異世界行っても喘息は治らなかった。

万雪 マリア

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なんか貴族になるらしいよ、私

十一話・そして専攻決めへ

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 起きたら、何も覚えてなかった。
 何かあった、という事は覚えているのだ。ただ、具体的に何があったのかは思い出せないのだ。
 しかも、本来一か月後に執り行うはずだった専攻決めで、なんでも、地底界の動きが怪しいとかで、今日になってしまったのだ。(思考読み結界情報)
 うわメンドクサイ。
 で、専攻について大まかにまとめると。


 主に魔力が多く、魔法がうまく扱える器用な者は、「魔導士」コースに入る事になる。魔導士コースでは、魔法の応用的な扱い方や、魔法の研究を主に行い、将来有望な者は、宮仕えの魔導士に入る。


 主に体力が多く、剣をうまく扱える者は、「魔法騎士」コースに入る事になる。ここで知ったのだが、この世界には弓がない。遠距離は純魔法だけだ。魔法騎士コースでは、剣術を習いつつ、身体強化の魔法を主に習う事になる。将来有望な者は、騎士団に入る事が多い。

 魔力も体力もない、どうしようもない者は、「魔術具制作」コースに入る。ここでは基本魔法陣などを組み込んで作った魔術具を制作する事を主とする。ただし、ほとんど退学予定の者が行く事も多いので、そうやって作られた魔術具が世間に出ていく事は少ない。


 私、魔導士コースまっしぐらだよね?
 MP魔力は無駄に多いけれど、体力なんて100だからね? 筋力も紙だからね?
 なんでも、幼いうちに適正を分ける事で、将来、それだけに特化したなんたらうんたら。
 でもって、貴族の皆さまの反応はというと、
「ユグドラシル学院に入ったんだから、魔導士コースに行きたいわね」
「魔術具制作コースなんて絶対にイヤよ。落ちこぼれの行く所じゃない」
「俺は魔法騎士コースがいいかなあ。なんか恰好いいし」
「俺も俺も。間違っても魔術具制作コースだけは行きたくないがな」
「あの平民はどこに行くんだろうな」
「魔術具制作コースまっしぐらよ、きっと」
 てな感じで、魔術具制作コースに対する偏見がすごかった。
 えーそして、何故だかは知らないが、というか私の見間違えだと信じたいのだが。
「うぅ………やっぱり、貴族がたくさん集まる所は胃が痛いれすぅ」
 
