1,099 / 1,360
革命編 七章:黒を継ぎし者
血の生還
しおりを挟むマナの大樹を媒介として現世に拡大する理想郷は、生ける者達に幸福と呼べる世界を魅せる。
しかし事態はそれだけに留まらず、寿命を使い果たしたエリクもまた理想郷の浸蝕を受けていた。
理想郷の夢で見せられる故郷と仲間に疑問を抱かないエリクだったが、その最中に異変が起こる。
それは現実で起こり得なかった故郷の炎上であり、それを引き起こしたのが目の前に現れた鬼神フォウルの姿だった。
そして突如として襲い掛かるフォウルに、エリクは咄嗟に対応する。
引き抜き掛けていた背負う黒い大剣を身体の前に出しながら、迫る鬼神の右拳を受け止めようとした。
「グゥウ……ッ!!」
「ラァアアアッ!!」
辛うじて直撃を免れたエリクだったが、盾代わりにした大剣ごと自分自身の身体が勢いよく後方の壁へ叩きつけられる。
そして黒獣傭兵団の建物を突き破り、訓練場から建物前の表道まで殴り飛ばされた。
「……く、ぐ……っ」
「――……エリク! お前、大丈夫かっ!?」
吹き飛ばされたエリクは瓦礫と共に道端へ転がり、辛うじて身体を動かしながら起き上がろうとする。
そこに駆け付けながら呼び掛けるワーグナーに気付いたエリクは、慌てる様子で怒鳴り声を向けた。
「ワーグナー、来るなっ!!」
「!?」
「――……いつまでテメェは、遊んでるつもりだっ!!」
呼び止めたエリクの怒声に反応したワーグナーは、その場に踏み止まる。
しかし建物を突き破りながら炎と共に現れたフォウルは、左拳を握り締めながらエリクの頭上に容赦の無い殴打を浴びせた。
それにもエリクは辛うじて反応し、身体を捻り回転させながらフォウルの左拳を避ける。
しかし地面に直撃したフォウルの拳は、その地面ごと亀裂を生じさせながら周囲の建物を破壊して見せた。
直撃は免れながらもその余波に巻き込まれたエリクは、吹き飛ぶ地面や瓦礫を身体と大剣で覆い防ぐ。
それでも硬直したエリクに容赦の無いフォウルは、土煙と瓦礫が舞う中で右脚を跳ね上げながらエリクの顔面部分を強打した。
「ァグッ!!」
相手の動きが土煙の中で僅かに見えたエリクは、両腕を上げて顔を防御しながら蹴りを受け止める。
しかし圧倒的な膂力を誇るフォウルは、そんな防御など無視するように再びエリクを吹き飛ばした。
エリクは吐血しながら頭を先にして吹き飛び、周囲で崩れている最中の建物群に突っ込む。
そして建物群すらも容易く貫きながら吹き飛ぶエリクは、ついに表通りまで吹き飛ばされながら身体を地面へ倒れさせた。
「……ぐ……っ」
「――……いい加減、夢から覚めたか。坊主」
倒れるエリクは鼻血と共に口から吐血を零し、腕を支えにしながら立ち上がろうとする。
しかしそれより早く前に立ったフォウルが、苛立ちの表情を向けながらそうした言葉を向けて来た。
それを聞いたエリクは、改めて驚愕を浮かべながら問い掛ける。
「……何故、お前が……ここに……?」
「テメェが見てる夢に、俺が介入できないはずがないだろうが」
「!」
「それより、こんな胸糞悪い場所からはさっさと出るぞ。この甘ったるい感覚、吐き気がするぜ」
「……だが俺は、既に死んでいる……。……死者は輪廻で、夢を見るんじゃないのか……?」
「死者だぁ? ……あぁ、そうか。テメェそういえば、前もそうだったな」
「前……?」
「未来にテメェが死んだ時だよ。――……忘れたか? テメェは一回、未来で死んでんだ。だが、あの女が俺の血を使ってまた生き返らせやがった」
「……お前の、血?」
「俺が生きてた頃に取っておいた、到達者の血だ。……ったく。俺が死んだ後に、あの女に渡ってやがったのかよ」
「……どういう、ことなんだ?」
困惑するエリクは全身の痛みに耐えながら大剣を支えにして起き上がり、改めてフォウルと向き合う。
それに対して心の底から面倒臭そうな顔を浮かべるフォウルは、今まで未来でエリクが生還した理由で知り得ていなかった情報を明かした。
「知らんのか? 到達者の血も、『マナの実』と同じってことだ」
「……!?」
「到達者の血を飲めば、死んでる奴は生き返る。だがまぁ、血の効力に耐え切れる精神力と肉体が無きゃ生き返るのは無理だがな」
「……マギルス達が言っていた、俺が未来でクロエに飲まされたという薬は……鬼神の血だったのか?」
「だろうがよ。じゃなきゃ、テメェがあんな状態から生き返る道理が無ぇ」
「道理?」
「鬼神の生まれ変わりだったテメェが、俺の血を飲んだんだ。小難しい理屈を抜きにしても、俺達の魂が入ってる肉体が適合しないわけがない」
