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終章:エピローグ
声は届かず
しおりを挟む老騎士ログウェルが遺した一冊の本は、最後の弟子であるユグナリスに渡る。
そこに書かれていたのは、一人の男が辿った悲しき昔話だった。
彼は人質となった妻の安全と息子の名誉を守る為に、王命に従い単身で革命軍の占拠した領地へ潜入する。
そこで見てしまったのは、民から『解放の騎士』と称される成長した彼の息子だった。
本当に革命軍の首謀者となっていた息子の姿に、彼は動揺を浮かべる。
しかしその場では取り乱さず、あそこに立つ息子が本人なのかを確認すべく、小都市内に潜入し必要と思える情報を得続けた。
『解放の騎士』と呼ばれる青年は、三年程前から革命家として秘かに活動を続けていたらしい。
重税に苦しむ民を言葉巧みに扇動し領兵達を寝返らせて兵力と武装を確保すると、幾つかの街を得て今回の領地制圧と領主処刑を決行したようだ。
その手腕は見事な作戦だったらしく、民からも革命軍の仲間達からも多大な信頼を得ているらしい。
彼はそれを聞くと、記憶にある少年だった息子とは大きく違う様相に疑問を深めた。
仮に首謀者が本当に息子だとしても、失踪してから僅か六年でここまでの事態を成功させられるとは考え難い。
そこで考え至ったのは、息子の裏で高位貴族の誰かが糸を引き、革命運動と称して権力争いに邪魔な貴族とその領地を乗っ取る企てに利用されている可能性だった。
しかし民から聞ける情報では状況判断に限界があると考えた彼は、直接その青年に会う決断をする。
そして革命軍の動向を探り、彼等が寝泊まりしている宿を突き止め、その周辺で潜伏しながら息子が一人になる瞬間を待ち続けた。
すると数日後、その機会が訪れる。
常に同行している革命軍の仲間達から離れて夜間に宿を出た息子を、彼は秘かに追う。
小都市内のある倉庫へ訪れた息子は一人で入っていくと、彼は周囲に人の気配がないのを確認し自身も倉庫へ足を踏み入れた。
そして薄暗い倉庫の奥で背を向けながら立つ、息子の姿を確認する。
すると息子は、誰も居ない倉庫で言葉を発した。
『――……御久し振りです、父上』
『!』
気配を消して近付いていた彼に対して、息子は存在を知っていたかのように挨拶を向けて振り返る。
尾行が暴かれていた事を理解した彼は隠れるのを止めて物陰から出て来た。
八年振りに対面する親子は、互いに笑みもないまま言葉を交わす。
『――……本当に、お前なのか?』
『はい。……革命軍の情報は、都にも伝えていたはずです』
『まさか自分達の情報を、自分で……?』
『ええ。……そうすれば、貴方は必ず来る。本当に自分の息子が革命軍の指導者なのかを確認する為に』
息子はそう話し、自らの素性や革命軍の情報を都に敢えて伝えた事を明かす。
すると驚きを浮かべた彼は、それでも表情を引き締めながら鋭い眼光と強い口調を向けて問い質した。
『何故だ、どうしてこんな事を? ……誰かに唆されているのか? 革命も、その者の企みか』
『違いますよ。革命は、自分の意思で始めた事です』
『な……っ。……どうして?』
『この国が、腐っているから』
『!』
『そう、騎士学校もその最たる例の一つに過ぎなかった。……この国の貴族は、末端から頂上まで全て腐り切っている。それを根絶やしにする為には、虐げられている民の協力が必要だった。……貴方も見たでしょう? 悪政に苦しめられていた民が解放され、喜ぶ姿を』
『……ッ』
『ここに集まる民もまた、自分の意思で自分の自由を得る為に貴族達を討つ事を決めたんです。……僕も、それは同じです』
『……それでも、戦争となれば多くの者が死ぬ』
『当たり前です』
『!』
『僕をまだ、理想ばかりを追う子供だと思っていますか? ……この手で領主の兵を殺め、領主の首を落とした。既に現実は見ています』
『……ッ』
