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革命編 七章:黒を継ぎし者
刃止め
しおりを挟むマナの大樹内部に侵入したアリアは、循環機構に干渉し現実世界に理想郷を拡大させているウォーリスに精神体の戦いを挑む。
最初こそ精神的な揺さぶりと精神体での戦闘経験において優勢を見せたアリアだったが、すぐに順応したウォーリスに追い詰められてしまった。
しかしアリアは臆する様子を見せず、ウォーリスに最も有効な手段を突き付ける。
それは現在の自分に伝えていた自身の記憶を元に、ウォーリスの弱点だったリエスティアの侍女を務めていた女性を人質にするという作戦だった。
それに秘かに協力していた『緑』の七大聖人ログウェルは、『理想郷』に飲まれず健在な様子で侍女を拘束している様子をアリアに映し出されている。
すると映っているログウェルの脳裏には、こうした状況になる直前に知らされたアルトリアの話を思い出していた。
それは出産を控えているリエスティアと共に、アルトリアが帝都の貴族街で暮らすようになった頃。
丁度、『黄』の七大聖人ミネルヴァの引き起こした事件が起きてから間もない時期でもあった。
『――……ふむ。アルトリア様は、これから共和王国が帝国へ何か起こすと御考えですかな?』
『まぁね。共和王国で何かが起きた以上、そう考えるのが妥当でしょ。一番あり得そうな可能性は、リエスティア周りの事だろうけど』
『彼女とその子供を、誘拐すると?』
『あの男の場合、既に帝国からあの子達を引き離す事を考えてるでしょ。でなければ、この前みたいな茶番なんかしないだろうし』
『確かに、そうでしょうな。……して、そのような些細な忠告だけをアルトリア様は御伝えしたかったのですかな?』
アルトリアは自分達が隠れ暮らす帝都の屋敷にて、ログウェルを招きながらそうした話を行う。
その用向きを改めて尋ねたログウェルに、アルトリアは口元を微笑ませながら伝えた。
『この間、私の実家が襲撃を受けた時。その時に、私と接触して来た奴がいる』
『!』
『そいつの記憶が確かなら、ウォーリスはリエスティアの外に重要視してる人物がいるわ』
『それは、貴方の事ですかな?』
『私の事は、別にどうでもいいのよ。――……重要なのは、ウォーリスにとって彼女がどの程度まで大事な存在なのかってことよ』
『彼女?』
『いるじゃない。リエスティアの傍にいつも付いてる、彼女よ』
『……あの侍女が、ウォーリスにとって重要な人物?』
アルトリアの口からその事を聞かされた当初、ログウェルは懐疑的な内情を浮かべる。
すると互いの認識をすり合わせるように、アルトリアはログウェルに侍女の存在について語った。
『例えば、私がウォーリスの立場なら。本当に守りたい人間を他国に預ける時に、素直に重要な人物だと明かさないわ。適度に注目を避けられて、害し難い立場の人間として置く。……隣国から来た王女様を介護する役目の侍女なんかは、まさに打ってつけだと思わない?』
『……リエスティア様を隠れ蓑にして、あの侍女を潜ませていると。貴方と接触したという者は、それを伝えたのですかな?』
『いいえ。ただウォーリスにとって、侍女が重要な人間だとしか』
『それを、素直に信じなさるので?』
『合理的に考えれば、可能性の一つとしてあるとは思ってるだけよ。……そこで、貴方に御願いがあるの』
『お願い?』
『もし何かしらの異常が起きた時、貴方は馬鹿皇子の傍に居る可能性が高い。それは必然として、リエスティアや侍女も傍に居る事になる。……もし何か異常が起こった時、念の為に侍女を確保しておけるよう、算段を立てておいてくれないかしら』
『ふむ。つまり儂に、侍女もウォーリス達から奪われぬようにせよと?』
『ええ。無理そう?』
『……状況次第ですが。まぁ、やってみましょう』
ログウェルはそうした回答を行い、漠然とした依頼を引き受ける。
それを頼んだアルトリア自身も詳しい事情を理解していない中で、その異常事態が起きてしまった。
そして侍女には奴隷紋と同時に自爆術式が施されているとされ、それが起爆しようとする。
ログウェルはそれを察知し、咄嗟に侍女を掴んで転移魔法で帝国から遠く離れた地に移動していた。
『――……えっ』
『む?』
