男と猫

男と夢

　或る所に一人の男がいた。

　男は悪夢に魘うなされていた。 それは自身が死ぬ夢であった。 それも毎回異なる方法で。

　或る時は処刑によって火炙りにされ、或る時は他人を庇って身体が貫かれ、又或る時は自ら首を吊るような事もあった。

　最初こそ混乱したが、恐ろしい事に自ずと慣れていき、男はとうとう死ぬ事に何も感じなくなってしまった。

　だが、そんな男にも家庭ができ、美しく器量の良い妻に支えられながら、軈やがて四人の子供を儲けた。

　然し、そんな男の幸せなど長く続くはずもなく、双子を妊娠していた妻が突然心臓発作によって死んでしまった。

　男は何も感じなかった。

　次の年、次男が馬車に轢ひき殺された。

　男は何も感じなかった。

　又次の月、長女が魔女として告発され火炙りにされた。

　男は何も感じなかった。

　そして次の週、長女の断末魔を聞いた次女が首を吊って死んだ。

　男は何も感じなかった。

　更に次の日、戦争に出向いていた長男が親友を庇って槍に貫かれ死んだと知らされた。

　男は何も感じなかった。 男は又独りになった。

　そして気付いた。 自分が見た夢が現実に起きたと言う事を。

　そこで初めて男は恐怖に戦おののいた。
　次は自分が死ぬかもしれないと。






「嗚呼ああ、頼むから殺さないでくれ」

　そう呟いて男は死んだ。 衰弱死であった。