虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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革命編 七章:黒を継ぎし者

理想の破壊者

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 ウォーリスを吸収したマナの大樹によって、世界に赤い光が注がれる。
 それを浴びた者達は望む望まぬに関わらず理想郷ディストピアを見せられ、それに意識を奪われながら浸蝕され始めた。

 辛うじてそれを免れた帝国皇子ユグナリス達を乗せる箱舟ふねも、まだ天界エデンに向かう通路の途中。 
 そして天界エデンに居る者達もほとんどが理想郷ディストピアに飲まれ、その意識を戻せずに虚構の狭間を彷徨う事になっていた。

 誰もが対抗策も無いまま、拡大され続ける理想郷ディストピアが世界の全てを覆い始める。
 それは人間大陸の果てに存在するフォウル国にも及んでおり、理想郷それの接近を察知した到達者エンドレスの巫女姫レイは大規模な結界を自らの魔力と生命力で生み出し魔人達を守っていた。

「――……やはり、こうなってしまいましたか。……これでは、魔大陸にまで影響が及んでしまう……」

 標高二万メートルを超える土地を自身の結界で丸ごと覆い守るレイは、赤い光の侵入を見事に防げている。
 しかし他の大地にも降り注ぐ赤い光が、魔物や魔獣を始めとした生命を次々と取り込み、理想郷ディストピアを見せている事も理解していた。

 更にその光が人間大陸のみならず、魔族達が住み暮らす魔大陸にも影響を及ぼす事を懸念する。
 それは同時に、瞼を閉じているレイの口元を僅かに歪めさせた。

「例え、この変事が治められたとしても。魔大陸の到達者達かれらがどう行動するか……。……下手をすれば、今度は人間大陸こちら魔族達かれらが押し寄せてきてしまう。……そうなれば、第三次人魔大戦が起きてしまうかもしれない……」

 レイはそう呟き、この事態が魔族側の到達者エンドレス達に突発的な動きをさせてしまう事を懸念する。
 それは同じ到達者エンドレスとして知る事も多い彼女レイにとって、まさに苦難の道程とも言えた。

 しかし彼女レイの張る結界に干渉してくる理想郷ディストピアの光は、互いに衝突しながら火花を散らしている。
 その勢いが衰えるどころか強まり続けると、流石に先の事を懸念していたレイも僅かに表情を険しくさせた。

「……この干渉力は、五百年前あのときと同等……いや、それ以上。でもこの光には、創造神オリジンのような憎悪や敵意を感じられない。……これは、創造神オリジンが起こしている現象モノではないということ……?」

 押し寄せて来る光が己の生み出す結界に干渉する感覚から、レイは世界を照らす赤い光が創造神オリジンによって起こされた事態ではない事を察する。
 そうして理想郷ディストピアに飲まれるのを防ぎながら魔人達を守るレイは、フォウルの里に留まりながら現状を維持し続けた。

 しかし地上で暮らす到達者エンドレスですら理想郷ディストピアの浸蝕を防ぐ事しか出来ない現状では、この事態を止める事は出来ない。
 そうして誰も止められる事態の中で、ある人物もまた望まぬ理想郷ディストピアを見ていた。

「――……リク……。……おい、エリク」

「……?」

 懐かしい声に呼び起こされたのは、瞼を重く閉じていたエリク。
 彼は朦朧としていた意識を覚醒させながら、瞼を開けて目の前に立つ人物を見た。

 それは幼い頃からエリクが最も慣れ親しむ、同じ黒獣傭兵団の副団長ワーグナー。
 呼び掛けられながら起きたエリクは、いつものように座った姿勢で大剣を抱え持ったままワーグナーを見上げた。

「……ワーグナー?」

「お前さんにしては、珍しくグッスリだったじゃねぇか。疲れてんのか?」

「……ああ、そうだな。……俺は、役目を果たしたんだな」

「?」

 エリクはワーグナーを見上げながら、何かに気付いてそうした言葉を呟く。
 そして大剣の柄を掴みながら立ち上がると、ワーグナーの顔を見ながら問い掛けた。

「今日は、何をすればいい?」

「良いのか? 疲れてるんなら、もうちょい休んでてもいいぞ」

「これから十分に休める。だから、いい」

「そうか? じゃあ、早速だが仕事の話をするがな。この間、王都こっちまで通る街道に――……」

 そう言いながら傭兵としての仕事を説明するワーグナーの話を、エリクは聞き入る。
 しかし彼はいつもの相槌でその説明を受け流しながら、話半分の理解で留めていた。

 この時のエリクは、死後に輪廻へ赴き夢を見ていると理解している。

 しかし以前のような違和感は無く、また不安や焦燥感は無い。
 エリクは自分自身がやるべき事をやり終えて輪廻ここへ辿り着いた事を、全て覚えていた。

「……後の事は、ケイル達に任せよう」

「ん、なんか言ったか?」

「いや、何でもない。……行こう、ワーグナー」

「おぅ」

 エリクは自分の死を受け入れ、そのまま夢の住人であるワーグナーと話を合わせる。
 そして記憶に残る黒獣傭兵団の詰め所から出ると、ワーグナーを先頭に二人で歩きながら今は亡きベルグリンド王国の王都に広がる下町を歩いた。 

