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革命編 六章:創造神の権能
枷なき憎悪
しおりを挟む世界を支配し得る権能を手に入れる為に、ゲルガルドは『マナの樹』に創造神の『魂』と『器』を贄として与え、その時に抽出される『マナの実』を糧としようとする。
しかしウォーリスの反逆に遭い、『魂』に蓄積したの負の感情によって狂気と絶望に満ちた創造神が復活を果たした。
アルトリアやエリクすらも及ばなかったゲルガルドに対して、復活した創造神は圧倒的な力を見せつける。
そして創造神に満ちる暴虐性と残虐性がゲルガルドを逆襲し、拘束しながら一方的に痛めつけるという手段を用いらせた。
『器』の赤い装束を身に着けたままの創造神は、殺さぬ程度の殴打でゲルガルドを殴り続ける。
その際に舞う鮮血が赤い装束に付着していたが、元々から赤く染められていた為に染みとして目立つ事は無い。
しかし銀色の長髪に鮮血が幾つか付着し、短くも揺れる隙間からは赤い瞳と表情は憎悪と狂気の笑みを見せていた。
その創造神から間近で殴られるゲルガルドの霞む視界には、まるで赤い瞳を幾つも持つ化物のような姿が映し出す。
更に前世で殺された【始祖の魔王】ともその姿が重なると、猛烈な痛みに晒されるゲルガルドの精神は均衡を保てなくさせていた。
「――……ま、まって……ブッ!!」
「アハハハハッ!!」
「……や、め……て――……グハッ!!」
「アー? ハァアッ!!」
「……ご、ごめ……ぶぐっ!! ……ゆ、ゆるして……あがっぁあっ!!」
到達者が到達者に与えるダメージは、肉体の再生や治癒を大幅に遅らせる。
それだけではなく、ダメージを与えた到達者本人の魂にも干渉し、不死性を持つ到達者を精神的な意味でも殺す事を可能としていた。
狂気の笑いを見せながら殴り続ける創造神は、それでもゲルガルドを生かさず殺さずのまま痛みを与え続ける。
それに対してついに懇願してでも止めようとするゲルガルドだったが、それでも晴れない創造神の憎悪は殴る両拳を止めさせなかった。
そんな時、不意に創造神の動きが止まる。
すると殴り続けていたゲルガルドとは異なる方角に赤い瞳を動かし、そちらを見据えながら呟いた。
「……この魔力は……」
「……ぁ……ぇ……?」
創造神は別の方角から魔力を感知し、それに注目し始める。
そして与えられ続けた痛みが止まった事に、朦朧とするゲルガルドは腫れあがった顔と霞む視線を向けながら創造神を見た。
すると赤く鋭い創造神の眼光が再びゲルガルドを見据え、それに怯えるようにゲルガルドは命乞いを呟く。
「ご、ごめんなさい……許して……ください……」
「……飽きた」
「……ぇ?」
「もう、お前に用は無い。――……このまま消えろ」
「……ヒ、ヒィイイ――……ッ!!」
赤い魔力で形成された十字の張り付け台に固定されたままのゲルガルドに、創造神はそうした言葉を向ける。
すると両拳に纏わり付く血を中空に作り出した水で洗い落とし、赤く染まった血の球体を高温に熱しながら巨大な赤い光としてゲルガルドに放った。
それを受けたゲルガルドは、地面ごと削り取られながら放熱する球体に飲み込まれる。
そして森を削りながら上空へ曲がり昇る高熱の球体は、そのまま凄まじい劫火となって炸裂した。
すると炸裂した劫火の中から、黒焦げになった人間らしき形の物体が落下していく。
それを確認したのは、二人の戦闘音を聞き付けて向かっていた青馬に騎乗し上空を駆けるマギルスと、『生命の火』で飛翔する未来のユグナリスだった。
「――……アレが、音の正体っぽい!」
「アレは、魔力の炎……。それに、あの黒焦げになっているのは、誰だ……!?」
「アリアお姉さんかな?」
「いや、アルトリアとは体格が大きく違う。アレはどちらと言えば、男の――……まさか、ウォーリスなのかっ!?」