「……だから俺は、あの時に生き返る事が出来たのか?」
「だからそうだっつってるだろうが。それにテメェ、赤鬼の姿になっても自分の意思を保てるようになってるだろ? それで気付け」
「!」
そうフォウル自身に言われて初めて、エリクは自分が以前まで扱い切れなかった赤鬼のまま意識を保てていた事を思い出す。
あの時はアリアの死を知った事で自暴自棄になっていた事も然ることながら、実際は寿命の少ない自分が死ぬ前に一矢報いる為に、再びエリクは赤鬼の姿へ変貌した。
しかし以前とは異なり、完全に自我を保ったまま変貌を遂げた赤鬼の姿に、エリクは唖然としてしまう。
そこでマギルスが現れた事もあり、エリクはその疑問すらも放置してゲルガルドとマナの実の事に集中していた。
こうした些細な真相の裏事情を聞かされたエリクは、改めてそこで浮かび上がった疑問に辿り着く。
「……じゃあ、俺は……今、生きているのか?」
「まぁな。お前が寿命を使い果たした後、俺の魔力を生命力に変えていた」
「!」
「言っとくが、俺の意思じゃねぇぞ。俺等と繋がってる回線から、テメェが勝手に抜き取ってやがるんだ。いつもみたいにな」
「……そうか……。……そう、だったのか」
自分がまだ死んでいない事を説明されるエリクは、改めて自分が再び鬼神の魔力に助けられている事に気付く。
それを無意識に実行し、以前のように肉体の治癒として用いている要領で寿命を補っている事を初めて知った。
そうして自分が生きている事を改めて理解し終えると、エリクは改めて今の状況に不可解さを感じ取る。
「……だが、ここは……死者が見るという、輪廻の夢じゃないのか?」
「当たらずも遠からずってとこだろうな。……恐らくコレは、輪廻で死者共が見てる夢と同じモノだ。だがそれを意図的に、現実世界にまで拡大させてるらしい。だから生きてる連中まで夢を見ちまってる」
「現実の世界に……。……どういう事なんだ? 俺が死んだ後、何があった?」
改めてその疑問に至れたエリクは、ゲルガルドを倒した後の出来事をフォウルに尋ねる。
しかしその表情は一層強く嫌悪に満ちた表情を浮かべながら、苛立ちを込めた言葉で答えた。
「テメェが殺したと思ったウォーリスは、生きてやがるぞ」
「なに……!?」
「よく分からんが、お前が殺したのはもう一つの魂の方だ。本体の魂は生きてやがったぞ。……そして恐らく、マナの樹を弄ってコレを起こしてやがる」
「マナの樹を……。……そんな事が、出来るのか?」
「天界に在るマナの樹は、この世界で最後に残された一本だ。輪廻と現世の機構を全て統括してる。……つまりあのマナの樹さえ掌握できれば、現世や輪廻ではやりたい放題だ」
「そんな……。……だが、それならどうすれば……」
「とりあえず、この夢から出る。この夢の要になってる奴を探してぶっ殺せば、俺達の精神世界には戻れるだろ」
「要? 柱のようなモノか」
「ああ。だからとりあえず、要になってそうなお前をぶん殴って正気に戻そうと思ってやったんだが。違ったか」
「……だからか。俺を襲ったのは」
フォウルが自分で全力で殴り倒して来た理由を聞いたエリクは、痛みを残す顔から手を引かせる。
そして残る可能性を考えた二人は、同時に要となる存在に気付き振り返った。
そこには、表通りの道に立つ戦友ワーグナーの姿がある。
しかしこの時、ワーグナーは先程までの様相とかなり異なる口調と声色を見せた。
『――……まさか、二つの精神が協力し私の理想郷を打ち破るとは。……見事だ。傭兵エリク、そして鬼神フォウル』
「!」
「……やっぱり、テメェがこの夢の要か。そして要を操ってるのが、ウォーリスって野郎だな」
「アレが、ウォーリス……!?」
確信に近い物言いでワーグナーの姿をした相手の正体を説くフォウルは、それがウォーリスだと明かす。
それに驚くエリクに対して、ワーグナーは霧状に変化しながら姿を変えた。
するとそこに、黒髪と青い瞳を持つ青年ウォーリスが姿を見せる。
そして崩れ燃える王都の景色が消え、エリクにとって慣れた真っ白な精神世界へと戻って来た。
こうして鬼神フォウルの助力により、エリクは自分が生きている事に気付く。
そして彼等もまた理想郷を脱し、それを魅せていたウォーリスと精神世界で対峙する事になった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
379
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる