かった!」
パールの問い掛けでこの異変で自分がやるべき事を見出したセルジアスは、改めてその行動を起こす。
周囲の兵士や騎士達に建物からの避難指示を送り、この地震で被害を拡大させないように宰相としての務めを果たした。
パールも飛竜に再び騎乗し、押し寄せる死体以外に新たな異変が帝都周辺で起きていないかを上空から探った。
更に救援に来ているフォウル国側でも、押し寄せる死体達の相手をしながら地震の揺れに対応した動きを見せる。
そして十二支達を束ねる各干支衆は、それぞれにこの事態への声を漏らした。
「――……始まったか!」
「巫女姫様の言う通りになったね」
「……シン、タマモ。頼む」
『虎』のインドラと『兎』のハナ、そして『亥』ガイはそれぞれに言葉を零し、事態の推移に対して予測していたかのような声を見せる。
そして同じく救援の為に赴いていた妖狐族クビアは、扇子を広げながら崩れる内壁から逃げる者達を魔符術で補助しつつ、この事態に関してこう述べた。
「……上手くいくとぉ、良いんだけどねぇ……」
希望的な干支衆達とは対照的に一抹の不安を抱くクビアは、その後も兵士達の補助を続ける。
地震の影響で建物や壁などに亀裂や崩落などが幾つか発生しながらも、幸いながらセルジアス達や騎士達の指揮系統、そして魔人達の戦線維持力によって市民や兵士達の中から死者が出ていない。
逆に揺れる地面や建物の崩落に対処できていないのは、闇雲に押し寄せている死体達の方だった。
闇夜の夜空を飛んで周囲を索敵する飛竜に乗ったパールは、その光景を見下ろしている。
しかし次の瞬間、飛竜が突如として羽ばたきながらその上空に留まり、貴族街が在る上空に首と頭部を振り向けた。
「――……ガァ……!!」
「どうした。――……向こうに、何か居るのか?」
魔獣としての本能が飛竜に何かを気付かせ、パールもその察知した何かに視線を送る。
そして互いに思いを重ねるように何かが在る上空まで向かい、パールは飛竜に火炎弾を放たせた。
「何か居るなら、それを撃てっ!」
「ガァ。――……ガァアアアッ!!」
飛竜は何も無い上空に火炎弾を走らせ、何かに対して攻撃を行う。
パールは飛竜だけが感じ取る何かを暗闇の中でも目を凝らして見つめ、放たれた火炎弾がどうなるかを見届けた。
すると次の瞬間、放たれた火炎弾が何かに命中するかのように炎を散らせながら爆発する。
それを目撃したパールは驚愕しながらも、飛竜の勘が正しかった事を認識した。
「上空に、何かいるっ!?」
「ガァアッ!!」
「視えない敵……下の死体達は、囮役かっ!?」
パールは上空に見えない存在が居る事を察し、飛竜を旋回させながら着弾した火炎弾の位置を凝視する。
するとそこには結界らしき障壁が僅かに見え、視認できない何かが居る事を証明していた。
「もう一度だ!」
「ガァアアッ!!」
その視えない相手を敵と判断するパールは、飛竜に再び火炎弾を放たせようとする。
しかしその前に、パール達が見る夜空が揺らぐような光景が視界に入った。
そして何も無かった夜空に、ある巨大な物体が揺らぎの中から視えるように現れる。
パールと飛竜はそれを見ながら、息を呑みながら呟いた。
「な、なんだ……アレは……!?」
「……ガァ……」
パールと飛竜は互いに不可解な様子を表情に浮かべ、隠れるように上空に浮かんでいた何かに唖然とする。
突如として現れた何かの造形は幅百メートル以上から全長二百メートル以上を超え、高さは六十メートルを超えた巨大な物体。
飛竜の数十倍にも及ぶ存在が空を飛ぶ光景は、あのパールに精神的な衝撃を与えるのに十分な理由となった。
一方で地上に居るセルジアスや他の兵士達も、上空に突如として現れた物体に気付きながら驚愕を示す。
誰もが見た事がないその物体は、それぞれに新たな脅威が現れたことを認識させた。
「な、なんだ……アレ……!?」
「空に、変なのが……」
「いつの間にっ!?」
「……アレも、敵だというのか……ッ」
揺れに耐えながら上空を見る者達は、再び現れる異変に不安と怯懦の表情を漏らす。
流石のセルジアスも不安を拭い切れず、再び起きた異変を敵の仕業だと認識しながら苦々しい面持ちを浮かべた。
そうして上空に浮かぶ何かが緩やかに降下し続けている事に気付き、パールはそれを防ぐ為に飛竜に現れた異変を火炎弾で撃ち落とそうと試みる。
しかし次弾が放たれる前に、その異変から特大の声が響き渡った。
「貴族街に降りる気か……。もう一度、火炎弾を――……」
『――……おぉい! 撃つな撃つな!』
「!?」
『俺達は敵じゃねぇ。そのドラゴンっぽいの、もう撃つんじゃねぇぞ! 操縦してる魔導人形共が、敵と認識して迎撃しちまう!』
「な、なんだ……!?」
突如として異変から響き渡る男の言葉を聞き、パールは困惑の表情を浮かべる。
そして真下にも響くその声は、貴族街に居るセルジアス達にも困惑を広めた。
その男の声は、続けるようにこうした大声を響かせる。
『俺達は、帝国の救援を頼まれてな!』
「救援……!?」
『……ん? ……あっ、そっか。えっと、今の俺達って何だったっけな?』
『――……第一騎士団及び、皇王陛下直属の独立兵団ですよ。隊長』
『おお、そうだったそうだった。――……俺達は、ルクソード皇国で新設された独立兵団所属。皇王シルエスカ様の命令で独立兵団を率いてるのは、このグラド=フォン=アガードだ!』
「!?」
『まだ騎士爵になったばっかでな、言葉遣いが成ってないのは気にせんでくれ。――……この箱舟で、アンタ達を助けに来たぜ!』
「皇国からの救援……!?」
「……アレが、船だって言うのか……!?」
上空から降下して来る物体からグラドや名乗る男や僅かに他の男の声が響き、貴族街に居る者達やパールは唖然とした表情を強める。
そして改めて降りて来る巨大な物体が船だと言われ、一同は信じ難い様相を浮かべるしかなかった。
その船は、現代では誰も知らない『空』という大海を泳げる存在。
しかし別の未来においては人間大陸を救う為に作られ、『希望』を乗せて浮遊するホルツヴァーグ魔導国まで突入した機体。
その機体の名は、『箱舟』。
『黒』が主導し未来の同盟国で建造されたはずの『箱舟』が現代に蘇らせ、新たな希望を乗せてその勇姿を現すだった。
応援ありがとうございます!
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