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革命編 七章:黒を継ぎし者

事件の発端

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 帝国皇子ユグナリスの誕生日祝宴パーティーは一日目が終わり、ウォーリス達はその目的を遂げる。
 自分ウォーリスの運命を変える者と言われる少女アルトリアと出会ったウォーリスだったが、それでも『黒』のリエスティアが話す言葉に半信半疑の面持ちを浮かべていた。

 そして市民街に借りている民宿の部屋に戻ったウォーリス達は、ある程度まで熱が引いていたリエスティアに二日目の祝宴パーティーについて話を聞く。

『――……明日も、祝宴パーティーに参加しましょう』

『明日も……?』

明日の為の準備を、今日していたんです。明日も出なければ、意味はありません』

 そう語るリエスティアの言葉に、アルフレッドは疑心を持つ表情を浮かべる。
 そしてウォーリスの方へ視線を移すと、青い瞳と視線を合わせながら頷く様子を確認した。

 ウォーリスもまた明日の祝宴パーティーに赴く事を承諾していると理解したアルフレッドは、疑問を持ちながらも反対する様子は見せない。
 そんなアルフレッドの疑心を理解しているのか、ウォーリスは敢えてリエスティアに問い掛けた。

『明日は何をするんだ? それだけでも話しておいてくれると、今日のように慌てる事が無くて助かる』

『そうですね……。……明日も、私一人で行動させてください』

『なに?』

『貴方達は、私から離れていて下さい。……そして何があっても、見ているだけに留めてください』

『!?』

『……明日の祝宴パーティーで、何かが起こる。そういう事か?』

『はい』

 再び次の予言を伝えるリエスティアに、ウォーリスとアルフレッドは険しい表情を浮かべる。
 そして敢えて自分達から離れて行動すると言うリエスティアの言葉に、ウォーリスは不安の感情を色濃く表情に浮き彫りにしていた。

 そんな父親ウォーリスの表情を見ながら、リエスティアは微笑みながら口を開いた。

『大丈夫ですよ』

『!』

『明日の祝宴パーティーが終わったら、もう帝都ここでやれる事は終わりです。その後は、貴方達に全て任せます』

『……任せる?』

『私はそれ以上の事に、もう介入はしません。……いいえ、出来ないと言ってもいい』

『!』

『明日から先は、貴方達の選択で切り抜けていくしかありません。これからの運命は、貴方達で切り開いてください。……というわけで、私はまた寝ますね。おやすみなさい』

『……?』

 そう言い残して装束ドレスを脱ぎ終えた身体を休ませるリエスティアに、二人は神妙な面持ちを抱きながら疑問を残す形になってしまう。
 しかしリエスティアが安静にする必要性も理解できる為、それから無理に起こして疑問を問い質すような事はせず、二人は明日の準備に整え始めた。

 翌日、二日目の祝宴パーティーが行われる日。

 出発の準備を整えていたアルフレッドとウォーリスは、昼頃から行われる祝宴の為に身支度を終える。
 そして同じように一日目とは別の装束ドレスを身に着けたリエスティアが、小さな手持ち鞄を持って部屋から出てきた。

 それを迎えるウォーリスは、リエスティアの黒い瞳を見ながらその言葉を聞く。

『――……じゃあ、行きましょうか』

『熱はもういいのか?』

『はい。……風邪は人に移すと治るというのは、意外と迷信ではないのかもしれませんね』

『?』

『こっちの話です。さぁ、行きましょう』

 十分な休養を出来たリエスティアは、発熱を治めて二日目の祝宴パーティーに臨める姿を見せる。
 それに僅かな安堵の息を漏らすウォーリスは、そのまま用意された馬車でアルフレッドと共に再び帝城へと向かった。

 そして招待状を再び提出し、受付を再び通過する。
 一日目の行動とほぼ同じ事を終えると、三人は同じ大広間ホールに用意された祝宴パーティー会場に訪れた。

 すると会場の奥側の隅まで移動し、そこでリエスティアが改めて別行動を告げる。

『――……それじゃあ、私は行きます』

『本当に、別々に行動をするんだな』

『はい。――……何が起こっても、決して飛び出したりはしないで下さいね。ただ、それが終わったら迎えに来てください』

『終わったら……?』

『その時が来れば、ちゃんと分かりますよ。……それじゃあ、また』

 そう言いながらリエスティアは別れて動き始め、残る二人は離れながらも様子を窺う事に徹する。
 しかしリエスティアは会場の端に位置しながら、一時間以上も会場の景色を眺めながら佇む様子ばかりだった。