「……えぇっ!?」
二人は上空で炸裂した劫火を確認し、その中で燃え尽きながら落下する人物の姿を高めた視力で確認する。
その体格がウォーリスと類似している事を悟った未来のユグナリスの言葉に、マギルスは驚きと疑いを向けた声で問い掛けた。
「なんで敵の黒幕が、ああなってんのっ!? というか、お兄さんの未来でも同じ事があったのっ!?」
「……こんな光景、俺の未来では起きなかった。……何か、未来と違う事が起きているのか?」
「お兄さんの未来だと、どうなったの?」
「……俺はテクラノス老師やゴズヴァール殿の助力を得て、ザルツヘルムを倒した後にこの聖域に辿り着いた。そしてウォーリスは、創造神の『器』であるリエスティアと、死霊術で蘇らせたアルトリアの『魂』の欠片を『マナの樹』に捧げようとしていた」
「!?」
「そして『器』と『魂』を糧に作られた『マナの実』を食べて、創造神の権能を得ようとしていたんだ。……俺が来たのは『器』と『魂』は捧げられてしまった後だったけれど、奴が実を食べるのを阻み、倒すことには成功した」
「……それが今回は間に合わなかった、って感じじゃないよね。コレは」
「ああ。……もし、俺の未来と君達の現世で違うことがあるとしたら……リエスティアとアルトリアが、まだ生きているってところだ」
「じゃあ、アリアお姉さんがやったのかな?」
「到達者になってた未来ならともかく、今のアルトリアがウォーリスを倒せるはず――……っ!?」
「何かいる!」
自身の知る未来と大きく異なる現状を垣間見て、未来のユグナリスは困惑した表情を浮かべる。
そんな折、マギルスと未来のユグナリスは同時に焼け焦げた男の落下地点とは異なる方角を見据えた。
そこは森が削り取られたかのような光景が窺え、その先に削り取られていない箇所が見える。
するとそこに立ちながらこちらを見上げている、長い銀髪と赤い装束を身に着けた一人の女性に気付いた。
それを最初に見たマギルスは、首を傾げながら疑問を口にする。
「アレ、誰?」
「……まさか。いや、でも……!」
「お兄さんの知ってる人?」
「あの顔立ち、リエスティアに似ている……!!」
「えっ」
「髪色も違うし、ちゃんと自分の足で立っているけれど――……間違いない! 彼女は、リエスティアだっ!!」
「あっ、ちょっとお兄さんっ!? もう、しょうがないな――……ッ!?」
未来のユグナリスはそこに立つ女性が最愛の女性だと判断し、『生命の火』を滾らせながらその場に飛び向かう。
その感情任せの行動に驚くマギルスは、僅かに遅れながら青馬を駆けさせて同じ女性の場所まで向かおうとした。
しかし次の瞬間、マギルスは背後に悪寒を感じながら青馬の足を止める。
そして背後を振り向いたマギルスは、その感じ取った悪寒の正体をすぐに気付くことが出来た。
「これ、エリクおじさんの魔力……? でも、未来からは少しも感じなくなってたのに、なんで今……」
マギルスは地上から追い掛けているはずのエリクが以前にも発していた魔力を再び放ち始めている事に気付き、困惑した様子を見せる。
しかも感知している魔力は通常時の波動ではなく、あの暴走している赤鬼状態であることがマギルスには理解できた。
「おじさん、また赤鬼になって暴走しようとしてるっ!? でも、なんで――……!」
この状況で再び赤鬼となっているエリクの魔力を感じ取り、マギルスは脳裏にある光景が思い浮かぶ。
それは初めてエリクが赤鬼になった瞬間と、その起因となったアリアの死んだ姿だった。
無意識にエリクの暴走が再び起きた原因へ至ったマギルスは、黒焦げになったウォーリスを思い出しながら未来のユグナリスが近付く銀髪の女性へ目を向ける。
その周囲にはアルトリアと思しき人影は見えず、マギルスは表情を強張らせながら呟いた。
「まさか、アリアお姉さんがもう死んでて……それを、おじさんが見つけて暴走しちゃってるんじゃ……!?」