転移した場所は山々が見える自然の場所であり、侍女とログウェルは共に疑問の表情を浮かべる。
それは眩い程に輝いていた侍女の紋様が、突如として薄れ消える光景だった。
自分が爆発しない状況を不思議そうにする侍女に、ログウェルは手を放しながら話し掛ける。
『……どうやら、お前さんに施されておった紋様は偽物だったようじゃな』
『え……?』
『爆発は起きぬ、ということじゃよ。それに、儂が転移しようとした場所とも異なるのぉ。……だからこそ、分からんな。お前さん、何者なんじゃ?』
『わ、私が……何者……?』
『お前さんが爆発するように見せ掛け、紋様に仕掛けた転移魔法で逃がす。それはつまり、お前さんだけでもあの状況から助けようとする意志が術者にあったからじゃ』
『!』
『お前さんがウォーリスにとって重要人物だというのは、本当の事らしい。……教えてくれんかね? 君の正体を』
『……わ、分からないんです……』
『む?』
問い掛けるログウェルの言葉に、侍女は恐る恐る声を漏らす。
首を傾げながらそれを聞くログウェルに、侍女は自身の素性と事情について伝えた。
『……私は、五年前まで皇国の治療施設に居たらしくて……。……それ以前の記憶は、何も……』
『治療施設?』
『そこで目が覚めたら、治療費が必要だと言われて。でも、とても膨大なお金で、自分では払えなくて。……膨大な借金を背負おうとしていた私は、奴隷として身元を引き受けられたんです』
『……それを引き受けたのが、ウォーリス……いや、当時はアルフレッドと名乗っておった男なのじゃな?』
『はい……。……私は王国に連れて行かれて、歩けないリエスティア様の世話役を任されました。その為に必要だと言われて、ある程度の戦闘訓練も受けて……』
『では、あの自爆術式はいつ施されたのかね?』
『……王国から帝国へ向かう直前でした。アルフレッド様からは、有事の際には自爆術式を使ってリエスティア様の危険を排すると、そう言われて……』
『しかし、実際には自爆せぬ偽物だったわけか。……それではお前さん自身、自分の素性を知らんのかね?』
『……』
『そういえば、今まで名を聞いておらんかったな。……君の名前は?』
『……カリーナと、アルフレッド様から付けられました』
侍女は自身の名前と記憶に残っていない自らの経歴を明かし、ログウェルの問い掛けに答える。
それに十分な理解を得られなかったログウェルは、首を傾げながら疑問を深めていた。
そんな時、ログウェルが目を見開きながら左腰に携えている長剣を右手で引き抜く。
そして木々が見える森の向こう側に視線と矛先を向けると、今度はそちらに問い掛けを向けた。
『儂等の転移魔法を追跡して来た、ということか。……そこに居るのは、何者かね?』
『!』
『――……待ちなさい。私は、アンタの敵じゃないわ』
気配を察知したログウェルに、そこに転移して隠れていた者は応える。
そして自ら姿を明かすと、そこには顔まで覆われた黒い外套の人物がいた。
更に肉声とは異なる機械的で声を用いている人物に、ログウェルは警戒心を解かずに問い掛ける。
『……お前さんの風貌、確か公爵領地を襲撃してアルトリア様達を襲ったという……』
『そう、それと同一人物よ。少なくとも、中身はね』
『中身……なるほど、姿は魔導人形ということか』
『そうよ。……無事、その侍女を確保してくれたみたいね』
『!』
そう話す黒い外套の人物は、ログウェルから視線を外して侍女に注目する。
すると侍女に近付こうと歩き始めると、それを阻むようにログウェルの長剣が止めた。
『今度は、何をする気かね?』
『その侍女、強い精神干渉を受けてるわ。だから私が、本当の記憶を戻させようかと思ってね』
『!』
『……本当の、私の……記憶……?』
『この先、ウォーリスが何かを引き起こす時。それがこの世界にとって、重要な切り札になる。――……私を、そしてアルトリアを信じて手を貸しなさい。ログウェル=バリス=フォン=ガリウス』
『……』
機械の声ながらも確かな意思の強さを見せる黒い外套の人物に対して、ログウェルは思案した後に遮っていた長剣を引く。
そして侍女の頭部に機械の手を触れさせると、精神干渉を行い意図的に封じられていた侍女カリーナの記憶を蘇らせた。
カリーナは脳裏に駆け巡る記憶から、幼い頃に仕えていたゲルガルド伯爵家の出来事を思い出す。
