虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

文字の大きさ
1,107 / 1,360
革命編 七章:黒を継ぎし者

悲劇の道

しおりを挟む

 記憶を失っていた現在の自分アルトリアに未来の記憶を見せたアリアは、ウォーリスの弱点である人物に協力を仰ぐ。
 それはウォーリスの生涯で唯一心も許した最愛の女性であり、リエスティアの母親でもある侍女カリーナだった。

 彼女カリーナはリエスティアを出産後に患った臓器の損傷によって自由に動けぬ身体となり、ウォーリスは母ナルヴァニアの下にカリーナを預け臓器提供者ドナーを探す。
 そして本来とは異なる形ながらも移植可能な臓器を手に入れたウォーリスは、仮死状態のカリーナに治療を施し、無事に蘇生を施す事に成功させていた。

 しかし自らの父親ゲルガルドを討つ為に多大な犠牲を強いていたウォーリスにとって、その事実を優し過ぎるカリーナに知らせるわけにはいかない。
 そこで精神干渉の秘術を用いて彼女カリーナの記憶を封じて安全策となる紋様を施し、同じように記憶を失っていたリエスティアの傍に置き、いつか復活する父親ゲルガルドから隠す為に潜ませていた。

 ウォーリスとって最大の弱点となる秘密カリーナを知る者は、信頼するアルフレッドやザルツヘルムのみ。
 しかし未来においてウォーリスに死霊術を施され協力関係となっていたアリアもまた、その存在カリーナが最も重要であることを知る一人だった。

 それを利用したアリアは、カリーナに自分の知る情報を全て伝える。
 そこで知るウォーリスの行動の真の意味を理解したカリーナは、自らの命を使った説得に協力して見せた。

 その投影ビジョンを見せられたウォーリスは、現実世界に拡大させていた理想郷ディストピアを停止させる。
 すると赤い光に覆われていた世界が元の色を取り戻し、黄金色に染まる空が再び戻って来た。

「――……赤い光が無くなった。……やったんだな、アリア……!!」

 マナの大樹を見上げながら創造神オリジンを抱え持つエリクは、元の色に戻った世界の景色に驚きを浮かべる。
 それ以上に、マナの大樹に侵入したアリアが循環機構システムを掌握して見せたのだと確信をエリクは得ていた。

 しかし今現在の状況において、その認識は誤りだと言ってもいい。
 まだ循環機構システムを掌握しているのはウォーリスであり、理想郷ディストピアの浸蝕を止めたのもまた彼の意思でもあった。

 そんな彼自身ウォーリスは、その結果を不本意としながら目の前に対峙している精神体のアリアを睨みながら言葉を向ける。

理想郷ディストピアは止めたぞ! だから、カリーナをめてくれ……!」

「――……ログウェル」

 歯を食い縛りながらカリーナの自殺を止めるよう頼むウォーリスに、アリアは応じる形で投影ビジョン越しにログウェルに念話を送る。
 それに応えるように、ログウェルは剣を引いて首を斬ろうとするカリーナの刃を掴み止めた。

「!」

「どうやらウォーリス殿は、本当に君の命を大事にしておるようじゃな」

 そう微笑みながら自分の長剣を奪い取るログウェルは、血を流し傷付いたカリーナの首筋に治癒魔法を施す。
 それを投影ビジョンで見せるアリアは、改めてウォーリスに次なる要求を伝えた。

「次は循環機構システムよ。私に制御権を渡しなさい」

「……制御権それを得て、どうするつもりだ」

「勿論、元に戻すよ。この世界をね」

「……お前もそうか。……なら結局、この世界は何も変わらない。ただ同じ悲劇を繰り返す、無意味な世界が続くだけだ」

「アンタが悲劇塗れの人生だったからって、世界の価値を勝手に決めるんじゃないわよ」

「だが事実だ。この世界は、多くの者達が築き上げた悲しみによって成り立っている。それを取り払い世界を再構成する為には、一度は全てを『虚無』に帰す他ない」

「その為に理想郷ディストピアを拡大させていたのね。でも自分の大事な存在カリーナを消さない為に、保護しようとした。そういうことでしょ?」

「……ッ」

「やっぱりアンタ、私とよく似てるわ。自分勝手で自分本位。それでいて、大切してる人間ひとだけには情けや容赦を掛けまくるのよね」

 思考を読み取るように語るアリアの言葉は、ウォーリスは表情を厳しくさせながら苛立ちを高める。
 そして自らの感情を吐露させるように、低い怒鳴り声を向けながらウォーリスは明確な意思を見せた。

