異世界行っても喘息は治らなかった。

万雪 マリア

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勝手に勇者にされました。まる。

十二話・熱烈歓迎と書いて政治利用確定と読む

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 屋敷の前には、きゅっと引き締まった体格の男性がいた。白髪で髭も白い。おじいちゃんだ。
「ようこそエルノアお嬢様。お薬を預かっております。紅茶に混ぜておいたので、あとでどうぞ」
 ……私は紅茶苦手なんだけどなあ。
 猫舌なせいで熱い時には飲めないけど、冷めたら冷めたで砂糖が完全に沈殿しちゃって、口の中で擦り切れなかった葉っぱみたいなのがザラザラして気持ち悪いし苦い。ガムシロップが入れられればいいのに、と思った事もあるぐらいだ。
 そのまま、燕尾服を着たおじいちゃんになされるがままに、制服から、貴族の令嬢が着るようなドレスに着替えさせられる。その手際ときたら、こちらが着せ替え人形になったようで。
 さらに、髪の毛を編み込まれて、全身鏡の前に立たされる。
 いやでも、馬子にも衣装とはこの事だ。……私の場合、頭蓋骨の上に被っている皮膚からも「衣装」となるのだろうけれど。
 コルセットでかなりきつめに絞られたウエストは、きゅっと細い。全体に繊細なレースがあしらわれていて、それ以外は基本、上質で光沢のある……多分、絹であろう黒い布地の、ひざ下丈のワンピースだ。パニエも入れられているので、スカートがふっくらとしている。
 胸元から腰までにかけて、別の布地になっており、白いボタンがつけられている。当然の権利のように周りにレースがくっついていて、そこから下のスカート部は、左側に同素材の白いリボンがつけられていて、それ以外は何段かに分かれて、ひだとなっている。一番下はやっぱりレース。袖は七分丈で、ランタンスリーブから下に向かって少し伸びていて、そこからふわっと分かれているような感じだ。いたるところに刺繍が施されていて、さらに気付かなかったが同色の糸で、ワンピース全体に薔薇の刺繍がしてある。髪の毛に関しては、左側に藍色のリボンが付いている以外は、薔薇領主城に行った時と特に変わらない結び方だ。一切絡まっていない。サラサラだ。で、足は真っ白いロングブーツで覆われている。
 全身まるごと、着せ替え人形みたいにゴテゴテに飾り立てられて、なんとなく「スポンジケーキってこんな気分なのかなあ」とわけのわからない事を思う。
「できましたよ、お嬢様。さあ、これを」
 それが例の「薬の入った紅茶」なのだろう。なんか変な色をしている。
 具体的には、光に当たっている部分は濃い赤褐色に、影になっている部分は完全な赤になっていた。普通逆だろう、と思うが、薬のなんかなのだろう。
 ハッカの、さわやかな匂いがする。三十センチぐらい離れているのに、もう香ってくる。
 しかし、まだ飲んではいけないと上に上げる。五歳身長じゃ届かない。
「では、公爵当主様に謁見を」
 と言うと、カップを近くの侍女に渡し、自分はぐいぐい私を引っ張った。
 いやはや、おじいちゃんとは思えない力である。
 そして、ハナズオウの装飾が大量に施された、濃い赤色の扉の前に立たされた。
 いや赤紫? でも赤かも……と考えていると扉が開いた。



 中は、扉にそぐう豪華な部屋だ。窓には、一瞬白い布だと勘違いする程緻密なレースがカーテンとしてかかっていて、真昼間の明るさを部屋の中に取り込んでいる。床には、ワインレッドのカーペットが敷かれていて、ブーツの足音を完全に消してしまっている。どうやら貴族の屋敷は土足で上がる文化があるらしい。
 そして奥に鎮座したるは、青紫の髪に灰色の瞳の、凛とした、三十代後半ぐらいの男性だ。
 無精ひげなんかは生えておらず、つるつるにそられている。そういうところもあるが、なんというのだろうか、前世でいうところの「イケオジ」とはこういう部類のことをいうのか、と体現したような存在だ。白髪なんて一本も見つからない。
 おそらく当主様であろう方は、にこやかにこちらを見た後固まった。
 そして、長いこと修理されていない機械人形のようにぎこちない動きでこちらによって来ると、
「サムバリア様………?」
 とわけのわからないことをつぶやいたのだ。




