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終章:エピローグ

火憐な少女

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 新帝都で行われるユグナリスの皇帝就任の儀として開かれる祭典に、各国の重要人物達が招待客ゲストとして訪れる。
 その中に含まれるマシラ共和国の王子アレクサンデルは、自分の意思でシエスティナ姫とそれに付き添うマギルスに会う事になった。

 そうした話し合いから翌日、マシラ王ウルクルスは帝国側に用意された客室へや息子アレクに顔を合わせながら話す。

「――……いいかい、無茶をしてはいけないよ。アレク」

「はい、父上」

「ゴズヴァールも、アレクが無茶をしないようにしっかりと見ていてくれ」

「承りました。――……メルク、王の護衛はお前達に任せる」

「ハッ」

 同じ客室しつないにはマシラの親子だけではなく、元老院議長ゴズヴァールと新生闘士部隊の総長メルクが立ち合う。
 そしてウルクルス王の護衛を同伴して来た闘士部隊メルクたちに任せたゴズヴァールは、王子アレクサンデルと共に客室を出た。

 すると客室の外で待機していた一人の帝国騎士に案内され、二人は新たな帝城に設けられていた訓練場へ足を運ぶ。
 訓練場そこには大半を黒く長い髪で占めながらも僅かに赤い髪が混じる少女と、ニ十歳前後の青髪をした青年の姿が在った。

 二人は動き易い格好ふくで木剣を持ちながら対峙し、訓練場内そこで打ち合う光景を見せる。
 特に衣服や顔など地面の土埃が着いている少女が素早い突きを放つと、青髪の青年はそれを捌き木剣けんを遠くへ弾き飛ばした微笑みの表情と声を向けた。

「――……うん、今度は握りが甘いかな!」

「むー! マギルスが強すぎるんだよ」

「へへぇ、それは当然だけどね!」

 頬を膨らませながらむくれる少女に対して、更に成長したマギルスは余裕のある表情と様子でそう話す。
 すると木剣を拾いに行く少女から視線を逸らすと、アレクサンデルとゴズヴァールの存在に気付いていたかのように振り向きながら声を掛けて来た。

「――……やっほー、ゴズヴァールおじさん! 元気してた?」

「ああ。……お前も、相変わらずのようだな。マギルス」

 久方振りに顔を合わせる二人はそうした声を向け、互いに歩み寄り立ち止まる。
 そしてゴズヴァールの隣に居る少年アレクへ視線を向けたマギルスは、首を傾げながら問い掛けた。

「あれ、それって王子だっけ? 前より大きくなったね!」

「マ、マギルス殿! アレクサンデル殿下にそのような失礼な……!」

「大丈夫です。彼が性格は、ゴズヴァールからも聞いているので」

「よ、よろしいのですか……?」

「はい」

 案内役として同行していた帝国騎士は、マギルスの言動に困惑しながら諫めようとする。
 それに対してアレクサンデルが逆に帝国騎士を宥めながら、向かい合うマギルスに視線を移して声を掛けた。

「御久し振りです、マギルス殿。――……今日は貴方に、お願いがあって参りました」

「お願い?」

「僕は今、ゴズヴァールの修練を受けています。……そのゴズヴァールに勝ったという貴方に、僕自身を見極めさせて頂きたい」

「……君が、自分を見極める?」

「はい。――……僕も、貴方やアルトリアお姉さん達と同じ別未来みらいを見た者です」

「!」

「僕は別未来そのときの僕を超える為に、今も修練に励んでいます。そして今度同じ事があっても、父上やマシラ共和国の民を……そしてゴズヴァールも守れるようになる為に」

「……へぇ」

「その為には、貴方のように強い方と戦いたい。……ゴズヴァールや闘士の人達は、どうしても僕に遠慮してしまうみたいですから」

「……いいね。前は何考えてるかよく分かんない子供だったのに、身体だけじゃなくて性格たいど生意気おおきくになったみたいだ」

 自信に満ちた表情を向けるアレクサンデルに、マギルスは良い笑顔を向けながら今の印象を語る。
 するとそれに対する返答を少し考えた後、そうして話す場に木剣を拾って戻った少女が駆け寄って来た。