「私とお前では、決定的な違いがある。……それは、この世界に対する見方だ」

「……」

「この世界は、歪の上に成り立っている。それを正しく戻せるのは、その歪さを知る者だけだ」

「それが自分だって、そう言いたいわけ?」

「そうだ、と言いたいところだが。……本当ならば、私でなくてもいいんだ。それを知り、世界を変えようと思える者がやればいいと思っている」

「!」

「だが、それを知る者達……それを出来る原初の到達者エンドレス達は、何もしようとはしない。ただ創造神オリジンの作った箱庭せかいの中で、自らの役割を果たす事しか考えていない」

「……」

「かつて当時のゲルガルドすらも仕えていたという、人間ひと到達者エンドレス。『帝王《かれ》』はそうした歪な世界の在り方を否定し、世界を変革する為に原初の到達者エンドレス達が管理していた七本のマナの樹を破壊し、『天界エデン』へ続く通路を出現させた。……しかしそれも、途中で敗れた事で世界の変革を果たされなかった」

「……それが魔大陸に人間達が侵攻した、第一次人魔大戦の真実ね」

「そうだ。それ等の知識を持つゲルガルドの利用し、天界エデンに存在する最後のマナのを掌握する。そして誰もが果たそうとしない、世界の変革を果たす。……でなければ、この世界に生まれ続けている悲劇は何も変えられない」

「……アンタが言ってる悲劇ってのは、自分の娘だった『黒』の事も含まれてるのね」

「そうだ! 本来ならばむべき意味を持たない子供が、『黒』を……創造神オリジンの肉体とそれを管理する精神に操られるなど、あってはならないっ!! ……それさえ無ければ、私はリエスティアを……自らやカリーナの子供として、純粋に愛することも出来た……っ!!」

「……」

「それだけじゃない。『黒』の存在を忌み嫌う者達によって、その周囲の者達に悲劇が訪れる。……ランヴァルディアとネフィリアスの二人も、その一例に過ぎない」

「……ッ」

「ならば私は、『創造神オリジン』などという存在に依存しない新たな世界を創るしかないと考えた。……だがゲルガルドなどというおぞましい男が創造神オリジンに成り代わるくらいならば、私が成さねばならないと思ったまでだ」

「……やっぱり『弱者アンタ』の思考ね。誰もしないから、自分がやるしかない。そんな思考で神様なんかに成られたら、たまったもんじゃないわ」

「ならば君は、どうするべきだったと言える? ……私と同じ環境に同じように身を置いて、お前はどう出来たと言えるんだ?」

 恨めしそうに睨みながら唸るウォーリスの言葉に、アリアは呆れるように鼻息を漏らす。
 そして何の躊躇いも無く、こうした言葉を返した。

「簡単よ。私だったら、死んでもそんな父親ゲルガルドには従わないわ」

「!」

「そして死んだとしても、私自身の手で悍ましい父親ゲルガルドを倒す事だけを考える。……誰かの手も借りず、誰も巻き込まず。ただ自分の命だけを賭けてね」

「……言うのは簡単だろう。だが、例え私がお前の言うように行動しても。そんな事は不可能だった」

「あら、そう? ……アンタの周りにも居たんでしょ。アンタの為だったら、命を賭けて戦ってくれる人達が」

「!」

「私にも周りにも居るわ、そんな物好きな奴等がね。……そして今、アンタが倒せなかったゲルガルドを倒して、私達はここにいる」

「……ッ」

「言ったでしょ、アンタと私は似てるって。……アンタだって、私と同じ道を選べたのよ。仲間達と一緒に……いいえ。私達と一緒に、ゲルガルドを倒す道だってあったはずなのよ」