 そんなリエスティアの行動に対して、ウォーリスとアルフレッドは奇妙な面持ちを浮かべながら呟き合う。

『……何をやっているんでしょう、彼女は』 

『分からない。……だが、何かを待っているようにも見える……』

『何かとは?』

『……まさか、昨日の少女を待っているのか……』

 何もせずただ会場を眺めるリエスティアの様子から、ウォーリスは何かを待っている事を察する。
 それが自分の運命を変えると言っていた少女では無いかと考えたウォーリスは、自然と周囲を見渡しながら少女の家族でもあるローゼン公爵家を探した。

 そうして視線を流すウォーリスの耳に、他の招待客が漏らす言葉が聞こえて来る。

『――……ユグナリス殿下が御病気ですか?』

『何やら、熱が御有りになったということで。陛下も皇后様も大層な御心配のようで、今日は出席を見合わせるということです』

『それはそれは。もしや、殿下は病弱な身体なのですかな?』

『そうとは限りますまい。幼い子供には、よくある事でもあります』

『確かに。……となると、今日と明日の祝宴パーティーは、あまり来る意味がありませんでしたかな』

『いやいや。今日もクラウス様と御家族がいらっしゃっているそうですよ。そちらに挨拶を伺っても、損はありますまい。ほら、向こうに列が出来ているでしょう? あそこに居られますよ』

『なるほど。そういえば、クラウス様にも御子息と御息女がいらっしゃるとは聞きましたな。どれ、行ってみますか』

 そう話す帝国貴族達の話を聞き、ウォーリスは聞き覚えのある名前とローゼン公爵家の話を聞く。
 そしてくだん少女アルトリアがそこに居るであろうことを聞き、ウォーリスはそちらの方にも意識を向けた。

 すると更に一時間が経過した頃、ついに会場を眺めているだけだったリエスティアが動き始める。
 それを確認したウォーリスとアルフレッドは、距離を保ちながらその動きを追った。

『動き出したな』

『ですね。何をする気でしょうか?』

『分からない。……ただ、何かが起こるのは間違いないはずだ』

『何か、ですか。……不安ですね』

『そうだな』

 起こるであろう出来事を予測できない二人は、そのまま周囲にも注意を払いながら後を追う。
 するとリエスティアが不意に立ち止まり、ある方角に視線を向けた。

 その視線を確認するウォーリスは、同じ方角を目で追う。
 そこには十歳前後の子供達が五人ほど集まっており、身形から帝国貴族の派閥に属する子息達である事だと一目で理解できた。

 しかしウォーリスの目から見ても、彼等の貴族教育は行き届いていない事が分かる。
 食事を手に取る様子や食べ方、そして周囲の迷惑を考えずに場所を陣取り大きな声で笑い話す様子は、とても貴族の子息とは思えない姿だった。

 そんな子供達が居る場所を見るリエスティアは、何を思ってかそちら側へ近付き始める。
 更に子供達の傍に置かれている机から、ソースで煮た海産物の料理が盛られた皿に手を掛けた。

 すると次の瞬間、リエスティアはその皿を子供達が居る方向へ投げるように落とす。
 それを見たウォーリスとアルフレッドは、いきなりの行動を示すリエスティアに驚愕を見せた。

『なっ!?』

『何をやっているんだ、アイツは……!!』

 驚きを見せるウォーリス達を他所に、皿から放たれた料理は子供達の腹部から下半身の衣服に盛大に浴びせられる。
 そして当然のように、ソースを帯びた料理を掛けられた子供達は怒りを向けながらリエスティアに怒鳴り始めた。

『お前っ!! 何するんだっ!!』

『ごめんなさい、手が滑って』

『嘘つくなよっ!!』

『服が汚れただろ! どうしてくれるんだっ!!』

『お前、誰だよっ!!』

『ごめんなさい、言えないんです』

『なっ!?』

『コイツ……へらへら笑って、俺達を馬鹿にしてるぞっ!!』

『このっ!!』

 怒りを向ける子供達に対して、リエスティアは微笑みを向けながら謝罪になっていない言葉を向ける。
 そんなリエスティアの態度に更に怒りを高める子供達の中で、最も服の被害が大きい男の子が右腕を振り翳した。

 そしてその男の子が放った平手打ちが、リエスティアの左頬に的中する。
 するとそのまま張り倒されたリエスティアに、ウォーリスは僅かな穏やかではない心情を高めた。

『……っ!!』

『ウォーリス様、止めますか?』

 アルフレッドは彼等の様子を見て、それを止めるかウォーリスに尋ねる。
 この場でアルフレッドが現れれば、あの子供達を諸共せずリエスティアを救い出す事は可能だと考えられた。

 しかしそうしたウォーリスの考えは、リエスティアが念押ししていた言葉によって遮られる。

『……いや、少し様子を見る』

『よろしいのですか?』

『……ッ』

 両手を拳にしながら握り締めるウォーリスは、その場に踏み止まりながら事態に介入しない事を選ぶ。
 その選択を受け取ったアルフレッドもまた、それに従う形で様子を窺った。

