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革命編 八章:冒険譚の終幕
闇夜の訪問
しおりを挟む人間大陸の各国家で情勢変化が見え始める中、ルクソード皇国と同様に穏やかさを保つ国も存在する。
それは武玄や巴の故郷である四大国家の一つ、辺境の島々にあるアズマ国だった。
国家規模はどの四大国家よりも矮小であり、人口比もルクソード皇国の一割程にも満たないアズマ国では、今回の異変前後において極僅かな混乱しか起きていない。
それを可能としていたのは、アズマ国を守護する『茶』の七大聖人ナニガシが長年に渡って築いた国防能力の優秀さによって成り立っていた。
「――……ふむ。世の理は、再び守られたか……」
シルエスカ達と同様に故郷のアズマ国に戻っていた武玄と巴は、ナニガシの下に訪れながら今回の経緯と結末を全て伝える。
それを聞いたナニガシはそう呟くと、縁側で酒が注がれたお猪口で口にした後に背を向けたまま武玄に声を向けた。
「して、お前の弟子は?」
「……依然、行方は分からず」
「そうか。……あの時と同じよな」
「あの時?」
「五百年前の天変地異も、それを止めた者がいた。儂の知人でな。……しかしその者も、行方が分からなくなった」
「!」
「それは……!!」
ナニガシが話す五百年前の天変地異でも、世界の破壊を止めた者が行方不明になった事を二人は聞く。
そして行方が分かっていないケイル達を捜索する糸口を探していた二人は、ナニガシに行方不明者のその後を聞こうとした。
しかしそれを留めるように、ナニガシは先んじて答える。
「言わずともいい。……その知人も、今は行方が知れぬ」
「!!」
「あるいは、何処ぞから現世へ戻っておる可能性もあるが。少なくとも、儂にその報は届いておらんな」
「……ッ」
今回と同様の行方不明者についても状況を知らないと伝えるナニガシに、武玄も巴も口を噤みながら表情を厳しくさせる。
既に三ヶ月以上の時間を費やして捜索しているにも関わらず、ケイルを含んだ彼等の消息は人間大陸でも確認できていない。
しかし以前と違って逃げ隠れしている可能性も少なく、意図してその姿を隠している可能性が無い事を捜索者側も理解していた。
だからこそ捜索が行き詰まっている事を自覚しながらも、武玄は敢えて父親に尋ねる。
「……その者等の行方に関して、何か知っていそうな者は居らぬのですか?」
「ふむ……。……まぁ、居るには居る」
「!」
「では……!!」
「誘おてみるか。……武玄、今夜は暇か?」
「は?」
「久方ぶりに、彼奴にお主を見せるか。二人とも、今日はこの宮に泊まれ」
「……その方は、武玄様も御存知の方なのですか……?」
「いんや。お主らが赤ん坊の頃に顔を見たくらいじゃて。じゃが、彼奴はちと人間嫌いでな。巴、お主は来るなよ。忍者として巧妙に隠れても、必ず気配を気取られるからな」
「は、はっ」
「まぁ、いずれ機会があれば会わせてやる。向こうの機嫌が潤っておる時にな」
巴の同席を認めない事を告げたナニガシは、息子である武玄だけが夜の部屋に訪れる事を許す。
ケイルを捜索する手掛かりとなるかもしれない者の機嫌を損なわない為、巴はそれに従い宮殿で用意された部屋に留まる事になった。
それから夜になり、刻限通りに武玄はナニガシの部屋に訪れる。
そこでは昼間と変わらず縁側に座るナニガシの背中が見え、武玄は礼を失することない所作で部屋の来訪を伝えた。
「親父殿、来たぞ」
「おう。まぁ、縁側へ参れ。先んじて、飲み交わすか」
訪れた武玄にそう伝えるナニガシの言葉で、武玄は必要とする者がまだ訪れていない事を察する。
そして自らも縁側に赴いながら足を組んで胡坐で座り、用意されていたお猪口を右手に持つと、右手だけのナニガシから酒瓶の中身を注がれた。
「まぁ、一杯」
「……」
そう勧められる武玄は、注がれた酒を口に含む。
すると僅かに目を見開いた武玄は、ナニガシに驚きながら聞いた。
「……随分と良い酒だ。苦味が薄く甘味があり、芳醇な味わいもする」
「当たり前じゃ。何せ、今から来る客の為に用意した酒じゃからな」
「……息子の為ではないのだな」
良い酒を用意した理由が息子の為ではないと知った武玄は、微妙な面持ちを浮かべながら酒を啜り飲む。
そんな不機嫌さを感じ取りながらも意地悪そうに口元を微笑ませているナニガシは、初夏を迎えようとしている庭の緑を眺めながら話した。
「今回の戦、どうじゃった?」
「……己の役目は果たした。だが、己の力量がまだまだ足りぬと実感させられた」
