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終章:エピローグ
騎士の親子
しおりを挟む元皇国宰相ゾルフシス=ハルバニカを通じて、老騎士ログウェルが遺した一冊の本が最後の弟子に渡される。
それを受け取ったユグナリスは一気に気力を取り戻し、本の内容と向き合った。
本に書かれていたのは、腑抜けている最後の弟子を予想していたであろうログウェルの言葉《しかり》。
そして誰にも明かされなかった、この世界に生まれた一人の男の生涯だった。
――……約四百年前。
人間大陸にとっては一度目の天変地異が起きた百年後に、一人の男児が生まれた。
当時の人間大陸は百年前に存在した主だった国々が滅び、天界から降りて来た新大陸などがようやく行き来できる程の技術文明を取り戻し始める。
しかし主だった巨大な新大陸には既に各七大聖人がそれぞれの国の前身を築き、国家となる頭角を見せ始めていた。
そうした中、天変地異によって滅びた国が分裂して出来た小国にその男児が生まれる。
彼は農民家系の三男坊として生まれながらも、幼い頃から一種の『天才』と呼ばれるべき才能を示した。
五歳の頃に手伝っていた農作物の収穫中、それを奪いに来た魔物の群れをたった一つの鍬で仕留める。
更に七歳の時には、森を散策中に遭遇した大型の下級魔獣を短剣だけで仕留めた。
しかし彼の偉業は、家族や同じ農村の者達にとって賞賛よりも恐るべき才能だと感じさせてしまう。
家族や故郷の人々から恐れられ怖がられるようになってしまった彼は居心地の悪さを感じ、十歳になると自ら村を出て小国の都へと足を運んだ。
そして彼は国の兵士になることを志願し、僅か十一歳という異例の年齢で兵士となる。
彼は熟練の兵士達すら容易く倒す力量を持ち、魔獣討伐や人災によって起こる事件の数々を討伐した事で武勲を打ち立てると、国王に気に入られ僅か十五歳にして『準騎士爵』の爵位と『騎士』の立場を得る事に成った。
しかし十五歳にして『騎士』と爵位を得た彼の立場は、当時の国内でもまた異端と見られる。
彼に対する貴族達の風当たりは非常に強く、また同じ騎士達からも幼さに見合わぬ彼の才能は恐れられ、虐げられこそしないものの遠ざけられる扱いを受けた。
それでも彼がその国に留まっていたのは、兵士となって出会った一人のお転婆な女の子が切っ掛けとなる。
彼女はその国においては王女という立場ながらも、彼女は国王の愛妾との間に生まれた子であり、その奔放過ぎる性格やお転婆な振る舞いによって別の意味で異端に扱われていた。
異端と呼ばれる二人が偶然にも城の中で出会うと、最初こそ険悪になりながらも会話を重ねる毎に互いを理解し、自然と打ち解けた仲になる。
そして割愛されながらも紆余曲折を経て、彼が十八歳になって男爵位を得た時、十六歳となった彼女と婚約を結び結婚するに至った。
そこまで本の内容を見たユグナリスは、僅かに驚く声を浮かべる。
『――……ログウェル、結婚してたのか。……それに、この話……。……なんだか、俺とリエスティアの関係に似てる……』
若きログウェルの結婚事情を知ったユグナリスは、そこに書かれた王女との関係性が自分達と重なるように感じる。
そして次のページを捲り、続きを読み始めた。
――……彼がニ十歳になり『子爵』の爵位を得た頃、妻である王女との間に一人の男児が生まれる。
騎士隊長の立場となっていた当時の彼は、自身の子供を育てる役目を妻や従者達に任せることにした。
そうさせた要因としては、彼の生い立ちが関わっている。
農村出身でまともな貴族教育も受けた事が無い彼では、王族の末席に生まれた息子を育てる程の教養が無く、また兵団や騎士団に勤めた経験から化物染みた自分ではまともに育てられないと考えていた。
そしてもう一つの要因は、その息子が自分とは異なり、母親の方に似ていた事にもある。
普通の子供として生まれた息子の素養を見抜いた彼は、化物のような自分に似た強さは得られないと理解できてしまったのだ。
彼は父親として息子と接する機会を自ら遠退かせ、争いの絶えない国内を行き来する生活を続ける。
しかし母親や従者達を通じて聞き及ぶそれ等の偉業は成長する息子に刺激を与え、父親の背中を追うように騎士の道へ進めさせた。
そして彼が三十三歳になり、『伯爵』の爵位を得た頃。
十二歳になった息子は父親と同じ騎士を目指す為に、貴族の子弟が集まる騎士学校に行きたいと告げる。
彼は父親としてそれに反対せず、両親の合意を得た息子は騎士学校に入学した。
