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終章:エピローグ
血盟の策謀
しおりを挟むガルミッシュ帝国の第十一代皇帝に即位したユグナリスを祝う祭典が新帝都で行われ、各所にて帝国民や訪問して来た国々の者達が大きな賑わいを浮かべている。
そうした中の一画にて、少数に別れて動くある集団が存在していた。
身形こそ一般市民や商人に扮している者がほとんどだったが、その様子は祭典で賑わう新帝都の人々とはやや異なる雰囲気を持つ。
その瞳の奥には歓喜よりも暗い闇が垣間見え、明らかに祭典を楽しむつもりが無いように見えた。
そうした集団は新都市の『客市街』を徘徊し、まるで地形を把握するように各所を見て回る。
特に新帝都の防衛力となる兵士達の詰め所やその警備網を観察し、防衛施設となる結界塔の周辺を見回りながら祭典で賑わう景色に紛れ込んでいた。
すると夕暮れ時になり、そうして少数に別れて動いていた集団が一つの場所に集まる。
そこは『客市街』に在る一つの酒場であり、その室内に設けられた飲食用の机に別れて座る二組四名の男女が、それぞれに酒場の喧騒に紛れながら耳と唇に付けた魔道具の装飾品を通じて小声での会話を行っていた。
『――……警備の状況は?』
『多いわね。壁も無い造りの割に、上の階層に行く為の通路や昇降機の監視も結構しっかりしてるし。上手く市民街へ侵入できないわ』
『なら、お前の転移魔法で突破すりゃいいんじゃねぇか?』
『それもダメ、各区画に敷かれてる結界が時空干渉を阻害してる。転移陣を張れなきゃ、人どころか物も送れないわよ』
『……では、どうする? これでは、依頼主の依頼を果たせないぞ。……警備網に隙を作る、陽動でも仕掛けるか?』
『止めておけ、対象者の警戒を強めさせるだけだ』
『なら、対象者の帰路を狙う必要もあるが』
『成り行き次第では、そうするしかないな』
口と耳に取り付けられた魔道具から放たれる微量な魔力が、同じ魔道具を着けている相手に言葉を届け聞かせる。
そうした中で粗暴そうに見える商人風の男が、悪態を漏らすような声を呟いて聞かせた。
『……しかし、宗教国家が四大国家に再加入するとは。余計な仕事が増えちまったぜ』
『確かに計算外ではある。だが、今からならば幾らでも修正は効く』
『そもそもの話、教皇を上手く殺れても再加入が取り消される可能性があるのか?』
『それを心配するのは、依頼主だけでいい』
『殺しても無意味だったで報酬を貰えない場合もあるだろうが』
『教皇が招かれた帝国で死ねば、少なからず宗教国家の連中が四大国家の陰謀と考え敵意を抱いてくれるだろう。その隙に突いて、再び戦争を始めさせる。それが依頼主の狙いだろう。殺してからの事は、全て依頼主の頑張り次第だ』
『……言うは易しって奴か。自分は動かず起きる戦争で漁夫の利を得る、まさに御偉方の考えそうな事だ』
『再び四大国家の内部で戦端が開かれれば、四大国家の連盟国からも再び離脱する国が出ることだろう。そうした勢力も、上手く組織に取り込ませ依存させたいのだろうな』
『へっ、つくづく戦争を利用すんのが上手いよな。――……俺達、【血盟の覇者】はよ』
そうした会話を秘かに行う者達の口から、その素性が僅かに漏れ出る。
新帝都に紛れ込れる彼等の正体は、【血盟の覇者】。
非加盟国に生まれた者達で構成された組織であり、また四大国家で違法とされる出来事を商いとする討伐指定された集団でもあった。
特に【血盟の覇者】の幹部や構成員にはそれぞれ懸賞金も設けられており、特に危険度の高い者には四大国家では白金貨級の賞金首として認知されている。
そして今回も非加盟国を依頼主とする【血盟の覇者】は、四大国家に再加入するフラムブルグ宗教国家の教皇ファルネ暗殺の依頼を果たす為に帝国へ侵入していた。
彼等には身分や姿も全て偽造と偽装された技術が施され、それに入場の検閲を行っていた帝国兵に疑問を思われていない。
しかし想定以上に強固な新帝都の内部で、対象者である教皇が居る『貴族街』の帝城まで侵入する事が出来なかった。
その為に祭典が終わり教皇ファルネが宗教国家へ戻る帰路を狙うしかない構成員達は、新帝都内で待機している状況となる。
すると構成員の纏め役となっている男に対して、改めて構成員達は問い掛けの言葉を向けた。
『――……それで、この酒場でいいのか? 協力者が来るのはよ』
『ああ』
『信用できるの? 協力者』
『組織が取り込んだ連盟国の使者だ。薬物に依存させてるそうだから、上手く操れてるだろう』
『薬物漬けかよ、相変わらずえげつない』
『それが簡単な方法だ。――……人間ってのは、自分の欲望にはとことん弱く甘い。欲望を言い訳にして、どんな悪行でも頼めばやってくれる。……報酬は、相手の欲しがる欲望を渡せばいいわけだ』