「ほぉ」
「敵の首魁と対峙した時、瞬く間に打ち倒されてしまった。……到達者なる存在が尋常の者ではないと知ってはいたが、ああも己との差があるとは」
「到達者と交えたか。それは良い体験をしたな」
「……親父殿も、到達者と刃を交えた事が?」
「無論、ある」
「その結果は」
「惨敗じゃ、清々しい程にな」
「……そうか」
ナニガシが過去に到達者と戦い敗北していた事を知った武玄は、安堵しながらも残念そうな面持ちを浮かべる。
尊敬を抱く父親《ナニガシ》ですら届かなかった到達者の強さに、武玄は自分の力量に限界がある事を無意識に理解させられていた。
しかしそんな武玄に対して、ナニガシは微笑みながら告げる。
「楽しかろう。この現世は」
「!」
「才を憂いた己より強き者は多く、高見に昇ったと自惚れを打ち負かされる。……それを幾度も経験していく事で、己が失い得たモノが何だったかを知っていく」
「……!」
「人とはそうして生き、そうして死ぬのが世の理。……儂はそうした生き方こそ、至上だと思うておるよ」
「……親父殿」
「儂もお主も、その途上にまだ在る。努々、己を忘れるなよ」
「……おう」
この戦いを通じて悩みを抱いていた息子の心理を見抜くナニガシは、そう告げながら酒を飲む。
それを聞いていた武玄は父親の洞察力が改めて優れている事を悟りながら、既に失っている左手で自分の背中を押してくれているように感じた。
すると月明かりに照らされた庭先を互いに見ながら酒を口にしていた時、ナニガシが右側を見ながら微笑みを浮かべる。
「――……来たか」
「!?」
そう呟くナニガシの言葉を聞き、武玄は同じ右側へ視線を向ける。
すると真逆に位置する縁側に、人影が座っている事に気付いた。
気配も音も無く既に座っていた人影に、武玄は驚きを浮かべる。
するとナニガシは用意していた三つ目の盃に酒を注ぎ、それを現れた人物に渡した。
「久しいなぁ」
「――……そうでもないでしょうに」
「……!!」
渡された酒を受け取ったその人物に、ナニガシは気軽に話し掛ける。
それに応じるように応じたその人物は、夜の暗闇に溶けるような薄らとした姿をしていた。
その人物の見た目は、色濃い褐色の黒い肌と黒髪を靡かせ、そこから長く伸びた耳を覗かせながら青に輝く瞳を持つ美しい女性。
しかしその背に半透明の羽を持っており、彼女が自分達とは異なる種族である事を武玄は一目で理解した。
そして渡された酒を口にするその女性は、酒の味を楽しみながら唇に舌を這わせて感想を告げる。
「……及第点ってとこね」
「厳しいのぉ、相変わらず」
「当たり前よ。私のところで作ってる御神酒に比べたら、雲泥の差だわ」
「確かに、そうであろうな。……なんじゃ、土産は無しか?」
「アンタがいきなり呼ぶから、持って来なかったし」
「それは残念」
「……それで、何の用? くだらない事だったら、ぶっ飛ばすわよ」
当然のように談話を始めるナニガシとその女性を見ながら、武玄は僅かに困惑染みた表情を浮かべる。
するとそんな武玄に気付いたナニガシが、意地悪そうな笑みを浮かべて改めて現れた女性を紹介しようとした。
「今日は儂の用事ではない。そこの愚息が、お主にちと聞きたい事があると申してな」
「あぁ、やっぱりアンタの息子なんだ。若い頃に似てると思った。名前、なんだっけ?」
「武玄じゃよ。……武玄、紹介しよう。この女子は……」
「自分の紹介くらい、自分で教えるわ」
そう言いながら縁側から離れるように立つ女性は、武玄を見ながら言葉を向ける。
不思議とその女性から漂う奇妙な威圧感を察した武玄は、僅かに緊張を高めながら彼女の自己紹介を聞いた。
「私はヴェルゼミュート。一応、アンタの父親の相棒よ」
「……相棒?」
「で、今は魔大陸で妖精女王ってのをしてるわ。人間大陸には、稀に顔を出す程度ね」
「!」
アズマ国の言語を淀みなく喋るヴェルゼミュートは、そう述べながら自分の名と素性を明かす。
それを聞いた武玄は緊迫した面持ちを更に厳しくさせると、隣で見ているナニガシが口を開いた。
「儂と契約しておってな。故に相棒なのだ」
「!!」
「ちなみに到達者でもある。美しき女子だからと、舐めてはいかんぞ」
「……妖精の、到達者……!?」
その話を聞いてしまった武玄は、驚愕で表情を固めてしまう。
彼女の正体は、伝説上の存在とも言われる『妖精女王』ヴェルゼミュート。
魔大陸において名を連ねる、『到達者』の一人だった。
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