虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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革命編 八章:冒険譚の終幕

時は流れる

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 創造神オリジンの自殺を模倣する循環機構システムの計画により、世界の全てが破壊されようとしている。
 それを止めるべく天界エデンに残るのは、アルトリアと創造神の肉体リエスティア、そして彼女アリアの仲間であるエリク達だった。

 彼等は循環機構システムの計画が完遂されたと欺くべく、作成した偽装情報を自爆直前に送り込む。
 そして循環機構システムの計画は終わりを迎え、世界は終わりを迎える事になった。

 その出来事から、時は大きく流れる。
 すると視点となる語り部もまた変化し、そこにはアルトリアの実兄あにであるセルジアス=ライン=フォン=ローゼンの姿がった。

「――……閣下、各領からの報告が届きました」

「そうか。後で目を通するから、机に置いてくれ」

「分かりました」

 本邸に務める老いた家令の報告を聞き、セルジアスは執務室の椅子からそう伝える。
 そして老執事は丁寧な所作で幾重にも重ねられている書類を置くと、そこで向き合いながら別の書類仕事を進めているセルジアスに問い掛けるような言葉を向けた。

「お疲れの御様子ですが、また御休みになられていらっしゃいませんね?」

「……色々と、やることが多いからね。あとを託す者達の為にも、私がやれることはしておかないと」

「しかし今回の事件は、セルジアス様に非が有るわけでは……」

「いいや、私の責任だよ。……今回の事件で犠牲になった死者の数は、十八万人以上。そして破壊された帝都とその周辺にある街や村の被害は、三十以上に及んでいる」

「……っ」

「しかも死傷者の中には、祝宴パーティーに招待していた帝国貴族達も含まれている。……特に後継となる家族を連れて出席していた貴族達も多く、彼等の遺した領地を継げる者が居ない場合が多い」

「……」

「致命的なのは、帝都に居た官僚達がほとんど消失……いや、殺されてしまった事だ。……次世代の帝国を担うべき者達が一気に居なくなってしまっては、この国は立ちまわれなくなってしまう」

「で、あればこそ。このまま閣下が宰相を御辞めになってしまうのは……」

「それでも誰かが、責任を取らなくてはいけないんだ。……この事態を未然に防げなかった、無能者としてね」

「……ッ」

「私への気遣いは感謝しておく。だがそれ以上に、私は済ませておかなければいけない事が多いということだ。しばらく皆にも協力して欲しいと、言い含めておいてくれ」

「……はいっ」

 宰相職を辞する意思を変えないセルジアスの言葉に、家令は苦々しい表情を浮かべながらも応じるように頷く。
 そして執務室から家令が去った後、机に置かれている珈琲コーヒーを飲んだセルジアスは椅子から立ち上がり硬くなった身体を動かすと、執務室に備えてある窓へ歩み寄りながら呟いた。

「……あの異変から、もう三ヶ月が経つのか……」

 そう呟いたセルジアスが窓の先に見るのは、青色に戻った空の景色。
 そして青く染まる上空そらに不自然に浮かぶ黒い影を見ながら、感慨深そうな様子を見せていた。

 帝国で起きた襲撃事件に始まり、五百年前にも起きた天変地異カタストロフィと同様の事態が起きた今回の異変。
 しかし時の流れによって黄金色の空は無くなり、三ヶ月という時間が経過する帝国を中心とした世界の状勢をセルジアスは整理するように思い出す。

 帝都の生き残りと共にガルミッシュ帝国の北方領地であるゼーレマン侯爵家の領地へ避難していたセルジアスは、黄金色に染まった空に巨大な時空間の穴が出現した光景を目にする。
 更にそこから巨大な砲撃ひかりが放たれた後、新たな巨大な時空間の穴によって砲撃それが防がれる事で下界したの人々は生き延びる事が出来ていた。

 しかし新しい時空間の穴が消えた後、最初に出現していた時空間の穴を通じて白く巨大な大陸のようなモノが上空そらに出現する。
 それを見ていた多くの者達が動揺によって大混乱に陥りながらも、時空間の穴から完全に通過した白い大陸は、その後は下界せかい上空うえを浮遊したまま留まっていた。

 すると白い大陸が通過した時空間の穴は閉じるように狭まり、それが完全に消え去ると黄金色だった空が青い色を取り戻す。
 それを見た多くの者達は困惑しながらも混乱した状況を徐々に落ち着きを取り戻し、上空に浮かぶ大陸のような巨大で白い物体に不気味さを感じながらも、時の流れと共に自分達の生活に意識を戻していった。

 しかし、そうした生活に戻れない者達もいる。
 それは今回の事件で最も被害を受けたガルミッシュ帝国の国民達であり、特に帝都の襲撃で生き残った者達は自分達が帰るべき居場所や、多くの親しい者達を失っていた。

 そうした者達を少しでも救済すべく、生き残り各領地へ帰還していたガルミッシュ帝国の貴族達は動く。
 各領地から被災者達へ送る物資と人員を送り出し、生き残った者達をそれぞれの領地へ振り分ける形で受け入れ、彼等の領地で暮らせるように取り計らった。

 その活動の中心となったのは、最初に避難民を受け入れたゼーレマン侯爵家。
 特に老齢のゼーレマン卿が鍛え育てた後継者むすこやその部下達が中心となって各貴族達と連携を取りつつ、様々な問題に対処しながら避難民への対応を行い続けていた。

 セルジアスもまた事態が落ち着いた頃合いを見計らい自分ローゼンの領地へ戻り、各領地に続く形で避難民への支援と受け入れを始める。
 そうした活動が続けられる最中に、逃げ遅れた者達や生き残っている可能性がある帝都への救援活動も進めていた。