『欲望が、無理矢理そいつが欲しがるよう仕向けたモノだとしてもな。……だから、組織は怖い』
『俺達も薬物漬けにならないよう、自分の仕事を果たすだけだ。――……失敗すれば、苦しみながら生かされるか。それとも死ぬか。どっちかの道しか無いんだからな』
『……』
纏め役の言葉に対して、全員が沈黙を浮かべながらも僅かに唇を噛み締めながら肯定の瞳を浮かべる。
それが彼等が担う『暗殺』という仕事の生業であり、同時にそうした生活を生き抜く為の覚悟でもあった。
そうした会話の最中、酒場に一人の外套を羽織った者が入って来る。
するとその男は、纏め役の男が座っている机を見ながら近付き、僅かに息を荒げた様子を浮かべて話し掛けて来た。
「――……ア、アンタが……例の?」
「……『死する鷹は?』」
「……『崖に落ちる』」
「協力員だな。……まぁ、向かいに座れ」
「あ、ああ……」
二人は共通する暗号を伝えた後、互いの素性を理解しながら席で向かい合う。
そして外套の下には身綺麗な礼服を纏う男に対して、纏め役は鋭い眼光を向けながら問い掛けた。
「それで、帝城までの侵入口は?」
「……無い。どこも警備が厳重で、そのままでは行けない……」
「教皇の部屋は?」
「そ、それは分かる。……帝城の造りを簡単に書いた地図だ。教皇は、四階の隅に在る迎賓室で寝泊まりしている」
「そうか。……では、お前はコレを持って城まで戻れ。そしてこれを、人気の無い場所に張れ。壁や床でもいい。今日の夜までには仕掛けろ」
震える男が持って来た薄紙に書かれた手書きの地図を確認し情報を聞いた纏め役は、自身の懐からある羊皮紙の巻物を取り出す。
それを受け取った震える男は、困惑した様子を浮かべながら問い掛けた。
「こ、これは?」
「何も聞くな、お前は言われた通りにしろ。……薬が欲しくないのか?」
「!!」
そう述べる纏め役は、再び懐から小さな麻袋を取り出す。
すると震える男は表情を強張らせながら、右腕を伸ばして麻袋を奪おうとした。
しかしその手を引いて奪われないようにした纏め役に、震える男は病んだ表情を浮かべながら声を向ける。
「きょ、協力すれば……麻薬をくれるって約束だろ……! もう、残り少ないんだ……」
「渡すのは、お前が言われた事を出来たか確認できたらだ」
「そ、そんな……!」
「嫌なら止めればいい。ただし拒否すれば、組織も薬をお前に融通しなくなるだろうな」
「……わ、分かった……」
そう脅迫する纏め役の言葉に、僅かに震えたままの男は受け取った巻物を鞄に入れる。
するとそのまま席を立ち、何も注文することなく酒場から出て行った。
そうした一連の流れを終えた後、纏め役の耳に付けられた魔道具から女性構成員の声が届く。
『――……アレが、協力員?』
『ああ、一応な』
『あの様子で、ちゃんとやれるのかしら。不審に思われない?』
『アレは囮だ。本命の協力員は、他に居る』
『へぇ。じゃあ、さっきの奴に渡したのも囮の方?』
『そういう事だ。それと、必要な情報は得られた。――……予定通り。今日の深夜、帝城に侵入する』
『!』
『囮とは別経路で侵入し、教皇の寝室へ向かう。いいな?』
『了解』
『ええ』
『途中で、誰かに発見された場合は?』
『その時は、目撃者も殺せ。侵入を暴かれる障害物は、その都度に対処して消す』
『へっ、承知だ』
【血盟の覇者】の構成員四名はそう話し合い、教皇ファルネの暗殺を今日の深夜に決行する事を決める。
そして夕暮れが過ぎ夜となって賑わい続ける帝都が、深夜になって静けさを取り戻した。
そうした自国に、同じ宿に泊まっていた構成員達が纏め役の部屋へ集まる。
するとそれぞれが身に着けている装飾品を外し、偽装した姿を解きながら本当の姿を明かした。
その中に含まれる一人の女性が、自身の持つ羊皮紙の巻物を広げて部屋の床に設置する。
「――……それじゃ、転移陣を開くわよ。いい?」
「ああ」
「本命の協力員が同じ転移陣を帝城に設置している。向こうに飛んだらその転移陣の巻物を回収し、教皇の寝室へ向かい殺す。その後は、宿に設置した転移陣に戻る。いいな?」
「了解」
四人の構成員はそう述べ、一人の女魔法師が巻物に描かれた構築式に魔力を通して転移陣を開く。
そしてその転移陣に一人の男が乗ると、その肉体を防壁の光に包まれながら転移陣へ吸い込まれるように消えた。
他二人の男もそうして転移陣に乗って転移した後、最後に残った女魔法師自身も転移して飛ぶ。
こうして教皇ファルネを暗殺する為に、【血盟の覇者】の暗殺者達は帝城への侵入を果たしたのだった。
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