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革命編 七章:黒を継ぎし者
おやすみを君へ
しおりを挟む『黒』の七大聖人として生まれた可能性のある自分の娘に対して、ウォーリスはその事をついに問い掛ける。
それを肯定するリエスティアから予想を上回る返答が行われると、流石のウォーリスも意味を理解できずに困惑を浮かべた。
しかしその困惑をすぐに抑え込みながら敵意にも似た強張りを持つ表情を見せたウォーリスは、改めて『黒』であるリエスティアに問い掛ける。
『――……お前の言う、運命とは何だ? それを私に変えさせたいとは、どういう意味なんだ?』
『それを全て話しても、今の貴方は理解してくれない。そして、信じてもくれない。それは分かります』
『!』
『それに私は、貴方に訪れるだろう運命の分岐に導くだけです。……しかし辿るべき道を決めるのは、貴方でなければいけない』
『……何を、言って……』
『そう、今の貴方は理解できない。でも未来の貴方は、きっと理解してくれる。私が言っていた事の意味を』
『……おいっ!!』
『御母様が起きましたよ。――……行きましょう、御父様』
そう語り終えながら歩み出した『黒』のリエスティアは、納屋の中で起きたカリーナの様子を察する。
すると引き留めようとしたウォーリスはカリーナを気に掛け、これ以上の深追いを出来ずに言葉を封じられた。
それからのリエスティアは、普段と変わらぬ様子で生活を続ける。
始めこそ警戒を強めながらリエスティアを見張っていたウォーリスだったが、特に目立つような行動などは起こさず、両親に従順な娘として過ごし続けた。
しかしそうした間にも、十七歳になった異母弟ジェイクと従騎士ザルツヘルムを通して、母親であるナルヴァニアとの連絡が行われる。
この三人には秘かに娘リエスティアが『黒』である可能性を伝えていたウォーリスだったが、自身でその監視を行う事を伝えていた。
更にもう一つ、ウォーリスが母親に頼んでいた事もある。
その返答がザルツヘルムを通して届けられると、渋い表情を浮かべたウォーリスは重々しい声で呟いた。
『――……完全な治療を受けさせる為には、カリーナを皇国に行かせるしかないのか……』
『はい。帝国の医療技術では、カリーナ殿の治療は不可能だそうです』
『治癒魔法や回復魔法での治療では、低下している内臓機能を復活させるのは難しい。特に腎臓機能の場合は、別の腎臓を移植するしか手段が無い。……だがカリーナには、家族がいない。適合する臓器提供者を探す必要がある』
『その適合する臓器提供者が、帝国には居ません。更に臓器提供者を探す為にも、人口の多い皇国が最も望ましいのですが……』
『そうなると、カリーナを奴隷契約から解放する必要がある。……だが奴隷契約の主人は、今もゲルガルドのままだ……ッ』
母親を通じてカリーナの治療方法を探していたウォーリスは、ザルツヘルムと都市内部の公園にて背中合わせになりながらそうした話を行う。
しかしカリーナが奴隷であり、その契約主がゲルガルドになったままの状況が障害となり、それ以上の話に発展できずにいた。
そうして思い悩み頭を俯かせるウォーリスに対して、ゲルガルドは背中を向けたまま問い掛ける。
『奴隷契約の権利を、ウォーリス様に移せませんか? あるいは、副契約主になれるようには……』
『無理だ。もし仮に副契約主になれたとしても、カリーナを逃がせばゲルガルドは私に反意があると判断する。共に逃げても捕捉され、カリーナと共に殺されるだけだ』
『……となると、以前と同じように奴隷の権利を得られる程の交渉材料が必要となるわけですね』
『そうだ。……だが私には、その交渉材料が無い』
『……一つ、私から提案があります。……しかしこの方法は、ウォーリス様の御気に障るかもしれません』
『なんだ? 言ってみてくれ』
『……貴方の娘である、リエスティア様。彼女の正体をゲルガルドに明かし引き渡す事で、カリーナ様を奴隷から解放する交渉材料に出来ませんか?』
『!』