 すると平手打ちを喰らい倒れたリエスティアは、上体を起こしながら子供達に変わらぬ微笑みを浮かべる。
 それを気味悪がるように、子供達は僅かに悪寒を感じながらも悪態を漏らした。

『な、なんだよ……コイツ』

『殴られてるのに、笑ってる……!?』

『……こ、このっ!!』

 泣く様子を見せずに笑うリエスティアに、殴った男の子は更に右足を蹴り上げてリエスティアの身体を蹴り倒す。
 それは怒りから来る暴力というよりも、得体の知れない何かを目の前にして怯える感情から来る、防衛行動だったのかもしれない。

 それは他の子供達も同じであり、殴られても笑顔を絶やさない不気味な子供を足蹴にし始める。
 その攻撃によってリエスティアの装束ドレスは所々が破れ、そして抱え持っていた手鞄ポーチが腕の中から落ちた。

 するとその時、リエスティアは敢えて開けていたであろう手鞄ポーチの中からはみ出ていた刺繍の布を見る。
 それを守るように身体を覆い被せると、初めて弱味を見せたリエスティアに子供達は恐怖から影のある笑いを込み上げさせた。

『コイツ、何か持ってるぞ!』

『怪しい奴が持ってるモノだ! 取っちゃえっ!!』

 リエスティアの弱味を見つけた子供達は、守ろうとする手鞄ポーチを奪い取り中身を床へ撒く。
 そして手鞄ポーチの中にあった物を無差別に蹴りながら床に擦り、刺繍の布を破いた。

 それを守るように再び覆い被さるリエスティアに、子供達は優位を得たように虐げ始める。
 周囲の大人達はその子供達の様子を窺いながら何かと騒ぎ始め、ウォーリス達はそれを見ながら耐えていた。

 すると別方向から、ある声が響き渡る。
 それはウォーリスにも聞き覚えがある声であり、またその姿も見覚えがある者だった。

『――……クロエッ!!』

『!』

 人垣の中から飛び出してリエスティアの前に現れたのは、金髪碧眼の幼い少女。
 それは昨日、リエスティアが休んでいた客室に居たあの少女アルトリアだった。

 しかもその動きは、明らかに二歳前後の子供を超越した身体能力を示す。
 多くの人々をすり抜けながら瞬く間にリエスティアの前に辿り着いた少女アルトリアの姿に、ウォーリスは初めて驚愕を浮かべた。

 更にその少女アルトリアは、驚くべき能力ちからを使う。
 リエスティアに掴み掛かっている子供達に対して、右手を向けて振り払う仕草を見せた。

『お前達、どけっ!!』

『……!?』

 すると次の瞬間、リエスティアを掴んでいた子供達の腕が不自然に曲げられる。
 更に中空に浮いた瞬間、五人の子供達がその場から吹き飛ばされたのだ。

 そんな子供達に対して一瞥すら向けない少女アルトリアは、身を屈めながらリエスティアの安否を心配するように見つめる。

『クロエ! クロエ、大丈夫っ!?』

『……アリス……?』

『そうよ、アリスよ』

『……ごめんね。アリスがせっかく縫ったのに……少し、破けちゃって……』

『!!』

 そう伝えるリエスティアの言葉を聞いた少女アルトリアは、周囲の光景を見ながら明らかに怒りの感情を高めているのが理解できる。
 しかし少女アルトリアの怒りを引き出したのは、『黒』であるリエスティアの演技である事もウォーリスは理解できた。

 それを理解できない少女アルトリアは沸き上がる憤怒の感情を制御できず、リエスティアを虐めていた子供達に対して両手を翳す。

『……よくも、やってくれたわね……。――……お前等は、絶対に許さないっ!!』

 怒鳴る少女アルトリアは、その能力ちからで虐めていた子供達を中空に浮かせる。
 それに驚きを見せながら藻搔く子供達を、壁に叩きつけるように放って見せた。

 それを止めようとする護衛らしき従者達も、少女アルトリアは何か言葉を吐き出しながら怒りのまま能力ちからを行使する。
 ウォーリスとアルフレッドはその光景を見て、驚きを抱きながら少女アルトリアに注目した。

『ウォーリス様、彼女のちからは……!?』

『……ああ、アレは魔法じゃない。……アレは、ゲルガルドが使っていた能力ちからと同じ……!』

 少女アルトリアとゲルガルドが扱う能力ちからが類似している事を確認したウォーリスは、青い瞳を見開きながらその様子を観察し続ける。
 そして暴走し続ける少女アルトリアを止めず、そのまま事の流れを見守り続ける事に徹した。

 その内心には、ゲルガルドを倒す為の突破口が思い浮かぶ。
 それこそがウォーリスの最初に抱いた、あの幼い少女アルトリアを育て上げゲルガルドを倒すという作戦でもあった。
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