更に自分の記憶にあるウォーリスやリエスティアなどの過去の姿が、現在の彼等に重なり合うと、その瞳から涙を浮かべながら地面へ膝を着いた。
『……ウォーリス様……。……あの子が、リエスティア……!?』
『思い出したみたいね。貴方がずっと守っていた子が、貴方にとってどれだけ大事な子なのかを』
『……じゃあ、本当に……。……あの子が私の……ウォーリス様と私の……!!』
全ての記憶を思い出したカリーナは、自分が過去にウォーリスと出会い、リエスティアという子供を儲けた事を思い出す。
そして自分が病床に伏して仮死状態となっていた長い間に、少年姿のウォーリスや幼いリエスティアが成長した姿になっていた事を自覚した。
そうして動揺を浮かべるカリーナに、黒い外套の人物は膝を着きながら言葉を交わす。
『ええ、そうよ。――……カリーナ。貴方に御願いがあるの』
『……?』
『私の予想が正しければ、ウォーリスはこの先にとんでもない事をやるつもりよ。私はそれを止めるつもりだけど、上手くいかないかもしれない。……だからそれを止める最後の手段としち、貴方に協力してほしいの』
『……ウォーリス様が……?』
『そうよ。……貴方はウォーリスにとって、記憶を封じ偽物まで施して隠しておきたい程の重要な存在。……もしもウォーリスを止められるとしたら、この世界でただ一人。きっと、貴方だけだわ』
『……!!』
そうして頼む黒い外套の人物に、カリーナは動揺した面持ちを浮かべる。
しかし僅かに頷く様子を確認すると、カリーナの保護をログウェルは頼まれる事になった。
そうして思考を過去の出来事から意識を現在に戻したログウェルは、赤い光を防ぐ結界を施しながら、拘束した状態のカリーナに向けて優しく話し掛ける。
「では、御願いしますぞ。カリーナ殿」
「……はい」
赤い光を遮る白い結界の中で、カリーナは顔を上げる。
そして精神世界でその映像を投影するアリア越しに、ウォーリスに自分の意思を伝えた。
『――……ウォーリス様。……こんな事、もう御止め下さい……!』
「……!!」
『御話は、全てその方から聞きました。……私が約束させてしまった言葉が、ウォーリス様の御負担になってしまったのですよね……?』
「違う、カリーナ! 君との約束が、私にとっても――……」
『……私のせいで、ウォーリス様達がこれ以上、苦しまれるのは嫌です。……だから、私は……!』
「!?」
投影された映像越しにカリーナの言葉と姿を確認するウォーリスは、目を大きく見開く。
すると拘束されていたカリーナの両手が解放されると、自らの手でログウェルの長剣を握り持ち、その首元に刃を添えたのだ。
それを見たウォーリスは青い瞳を見開かせながら、怒鳴り声をアリアに向ける。
「止めさせろっ!! でなければ、お前を……!!」
「殺ればいいわ、御自由にどうぞ?」
「……ッ!!」
突き付ける矛先に一切の怯みを見せないアリアに、ウォーリスは苦々しい面持ちを強める。
そして再び投影されているカリーナの映像を見ながら、首元に近付けた刃が僅かに沈み込み赤い血を流す光景を目撃しながら焦りを色濃くさせた。
「……何故だっ!? 何故、カリーナはこんな事を……!!」
「分からないの? これも全部、アンタのせいよ」
「!!」
「アンタが今までやって来た事で、何人も……何万という人間が犠牲になった。それが自分のせいだと思えば、自殺したくもなるでしょうよ。そうするかもしれないと思ったから、アンタも彼女の記憶を封じてたんでしょ?」
「ッ!!」
「彼女がこのまま死ねば、魂を理想郷に取り込めず消失させるしかない。……さぁ、どうするの? ウォーリス」
「……ク……ッ!!」
手の平で刃を動かすカリーナの首に、先程よりも大きめの赤い血液が流れる。
それを見たウォーリスは表情を強張らせると、左手に持っていた生命力の剣を消失させ、左側の中空に操作盤を映し出した。
ウォーリスが操作盤を扱うと、現実世界に在る異変が起こる。
それはマナの大樹から世界を覆い尽くそうと放出されていた赤い光が止まり、元の景色へ戻っていく光景だった。
応援ありがとうございます!
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