 その結果として分かったのは、膨大な犠牲者と復旧不可能な程に損壊している帝都の惨状。
 セルジアスはその被害規模を改めて知った後、消息不明の皇子ユグナリスや亡くなった皇帝ゴルディオスに代わり責任を負うべき者は自分であると考え、心身の衰弱を自覚しながらも帝国宰相として最後の務めを行い続けていた。

 そして親国であるルクソード皇国を始めとした四大国家の支援物資や人材を乗せた箱舟ふねも帝国へ到着し、避難民の移送や怪我人への対処が良好な形で進められる。
 するとセルジアスは亡くなった帝国貴族達の領地と領民達の動揺を治める為に自領から多くの事務官と兵士達を派遣し、混乱の収拾と暴動の鎮圧を請け負った。

 こうして様々な助力を得ながら混乱した帝国の状況は、三ヶ月の間である程度の落ち着きを取り戻す。
 それをかんがみながら帝国宰相としてやれるだけの事を怠らないようにするセルジアスは、残る大きな問題の解決に悩む様子を見せていた。

「……アルトリア、それにユグナリスも。……いつになったら、帰って来るんだい?」

 セルジアスは自分しかいない部屋で問い掛けるように呟きながら、遠くの上空そらに浮かぶ白い大陸を見上げる。
 それは彼にとって重要な親類の名であり、更に衰弱しているガルミッシュ帝国を託せる唯一の存在だった。

 この三ヶ月間、アルトリア達やユグナリス達の生死をセルジアス側では確認できていない。
 特にアルトリアは襲撃の主犯であるウォーリス達に誘拐された後の生死すら分からず、それを追う為に箱舟ふねの一つに乗り込んだユグナリス達もその後の安否も不明だった。

 そうした者達の帰りを待ち続けているセルジアスは、そこからもたらされる結果を待って自分の今後も決めようと考えている。
 それが自分にとって不本意な形であったとしても、帝国このくにに暮らす数十万の民に対して責任を果たす為の覚悟を、彼は既に持っていた。

 それでもやはり、セルジアスは叶えられて欲しい希望を持っている。
 それは唯一の家族である妹と、新たな帝国の希望と成り得る皇子の帰還だった。
 
「君達が死んだなんて、思いたくない。……だから、ちゃんと帰って来るんだよ」

 セルジアスはそう呟いた後、窓から離れながら椅子に腰掛けて執務に戻る。
 そうして帰らぬ希望達を待ちながら、生き残った者の務めを果たし続けた。

 すると半月後、家令を通じてセルジアスの耳にある急報がもたらされる。
 それはセルジアスを椅子から立ち上がらせ、勤しんでいた執務を一時的に忘れさせてしまう程の驚愕を露にさせた。
 
「――……それは本当かっ!?」

「はい。いまがた、領地の魔道具に通じて連絡があったと……!」

「それでっ!?」

「今、こちらの領地まで向かっているそうです。到着は、二時間ほど掛かると」

「そうか。なら警備担当者に連絡し、その時刻に来る飛空艇ふねに合わせて都市の結界を解くように連絡を。着陸場所は、この本邸やしきの傍に指定してくれ」

「よろしいのですか?」

「構わない。何より、彼が無事なのかを優先して確認したい」

「分かりました。では、向こうにもそれを御伝えします」

「頼む」

 家令に対応を伝えたセルジアスは、その背中を見送りながら安堵するように椅子へ大きく揺らして腰掛ける。
 そして執務用の机に両腕の肘を置きながら、頭を支えるように両手で包んで覆った顔のまま呟いた。

「……必ず生きていると、思っていたよ……っ」

 そう呟いた後、セルジアスは二時間が経過した後に本邸やしきの外へ待機するように出る。
 そして屋敷に務める者達や多くの領兵が待機する中で、都市の上空そらに透明化の偽装が解かれた一隻の箱舟ノアが現れた。

 箱舟それを確認した都市警備の担当者達は、都市を覆う結界を解く。
 すると箱舟ノアは徐々に降下を始め、本邸やしきの広い敷地に着陸する。

 そして後部の格納庫が開かれると、そこから降り立つように現れた人物達をセルジアス達は出迎えた。

「――……戻りました。セルジアス従兄上あにうえ

「……おかえり、ユグナリス」

 箱舟ノアから降りた者の先頭に立つのは、赤髪を揺らしながら赤い装備ふくを身に着けた帝国皇子ユグナリス。
 その後ろには元特級傭兵のドルフと、【砂の嵐デザートストーム】の団長を務める特級傭兵スネイクの姿もあった。

 更にその後から、魔人ながらも今回の事態に協力した妖狐族クビアの姿も確認できる。
 それぞれが身に着ける服の劣化度に差異こそあれど、全員が五体満足な姿を見せていた。

 そして先頭にいるユグナリスに歩み寄ったセルジアスは、互いに腕を回しながら喜びを表すように抱き合う。
 するとセルジアスは格納庫の内部を見ながら、再び表情に厳しさを戻しながら身体を離してユグナリスへ尋ねた。

「アルトリアは? それに、リエスティア姫も……」

「……その事で、ローゼン公に御願いがあります」

「え?」

「ここでは、とても言えない話です。……出来れば、我々だけの内密に」

「……分かった、まずは君の話を聞こう」

 いつになく真剣な表情で伝えるユグナリスの言葉に、セルジアスは応じながら話を止める。
 そしてユグナリス達を本邸へ招き、彼等から今までの状況を伝え聞いた。

 それに加えて、彼等から予想もしていない驚くべき情報を聞く。
 セルジアスはそれを聞いた後、今までの苦悩が軽く思える程の心労を抱える事になったのだった。
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