しかしそこで、彼の息子に残酷で歪な現実が振り掛ける。
高名な父親と王族の母親から生まれた息子には、周囲からの期待が集まっていた。
しかし学内で見せる息子の成績は平凡を越えず、父親と同じく突出した剣の才能も無い為、息子に抱いた周囲の期待は落胆へ変わる。
更に成り上がりの父親に悪意や敵意を持つ高位貴族の子弟達が、そんな息子を無能と嘲り罵声を浴びせ、学内で虐げ始めたのだ。
寄宿舎で暮らす息子は家族である両親にその話を伝えられず、また自身が選んだ騎士学校である為に出戻りする事も出来ない。
そうした悪意に満ちた生活が二年ほど続き、精神を病みながら周囲に対する不満を抱え込み始めた息子は、卒業を間近に騎士学校から姿を消した。
両親である父親や母親はその知らせを聞き、息子の行方を追う。
しかしその消息を分からず、彼等の息子は行方不明となった。
そして彼が四十歳になった時、国内で革命が起こる。
ある地方領地の一つが武装決起した農民達によって占拠され、領主を務めていた高位貴族とその家族が処断されたのだ。
それを機に悪政を敷く貴族達に対する反抗勢力がその領地に集まり、総勢三万を超える革命軍を結成してしまう。
すると国の首都にもその情報が届き、革命軍を率いる首謀者の素性が知れ渡る。
それは六年前に姿を消した、彼の息子だという話だった。
『――……そ、そんな……』
読み続けていたユグナリスは驚きで手を止めながらも、唇を噛みながら次のページを捲る。
そして彼等の顛末を読み進め、更には表情を強張らせる事になった。
息子が革命軍の首謀者である事が伝わると、その父親である彼と妻である王女は王命を受けた騎士や兵士達に捕まる。
そして尋問と言う名の拷問を受け、革命軍との関わりを調べられた。
彼は妻の身と案じながら革命軍との関与を否定し、息子の無実を訴える。
そうした状況となってから一ヶ月後、彼は重武装の騎士や兵士達に拘束されたまま、国王と接見した。
そこで言い渡されたのは、革命軍の殲滅と首謀者である息子を、父親である彼が討ち取れという王命。
この命令を果たすことで自分達を減刑するという条件を付けられた彼は、妻を人質にされたも同然の状態となる。
既に国王には正妃との間に王太子が存在し、愛妾の間に生まれた彼女を排除しても問題ないことを理解した彼は、その王命に従い革命軍と息子の名を語る首謀者を討ち取ることに応じた。
しかし討伐の為に必要な戦力として彼に与えられる兵数が、投獄している犯罪者達で構成された五百にも満たない即席部隊であることを大臣の一人が明かす。
更に騎士団長である彼自身が統率していた騎士団の動員は認められず、三万以上が集まる革命軍に対して圧倒的に不利な采配が行われた。
嫌がらせにしても度が過ぎるこの内容に、彼は自分を死地に送りたい高位貴族達の思惑を察する。
更にそうした高位貴族が革命軍を裏で操り、息子の名を騙らせていると考えた彼は、兵力を借りずに独力で討伐することを伝えた。
それを聞いた大臣達、更に参列していた高位貴族達や他騎士団の高官達は嘲笑う声を向ける。
しかし手足や首を拘束している頑丈な鉄枷を意図も容易く引き千切るように破壊して剥ぎ取った彼は自らの足でその場を去ると、嘲り笑っていた者達はその瞳に恐怖を浮かべた。
その時、彼は既に『聖人』に達している。
本来ならば武装した数百人に襲われても無傷で倒せる実力を有していたが、妻と息子の不名誉を晴らす為に敢えて捕らわれ、最初から息子の名を語る革命軍を討ち取るつもりだったのだ。
そして宣言通り、彼は単身で革命軍が占拠した領地へ向かう。
身に付けるのは旅服と左腰に提げた鞘に収めた一つの鉄剣のみであり、馬に乗る彼は一週間後に目的地に到着し、革命勢力に賛同する者を装って領内に侵入し、革命軍とその首謀者が居るとされる小都市に辿り着いた。
そこで彼が見たのは、悪政から解放され喜び活気に満ちた民の姿。
更に革命に意欲的な様子を見せる若者達の姿に、彼は困惑を抱いた。
すると小都市の中央広場に設置された高台を囲む多くの民を目撃し、その中心地から響く若い男の声を耳に届く。
その声の主が解放を謳い民から『解放の騎士』と称されている首謀者だと聞いた彼は、息子の名を騙る偽者を見るために衆人環視に紛れて高台に立つ男の姿を見た。
そこに居たのは、彼にとって面影のある姿の男性。
二十歳になり凛々しくも逞しく成長した、彼の息子だった。
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