「――……マギルス、続き! ……あれ、お客さん?」

「あー、うん。……そうだ、いいこと思い付いた!」

「?」

「王子。僕と戦いたかったら、まずこの子に勝ってみなよ。話はそれから!」

「!」

 思い付いた様子を浮かべたマギルスは、アレクサンデルに対してそうした条件を向ける。
 すると傍に立つ帝国騎士が再び動揺し、マギルスを止めるように荒げた声を向けた。

「ちょっ、マギルス殿っ!? その方は――……」

「その人と戦うの? いいよ!」

「シ、シエスティナ様っ!?」

「……やはり、この子がシエスティナ姫……」

 止めようとする帝国騎士の声を遮るように、少女はマギルスの提案を特に悩む様子も無く聞き入れる。
 そして帝国騎士が発した名を聞き、アレクサンデルやゴズヴァールは改めてその少女が皇太子ユグナリスの娘であるシエスティナ姫だと理解した。

 二人が彼女シエスティナの姿を見たのは四歳前後の時であり、八歳となる現在はその倍ほど身長は伸びて百十センチ程の背丈になっている。
 しかし十四歳に成長したアレクサンデルから見れば胸元ほどしかない背丈であり、二人には性別だけではなく明確な体格差が存在した。

 それでもマギルスとシエスティナの様子を見たアレクサンデルは、その条件を提示された理由を察しながら問い掛ける。

「……今の僕では、この子に勝てないと?」

「やってみれば分かるよ」

「……分かりました」

「!?」

 挑発染みた笑みでそう返すマギルスに、アレクサンデルは僅かに表情を強張らせながら挑戦を受けてしまう。
 それを傍で聞く帝国騎士は、更に慌てた様子で二人を止めようとした。

「で、ですから! アレクサンデル殿下も、マギルス殿も、そのような勝手な事をされては……!!」

「別にいいじゃん、どっちも同じ王族だし。それに危なくなったら、僕とゴズヴァールおじさんが止めるよ」

「いや、ですから! 皇后陛下クレアさま皇太子殿下ユグナリスさまの御許可を……!」

「稽古だよ、稽古。僕の代わりに、王子が稽古してくれるってだけ。それならいいじゃん?」

「よくありませんってっ!!」

「じゃあ、交流! 王族同士の交流ってことで! ほら、それで問題なし!」

「ありまくりですって――……グェッ!?」

 賓客として招かれた他国の王子と自国の姫を戦わせようとするマギルスを止めようとした帝国騎士だったが、敢え無く回り込まれながら首筋の裏へ手刀を当てられる。
 そして騒がしかった帝国騎士が気絶すると、改めてマギルスは対峙させる二人に稽古の条件を向けた。

「どっちか一撃まともに入れた方が勝ち。勝てないと思ったら、降参もしていいよ」

「うん、分かった!」

「分かりました」

「ゴズヴァールおじさんも、それでいい?」

「……良かろう。王子、あまり無茶をなされるな」

 述べられた条件ルールにその場に立つ者達は応じ、気絶した帝国騎士を担ぐマギルスはゴズヴァールと共にその場から少し離れる。
 そしてアレクサンデルは、自分より背が低く前髪で目や顔が見え難いシエスティナに対して素手で構えた。