 さて、当主様から、挨拶もそこそこに、女神賛美を織り交ぜた建国神話を語った。
 そして、その建国神話では悲劇のヒロイン扱いされている「闇の女神」こと、サムバリア・ダークネスと、私ことエルノア・スターライトを重ねているらしい。
 まず闇の女神とは。
 珍しい、本当に珍しいことに、この世界では闇の女神が最も尊いものとされているらしい。
 闇の女神は、最高神の次に力が強く、世界に昼しかなく、また馬車馬のように働かされる人間や神々を思い、「夜」を作り出した。
 「夜」は尊い。安息の闇とされる。星明りは、昼しかない時代に、人間たちを思って流した涙の光だとか。
 あ、本家北欧神話の神様は何なの? とは、建国神話のさいに。
 で、その姿は、闇に溶け込むような、しかし艶がある黒色の髪に、瞳孔の部分に満月が浮かぶ黒色の瞳、狂気の神を断罪したときに染まったとされる赤い唇、それ以外は雪のように真っ白だという。
 なんでも、最高神が作った彫刻の中の最高傑作が、命を持ち動き出して、それに色彩が付き、闇の女神となった。闇の女神は、感情を作った張本人らしい。
 ……それはそうと、この人養父様、どっかで見たことがあるような……?
 気のせいか。
 で、建国神話に移ると。

 まずこの世界は、世界樹ユグドラシルしかなかった。そこに、最高神が飛来した。
 最高神は、ユグドラシルの幹を使って、二対の彫刻を作った。そのうちの、白い彫刻は光の神に、黒い彫刻は闇の女神になった。
 闇の女神は、世界にたった三人しかいない事を嘆いて、人を作った。しかし、ユグドラシルしかない世界では生きていけない、脆弱なものとなった。闇の女神は、悲しかった。
 光の神は、また人間たちは、なぜ闇の女神が悲しんでいるのかわからなかった。闇の女神は、この思いを共有しようと、生物に感情を与えた。
 最高神は、さらに、世界を構成する要素をつかさどる四対の彫刻を作り出した。
 赤い彫刻は、激情家な炎の男神に。
 青い彫刻は、穏やかな水の女神に。
 緑の彫刻は、二面性のある風の男神に。
 黄の彫刻は、慈愛を持つ地の女神に。
 そして、それらの神は、自らの眷属を作り出して、文明を発展させるための炎、人を生かすための水、対流を作るための風、人々が生活するための地をうみだした。この神々を「始祖神」または「古きもの」とする。
 そして自分たちの代わりに世界を見守ってもらう「神」、神に守られて生きる「人」、死者たちである「悪魔」を作り出して、どこか遠くの世界に飛び去ってしまった。
 その後、魔子は神々の世界でのみ管理されていた。人々は神のことは忘れ、すべてに無理矢理法則をつけて、それを「科学」と呼んだ。
 しかしある日、エレリオと呼ばれる青年が天上に投げた槍が、天上と中央の隙間に穴をあけて、始祖神の祝福と魔子は全世界で共有されることとなった。

 ごんざれっさ省いたけどこんな感じだ。ちなみに、ごんざれっさとは、めっさの進化形である。めっさ、もっさ、ごんざれっさの順番ですごくなっていく。今私が作った。
 で、この公爵様は、私と闇の女神を重ねてみてるみたいなのね。
 確かに、闇魔法は使える。見た目も、聞いた限りでは似ている。でも、中身コレだよ? この公爵様、私の本性知ったら泣くんじゃない?
 ちなみに建国神話のほとんどは聞き流した。長い。長すぎるのだ。彫刻を作る過程まで実況しなくてもいいと思う。「その美しい、使っていない石鹸のような白い指は、まるで温めたナイフでバターを切り裂くように石を削りました」これと似たような文章を延々と続けられたのだ。一つの彫刻につき約十文。よくここまで大量の比喩言葉が湧いて出るものである。
 その間、紅茶には手は付けられなかった。

 ようやく女神賛美と建国神話が終わった。ちなみに比重としては9:1ぐらい。
 やっと紅茶を飲むことをゆるされた。
 目の前で、角砂糖が一つ、牛乳が少し注がれる。
 それを顔に近づけると、ほのかな重量と、薄茶色の液体がハッカのにおいを漂わせる。
 それは、鼻孔をくすぐり、強制的に満足感に浸らされるような気がした。
 喉に入れると、熱いが、飲めないほどではなかった。砂糖が上質なのか、この世界の紅茶が特殊なのか、むらのない甘みがする。しかし、濃い。妙な甘みがして、喉の奥がすっきりしない。いちゃもんをつけたいわけではないのだが、やっぱり紅茶は苦手だ。
 おいしいのに苦手。何色もの絵具をぶちまけられたような気分になる。
 その時だった。
 体に異変が起こったのは。
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