『今までの御話を聞いた限り、貴方の娘もまたゲルガルドが欲している実験体となる得るかもしれない。そうではありませんか?』
ザルツヘルムはリエスティアの正体が『黒』である事を鑑みて、敢えてそうした提案を行う。
それを聞いたウォーリスは表情を強張らせながら先程よりも深く頭を沈めたが、その脳裏にカリーナの悲し気な表情が思い浮かぶと、その提案を否定する言葉を呟いた。
『いや、それは駄目だ。……その方法では、カリーナが悲しむ』
『……』
『カリーナにとって、リエスティアは自分の寿命すら削って産んだ大事な娘だ。……それを売り渡して生き永らえたとしても、カリーナは喜んではくれないだろう』
『そうですか。……しかしこのままでは、カリーナ殿の寿命もそう長くはありません』
『……ああ、そうだ。だから一刻も早く、適合する腎臓を探して、この領内で移植手術を受けさせないといけない。……母上には引き続き、適合する人間を探すよう御願いしてくれ』
『承りました』
賢明にカリーナが悲しまずに救える手立てを考えるウォーリスの哀愁を、ザルツヘルムも背中で感じ取る。
そうして別の解決方法が定まらぬ中で二人はその場で別れ、ウォーリスは病院で定期診察を受け終えたカリーナと同伴していたリエスティアを伴い、納屋のある屋敷へと戻ろうとした。
しかしその道中、カリーナの乗る車椅子を押すウォーリスの背中を見ているリエスティアが、彼だけに聞こえる声量で呟く。
『――……静かに聞いていてください』
『!』
『このままでは二年もしない内に、御母様は死ぬでしょう。内臓機能の低下が激しくなっています』
『……!?』
『しかし帝国では、短い延命治療が精一杯。奴隷である御母様を解放して他国に連れて行く為には、奴隷契約を解除する必要がある。……でもそれを、主人である御爺様は許さないでしょう』
『……ッ』
『でも、一つだけ。正式な手続きで奴隷契約を解除せずに、御母様を国外に出す裏技があります』
『なにっ!?』
『……どうかしましたか? ウォーリス様』
『い、いや。何でもないよ』
『そう、ですか?』
リエスティアの言葉に思わず驚愕の声を漏らしたウォーリスに、カリーナは振り向きながら尋ねる。
それを取り繕うように言葉を濁したウォーリスに、カリーナは不思議そうな表情をしながらも視線を前に戻した。
すると引き続き、リエスティアは奴隷契約を解除せずに自由に出来る裏技について教える。
『奴隷契約は、奴隷とする人物の肉体に課す制約の一種です。しかし課せられる制約が反映される理由は、その制約が課せられた奴隷の肉体が生きているからこそでもあります』
『……!』
『つまり、死んでいる肉体であれば奴隷の制約も適応できない。……奴隷契約の解除が不可能ならば、彼女の肉体を死んだ状態にして、奴隷の制約が及ばない状況にするしかありません』
『……まさか……』
『けれど、実際に死んでしまっては元も子も無い。……しかし御父様ならば、御母様を仮死状態に出来る方法を知っているはずです』
『!!』
『黒』のリエスティアが伝える裏技を聞いたウォーリスは、ゲルガルドが実験した研究記録の中に人間を仮死状態に実験体として保管する方法があった事を思い出す。
まるで自分がその方法を知っていた事を把握していた事を前提としたリエスティアの話は、淀みも無く続けられた。
『御母様が仮死状態となって本当に死んだという事に出来れば、奴隷契約が施されている契約書も不要になります。奴隷が死んだ場合の取り決めとして、契約書は必ず処分されるでしょう。そうでなければ、奴隷の肉体を害する契約違反に適応されてしまう火葬は出来ませんから』
『……』
『きっと御爺様は、一人の奴隷が死んだ程度では自分で生死の確認をしません。執事等を使ってそれ等の確認と手続きを行うでしょう。……その時に仮死状態の御母様を弔う演技をしながら、御父様と通じている皇国の人に御母様を引き渡せばいい』
『!』
『仮死状態の御母様を保管したまま引き渡し、適合する臓器提供者を見つけ仮死状態から戻して移植治療を行う。……昔の医療技術として存在した仮死医療という方法です。私から提案できる方法は、以上になります。……でも決断するのは、貴方です』