『ブルルッ』
「どうするのって、そんなの僕も分かんないよ!」
謎の女性によって黒幕が倒され、アルトリアの死によってエリクまでもが赤鬼となって暴走している混迷とした状況は、マギルスの思考を混乱させる。
その解決の糸口になりそうな方角へ視線を向けると、銀髪の女性が立つ場所に降り立った未来のユグナリスの光景が見えた。
未来のユグナリスは遠目から見ていた女性の姿に、驚きながらも僅かに喜ぶような表情が浮かぶ。
それは髪や瞳の色こそ違いながらも、間違いなく未来で失った愛する女性であると分かったからだった。
「――……リエスティアッ!!」
「……」
「リエスティア、リエスティアなんだろっ!? ……ほんとに、本当に生きてる……!」
「……?」
傍で降りた未来のユグナリスは、創造神に歩み寄りながらリエスティアの名を呼ぶ。
それに対して相手は眉を顰めた表情を浮かべると、未来のユグナリスは僅かに驚きながら聞いた。
「俺だよ、ユグナリスだ! ……もしかして、覚えてないのかい?」
「……ユグナリス……」
「そう、ユグナリス。ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュ。俺の名前だ、そして……君を愛している男の名前だ」
「……ユグナリス……。……ああ、知ってる」
「!」
「お前は、嫌いだ」
「え――……ッ!?」
未来のユグナリスが自身の名を教えた瞬間、創造神はその表情から一瞬で感情を失う。
そして赤く鋭い眼光を向けながら、周囲に水の球体を複数ほど作り出した。
すると次の瞬間、その水球から凄まじい水圧噴射が放たれる。
それ等の軌道は未来のユグナリスを狙いながらも、瞬く間に『生命の火』を纏わせたユグナリスは放たれた水圧噴射を全て避け切った。
「リ、リエスティアッ!? 何を――……!」
「お前も、死ねッ!!」
「ッ!!」
攻撃を避けられた創造神は、その苛立ちを強めるように憤怒と殺気を織り交ぜた各属性を持つ魔力球を周囲に創り出す。
『火』『水』『風』『土』『雷』『光』『闇』の七属性の魔力球からそれぞれに殺傷性の高い魔法が放たれ、それ等が全て未来のユグナリスに襲い掛かった。
話し合う余地すら与えない創造神の攻撃に、未来のユグナリスは赤い閃光となりながら再び上空へ飛翔する。
しかしそれを追う創造神もまた銀色の生命力を纏いながら、その場から飛翔した。
「リエスティアッ!? なんで俺に――……クッ、正気に戻ってくれっ!!」
「消えろッ!!」
何とか説得を試みようとする未来のユグナリスに対して、創造神は容赦の無い追撃を始める。
その容赦の無い攻撃はどれも即死するであろう威力だったが、未来のユグナリスはそれ等を掻い潜りながら必死に呼び掛け続けた。
それを遠目から見るマギルスは冷や汗を浮かべると、青馬にある言葉を聞かされる。
『ブルルッ』
「……えっ。……じゃあ、アレって創造神って人?」
『ブルッ』
「それじゃあ、創造神が復活したんだ。……でもそれって、アリアお姉さんの『魂』と……リエスティアって人の『器』が、合わさったってことだから……」
『ヒヒィン』
「……エリクおじさんが見つけたのは、魂が無い身体ってことかな。……でも、アリアお姉さんの魂は創造神の中で生きてる。……そういうこと?」
『ブフッ』
「ええっと……。……創造神も復活して、おじさんも暴走してて……。……これって、どうすんのさっ!?」
再び復活した創造神が目の前に居る事を理解し、それを知らないエリクが赤鬼となって暴走している状況は、マギルスの頭を深く悩まさせる。
こうして未曾有の危機に直面する彼等は、まさに創造神と鬼神に板挟みの状況へ追い込まれていた。
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