 するとシエスティナは首を傾げ、目の前の相手アレクサンデルに問い掛ける。

木剣けん、使わないの? あそこにいっぱいあるけど」

「僕は、素手これが戦うのが普通なので」

「ふーん、そうなんだ。じゃあ、そのままでいいの?」

「ええ」

「じゃ、いいか。――……そういえば、貴方って誰?」

「僕はマシラ共和国から来ました、アレクサンデル=ガラント=マシラです。一応、貴方と同じ王族の立場です。よろしくお願いします、シエスティナ姫」

「アレクサンデルね! 私のこと知ってるなら、自己紹介もしなくていいかな。――……じゃ、やろっか!」

 改めて挨拶をし終えた二人は、互いの戦闘姿勢スタイルで構える。
 素手で構えるアレクサンデルに対して、シエスティナは大人が持つより短く小さな一本の木剣を両手で持ちながら腰と膝を僅かに落とした。

 八歳児にしては落ち着き研鑽された構え方に、アレクサンデルは僅かながらも驚きを浮かべる。
 しかし最初に仕掛けたのは、素早く駆け跳んだシエスティナの突きだった。

「――……やっ!!」

「!」

 三メートルにも満たない間合いはシエスティナの直進によって一気に埋まり、その突かれた矛先が相手アレクの額を打ち抜く為に迫る。
 その速さは八歳児とは思えぬ程に速く、また身長差を諸共しない跳躍ジャンプは一寸の狂いも無かった。

 驚愕しながらも落ち着いているアレクサンデルは、前方に構えた右手を瞬時に自身の顔へ向かわせる。
 そして右手の掌底てのひらで、突き込まれた木剣を弾き退けた。

 一秒にも満たぬ時間でそれを行ったアレクサンデルに、今度はシエスティナが驚愕した様子を浮かべる。
 するとアレクサンデルの左拳が握られたのを即座に察知し、シエスティナは右足を地面へ着けて後方うしろへ跳びながら構え直した。

 そうした対応を見せる二人は、互いに相手の素晴らしさに驚きながら笑みを浮かべる。 

「……僕の反撃カウンターを察知して、すぐに退いた……」

「マギルス以外に、初めて防がれちゃった」

「この子、年齢通り八歳の強さじゃない」

「この人、そこそこ強い人だ」

 先程の一合だけで互いの実力が高い事を理解したアレクサンデルとシエスティナは、自然と笑みが深まる。  
 そんな二人の様子を遠巻きから見ているマギルスとゴズヴァールもまた、互いの意見を交わし合っていた。

「――……あの姫、お前があそこまで強く育てたのか?」

「うーん、確かに遊んでたけどね。でも、僕はほとんど何も教えてない」

「何も?」

あの子シエスティナは勝手に覚えて、勝手に強くなっていくんだ。お父さんユグナリスみたいに、強くなりたいってさ」

「……そうか」

「あの王子も、結構やるね。もう闘士でも相手になる人、少ないんじゃない?」

あの方アレクサンデル父親ウルクルスと違い、戦闘に関しては才能さいがある。……恐らく、母親レミディアの方に似たんだな」

「でも、僕の方がぜんぜん強いもんね!」

「ふっ、それは俺もだ。――……動いたな」

 腕を組みながらそう話す二人は、再び動き出す子供達の戦いを注視する。
 そして今度はアレクサンデル側から飛び出すように仕掛け、右脚を跳ね上げながら突き込む様子が見えた。

 シエスティナはそれにも反応して右側へ避けながら、相手アレクの左脇腹を狙うように右手で木剣を薙ぐ。
 しかしそれを読んでいたアレクサンデルは左手で木剣を掴み止め、体格差のある腕力で小柄なシエスティナを引き寄せた。

「わっ!?」

「これで――……っ!?」

 引き寄せたシエスティナが軸にしていた右足は、相手アレクの左脚によって払われる。
 そして宙に浮く軸足みぎあしと身体によって、完全に態勢を崩した。

 更にアレクサンデルは相手シエスティナを転がし、地面へ倒そうとする。
 それでもシエスティナは咄嗟の判断で、逆に倒れそうになる身体を思いっきり回転させながら一回転すると、掴まれたままの木剣を軸に右手と両足で自身の身体を転ばさずに支えた。

