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革命編 七章:黒を継ぎし者

運命の伝導者

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 ウォーリスの子供を出産した侍女カリーナだったが、その際に起きた出来事である事実が判明する。
 それは生まれた娘の周囲で起こる魔力効果が全て消失するという事象であり、更に両親とは異なる瞳を持つ黒髪黒瞳という姿をしていた事だった。

 その事象と姿を実際に目にしたウォーリスは、自身の娘の正体がゲルガルドから聞いていた『黒』の七大聖人セブンスワンである可能性を真っ先に考える。
 しかしそれを確信できぬまま半信半疑で三年という年月は流れ、ウォーリスが二十三歳になった頃に景色は移った。

『――……カリーナ。そろそろ、納屋いえに戻ろうか』

『……はい』

 納屋の外で日に当たりながら車椅子に座るカリーナは、呼び掛けるウォーリスに顔と視線を向けながら微笑む。
 しかし身体や顔の肉付きがやや細り、表情にも以前に見えた有り余る元気らしさが失われているカリーナに、ウォーリスは表情を僅かに強張らせながら車椅子を押した。

 三年前に出産したカリーナだったが、その際に起きた事故によって後遺症を受けてしまう。

 出血した傷口から多くの血液を失った為に内蔵機能が弱まり、全身の筋肉が衰え続けていた。
 それ故に自分の足では満足に歩く事も出来なくなり、車椅子の生活を余儀なくされてしまう。

 ウォーリスはそんな彼女カリーナを甲斐甲斐しく介護しながら、日々を過ごすようになっていた。
 しかし日課となっている鍛錬や実験を止められてはおらず、ウォーリスは日中の介護と夜の鍛錬を繰り返す日々を送っている。

 そしてカリーナの車椅子を押しながら納屋に戻ろうとするウォーリスは、庭園にある薄紅色ピンク雛菊デイジーを眺め見る黒髪の少女に声を向けた。

『リエスティア、戻るぞ』

『――……はい、御父様おとうさま

 父親ウォーリスの声に応えながら振り返る少女リエスティアは、肩まで伸びる黒い髪を靡かせながらその表情を向ける。
 そして両親とは異なる黒い瞳で二人を見ながら、ゆっくりと歩きながら二人の後を付いて来た。

 ウォーリスは生まれた自分の娘に対して、リエスティアという名を付けている。
 しかし父親であるはずのウォーリスは、自分の娘リエスティアに対して微妙な対応を取り続けていた。

 その理由には、主に二つの要因が上げられる。

 一つ目の理由は、自分の娘リエスティアが『黒』の七大聖人セブンスワンである可能性がある為。
 その可能性を出産後に気付いたウォーリスは、それから『黒』という存在について実験室内の資料から独自に調べていた。

 『黒』の七大聖人セブンスワンとは、人間の中で幾度も転生を繰り返す人物。
 更に元四大国家であるフラムブルグ宗教国家では、『繋がりの神』として奉られる現人神あらびとがみでもある。

 その正体は、この世界を創造した『創造神オリジン』の肉体を持ち、何万年以上前の記憶を持ちながら生き永らえる特殊な存在。
 端的に考えれば、ウォーリスが憎悪している自分の父親ゲルガルドと類似した存在と言ってもいい。

 二つ目の理由は、最愛の女性であるカリーナが衰弱している原因でもある為。

 リエスティアは自身を中心とした一定範囲の魔力効果を消失させてしまう体質の為に、あらゆる魔法や魔道具の効力を打ち消してしまう。
 それが原因で出産後の治療が遅れてしまったが為に、カリーナがこのような状態になっているのだとウォーリスは考えてもいた。

 そうした理由によって自分の娘リエスティアに忌避とした感情を抱くウォーリスは、親として向けるはずの愛情を注ぐ事が出来ない。
 しかし母親であるカリーナは、そうした事を気にせずにリエスティアに優しく接する母親で在り続けていた。

 奇しくもリエスティアの状況は、幼いウォーリスに冷淡な父親ゲルガルドと情愛を向ける母親ナルヴァニアと似た構図となっている。
 しかしウォーリスは憎悪するゲルガルドに対して、自分の娘リエスティアがそうした存在である可能性を伝えていなかった。

『――……奴はまだ、私の娘リエスティアに興味は持っていない。……だがもし、奴もリエスティアの体質とあの黒い瞳に気付けば、同じ可能性に結び付く。そうなれば、リエスティアだけじゃなく母胎となったカリーナにも実験を行う可能性は否めない。……だから言えない、絶対に』

 ウォーリスはそうした思考により、衰弱したカリーナを守るべく自分の娘リエスティアが『黒』の七大聖人セブンスワンである可能性を隠す。
 しかし日に日に成長するリエスティアの様子を確認していく内に、『黒』の七大聖人セブンスワンである可能性を濃厚にさせていた。

 リエスティアは赤ん坊の頃からほとんど夜泣きもせず、成長しながら教えていない言葉や物の名を口にし始める。
 更に年齢に似合わず落ち着いた面持ちを見せ、凡そウォーリスの目の前では子供らしい様子を見せる事が少ない。

 しかし相反するように、母親カリーナの前では素直な子供として振る舞ってもいる。
 母親カリーナが得意とする刺繍や裁縫をそつなく学び、その介助の世話などもやれる範囲で行うようになっていた。

 ウォーリスはそんな自分の娘リエスティアを日々の生活で見ながら、半信半疑の想いを確信に変えていく。
 そんなある日、カリーナが納屋いえの中で休んでいる時を狙い、ウォーリスはリエスティアに核心を突くように問い掛けた。

『――……リエスティア。話がある』

『何でしょう、御父様?』

『お前は、普通の子供ではない。そうだな?』

『……』

『この三年余り、お前を見続けて来たからこそ分かる。……お前の体質、そしてその落ち着きすぎている物腰。……お前は、【黒】と呼ばれている七大聖人セブンスワンだな?』

 率直に問い質すウォーリスの言葉に、リエスティアは動揺する様子も無く視線を逸らす。
 そして逸らした視線を納屋いえに向けながら、リエスティアは落ち着きすぎた声で答えを返した。

『……そうです』

『!』

『貴方の言う通り、私は【黒】と呼ばれている存在です』

『……やはり、そうか。……なんで、よりにもよって……っ!!』

『何故、貴方の娘として生まれたのか。……それは、残酷な運命としか言い様がありません』

『残酷な、運命だと……!?』

『でも、その運命が私をここまで導いた。――……御父様。いいえ、ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド。貴方には、その運命を変えて頂きたいのです。……それが、貴方の大切なモノを救う事に繋がります』

『!?』

 『黒』として告げるリエスティアの言葉に、ウォーリスは困惑の表情を浮かべる。
 彼女の話す言葉は予想を超えるモノばかりであり、当時のウォーリスはその意味を全て理解する事が出来なかった。

 のちに、ウォーリスは『黒』の言葉の全てに意味が有ることを知る。
 しかしそれは同時に、彼とその周囲を巻き込むように暗雲の未来へと導く言葉でもあった。
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