『……ッ!!』
そう話した後、リエスティアは何事も無かったかのように口を閉じる。
ウォーリスはそれを聞いた後も表情を強張らせていたが、車椅子を押し運ぶ取っ手を強く握りながら決意を決めた面持ちを浮かべた。
それからウォーリスは、秘かに実験室に居るアルフレッドに相談を持ち掛ける。
そして人間を仮死状態に出来る薬品と、女性一人を保管できる大きな試験管と共に青い保管薬液を用意するよう頼み、その方法を実行する為の準備を整えた。
しかしその事を身勝手には行わず、ウォーリスはカリーナに仮死状態となる薬品を見せながらその手段を伝える。
それを聞いたカリーナを始めこそ驚きを見せながらも、ウォーリスの真剣な表情を見ながら微笑んで頷いた。
『――……分かりました、ウォーリス様の方法に従います』
『いいのかい?』
『はい。……これを飲めば、私は死んだように見えるのですね?』
『ああ、そうだよ』
『……ウォーリス様。私がこれを飲んだ後の事で、御願いがあります』
『なんだい?』
『あの子を……リエスティアを、よろしくお願いします』
『!』
儚げにも微笑みながら頼むカリーナの言葉に、ウォーリスは青い瞳を見開きながら僅かに驚く。
それを見透かしていたかのように悲し気に笑うカリーナは、自分が察していた事を改めて伝えた。
『ウォーリス様が、あの子を疎ましく思われているのは気付いていますよ。……私がこうなった原因が、あの子にあると思っているのですよね?』
『……ッ』
『でも、あの子が生まれるよう望んだのは私です。だから、あの子の事は恨まないであげてください。……あの子は何も、悪くないんですから』
『……だが、リエスティアは……』
『あの子が特別だということは、何となく分かります。……それでもやっぱり、あの子は私にとって、そしてウォーリス様にとっても、大事な子供なんです』
『……!!』
『だから、約束です。次に私が目覚めた時には、あの子と一緒に、笑って迎えてください。……ね?』
約束事を伝えるカリーナに、ウォーリスは強張った表情を向けながら顔を俯かせる。
そして自分達が居る寝台の隣で寝静まっているように見えるリエスティアを見ながら、小さな鼻息と溜息を吐き出して答えを返した。
『……分かったよ。その約束は、必ず守る』
『はい。……これって、飲むと苦しいんでしょうか?』
『大丈夫、種類は選んだから。痛みも無く、眠るのと同じような感覚らしい』
『そうですか、良かった。……それじゃあ、ウォーリス様。おやすみなさい』
『ああ、おやすみ。――……カリーナ……ッ』
薬品の入った薬瓶を飲んだカリーナは、そのまま緩やかに襲う眠気で身体を傾ける。
それを支えるように自身の身体で抱き留めたウォーリスは、カリーナが呼吸をせず寝息も立てずに眠る様子を見ながら、青い瞳に涙を浮かべ流した。
その日、奴隷であるカリーナが死んだという報告がウォーリスから屋敷に届けられる。
リエスティアが推測した通り、ゲルガルドはその死を自身では確認せず、屋敷の執事や侍女達に対応を任せ、担当医の立ち合いの下で死亡の確認などを行った。
元々カリーナの状態は悪化の一途を辿っており、担当していた医者からは死亡してしまった状況は不思議では無いと伝えられる。
それによって執事達も死亡した原因に疑わしい部分が無いと判断し、奴隷契約書の処分や埋葬の手続きを行った。
それに連動するように、ウォーリスは埋葬予定の棺桶に廃棄予定だった実験体の遺体を替わりに収め、仮死状態のカリーナを保存薬液に満ちた試験管の中に移し替える。
そして仮死状態のカリーナをザルツヘルムに託し、秘かにルクソード皇国へ移動させるよう手配させた。
こうしてリエスティアが生まれてから三年と十ヶ月後、母親である侍女カリーナは表向きに死亡扱いとされる。
そして彼女の奴隷契約書は処分され、仮死状態のまま帝国を脱して長い治療を行う事になった。
応援ありがとうございます!
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