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革命編 七章:黒を継ぎし者
継母の策略
しおりを挟む四歳になる帝国皇子の誕生日祝宴に出席する為に、ウォーリスは初めてゲルガルド伯爵領地を出る。
その道中は伯爵家の家紋が刻まれた二台の馬車で赴き、二人の侍女と執事を伴って帝都へ向かっていた。
帝都に向かう為にウォーリスが乗っているのは、従者として伴い義体《ぎたい》を遠隔で操るアルフレッドが扱う後方の馬車。
その向かい側には娘であるリエスティアが座りながら、兄妹にしか見えない親子が対面する形となっていた。
ゲルガルド伯爵領地から馬車で帝都に赴く場合、日数として一週間の時間を必要とする。
その間に宿泊施設のある都市や町に泊まり、基本的に夜間での無理な移動は行わない事になっていた。
故に一行が持参する物資は次の町まで保てる食料や水であり、大部分は替えの衣服や三日間の祝宴で用いる為の装束が詰め込まれているだけ。
護衛を兼ねる執事達は武器こそ携えているが、本格的な鎧などは無く、ほとんどが軽装装備を身に着けているだけだった。
そしてウォーリス自身の手元にも、自分の背丈から半分ほどの長さがある鉄剣を鞘に入れて携えている。
しかし防具などと言える装備は身に着けておらず、貴族用の礼服を身に纏っていた。
そんなウォーリスは、向かい合うリエスティアにある事を問い掛ける。
『――……幾つか、聞いてもいいだろうか?』
『何でしょう?』
『君は時折、予測とは異なる予言染みた言葉を口にする。それは君の能力なのか?』
『そうですね。私は、この瞳で見た人の運命を視る能力が出来ます』
『未来視という能力か』
『それに近いですね。でも未来や運命という道は、必ずしも一つとは限りません。私は運命を視て、その人が気付けない道へと導く事は出来ますが、その運命を辿るかは本人の意思次第です』
『なるほど。……君の今までの話を聞いて、幾つか仮説を立てた。聞いてくれるか?』
『どうぞ』
『君は、私やその周囲で起きる未来を視ることが出来る。そして視えた未来を伝える事もできるのだろう。……しかし自分自身では、それを決定付けられる事象を起こす事が出来ない。だから私に行動を選択させる。それが君の能力であり、守るべき誓約と制約か?』
『だいたい、合っていますね』
『だいたいか。……それを破ると、制約の反動を受けるのだろう。そうなった場合、君はどうなる?』
『死にますよ』
『!?』
『なので私は、視た未来を知っていても私自身の意思ではそれを変えられません。だからこそ、自らの運命を選択できる貴方に、未来を委ねるしかないんです』
『……なるほど。最初に君が言っていた言葉が、ようやく理解できるようになってきた』
『そして私から未来のことを話せる状況も、貴方自身がそれを求めている時にしか出来ない。つまり、自分勝手に未来は教えてあげられないんです』
『私が求める時だけ、か。……だから今も、話す必要が無いというわけだな?』
『そういう事です』
微笑みながら話すリエスティアに、ウォーリスは嘆息を僅かに吐き出す。
それと同時に馬車に取り付けられた木枠を僅かに開けた従者役のアルフレッドが、御者として馬を操りながらウォーリスに声を掛けた。
『ウォーリス様』
『分かっているよ。……ジェイクは、母親を抑えきれなかったようだな』
『どうなさいますか?』
『こうなってしまった以上、殺っておくしかない。アルフレッド、お前はリエスティアを守れ』
『承りました』
ウォーリスとアルフレッドはそうした会話を交わした後、小規模の森を進んでいた先頭の馬車が止まる。
それに従う形でアルフレッドも馬車を止めると、前の馬車から出て来た若い執事と侍女が後方の馬車へ視線を向けた。
すると敢えて馬車から降りたウォーリスが、左腰に剣を携えながら従者達に呼び掛ける。
『何故、馬車を止めた?』
『……ここが、終着点だからです』
侍女を伴う執事がそう告げた瞬間、森の影に潜んでいた者達が姿を現す。
一見するとそれ等は盗賊にも見える荒れた服装と武具ながら、全員が強い覚悟と意思を秘める面構えをした男達だった。
それが実戦経験を積んだ兵士であると理解したウォーリスは、執事の方に話し掛ける。
『なるほど。ここで私を始末するよう、命じられたわけか。命じたのはエカテリーナだな?』
『……ッ』
『大方、取り囲んでいる者達はエカテリーナが手配した実家の領兵達か。……愚かな事を』
『……貴方がここで亡くなれば、次期当主はジェイク様になります。そうなれば、エカテリーナ様の御実家にも多大な援助が行えるのです』
『なるほど、お前達はエカテリーナの従者でもあったわけか。……私だけではなく、リエスティアも殺すつもりか?』
『……私達は盗賊に襲われ、我々は貴方達を逃がそうとした。しかし貴方達は逃げ切れずに、殺された。そういう筋書きです』
