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革命編 七章:黒を継ぎし者
悲劇の道
しおりを挟む記憶を失っていた現在の自分に未来の記憶を見せたアリアは、ウォーリスの弱点である人物に協力を仰ぐ。
それはウォーリスの生涯で唯一心も許した最愛の女性であり、リエスティアの母親でもある侍女カリーナだった。
彼女はリエスティアを出産後に患った臓器の損傷によって自由に動けぬ身体となり、ウォーリスは母ナルヴァニアの下にカリーナを預け臓器提供者を探す。
そして本来とは異なる形ながらも移植可能な臓器を手に入れたウォーリスは、仮死状態のカリーナに治療を施し、無事に蘇生を施す事に成功させていた。
しかし自らの父親を討つ為に多大な犠牲を強いていたウォーリスにとって、その事実を優し過ぎるカリーナに知らせるわけにはいかない。
そこで精神干渉の秘術を用いて彼女の記憶を封じて安全策となる紋様を施し、同じように記憶を失っていたリエスティアの傍に置き、いつか復活する父親から隠す為に潜ませていた。
ウォーリスとって最大の弱点となる秘密を知る者は、信頼するアルフレッドやザルツヘルムのみ。
しかし未来においてウォーリスに死霊術を施され協力関係となっていたアリアもまた、その存在が最も重要であることを知る一人だった。
それを利用したアリアは、カリーナに自分の知る情報を全て伝える。
そこで知るウォーリスの行動の真の意味を理解したカリーナは、自らの命を使った説得に協力して見せた。
その投影を見せられたウォーリスは、現実世界に拡大させていた理想郷を停止させる。
すると赤い光に覆われていた世界が元の色を取り戻し、黄金色に染まる空が再び戻って来た。
「――……赤い光が無くなった。……やったんだな、アリア……!!」
マナの大樹を見上げながら創造神を抱え持つエリクは、元の色に戻った世界の景色に驚きを浮かべる。
それ以上に、マナの大樹に侵入したアリアが循環機構を掌握して見せたのだと確信をエリクは得ていた。
しかし今現在の状況において、その認識は誤りだと言ってもいい。
まだ循環機構を掌握しているのはウォーリスであり、理想郷の浸蝕を止めたのもまた彼の意思でもあった。
そんな彼自身は、その結果を不本意としながら目の前に対峙している精神体のアリアを睨みながら言葉を向ける。
「理想郷は止めたぞ! だから、カリーナを止めてくれ……!」
「――……ログウェル」
歯を食い縛りながらカリーナの自殺を止めるよう頼むウォーリスに、アリアは応じる形で投影越しにログウェルに念話を送る。
それに応えるように、ログウェルは剣を引いて首を斬ろうとするカリーナの刃を掴み止めた。
「!」
「どうやらウォーリス殿は、本当に君の命を大事にしておるようじゃな」
そう微笑みながら自分の長剣を奪い取るログウェルは、血を流し傷付いたカリーナの首筋に治癒魔法を施す。
それを投影で見せるアリアは、改めてウォーリスに次なる要求を伝えた。
「次は循環機構よ。私に制御権を渡しなさい」
「……制御権を得て、どうするつもりだ」
「勿論、元に戻すよ。この世界をね」
「……お前もそうか。……なら結局、この世界は何も変わらない。ただ同じ悲劇を繰り返す、無意味な世界が続くだけだ」
「アンタが悲劇塗れの人生だったからって、世界の価値を勝手に決めるんじゃないわよ」
「だが事実だ。この世界は、多くの者達が築き上げた悲しみによって成り立っている。それを取り払い世界を再構成する為には、一度は全てを『虚無』に帰す他ない」
「その為に理想郷を拡大させていたのね。でも自分の大事な存在を消さない為に、保護しようとした。そういうことでしょ?」
「……ッ」
「やっぱりアンタ、私とよく似てるわ。自分勝手で自分本位。それでいて、大切してる人間だけには情けや容赦を掛けまくるのよね」