 その思い切りの良い行動にアレクサンデルが驚愕した瞬間、シエスティナは木剣を離しながらその場から飛び退く。
 そして態勢を整えながら立ち上がると、アレクサンデルもまた姿勢を戻しながら左手で掴んでいた木剣を持ち主シエスティナに投げ渡した。

「!」

「なかなか良い身のこなしです。でも、攻撃が素直過ぎる。とても読み易いです」

「……むっ」

「今の君では、僕には勝てませんよ。素直に降参して頂けませんか?」

「……むむっ」

 微笑みながらそう告げるアレクサンデルに対して、シエスティナは頬を膨らませる。
 そして怒るような様子を見せながら、受け取った木剣を握る右手に込めた。

 すると次の瞬間、シエスティナの身体に変化が及び始める。
 それにアレクサンデルやゴズヴァールも気付き、表情を強張らせた。

「……!?」

「……これは、生命力オーラ……!?」

 対峙するアレクサンデルと観戦しているゴズヴァールは、シエスティナの身体から生命力オーラが放たれたのを視認する。
 それと同時にその生命力オーラが赤い輝きを染まりながら身体を覆い、彼女の黒髪もまた赤く染め上げた。

 それを見たゴズヴァールは、シエスティナの変化が何なのかに気付く。

「……この生命力オーラ。まさか、シルエスカ達と同じ『生命の火ほのお』か……!?」

「うん、あの子も使えるんだ。少し前からだけど」

「あの年齢で……!? ……まさか、あの娘……既に聖人なのか……!?」

 十歳にも満たぬ年齢で聖人に進化した『赤』の血族が使う『生命の火ほのお』を発現させているシエスティナに、ゴズヴァールは驚愕を浮かべる。

 そして赤く染め上げられながら逆立ったシエスティナの髪は、彼女の隠れていた表情を対峙するアレクサンデルに見せた。

「!!」

「今度は、本気でやるもん!」

 『生命の火』から放たれる熱風の中で、シエスティナはそう言いながら左右の違う両瞳も赤く染める。
 そして再び構えながら、父親ユグナリスと同じく赤い閃光ひかりとなりながら高速で移動した。

 様々な驚きで動きが遅れたアレクサンデルは、向かって来る赤い閃光シエスティナを見切れずに回避や防御で対応できない。
 しかし次の瞬間、赤い閃光シエスティナはアレクサンデルの真横を掠めながら通過してしまった。

 すると観戦していた二人や、アレクサンデルとシエスティナ自身から声が浮かぶ。

「あちゃー」

「なに?」

「え?」

「――……まんないぃいい――……!!」

 そう叫びながら訓練場の塀へ突っ込んでいくシエスティナに対して、一早くマギルスが反応する。
 彼は瞬時に両足に精神武装アストラルウェポンを纏い、青い閃光ひかりとなって塀に衝突しそうな赤い閃光シエスティナを受け止めた。

 そして赤い閃光シエスティナの速度を完全に停止させると、幼い身体を纏っていた『生命の火ほのお』が消える。
 するとシエスティナは元の髪色や瞳の色に戻り、マギルスに抱えられたまま意識を途絶えるように瞼を閉じた。

 それを見たゴズヴァールは、何が起きたのか理解しながら呟く。

「……生命力オーラを限界まで使い果たしたのか。しかも、自分の『生命の火ちから』を制御できていない……」

「まだ覚えたてだし、それに小さいから生命力オーラも身体もついていかないんだよ。しょうがないね」

「……」

 そうした言葉を向けながらが歩み寄るマギルスとゴズヴァールに、アレクサンデルは顔を向ける。
 しかしその視線は抱えられているシエスティナを追いながら、頬を紅く染めていた。

 こうして二人の稽古たたかいは、シエスティナの気絶によって勝敗が決まる。
 しかし『生命の火『ほのお』』を纏い火花が舞う火憐かれんな姿は、思わぬ形でアレクサンデルの恋心こころを射止めたのだった。
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