「……!!」

「その道を、アンタは自ら閉ざし続けた。……そして、自分で悲劇を生み出す存在になってしまった」

「……違う、私は……!!」

 右手を差し伸べながら歩み近付くアリアに、ウォーリスは気圧されるように退く。
 しかしその真横に浮かぶ投影ビジョンから、ウォーリスを呼ぶカリーナの声が再び響いた。

『ウォーリス様!』

「!」

『もう、いいんです。……私は、ウォーリス様が生きていらっしゃるだけで、それで……』

「……カリーナ……」

『私も、ウォーリス様と共に罪を償います。……だから、お願いです……』

 そう懇願するカリーナの言葉に、ウォーリスは動揺を強める。
 そして右手を差し伸べるアリアは、ウォーリスの掌握する循環機構システムを引き渡すよう再び求めた。

「アンタが制御権ここを譲れば、私やログウェルも多少はアンタ達の事を庇ってやるわ。……でもそこからは、アンタ達の行動次第よ」

「……!!」

「今までアンタ達の策略さくで犠牲になった被害者達に償いたいなら、勝手にすればいい。それで許すも許さないも、当事者次第よ。……さぁ、これ以上は抗うのを止めなさい。ウォーリス」

『ウォーリス様……!』

 諭すように話すアリアの言葉に、ウォーリスは動揺を強める。
 そして追い撃ちを掛けるようなカリーナの呼び掛けが、身体を引かせるだけだったウォーリスを踏み止まらせ、強張らせた表情を僅かに緩めさせた。

 すると右手を僅かに動かし、差し伸べられたアリアの右手に向かおうとする。
 しかし次の瞬間、目の前に居たアリアすらも気付かぬ内に出現していた黒い影がウォーリスの真横で呼び掛けた。

『――……よろしいのですね? ウォーリス様』 

「……ヴェルフェゴール……!?」

「アンタは、あの時の悪魔……!?」

 アリアやウォーリスは突如として現れた黒い影に驚愕し、互いに悪魔ヴェルフェゴールである事に気付く。
 そして囁くように呼び掛ける悪魔ヴェルフェゴールは、ウォーリスに改めて問い掛けた。

『ウォーリス様。貴方は御自分が課した私との契約を、反故される気ですか? だとすれば、契約違反となってしまいますが』

「……ッ!!」

「契約……!? アンタ、その悪魔とどんな契約をしたのっ!?」

『おや、それは知らなかったのですね。――……ウォーリス様は、私と契約する際にこうした願いを御伝えしました。……この世界を変えるまで、協力しろと』

「!?」

『ウォーリス様は、まだこの世界を何も変えていらっしゃらない。……それを果たさずに諦めるということは、明確な契約違反となりますが』

「……クッ!!」

 悪魔の言葉によってウォーリスと交わした契約の願いを知ったアリアは、すぐさま行動に移る。
 それは差し伸べた手を握りながら生命力オーラと魔力を込めた放出攻撃を、影として出現している悪魔ヴェルフェゴールに浴びせる行動ことだった。

 しかしそれを止めたのは、差し伸べられた手を自ら防御まもりにして受けるウォーリスの右手。
 アリアはそれに驚愕を浮かべ、飛び退きながら叫んだ。

「ウォーリスッ!!」

「……私はここに来るまでに、悪魔やつの力を幾度も借りた。……もう、退く事は出来ない」

「ッ!!」

『ウォーリス様……!!』

「すまない、カリーナ。私は君と共に、償う事は出来ない……。……私が世界を変えるか。それとも私が滅ぼされるか。その二つしか、選択肢は無いんだ!」

「この、馬鹿ッ!!」

 自らの選択肢を狭め続けたウォーリスは、最後の説得に対して残る二択の選択を見せる。
 それを選ばせるのをアリアに任せると、ウォーリスは自らの周囲に循環機能システムを制御する操作盤パネルを出現させた。

 それに反応し飛び込むアリアは、左半身と右半身には生命力と瘴気を分けて纏わせながら迫る。
 そして強行しようとするウォーリスを止める為に、最後の攻撃を放った。

 次の瞬間、二人の居た精神世界が黒と白が螺旋状に織り交じる景色へと変わり果てる。
 それと同時に現実世界のマナの大樹も白い輝きを放ち、エリク達がいる周囲を眩く照らし始めた。

 こうして説得に失敗したアリア達は、最後の強行に出るウォーリスを止めようとする。
 それは抗えぬ道を進み続けた男の辿った、悲劇の末路とも言えるのだった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...