『そして、この革命は必ず成功させる。僕を受け入れてくれた仲間の為にも、そして共に命を賭して続いてくれた民の為にも。……それこそが、騎士の本分。真の騎士が歩むべき道だ』
息子はそう告げ、この革命運動が自身が企てた出来事である事を明かす。
すると苦心する父親に対して、息子は改めて右手を差し出しながら声を向けた。
『そして貴方をここに招いたのも、僕の意思です。――……父上。貴方も、僕達の革命に協力して下さい』
『!?』
『父上が民からどのように思われているか、知っていますか? ……奴隷の騎士ですよ』
『!』
『貴方の偉業と呼ばれている数々の功績は王に喜ばれているだけで、民からは称賛などされていない。……盗賊と呼ばれた者達は悪政と重税によって苦しめられた民であり、貴方が倒した魔物や魔獣も、貴族達の利益を守ったに過ぎない』
『……それは……』
『貴方こそ、国王や貴族達に利用されているだけの奴隷だ。……父上、貴方もまた真の騎士と呼ばれる為に、国王側に居てはいけないんです』
『……だが、お前の母が……』
『母上の身を案じておいでであれば、大丈夫です』
『なに?』
『既に都には僕達の同胞が潜入し、母上の救出を御願いしています』
『……それは無茶だ。私ならともかく、あの城の警備を潜り抜けて救出するのは……。失敗すれば、より母の命を危うくするのだぞっ!?』
『そうかもしれない。けれど革命軍として、それが今出来る最大限の譲歩です』
『!』
『僕はもう、民を解放する騎士になったんです。そして仲間達の命を、今まで犠牲にしてここまで辿り着いた。……家族である限り尽力こそしますが、潜入した仲間達が母上の救出に失敗すれば、その時は諦めるしかない』
『……お前は……っ!!』
『僕が父上のように強ければ、それも一人で出来たんでしょう。……でも僕には、父上のような強さは無い。だから、何かを犠牲にしなければ何も成し得ない。……今までもそうだったように』
『……』
『多くの仲間を犠牲にして、僕はここまで辿り着いた。託された仲間達の意思を蔑ろにしない為にも、革命を止める事は出来ない。……父上、僕達の革命に協力を。貴方が加われば、母上だってこの腐った国から助け出せるかもしれない!』
『ぬ、ぅ……』
強い意思を宿す瞳と共に説得する息子に、彼は困惑を強める。
そしてその返答に迷う中で、二人が居る倉庫の扉を勢いよく開きながら駆けこむ者が数名で現れた。
それに驚く二人の中で、息子の方が声を発する。
『どうしたんだっ!? まだ説得が――……』
『――……て、敵だっ!!』
『!?』
『討伐軍が、攻めて来たっ!!』
『しかも、各方角から! 包囲されてる!』
『なにっ!?』
『馬鹿な……。私が来ているのに、討伐軍が来るはず……!』
革命軍の同志であろう者の情報を聞き、二人はそれぞれに動揺した面持ちを浮かべる。
しかし息子は父親である彼を見ると、その脳裏に一つの可能性を抱いた。
『……しまった、父上が罠だったのか!』
『!?』
『父上に討伐を命じたと見せかけて、別に討伐軍を準備していたんだ。……そして父上の出発と同時に、各領主達の討伐軍を向かわせた……!』
『!!』
『奴等は、父上と一緒に革命軍を始末する気なんだ。……父上っ、貴方は見捨てられた! 協力をっ!!』
『……だ、だが……っ』
今まで得ていた情報から現在の状況を鑑みてそう推測する息子に、彼は反論の言葉を向けられない。
それでも協力を承諾しない父親に、息子は表情を強張らせながら怒鳴った。
『……貴方はいつもそうだ。誰かに命令された事でなければ、何もしない……!!』
『!』
『自分で考え、自分で決める事が出来ない! ……貴方は、僕が憧れた騎士なんかじゃなかったっ!! これじゃあ、本当に……奴隷の騎士だっ!!』
『あ――……』
失望しながら怒鳴る息子は、その場に父親を置いて革命軍の指揮に向かう。
一方で彼はそれにも反論できず、この状況に立たされ呆然とするしかなかった。
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