 下町を歩くと、表に出ている者達が自分エリクやワーグナーを見て挨拶を交えて来る。
 それに軽い相槌と言葉だけで返して行くエリクは、懐かしい王都の街並みを見回しながら呟いた。

「……俺は、王都ここ下町まちが好きだ」

「え? どうしたよ、急に」

「いや。……久し振りに、ここを見て。そう思った」

「久し振りって……まるで、今まで違う場所に行ってたみたいじゃねぇか。どうしたんだ?」

「そうだな。俺は王国ここから離れて、色んな場所を旅できた」

「……エリク?」

「帝国に行って、樹海に入って。船に乗って、大陸を渡って。別の国を旅して。……そういう、夢を見ていたのかもしれない」

「なんだ、夢の話かよ。……まぁ、良いんじゃねぇの? 夢で何しようが、お前の自由なんだからさ」

 唐突な言葉と共に零れるエリクの言葉に、ワーグナーは呆れるような笑みを零す。
 それを僅かな笑みで返すエリクは、自らの夢を思い出すように辿りながら青い空を見上げた。

「ああ、とても良い夢だった。……ありがとう、ワーグナー」

「え?」

「お前が居なかったら、俺はきっと、こんな夢を見られなかった。……本当は、本物ほんとうのお前に言いたかったが。……だからせめて、お前に言っておこうと思った」

「……よく分かんねぇけど、せよ。大の男が道端こんなとこで向き合って、酒も飲んでねぇのにこんな話をするもんじゃねぇよ」

「そうか、すまん」

「別にいいよ。それより、仕事前になんか食って行こうぜ。今日は俺のオゴリってことでよ」

「分かった」

 そうした話を交える二人は、慣れ親しんだ王都の下町を歩く。
 そして行きつけの店に赴き、ワーグナーが注文した肉料理を食べた。

 味が分かるようになっているエリクは、記憶にある店の料理がこうしたものだった事を初めて知る。
 そして美味いと言いながら食べるワーグナーに初めて賛同しながら相槌し、僅かな幸福感を強めた。

 そうして満足した様子で支払いを終えると、二人は店から出る。
 すると突如として轟音が鳴り響き、地面を揺らす程の地響きを感じながらエリクとワーグナーは驚愕を浮かべた。

「!?」

「な、なんだ……こりゃっ!?」

「――……バ、バケモノが出たぁあッ!!」

「!!」

 突如の事態が起きた中、王都の住民達が慌ただしく動く姿を二人は目撃する。
 そして住民達の口からそうした言葉が飛び出ると、二人は顔を見合わせながら住民達が発見した相手バケモノを見つける為に走り出した。

 しかし二人が辿る道は、先程まで自分達が歩いていた道に続く。
 それは黒獣傭兵団の詰め所がある場所であり、二人はその付近に存在する建物が倒壊し炎上している光景を目にしていた。

「お、黒獣傭兵団おれたちの詰め所が……!?」

「……どうなっているんだ……ッ!!」

「エリクッ!!」

 ワーグナーは黒獣傭兵団じぶんたち拠点ばしょが炎上する光景を見て、唖然とした様子を浮かべる。
 それはエリクも同様であり、輪廻で見る夢がどうしてこのような惨状を自分に見せるのか理解できぬまま、僅かな怒りを宿らせて炎上する建物内に飛び込んだ。

 そして燃え盛る詰め所の内部を突き抜け、奥にある訓練場へ辿り着く。
 すると訓練場の周囲が燃え盛る中、煙越しに大きな影が立っている事に気付いた。

「誰だっ!! ……お前が、こんな事をしたのかっ!!」

 エリクはそこに立つ人物に声を向け、背負う大剣の柄に右手を掛けながら身構える。
 すると炎上する煙の中で振り返った人物は、エリクに驚愕させる声を聞かせた。

「――……ピーピー喚くんじゃねぇよ。ヒヨコか、テメェは」

「……その声は、まさか……!?」

 その声に驚いた後、土煙の中からその大きな影は実際の姿を現す。

 それは周囲を燃やす炎のように赤い肌を持ち、黒い髪と同じ二本の角を生やした異種族の姿。
 更に体格はエリクを遥かに超えている三メートル強の巨体すがたであり、身に着けているのは簡素な一張羅ふくだけ。

 明らかに王国では見た事も無い姿ながらも、エリクの記憶にはその人物が誰なのかはっきりと理解できた。

「お前は、鬼神フォウル……!!」

「……へっ、やっと見つけたぞ。このハナタレ小僧が――……ごらぁああっ!!」

「!?」

 突如として輪廻の夢に現れた鬼神フォウルの存在に、エリクは驚愕を浮かべながら後退る。
 逆にフォウルは前へ歩み出し、凄まじい形相で睨みながら右拳を固めてエリクに襲い掛かった。

 こうして寿命いのちを終えたエリクもまた、マナの大樹が放つ赤い光によって輪廻の中で理想郷ゆめを見始める。
 しかしその理想郷ゆめを妨害するように現れた鬼神フォウルによって、心地の良い景色を閉ざされる事になった。
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