思考を読み取るように語るアリアの言葉は、ウォーリスは表情を厳しくさせながら苛立ちを高める。
そして自らの感情を吐露させるように、低い怒鳴り声を向けながらウォーリスは明確な意思を見せた。
「私とお前では、決定的な違いがある。……それは、この世界に対する見方だ」
「……」
「この世界は、歪の上に成り立っている。それを正しく戻せるのは、その歪さを知る者だけだ」
「それが自分だって、そう言いたいわけ?」
「そうだ、と言いたいところだが。……本当ならば、私でなくてもいいんだ。それを知り、世界を変えようと思える者がやればいいと思っている」
「!」
「だが、それを知る者達……それを出来る原初の到達者達は、何もしようとはしない。ただ創造神の作った箱庭の中で、自らの役割を果たす事しか考えていない」
「……」
「かつて当時のゲルガルドすらも仕えていたという、人間の到達者。『帝王《かれ》』はそうした歪な世界の在り方を否定し、世界を変革する為に原初の到達者達が管理していた七本のマナの樹を破壊し、『天界』へ続く通路を出現させた。……しかしそれも、途中で敗れた事で世界の変革を果たされなかった」
「……それが魔大陸に人間達が侵攻した、第一次人魔大戦の真実ね」
「そうだ。それ等の知識を持つゲルガルドの利用し、天界に存在する最後のマナの樹を掌握する。そして誰もが果たそうとしない、世界の変革を果たす。……でなければ、この世界に生まれ続けている悲劇は何も変えられない」
「……アンタが言ってる悲劇ってのは、自分の娘だった『黒』の事も含まれてるのね」
「そうだ! 本来ならば忌むべき意味を持たない子供が、『黒』を……創造神の肉体とそれを管理する精神に操られるなど、あってはならないっ!! ……それさえ無ければ、私はリエスティアを……自らやカリーナの子供として、純粋に愛することも出来た……っ!!」
「……」
「それだけじゃない。『黒』の存在を忌み嫌う者達によって、その周囲の者達に悲劇が訪れる。……ランヴァルディアとネフィリアスの二人も、その一例に過ぎない」
「……ッ」
「ならば私は、『創造神』などという存在に依存しない新たな世界を創るしかないと考えた。……だがゲルガルドなどという悍ましい男が創造神に成り代わるくらいならば、私が成さねばならないと思ったまでだ」
「……やっぱり『弱者』の思考ね。誰もしないから、自分がやるしかない。そんな思考で神様なんかに成られたら、堪ったもんじゃないわ」
「ならば君は、どうするべきだったと言える? ……私と同じ環境に同じように身を置いて、お前はどう出来たと言えるんだ?」
恨めしそうに睨みながら唸るウォーリスの言葉に、アリアは呆れるように鼻息を漏らす。
そして何の躊躇いも無く、こうした言葉を返した。
「簡単よ。私だったら、死んでもそんな父親には従わないわ」
「!」
「そして死んだとしても、私自身の手で悍ましい父親を倒す事だけを考える。……誰かの手も借りず、誰も巻き込まず。ただ自分の命だけを賭けてね」
「……言うのは簡単だろう。だが、例え私がお前の言うように行動しても。そんな事は不可能だった」
「あら、そう? ……アンタの周りにも居たんでしょ。アンタの為だったら、命を賭けて戦ってくれる人達が」
「!」
「私にも周りにも居るわ、そんな物好きな奴等がね。……そして今、アンタが倒せなかったゲルガルドを倒して、私達はここにいる」
「……ッ」
「言ったでしょ、アンタと私は似てるって。……アンタだって、私と同じ道を選べたのよ。仲間達と一緒に……いいえ。私達と一緒に、ゲルガルドを倒す道だってあったはずなのよ」
「……!!」
「その道を、アンタは自ら閉ざし続けた。……そして、自分で悲劇を生み出す存在になってしまった」
「……違う、私は……!!」
右手を差し伸べながら歩み近付くアリアに、ウォーリスは気圧されるように退く。
しかしその真横に浮かぶ投影から、ウォーリスを呼ぶカリーナの声が再び響いた。