 誰が、だって?
 言わずともわかるだろう。ミシェル、もとい水瀬くんである。
 全力で見ないフリをしつつ、コース分けに並ぶ。
 水瀬くんはどこにも並んでいない。挙動不審である。
 並ぶ所は当然、魔導士コースである。
 前後左右、全てから何か言いたげな視線が向けられ、実際に「なんで魔術具制作コースじゃないのかしら」などと聞こえてくる。お前ら私が見せた魔法を忘れたのか。いやパラノイア・ワールドは厳密には魔法じゃないんだけど。
 全員が一つの場所に固まってやるらしく、上品に椅子に腰かけた子息令嬢が一点に視線を向ける。
「これから、魔導士コース試験を始めます。では最初、イザベラ=ユグドラ様」
「はい」
 上品に立ち上がったのは、白いストレートヘアの少女だ。目は灰色。まさに深窓の姫君というか、生まれながらにして温室で育った百合のようだというか、人目を惹くような派手な美貌でこそないものの、見たらすっと背筋が引き締まるような清貧な美しさを身に纏っている。
 声も、抽象的ではあるが、穢れを知らない無垢な白薔薇のような、柔らかく高い声質だ。ロリボイス、というには大人っぽく、かといって違うと言い切る事も出来ない。
 イザベラと呼ばれた少女は、割と上背があった。そして、
「………………んー……?」
 よく見ると、後ろ手に白い宝珠のようなものを持っていた。
 いや、白、というか、なんというか、ゆらゆらと揺れる牛乳の水面みたいな色というか、透明な水に牛乳を流し込んだみたいというか……透明な石の中に、白いナニカが揺れている。
 そのが何かは、瞬時に理解できた。
「魔力……?」
 秩序……というか、光属性の魔力が、宝珠の中で揺れていた。
「始めなさい」
 私の、端っこに追いやられたような位置からでしか見えないらしく、試験官は試験を始める。
 イザベラと呼ばれた少女は、目を閉じて、集中するような素振りを見せた。
「【ホーリー】」
 謡うように呪文が唱えられると同時に、宝珠の中の白い魔力が消えた。
 え、つまり。
 あれ、もしかして不正………?
 イザベラの前に、白い光が現れる。
「ふむ。かなり大きなホーリーですね。合格で」
「ちょっと待ってください!」
 たまらず叫ぶ。
 イザベラは、驚いたようにこちらを見る。
 灰色の瞳と目が合う。
「イザベラ……様? は、不正をしています!」
 叫んだ。
 事なかれ主義でこそあるが、さすがに面と向かってやられた不正を見逃す程甘くはない。
 周りがざわめく。同時に、イザベラの顔から血の気が失せていく。
「どういう事ですか、エルノア・スターライト」
「イザベラ様の手を検めてください」
 すると彼女の小さな手は震えて、宝珠を落とす。
 カラ、カララン……という音が、うるさい試験会場の中に虚しく響き渡る。
 残っているのは、わずかな秩序の魔子の残滓。
 不正は明らかだった。
「ち、違うんです、これは! あ、平民の陰謀です! わたくしを憚ったのです!」
 イザベラは叫ぶが、最早届かない。
 「えーマジかよ……」「平民に魔石が買えるわけないじゃない……」「サイテー……」エトセトラ。
 イザベラを侮辱する言葉の数々が、風に乗って届けられる。
「ちょっと話を聞きたいのですが、少しここを任せられますかな?」
「はい」
 初老の男性が、近くにいた試験官に命じると、男性はイザベラを連れて去っていった。
「違うんです! 平民! 何もかも貴方のせいよ! 絶対許さないから! に言って、あんたなんか神殿から追い出してやるんだから……!」
 瞬間だった。
 よりざわめきが広がったのは。
 「義理の父様」である。
「鎮まりなさい、う、【セレネ】!」
 セレネ、と言った瞬間、頭の中を駆け巡る考えはそのままに、興奮だけがふっと押し静められた。
「それでは、次の方……エルノア、スターライト」
「はい」
 なんでか、今までなんで興奮していたのか思い出せない。記憶に靄がかかったみたいだ。
 えと、どうしようか……さっきの今だし、光属性はまずいかなあ。
 でも、そうだなあ。
 せっかくだから、パラノイア・ワールドでも見せてあげようかな?
 全身をめぐる魔力の存在を感じ取る。
 イメージだ。イメージするんだ。つか妄想しろ、自分!
 全身に魔力を行きわたらせて、というか、魔力で自分を包み込むイメージで!
 うん分かった。
 本当の「秩序」の光を見せてやろう。
「光魔法【オデューライト】」
 何もかも光で覆いつくすような光が、会場を包み込んだ。


 暖かい。
 まるで、毛布に包み込まれてるみたいに暖かい。
 それに、安心する。
 これが、私の生み出した光なの?
 まるで、世界中の光という光が一気にここに収束したみたい。
 会場は白く塗りつぶされて、目を閉じても、太陽を前にしたみたいに、瞼が赤い。
 光が終わる事はない。
 だから私は言ったのだ。
「闇魔法【アンチオデューダーク】」
 光が闇に相殺され、世界はまた元の色彩を取り戻した。



 イザベラは激怒していた。
 平民に、恥をかかされた! 
 このままでは、聖女計画が台無しだ。最悪、退学もありうる。
 そうしたら、カミチュリアに傷が付く。
 イザベラは、興奮したままで空を見上げる。

 その日の空は、イザベラには、夜でもないのに暗く見えた。
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