『そうか。――……ならばこちらも、遠慮する事は無さそうだな』
『……殺れっ!!』
執事は盗賊を装い兵士達に号令を飛ばし、ウォーリスとその馬車に居るリエスティアを殺すよう命じる。
その意思を確認したウォーリスは、向かって来る兵士達の位置を全て把握しながら息を軽く吸い込んだ。
すると次の瞬間、素早い詠唱と共に左手の親指と薬指を弾いて音を鳴らしたウォーリスは、迫る兵士達に魔法の攻撃を放つ。
『大地よ貫け』
『ッ!?』
『うっ、ウワッ――……!!』
僅か一秒にも満たない瞬間、兵士達が走る地面から凄まじい勢いで土の棘が出現する。
すると半数以上の兵士達がその土棘に胴体を貫かれ、何が起こったかも分からぬまま短い悲鳴を上げて絶命した。
そして残りの半数は足などを貫かれ、両足や片足を欠損しながら絶叫し行動不能に陥る。
瞬く間に十数人以上を苦も無く排除したウォーリスに、執事と侍女は何が起こったか理解できずに動揺した。
『な、何が……!?』
『こ、これは……魔法っ!? まさか、魔法師だったのかっ!?』
『魔法を使えないと、言った覚えはないのだがな』
『……ク、クソォッ!!』
取り囲んでいた兵士達が全て無力化され、更にウォーリスが魔法を使える事を考慮していなかった執事は、自身の左腰に携える長剣を抜く。
そしてウォーリスに迫りながら、自身の剣で殺害しようと目論んだ。
それに対してウォーリスは、緩やかな動作で左腰に携える剣の柄に右手を触れさせる。
しかし一気に距離を詰めてウォーリスの頭上に剣を走らせていた執事は、短く吠えながら斬り掛かった。
『死ね――……ッ!?』
すると次の瞬間、執事の視界が上下にズレる。
その視界の変化がどうして起きたのか、執事自身は理解も出来ぬまま困惑した思考を浮かべた。
しかもズレる視界の中で、剣を握っていたはずの右手が肘先から存在しなくなっているのを理解する。
そして脱力した身体を地面へ傾ける執事が最後に見たのは、父親と同じく塵を視るような視線で見下ろす、ウォーリスの青い瞳だった。
『……ヒ、ヒィ……ッ!!』
斬り掛かったはずの執事が突如として顔半分と身体を真っ二つに切り裂かれた光景を見て、残っていた侍女は恐怖の色に染まった表情で地面に尻を着く。
そして返り血の一滴すら浴びていないウォーリスを見ながら、改めて目の前の相手が自分達の常識では測れない化物を思い知った。
そうして腰を抜かしながら怯える侍女に対して、ウォーリスは執事を見た時のような冷たい青い瞳を向ける。
『……さて。君に残された選択肢は、二つだけだ』
『!?』
『一つは、生きて主の愚行を父上に知らせること。――……もう一つは、この塵と同じように死ぬことだ』
『……ひ、ひ……っ!!』
『今すぐ答えなければ、後者を選んだと見做す』
『い、言いますっ!! 言いますっ!! だから、命だけは……っ!!』
『……だ、そうだ。アルフレッド、頼めるかい?』
『承りました。ウォーリス様』
地に伏しながら降伏する侍女の意思を聞いた後、ウォーリスは生きている者達と死んだ者達の遺体をアルフレッドに集めさせる。
殺した兵士達については顔と素性が判別できる殺し方をしており、彼等がエカテリーナの実家から呼び寄せた領兵である証拠となるようにした。
更に生かしていた兵士達は傷口からの出血を抑えるに留め、侍女と同じように襲撃の首謀者とその目的をゲルガルドに伝える為の証人とする。
その為にアルフレッドの義体に備わる通信機能で現当主に事情を伝え、その場に拘束した証人達の回収と後始末を頼んだ。
それ等の作業を終えた後、馬車に戻ったウォーリスはリエスティアと向き合いながらこうした言葉を呟く。
『こうなった以上、エカテリーナは早々に処分するしかない。だがそうなると、ジェイクも巻き添えを喰らう……。……今から屋敷に戻り、ジェイクだけでも逃げられるよう手を回すべきか……』
『……まだ、大丈夫ですよ』
『?』
『貴方がこの祝宴から戻るまで、弟さんは無事です。……しかし、そこからが始まりでもあります』
『……それは、今から戻った時の話か? それとも……』
『私達が出る祝宴は、運命を変える為の切っ掛けに過ぎません。……でもその切っ掛けも無ければ、運命は何も変えられない』
『……結局、祝宴には赴かなければならない、ということか。……分かった。行こう、帝都へ』
『はい』
屋敷ではなく祝宴へ向かう事を決めたウォーリスに、リエスティアは微笑みを向ける。
そして一台になった馬車で全ての荷物を積載したウォーリスとアルフレッドは、再び帝都を目指した。
こうして継母エカテリーナの妨害を受けたウォーリス達は、それを苦も無く退ける。
そして残酷な運命を変える切っ掛けを生み出す為に、三人が乗る馬車は運命の道を進み続けたのだった。
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