『ウォーリス様!』
「!」
『もう、いいんです。……私は、ウォーリス様が生きていらっしゃるだけで、それで……』
「……カリーナ……」
『私も、ウォーリス様と共に罪を償います。……だから、お願いです……』
そう懇願するカリーナの言葉に、ウォーリスは動揺を強める。
そして右手を差し伸べるアリアは、ウォーリスの掌握する循環機構を引き渡すよう再び求めた。
「アンタが制御権を譲れば、私やログウェルも多少はアンタ達の事を庇ってやるわ。……でもそこからは、アンタ達の行動次第よ」
「……!!」
「今までアンタ達の策略で犠牲になった被害者達に償いたいなら、勝手にすればいい。それで許すも許さないも、当事者次第よ。……さぁ、これ以上は抗うのを止めなさい。ウォーリス」
『ウォーリス様……!』
諭すように話すアリアの言葉に、ウォーリスは動揺を強める。
そして追い撃ちを掛けるようなカリーナの呼び掛けが、身体を引かせるだけだったウォーリスを踏み止まらせ、強張らせた表情を僅かに緩めさせた。
すると右手を僅かに動かし、差し伸べられたアリアの右手に向かおうとする。
しかし次の瞬間、目の前に居たアリアすらも気付かぬ内に出現していた黒い影がウォーリスの真横で呼び掛けた。
『――……よろしいのですね? ウォーリス様』
「……ヴェルフェゴール……!?」
「アンタは、あの時の悪魔……!?」
アリアやウォーリスは突如として現れた黒い影に驚愕し、互いに悪魔である事に気付く。
そして囁くように呼び掛ける悪魔ヴェルフェゴールは、ウォーリスに改めて問い掛けた。
『ウォーリス様。貴方は御自分が課した私との契約を、反故される気ですか? だとすれば、契約違反となってしまいますが』
「……ッ!!」
「契約……!? アンタ、その悪魔とどんな契約をしたのっ!?」
『おや、それは知らなかったのですね。――……ウォーリス様は、私と契約する際にこうした願いを御伝えしました。……この世界を変えるまで、協力しろと』
「!?」
『ウォーリス様は、まだこの世界を何も変えていらっしゃらない。……それを果たさずに諦めるということは、明確な契約違反となりますが』
「……クッ!!」
悪魔の言葉によってウォーリスと交わした契約の願いを知ったアリアは、すぐさま行動に移る。
それは差し伸べた手を握りながら生命力と魔力を込めた放出攻撃を、影として出現している悪魔ヴェルフェゴールに浴びせる行動だった。
しかしそれを止めたのは、差し伸べられた手を自ら防御にして受けるウォーリスの右手。
アリアはそれに驚愕を浮かべ、飛び退きながら叫んだ。
「ウォーリスッ!!」
「……私はここに来るまでに、悪魔の力を幾度も借りた。……もう、退く事は出来ない」
「ッ!!」
『ウォーリス様……!!』
「すまない、カリーナ。私は君と共に、償う事は出来ない……。……私が世界を変えるか。それとも私が滅ぼされるか。その二つしか、選択肢は無いんだ!」
「この、馬鹿ッ!!」
自らの選択肢を狭め続けたウォーリスは、最後の説得に対して残る二択の選択を見せる。
それを選ばせるのをアリアに任せると、ウォーリスは自らの周囲に循環機能を制御する操作盤を出現させた。
それに反応し飛び込むアリアは、左半身と右半身には生命力と瘴気を分けて纏わせながら迫る。
そして強行しようとするウォーリスを止める為に、最後の攻撃を放った。
次の瞬間、二人の居た精神世界が黒と白が螺旋状に織り交じる景色へと変わり果てる。
それと同時に現実世界のマナの大樹も白い輝きを放ち、エリク達がいる周囲を眩く照らし始めた。
こうして説得に失敗したアリア達は、最後の強行に出るウォーリスを止めようとする。
それは抗えぬ道を進み続けた男の辿った、悲劇の末路とも言えるのだった。
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